



読んだら間違いなく暗い気持ちになるのに、読まないと人生損したような気分になる漫画。「漫画」を「文化」や「芸術」へ押し上げる一翼を担う漫画だと思う。大袈裟だけど、私にはそれ位衝撃的。
まず読んだ後しばし放心状態に陥る。何か重いものを飲み込んだような感じ。読後感が良いとはお世辞にも言えない。心が痛い、重い、打ちのめされる。でも読み始めると止まらない。面白い。
元々この漫画家は、人の傲慢さや残酷さや利己的な部分といった、できれば見ない振りをしたい部分にスポットを当てるお話を書く人だった。「月の子」や「輝夜姫」も一見綺麗なお話なのに、我侭で残酷で、良心や綺麗事をぎりぎりまで追い詰めるようなそんなお話だった。超絶美しい絵で、そういうことをするのだからたまらない。「秘密」はそれまでの作品を昇華し、鋭利な刃物で心臓を抉り出すような漫画になったと個人的には思う。
舞台はそう遠くない未来で、死んだ人間の脳から生前死者が見ていた映像を取り出すことができるというMRI捜査が確立されていた。この技術により犯罪被害者の脳から犯人を特定でき、捜査に大きく貢献するものの、死者のプライバシーを踏みにじると世論は厳しい。
第一話は読み切りで始まる。この登場人物はそれ以降は出てこない。MRI捜査のニュースを聞き、第一話の主人公はある決意をする。誰にも知られたくない想いがある彼は、自分が見ている映像を誰かに見られるのは困るのだ。この一話だけでMRI捜査の利点、そして故人のプライバシーに土足で踏み込むことになる問題点が浮き彫りにされている。この一話は切ないお話で全然重くない。むしろ胸がきゅんきゅんする。
重いのはここから。薪警視正はMRI捜査をする側の法医第九研究室室長。プライバシー等の問題があることを自覚しつつ、MRI捜査による犯人逮捕に意欲を燃やす。女性と見紛う容姿で優秀な反面、過去の犯罪捜査により非情に不安定な一面を持つ。薪の部下の青木はくそ真面目で動物に例えると絶対犬。薪を慕い、尊敬している。
MRI捜査は前述の問題を抱えているが、もう一つ深刻な問題がある。犯罪被害者だけではなく加害者の常軌を逸した映像を見るうちに、精神状態が不安定になるのだ。猟奇犯罪の犯人や被害者であれば、その一部始終を目にすることになる。狂気に触れているうちに、自らも狂気に侵されるのだ。捜査員は単なる第三者ではいられなくなる。
この漫画家について考えると、「カルネアデスの板」を思い出す。嵐の海で一人しか掴まることができない板を人に譲れるか?助けは来ない状態で、綺麗事を言える余裕はあるか?死ぬか殺すかの二択しかないとき人はどうするか。逃げ道を塞ぎ、極限の状態に置いて、人はどのような選択を取るのか。
立場上様々な犯罪に触れるだけでは普通の刑事物と変わらないが、犯罪者の心理にどっぷり浸ることになったり、常に誰かのプライバシーを踏みにじることに矛盾した想いを抱えることが、他のお話と違う。軽い娯楽を望んでいる時はお勧めしないが、自信を持って「この漫画はすごい!」と言える。
ここから先はネタバレです。
第一話はむしろラブストーリーで、きゅんきゅんする意味で切なかった。口に出すことも無かったこの想いがばれる位なら、もう見ない。あとは思い出すだけ。切ないやん?ここで実の母親に懸想する息子、という設定をしちゃうところがすごいなぁと思う。「許されない想い」って実はそんなにないけど、母子って描く方も若干タブー化してなかなか描かないように思う。
んで、そっからは重たい重たい。薪の危うさや、強さがもうずしんと切ない。そうまでして犯罪捜査に携わるのはなんでだ、ってなんでもくそもそれが薪のアイデンティティになっているのだろうけど、そのストイックさがまた切ない。
そんで犯罪に関わる人々の強烈な思いもまた重い。「千堂咲誘拐事件」は映画になってもいいと思う。息詰まる展開で、濃密で、完成されている。素晴らしい。
薪はトラウマから脱却して幸せになれるんだろうか。この作者さんだとなかなかそうはならないような気がする。美しい外見も、優秀な頭脳も、彼の幸せの役には立たない。振り返って己のなんと平凡なことよ。同じような思いで人生を職に賭している人が、この現実の世界にもいるんだろうか。
あと薪の私服がパーカーって、パーカーを着ている人は無条件に3割増しフィルタ内臓の私に対する何かの挑戦だとしか思えない。ぶかぶかのセーターとかも着てほしい。可愛い。私キモい。
(2011/01/24)
「月の子」「輝夜姫」を描かれた作者さんです。大きなサイズで、一冊で完結。猫と間違って育てられた牝ライオンのシーザーと、混血の美少年龍一のお話。一話読み切りで面白かったです。
この人は長くてシリアスなお話を描かれるので読むのに気合がいるのですが、この本はギャグっぽくてよかったです。絵の美しさは折り紙つき。巻末のイラストはため息が出るほどきれいです。
混血でコンプレックスを持った龍一は、シーザーに「強くあれ」と自分のコンプレックスをぶつけますが、龍一に恋しているシーザーは弱虫で人や動物を傷つけることなんてできません。龍一がいかに日常や自分の弱みと折り合いをつけていくかの、龍一とシーザーの物語です。
私は主人公そっちのけで、途中で出てきた犬の話が好きです。主人公の名前はさっぱり覚えていないのに、この子の名前は覚えています。トングー!大丈夫、君は幸せになるために生まれてきたのだから。愛する人の役に立って、そしてその人はずっと一緒にいてくれるから!泣かせポイントがないところが、また泣けました。なんて美しい起承転結。この一話だけでも読んだ甲斐があろうってもんです。
余談ですが私の「弱いポイント」に盲導犬ネタがあります。もうほんと弱いのです。多分「ハッピー」という漫画を読んだからでしょうけど。この漫画は超お勧めです。泣きたい人には特に。盲導犬を見る目が変わります。これが真実なのかはわかりません。ただ「盲導犬は働かされて可哀想」とは思わなくなりました。町中で盲導犬を見て、どういう行動を取ってはいけないのかわかりました。学校の図書館に置いて欲しいくらいの漫画です。全然違う漫画の感想になってしまったけど、このへんで終わり。
(2007/01/05)
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最終更新:2011年01月25日 01:22