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杉山小弥花

当世白浪気質




 すんごく好みの漫画だった。人に借りたけど、返すのが惜しくて惜しくて何回も読んだ(買え)。読むたびに深い、言葉をひねくりまわす感じの、なんせ好みストライクでした。ああ自分の表現力の無さがもどかしい。
 時代は大戦後の昭和20年代。復員した吉田虎之助(トラ)は美しいものが大好きな美術品泥棒。迷い込んだ山奥の村で、生き神として育てられた千越に出会う。狼の生贄にされそうだった千越を成り行き上助けてしまい、東京に2人で戻り共同生活を始めるが…というお話。
 お気楽に見えるトラは、実は世界を呪っていて美しいものを見ているときだけ、自分を肯定できる。本当はかなり荒んだ精神の持ち主なのに、神様然とした千越と一緒にいることで、いろんなことを許せるようになる過程が、読めば読むほど泣ける。涙は出ないから「泣ける」という表現はおかしいんだけど、悲しいとか良かったねとか嬉しいねとかそういう感情をあらわす言葉が見つからない。面倒を見る筋合いなどこれっぽっちもないのにトラが千越に振り回され、それでも千越を(恋愛感情でなく)手放せない最初の頃が、とても好き。
 1回目は割とさらっと読んで、「あー面白かった」で終わってしまったんですよね。でも2回目以降に、あれ?これ意外と深い?と思って本当に読み返して良かった。
 トラと千越の関係性以外に、思想や政治に関する話題が興味深かった。WGIP(War Gilt Infomation Program)とかGHQの政策は日本人を堕落させるためだとか、宗教への考察とか。それがトラをトラたらしめる要素になっていて、とても面白い。トラも千越も、その性格を形作るバックボーンがしっかりしていて、とても魅力的なのだ。
 絵は好みがあると思うけど、セリフが暗喩めいていて、本をよく読む人には一見小難しくて面白いと思う。いろんな逸話というか小話みたいなのが紛れ込んでいて飽きないし。

 以下ネタばれです。
 印象深いセリフが多くて、覚えておきたいのでピックアップ。しようと思ったらすんげー多かったので断腸の思いで削って、それでも以下。
 ・「私がトラについてきたのだ トラが私を盗んだのではない 私を連れて行かないのなら そこで死ね!」この後トラが初めて千越と呼ぶのがなんか好き。
 ・「体を売らねばならんのはその子の罪ではない 同じように私がそうでないのも私の罪ではない」
 ・「雪は純粋だから白いのではない 赤や緑と同じただ白という色がついているだけだ」
 ・「人は皆流れに逆らえん だから泣くのだ 歯がゆいから どうにもならないから だから苦しくて うれしいから 偶然の幸福に泣くのだ」
 ・「なにかに盲信することも 己を遠く話すことも出来んのなら 思考は身喰いと同じだぞ 行きつく先を持たない舟は惑うのみ」
 ・「憐憫は正義ではない 弱さは特権ではない 人権とやらも過ぎれば毒よな!」
 ・「幸福であることを恥じる必要などない 死者は可哀相に死んでしまっただけ 疚しさはただ生きている人間のものなのだ」
 ・「不幸なのはまだ酔える だが惨めなのはやりきれん」
 ・「オレは千越がいるとなんでも許しちまうんだな …この鉄斎にしたって天下国家にしたってな アメリカンファッションだってアイツが似合うならそれでいいし 実の父親のことも許しちまうハメになって 従軍してシベリアにいたことも千越に会うための糸のひとつだった気までする オレはそんな風に許したくなかったのさ 手段もあった 機会もあった だからオレはやらなきゃならなかった それが時のうねりの中で死んでいった多くの人間たちへのたむけなんだ」
 ・「善も悪もなく人の営みの外側で 世界を見下ろしていたオレだけの狼」
 …やっぱり買おうかな。もっと好きなセリフはあったけど、いかんせん長すぎた。
 それから政策に関する印象深かったところ。
 ・「なにを正しいとするかは結局時代の函数でしかないってことなのさ。GHQの言う自由平等なんざ支配の口実に過ぎない。言論統制、再教育に情報操作、やっていることは軍国主義そのもの…。オレは完全な世界なんてないことを知ってるぜ」
 ・「宗教の破壊 王家の血統断絶 米依存の経済 英語偏重から母語の衰退と禁止 詰め将棋のように時間をかけて追いつめた服従 GHQの対日政策と既視感を覚えるのはオレだけか? 特高の廃止後から米兵の犯罪記事は載っていない 原爆含めGHQや戦勝国への批判も一切なし ラジオで流される虚実織りまぜた日本軍の悪行 米兵は歩くプロパガンダ 「敗けたから」を「日本が悪いから」にすりかえ ああ完全無欠の思想統制」「生き延びて見た一番美しいものが 滅びゆく国の物語だなんて 笑えるほど悪夢--」
 ・「国を滅ぼす方法は中国のチベット虐殺のような民族浄化か アメリカのような精神面の懐柔ふたつあるってことだ」
 復員したてのトラが「日本軍は悪いことをしたから」と言われて、ひねくれてしまってもしょうがないと思う。思想の話はもめる元だけど、そういう教育が少なくとも私が小学生の頃まではあったし、今はそれに少し疑いも抱いている。宗教に対してもだけど、言論をすり替えて人を貶める方法とか、暗に今起こっていることを指していて、かつ声高に主張すると怖いことを、さらっと書いてるなぁと思った。
 この人の他の本も読みたいのだけど、どうも出ていないようだ。他の出たらぜひ読みたい。
(2009/10/07)

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最終更新:2009年10月08日 03:22
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