「流行ってんのか?」と言わんばかりに、我が家に山本一力が集結しています。母が図書館で借りてくるのですが、新しい人を発掘するのが面倒なだけみたいですけどね。そもそも読んでんのかしらん?読まずに返却しているような…。
今回は女性が主人公でした。「つばき」という料理と商売の才能に長けた女の子のお話です。「おんな一代細腕繁盛記」て感じ。3歳位から、ある程度大人になるまでの「つばき」を追いかけて描いています。つばきは、大工の父と、母、「さくら」「かえで」という妹の5人家族です。つばきが小さい頃父が賭場で借金を負い、それによって家庭不和が生じたため、彼女は「私がお金を稼ぐ」と思いながら成長しました。またつばきには料理と商売の才能があり、幼い頃から飯炊きとして働きに出、その給金を母が貯めておいてくれたので、10代半ばにして一膳飯屋を持つことができました。そっから彼女の商才が光ります。
お料理がテーマとなっているお話が好きなので、これも楽しんで読めました。ただあまり「つばき」は幸せになれなくて、どんより暗い感じはしましたね。それから時系列がとびとびになっていて、とても分かりづらかったです。借金取りの小父さんと再会するのは、どのへんやねん!と突っ込みを入れながら読んでいました。まぁそのへんがわからなくても問題は無いと思います。今のところ山本一力では一番かな。
(2009/02/13)


時代小説です。
時は江戸、この時代武家のお給料は扶持米という言葉の通りお米で支払われます。お米のままではどうしょうもないので、お金に変えて渡すのが札差という職業です。ところが幕府が日本を治めて平和が続くこの時代、物価は上がっても給料が上がることはそうそうありません。武士が副業なんてみっともない!てな時代なので、手っ取り早くお金を手に入れようと思った武家がすることは、札差に前借。もちろん利息つき。既に何年分も前借している武家もあり、札差は肥え太る一方、そして武家はその逆を行きます。あまりに武家の借金が多いからか、札差の豪遊振りが気に触ったのか理由は忘れましたが、幕府は「武家の借金、帳消しにしといて」という棄捐令(きえんれい)を札差に出します。
さて前置きが長くなりましたが、この本はそういう背景で描かれております。
喜八郎は損料屋という今で言うと日用品レンタル屋を営んでおりますが、裏の顔は札差を束ねる秋山という与力とつながりを持ち、米屋という札差を支えています。この米屋をいかに存続させるか、へんな詐欺に引っかからないか、喜八郎が配下の者と共に奔走するお話です。商売に絡んだお話でこの本もある意味、ビジネス小説でした。
他の本もこんな感じだったので、この作者さんは商売絡みの数字が出てくるようなお話が得意なのかな?割と面白く読めますが、「人情ホロリ」を期待するとちょっとはずれかもしれません。人情はたっぷりあるんですけど、ストーリー重視と言うかあまり目の前に人物が浮かんでこないような感じはします。
私は時代小説は「あったら読む」という程度なので、そんなに熱中するわけではないので、この位の空気でも良いと思います。
(2007/08/04)

時代物です。「銭売り」という聞きなれない職業についた賽蔵という男性のお話です。時代は江戸ですが、現代で言うビジネスサクセスストーリーといった内容で、面白かったです。時代物を読みなれていない人にはあまりお勧めできませんが、分からない部分は読み飛ばしちゃっても大丈夫だと思います。
以下、読んだ後の私なりの解釈です。予備知識一切無し。「銭売り」というのは所謂両替商のようなもの。この時代の貨幣は金貨/銀貨/銅銭とあるようですが、貨幣価値は枚数よりも素材で決まるらしく、「~銅銭はたくさん混ぜ物をしていて、後で価値が下がるだろうからあまり持たないでおこう」というような事情がある。幕府は同じ量の素材から多く貨幣を作れた方が得。庶民は後で使えなくなるような貨幣を持っていたら損なので、信頼性の高い貨幣を所持しておきたい。そういう駆け引きがあるようです。つまりこの時代の貨幣のルートは変動性で、今のように千円札=100円玉10枚とはっきり決まっていない。また、この時代大きなお金で小さな買い物は断られることも多く、庶民にとっては銭売りは生活と密着した商売なのです。両替商は鉄座という貨幣製造会社から銅銭を仕入れ、それに己の利益を上乗せして、庶民に両替をする職業です。お金も立派な売り買いの対象なんだ、と目から鱗でした。
さて、このお話は一介の銭売りの賽蔵が商売相手を開拓し、扱う銭をあの手この手で流通させるために四苦八苦するビジネスストーリーです。銭売りという職業もさることながら、営業先の職業も水売りやら弁当売りやら、なんせ生活に密着した話が多くて面白かったです。「江戸時代の人々の暮らし」と難しい本を読むより、こんな風にお話仕立てになって読めるのはとても嬉しいことです。
道を歩いていても「大きな商いをしているところはないか」と常に気をつけている賽蔵は、さながら飛び込みの営業マンのようでした。私が営業職ならもっと面白く読めたかもしれないなぁ。
(2007/07/18)
[カウンタ: - ]
最終更新:2009年02月14日 01:47