小川洋子

妊娠カレンダー


 「博士の愛した数式」を書かれた小川洋子さんの作品です。芥川賞を受賞した作品とのこと。「妊娠カレンダー」以外にも二編入っている短編集です。
 「博士の~」はすごく好きですが、この本は三編ともよく分かりませんでした。やはり私には「文学」は向いていないのかもしれません。全体に静かな、サイコホラーのような雰囲気が漂っています。日常を舞台としていますが、登場人物がいきなり狂いだすんじゃないだろうかといった予感を常に感じていました。結果、肩透かしで終わるというか、ジョーズの「ずーんずん、ずーんずん、ずんずんずんずん…、あ、終わりっすか」って感じ。
(2007/04/12)

博士の愛した数式


 念願の「博士の愛した数式」を読みました。大事に読もうと思っていましたが、結局新幹線の片道で読みきってしまいました。割と短かったように感じます。
 お話はある家政婦の女性「私」の語り口調で進みます。彼女が派遣された先にいた人は「博士」。彼は64歳の元教授で今は「未亡人」である義姉の援助と、数学雑誌の懸賞に応募して生計を立てているようです。そして「私」の息子である10歳の「ルート」。
 このお話の登場人物には固有名詞が出てきません。厳密に言うと実在の人物である野球選手は実名で、お話の中心となる人達は名前を呼び合わないのです。「私」は、「博士」からは「きみ」、息子の「ルート」からは「ママ」と呼ばれます。「ルート」は博士がつけたあだ名です。なんだかそれだけで、少し現実から離れた、お伽話のような感じがしませんか。
 この物語の肝は「博士」の記憶が80分しか持たない、というところに尽きると思います。ある事故が原因で「博士」の頭の中の記憶はそれまでの分と、80分のビデオテープ分しか存在しなくなってしまったのです。
 大きな事件はおきません。淡々と日々の描写が綴られるだけです。はらはらどきどきを求めるのは無理でしょう。慟哭、号泣したい場合は不向きだと思います。とても「静かな」お話でした。私は好きですが、読んだ人の、読んだ時のコンディションによるかと思います。例えば雨が降っている昼間に、一人でゆっくり読むのにお勧めです。
 小川洋子さんの本を拝読するのは初めてなので、他と比較することはできませんが、とても好みの文章を書かれます。過剰な装飾をせず、例えば「私」が嬉しかったということをただ「嬉しかった」と書いているのですが、それが「これこれこんな感じで嬉しかった」とか「涙が出るほどだった」とかそういう書き方ではないのに、「嬉しかった」ことが静かな筆致から伝わってくるのです。多分前後の文からそういう印象を受けるのでしょうけど、なぜそんな風に思えるのかはよくわかりませんでした。
 私も「私」と同じく数字は好きではありませんでした。ただ読み終わる頃には、友愛数や素数が、少し愛しく思えていたことが不思議です。あくまでもなんとなくですが、数字の愛しさや不可思議さに魅せられる気持ちが、少しわかったような気がするのです。
 なんだかんだ言っていますが、結局私はものすごーく面白かったんです。ただどーんと感動したり泣いたり、そういう「自信を持ってお勧め!」という気分にはなれませんでした。でも売れているそうなので、きっと同じ気持ちを共有できる人はたくさんいるんだと思います。反面つまらなかったという人もいるでしょう。ただ私はこれからも何度も読み返すような予感がします。

 「博士」の幼い者に向ける愛情に、胸が痛くなりました。そしてそんな「博士」に対する「私」や「ルート」の気持ちにも。何度会っても、次の日には初対面になってしまう「博士」は、それでも何度でも「ルート」というあだ名をつけるのですね。
 最初私は博士が死んでしまうところで物語は最高潮を迎えるのだろうと思っていました。実際、「博士」は亡くなりますが、その場面についての描写は無く、あくまでも「私」と「ルート」が「博士」と過ごした時間について語っているだけです。『死』というテーマが無いのに、こんな風に感動できるのだと、なんだか嬉しくなりました。毒されすぎていますか。
 『恋愛』というテーマではあるか、という問いには読んだ人によるでしょうがあったと思います。「未亡人」と「博士」ではありません。もちろん過去に何かあったでしょうし、現在進行形でも何かしらの感情をお互い持っているように書かれています。ただ私は「私」が「博士」に抱いていた感情も『恋愛』に近いものだと感じました。年齢は親子程離れていますが、ファザコンに近いような感覚で、うっすらとそういう類のものだったと思うのです。「私」の父を求める感情、「ルート」を愛しく思う気持ちの共有、「博士」を守りたいという母性、そういうものがないまぜになって、「私」は「博士」への愛情を静かに育てていたと感じます。
 好きなシーンはたくさん、というかほとんどのシーンで胸が一杯になりました。敢えて選ぶとすれば「博士」が野球カードを受け取る場面でしょうか。それから最後。「完全数、28。」私はここで小川さんの魔法にかかってしまったことを実感しました。最後を締める言葉として、ここにこれが出てくるとは思いませんでした。28というただの数字を、こんなにも切なく思うなんて。完敗です。
(2006/04/14)

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最終更新:2007年04月12日 23:48
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