浅倉卓弥

君の名残を


 「四日間の奇蹟」を描いた朝倉卓弥さんの作品です。物語は現代、幼少時から剣道を得意としていた高校生友恵とその幼なじみ武蔵、友恵の親友由紀と、その弟が登場します。友恵と武蔵が学校からの帰りに雨に降られ、雨宿りの為近くの巨木の下に逃げ込んだ時に雷が落ち、友恵と武蔵、そして近くにいた由紀の弟は平安時代にタイムスリップします。それぞれ別の所に放り出された三人は、歴史上の有名な人物としての役割を、見えない大きな力によって割り振られるのですが、それは一体何の為なのか、そして誰がさせているのか。
 設定はありがちな、タイムスリップ歴史物です。友恵、武蔵は歴史に詳しい高校生というわけではありませんが、それでも名前を知っているような有名な人物になりかわります。弟は歴史に詳しく、それ故なのか複雑な生い立ちを持っていますが、友恵と武蔵に比べると出番は少なかったです。スリップした時代は平安後期、平氏が栄華を極めやがて滅ぶあたりまでが続きます。
 歴史に全く興味がない癖に時代物が好きという私は、特定の人物を中心としたお話はいくつか読んでいたものの、歴史の流れを感じる事はできていませんでした。例えば熊谷直実と平敦盛は知っていても、彼らがどういう理由で戦ったかはよく知りません。その心情のみに着目して、史実はおまけだったのです。
 「君の名残を」は私にとって特に面白い訳ではありませんでしたが、ちょっと夢中になれたのは、平氏と源氏、または源頼朝がいかにして天下をとったのか、それから貴族と武士の関係が面白いように頭に入ってきたからです。今まで点でしか存在しなかったものがやっと線で繋がったような。また京都から関西にかけての地名と上手くリンクして、とても勉強になったことは確かです。ただこれは私だけに言える感想かなぁ。元からよく分かってた人にとっては、何てことないでしょうし。でもすごく分かり易かったんです。
 現代の人間が過去にタイムスリップ」という話はよくありますし、「歴史上の人物に成り代わる」という設定もきっと多いでしょう。例えば、現代から持っていったその時代にはありえないような機械や知識を総動員して、敵をやっつけたりする話はよく見ます。ただ友恵達が持っていったのはおぼろげな歴史の知識と、剣の腕だけです。その辺に好感がもてるのは私だけでしょうか。現代便利グッズ持って、昔で活躍するのってなんか狡く感じてしまうんです。でもタイムスリップさせる必要はどこにあったのか、一応説明らしきものはありましたが、なんか納得いきませんでした。
 歴史小説が好きな方はお勧めです。ていうか普通の歴史小説じゃ駄目だったんですかねぇ。文章は読みやすいし読み進めるのに苦労はありませんでした。それだけに物語におけるタイムスリップの必要性がもっと早い段階で分かればいいのに。その辺の歴史とタイムスリップの設定に思い入れがあって、力んじゃったんじゃないでしょうか。惜しいなぁと思います。
 歴史をあるべき姿に戻す為にタイムスリップさせたけど、その元となる知識や剣の腕は現代から持ってきたんですよね。でもその何百年か後に友恵達が受ける教育は、そのタイムスリップした事実が発達してできたもの…。ってややこしいですけど、パラドックスが起きないのかなぁ。その辺への疑問があるので、なんかしっくり来ないんですよね。

 あとオセロの松嶋が「そこらじゅうで泣きました」て推薦文のせてました。帯にもでかでかと書かれてた。私は全く泣けなかったので、不思議。ていうか、オセロの松嶋って(差別する訳じゃないけど)ああいうキャラなので、本当によくわかってたのかなって邪推してしまいます。ネームバリューがある人を持ってきただけちゃうの?って。実は松嶋さんが歴史好きだったとしたらごめんなさいですが。ああいう煽り文句は好きじゃなくて、ましてや読後その煽りに全く同調できなかったら、逆効果になると思うんですけど、その辺どうなんですかねぇ。私は読んだ後興ざめしちゃいました。
 「四日間の奇蹟」は確かに面白かったし、あれがなければこの本も買わなかったと思うんですが、前作ばっかり前面に押し出されても嫌ですよねぇ。次回作はどうしようか、考え中です。
(2006/10/31)

名前:
コメント:

[カウンタ: - ]
最終更新:2007年04月02日 23:36
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。