歌野晶午

葉桜の季節に君を想うということ


 うーわーやられた!とまず思った。四分の三、いや六分の五位まで、全然面白いと思わなかった。これは「このミステリーがすごい!」受賞作品なんだけど、「なんだよーこのミスも最近面白く無いなー」とぶーたれながら読んでいた。ところがほぼ終わりに差し掛かって「ぅおーい!」と古きよき漫才のように手の甲で突っ込みたくなる箇所があって、そこからが早かった。いや、してやられた、ほんと。
 とは言っても、めっちゃ面白かったわけではない。面白くないのに、してやられた感があって、大変悔しい本だった。これは成瀬将虎という古風なお名前の、通称トラちゃんが主人公の探偵物である。
 色んな仕事を掛け持ちしているトラちゃんは自称「何でもやってやろう屋」。高校の後輩が恋する愛子の家族に起こった事件の犯人を解決してくれと頼まれ奔走する。これが一つ目のエピソード。そして自殺未遂を助けた女性とお近づきになる。これが二つ目。それから過去探偵事務所で働いていた頃に、極道の事務所へ内偵として潜り込んで巻き込まれた殺人事件のエピソード。この三つのエピソードが交代に語られる。その上で謎の女性が悪徳業者に騙されて傀儡となるエピソードが、意味ありげに挟まれる。
 ハードボイルドを気取ろうとして、でもちょっと足りていない感じ。まだるっこしい話の運び。悪徳商法を扱っていて読んでいて気持ちがいいわけでもないこと。加えてトラちゃんがいけ好かないこと。悪いわけじゃないけど取り立てて「面白い!」とは思わずに、さっさと読み終わろうと思ってた。なのにすごいミスリード。手法としては恐らく正統派なんだろうけど、隠されていた事実が意外で「そんなん思いつかへんって…」と途方に暮れた。精進料理で肉らしきものが出て「どうせ豆腐かなんかでしょ」と思いながら食べてたら、「実は西瓜で作ってん」とか。そんな感じ。
 この本はネタバレすると全然面白く無いので、予備知識なしでちゃっちゃと読んでしまうのがいいと思う。「このミステリーが面白い!」だったら受賞はおかしいと思うけど、「このミステリーはすごい!」だったら確かにすごい。その発想がよく分からない。でも読んだ後要所要所を読み返す破目になったので、作者の勝ちだと思う。

 ここから先はネタバレです。未読の方はちょっとでも目にしない方が良いと思います。

 ここまですごいすごいと言うてたけど、実際他の人はオチに気づくのかなと不安になってきた。「Mayは絶賛してたけど、あんなん対したことないよね」とか思われちゃったら、ちょっと哀しい。いや気づかなかったのは事実だけど。物語にはあまり関係ないけど、思いもかけぬ方向からボールが飛んできた感覚は、ある意味気持ちよかった。
 「高校の後輩が現役高校生」「同年代の女性が自分の伴侶を『おじいさん』、息子を『お父さん』と言う」「同居の妹はこの前まで働いていて今は遊びまくっている」というのはちょっとずるいんだけど、この辺でミスリードされた。何よりトラちゃんが女性に精力的なことで一番騙された。年配の人は恋愛なんてしない、ましてや性欲なんてない、という偏見に気づく。今は老年に入ってからの恋愛もクローズアップされてきているけど、トラちゃんが年寄りであることに気づいた瞬間に「なんかいや」と思ってしまった。最初から知ってたら多分読み進めない。結局私も偏見を抱くその他大勢なんだと思った。
 何回も言うけど「すごい」とは思ったけど「面白かった」とはやっぱり思えない。これは作者の望むところなんだろうか。こういう叙述トリックは小説しか使えないので、ええもの読んだなぁという気持ちはある。「だからどうしたねん!」と言いたくなるような推理小説も過去にはあったが、不思議とこれは「ああ一杯食わされた」と帽子を脱ぎたくなるような気分になった。ちょっとずるい、というか無理はあったけど、作者としては精一杯誠実に描いていたと思う。前半がだるかっただけに、「じいちゃんかよ!」となった時の興奮度はやっぱりすごかった。他の本も読んでみたいような気もする。
(2007/09/24)

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最終更新:2007年09月25日 01:04
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