東野圭吾

夜明けの街で


 面白かった。でも結婚したばかりの女が読むものではない。
 妻と娘と三人家族の渡部はもうすぐ40歳。不倫なんてする奴は馬鹿だと思っていたのに、勤めていた会社の派遣社員秋葉と、不倫関係に陥る。真面目な渡部は、家族を取ろうか秋葉を取ろうか悩むが「結婚したらもう男と女ではない」という友人の言葉通り、妻よりも秋葉の方に傾いていた。普通の不倫話と違うのは、秋葉には何か秘密があるから。秋葉の実家で起こった殺人事件に彼女も係わっているようだが、何も話してはもらえない。渡部の不倫劇はどういう結末を迎えるのか。過去の殺人事件の犯人は誰か。
 不倫の話も殺人事件の話も、単体だとありがちに感じるが、二つが合わさるとそうでもなかった。意味深な言動が多い秋葉が得体の知れない女に見えて、結末が気になった。
 渡部が語り手なので、秋葉や妻や娘への心情が描かれていて、読むのが堪えた。「不倫なんて!」ではなく、「なんかもうしょうがないのかなぁ」という気持ちになった。「妻は良い妻だと思うが女でない」「娘は可愛い」「でも秋葉と一緒にいたい」てな感じの渡部に対して、嫌悪感よりも同意してしまいそうな自分がいるからだ。「私もそう思うかも」じゃなくて、「そう思っても責められないのかな」という気持ち。渡部が不真面目で不誠実なら、そんなふうには思わなかったのに。不真面目な人を除いて、不倫する/しない人がいるのは単にそういう機会に恵まれるか恵まれないかの差じゃないだろうか。不倫しなかった人はたまたま出会いがなかった運の良い(悪い?)人。勿論、機会があってもしない人はしないだろうけど、長い人生そういうエアポケットのような時期があると思う。だから結局タイミングなんじゃないか。と、読みながら考え込んでしまった。新婚なんですってば。
 東野圭吾の本は、作者の主張というものを感じない。「文章が東野圭吾っぽいなぁ」とか「東野圭吾っぽい持って行き方だなぁ」というのを、思わない。登場人物の向こうに、作者が透けて見えるようなことがなく、登場人物はあくまでも登場人物で、作者の主張を代返しているわけではないのだ。それはいい悪いではなくて、単なる特徴だと思う。東野圭吾は一冊一冊新しい気持ちで読める。「登場人物の口を通して作者の主張を叫ぶ」ような話ではなく、「作者が透明な代返者」であるお話。だから東野圭吾の本は食傷気味にならないのかも。作者なりにきっと目的や試みがあるのだと思うけど、今回読みながらそんなことを思った。
 好き嫌いはあるかもしれないが、私はこの本は面白かった。続きが気になったし、きっちり終わるところも好き。淡々と描かれているけど、ちょっと心に響いた。泣いたりはしなかったけど、特に既婚者は思うところはあると思う(笑)

 ここから先はネタバレです。
 渡部の不倫に妻は気づいていたところとか、愛人がちょっと乗り気になったら怖気づく夫とか、殺人事件は実は自殺だったとか、良く考えたらベタやなぁ。でも最後まで面白かった。おまけ(?)の友人の話も程ほどにブラックで面白かったし。妻はどのへんから気づいてたんやろ、とか夫の不倫が発覚した時の妻の対応としてそれは賢明だったの?、とか気持ちが冷めるのはしょうがないのかなぁ、とか不倫から夫が戻ってきたとしても夫婦は元に戻れるの?と、あまり本筋に関係ないようなことを考えた。面白かったけどテンションは上がらなかったな~。これも読むタイミングなんだろう。結婚してなかったらどんな感想になったのか、興味ある。
 秋葉が事件の真相をずっと黙っていた動機が思いもつかなくて、この作者はほんと色んな動機を思いつくなぁと思った。
(2008/05/11)

使命と魂のリミット


 ものすごく感動したり、胸に響いたり、そういう本ではありませんでしたが、面白く読めました。一気に読んじゃった。
 幼い頃父を亡くした夕紀は、今まさに父を手術した医師の下で研修医として働いている。元気だった父の突然の死、そして現在その医師と交際を始めた母。夕紀はある疑いを抱き、その為に医者を志した。あの日手術室で何があったのか。それを知る為に。一方、何らかの目的を持って看護士に近づき、ある高名な入院患者の情報を探ろうとしている男がいる。彼は何をしようとしているのか。二つのストーリーがくっついたり離れたりしながら、最終的に一つになったようななってないような(どっちやろ)お話。
 医学的にも恐らく取材を繰り返したんだなぁと思いました。それから機械的なお話も出て来て、そのあたりは『探偵ガリレオ』を思い出します。ちょっとほろりとしそうになりましたし、良いミステリだと思います。
 この作者さんの本はとても多く、そのジャンルがまた多彩で「引き出しいくつあるんだ!」と毎回読むのが楽しみです。またどれもが面白く、安心して読めます。ただこの人の本で、打ちのめされたり、のた打ち回ったり、大ハマリしたことはまだありません。そのうち、そういうのが出るといいなぁ。人によっては『手紙』『白夜行』がそれにあたるみたい(映像化されて有名になったからかもしれないけど、よく聞く)ですが、私は今一つでした。『名探偵シリーズ』はこういう切り口があるんだ!とかなり新鮮でしたが。あ、『悪意』は衝撃だったかも。『~が彼を殺した』も「試みが面白い!」だったしなぁ。『秘密』は泣けたけど、号泣って程でもないし。この『使命と魂のリミット』はほろっと来ましたが、それは「泣かせよう」という描写じゃなくってすごく淡々とした文章だったのですが、それでも泣けるところはすごいと思います。
 全部面白いから贅沢言ってるだけかもしれません。なんだかんだ言って好きなのです。時代物は描いてくれないかなぁ。次読むのも楽しみです。
(2007/07/08)

容疑者Xの献身


 久しぶりの東野最新作です。予備知識無しで読んだんですが、これは「探偵ガリレオ」の登場人物、湯川と草薙が出てきてました。あれは一冊で終わってるのかと思っていましたが、シリーズになっているんですね。「予知夢」というのも出ているようなのでまた読みたいと思います。
 ガリレオの登場人物が出てはきますが、今回は主要な脇役のようです。主な登場人物は高校の数学教師の石神という男性、そして母子家庭の母親靖子。「探偵ガリレオ」は「どのようにして犯行を行ったか」に着目した化学的な短編集でしたが、今回はどうも違うようです。どこまで書けばネタバレにならないのか難しいですけど、「どうやって警察の追及を逃れるか」に焦点をあてた作品というのでしょうか。題名の意味は、前半割と早い時点で分かります。
 感想ですが、「なるほど。面白かった」ってとこでしょうか。350ページ程でしたが、一気に読み進められました。私はジャンル分け苦手なんですが、謎解き物?推理物?ってとこかな。「秘密」や「白夜行」の類ではありませんでした。なのでそういうのを求めるのなら、あまりお勧めしません。感動とか泣ける!とかではないので、何回も読み返すものでもなく、おおまかなストーリーを忘れた頃にもう一度読みたい本ではあります。推理小説好きならよいと思います。
 湯川は化学の天才でしたが、今回の主人公石神は数学の天才です。天才を描くのって大変ですよね。矛盾してたり間違えてたりしちゃいけないんですから。東野さんはそういう分野にも手を出そうとしていて、素直にすごいというか、偉いと思います。リアリティを持たせようとしたら、登場人物に生半可なこと言わせられませんものね。まぁ私には作中の数学的なお話は、さっぱりわかりませんでしたが。数学も究極に難しくなると、問題は非常に曖昧になるんですね。
 終わり方は少し哀しいものを選んだのだな、という感想を抱きました。石神が自分を犠牲にしても守りたかったものを、湯川が破るのですから。謎解き役が湯川じゃなかったら、シリーズ物じゃなかったら、もしかして完全犯罪の結末を選んだんじゃないかと思ってしまいました。石神が無実になるわけではありませんし。
 証拠品をいくつも残すけれど、それは一般に出回っているものだからなかなか足がつかない。そうして警察が多数の証拠品を前に走り回る内に痕跡を消してしまうっていうストーリーはどこかで読んだことがあるのですが、あれは何だっただろう。確か三億円事件をモチーフにしたお話だったと思うんですが、喉まで出掛かっているのに…。この本を読んでいて、そんなことを思い出しました。石神はいくつかの謎を作中に散りばめていますが、最後にどんでん返しにはびっくり。そういえばそれを匂わす記述はいくつかあったのに、全く思いつきませんでした。「献身」という題名がはまりますね。
(2006/05/05)


変身


 読んだと思ってたのですが、全く思い出せなかったのでもう一度読んでみました。最後まで読んで「あ~読んだことあったかなぁ」って感じでした。あまり印象に残っていなかったんですね。
 主人公はある事故の為に脳移植をした男性です。手術自体は成功したのですが、段々性格が変わっていく自分に気付きます。この変化は何なのか。題名の通り「変身」する自分についてどう折り合いをつけるのかというお話です。
 どっかで読んだような気がするのは一度目の感想を忘れているからでしょうか。でも移植したらドナーの記憶を持ってしまうというお話は、他でも読んだような気がします。例えば角膜移植したらそこにない物が見えて、それはドナーが殺害された時の犯人だった、とか。だから着想自体はオリジナルではないと思うんですよ。だから見所としては、色々あるどんでん返しとか、変わり行く自分に対しての心理描写や、彼が選び取った結末だと思います。
 結末に関してはちょっとホロリと来ましたし、語弊があるかもしれませんが「美しい」終わり方だったと思います(少なくとも私は)。この人のプロットは絶妙だと思いますし、読み終わるまで飽きさせません。最後の一行まで気を配っているお話でした。ミステリ(かなり広範囲ですが)が好きな人にはお勧めです。ただ泣きたい人には不向きかな。
 東野さんの本は全部それなりに面白いのですが、「これ!」と言えるものがないように思います。全部が及第点というのはすごいと思いますし、はずれがないのでいつも楽しみです。安心して読めます。ただ、大げさに言うならば「号泣した」とか「人生観が変わった」とか「これぞ新境地」とか、そんな感想を抱くことがあまりありません。いや新境地っぽいのはあるんですけど、ある種の衝撃がないというか。実はこの「変身」もある人が絶賛していたので「読み直そう」という気になったのですが、それほどの感銘は受けませんでした。「あー面白かった」で終わります。私は読んだ後に「面白かった」で終わる本が好きなので東野作品は割りと買うんですが、それが物足りない人はいるんじゃないかなと思います。

 このお話では主人公の書く絵が、重要な小道具となっていますね。最後の恵の絵にはそばかすが書かれていたところで、ほろっと来ました。対極にあるのはピアノでしょうか。そっちはさらっと流されているような印象を受けましたが。
 移植された脳が犯人の脳だった、脳の影響で変わる性格、自分を騙す医者達、ドナーの生い立ち、恵が戻ってくる、自分を取り戻す。いろんな要素が詰め込まれていて、でも綺麗にまとまっているなと思います。私はハッピーエンドが好きですが、このお話のこの終わり方は美しいと思いました。というかそこに向かうしかないのかなと思いました。これで、自我が戻って恵とハッピーエンドだったら、本を投げ捨てていたでしょう。
 でもなんかもう一つあってもよかったかなと思います。全部のどんでん返し、例えば脳は犯人のだったとか、読んでいてなんとなく推測できたので少し物足りなかったです。(それは一回読んだからか?)「うまいっ」と思えるところがあればよかったなぁ。
(2006/04/19)

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最終更新:2009年06月07日 17:35
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