角田光代

空中庭園


 この作者さんの本は初めて。この本は連作短編で、ある家族に色んな角度から光を当てて、家族の形を浮き彫りにしている。読みやすいのに描いてある内容が毒々しいことに気づき、読むのが段々苦しくなった。
 ダンチのリビングと、近くのディスカバリーセンターという大きなショッピングモールとで繰り広げられる両親姉弟の四人家族のお話。秘密を持たないという信条の元、長女がラブホテルで仕込まれたことや、子供の初潮までもをリビングの蛍光灯の下で共有する。一見、理想的な家族に見えるのだが、徐々に胡散臭さや、理想的な家族を演じているだけなことに気づく。お話は娘視点。母の絵里子視点。絵里子の母視点。父視点。父の愛人視点。息子視点で語られる。ページが進む毎に歪な家族の形が浮き彫りにされていく。
 理想的な家族ってなんだろうと考えずにはいられなかった。空中にある庭園なんて不自然なのに、一生懸命、特に絵里子はその庭園と家庭を飾り立てようとしている。ページが進むほど、実はこの家族が崩壊していることが分かり薄ら寒い。特に父の愛人視点で見た時完全に壊れているのに、家族ごっこを辞められないシーンは薄ら寒い。深くて暗い井戸を覗き込んで、引き込まれてしまいそうな自分がいた。健全とはいったいどういう状態を言うのだろう。
 痛いところをぐっさり刺し貫かれているような気がして、うまく感想が書けない(いつものことかもしれんけど)。作者の眼が怖いなぁと思った。「家族」という形を冷ややかな眼差しで観察している印象がある。でも語り口が冷たくて、この人は人間が嫌いなんじゃないだろうか、嫌いというより根本的に信用していないのじゃないだろうかと思う。非難しているわけではなく、観察眼は確かで人間にはこのお話のような一面が少なからず、あるだろう。でも描いている本人も人間だから、分析結果は自分にも跳ね返ってくる。私はそれが怖いけど、この人は怖くないのだろうか、もしかして本人の屈折した部分も客観的に見られるのかな、ということは周りもそう見えるのかな、と考えてしまう。
 親子、家族というテーマは描く人によって印象が大きく変わる。美しい、無償の愛を描いた作品はもちろん大好きだ。だけど人間は、親子や男女や兄弟姉妹の差がある。この本は家族を描いているけど、特に母と娘について抉り出しているように思う。それは私が娘だからかもしれないが、「母」の人間臭いところは正直見たくない。崇拝に似た気持ちがあるのだと思う。私にとって母とはあくまで「母」であって、「娘」「妻」「女」なところからは目を逸らしている。勝手だけどそうなのだ。でも自分だっていつかは母になりえる。その時こんな汚い気持ちを持った母ができあがる。だから怖いのかもしれない。
 読みやすいし、面白いし、すごいと思ったけど、精神的に弱っているときには勘弁して欲しい本だった。私が好きなのは分かりやすい、勧善懲悪な話なのでしょうがない。でも読んでよかったとも思った。等身大の人間を描く。掘り下げて掘り下げて描く。そうやって、自分も持つ感情をちゃんと言葉で表現してもらえるのは、心地よい。私達はそのたくさんの活字の中に、自分がぼんやりと感じていたものを表す言葉を見つければよい。

 ここから先は少しネタバレです。
 この家族がこんなふうになった発端は、絵里子とその母の関係から派生している。絵里子は母の呪縛から逃れたくて、理想の楽園を作ろうと画策する。今のところ形は整っているけど、あまり中身は伴っていない。でも絵里子はそれに気づかない。母は絵里子の屈折した思いに気づいていない。
 読んでいて一番しんどかったのはこの二人の目線から見たお話だった。絵里子の母は、聞く者が憂鬱になる愚痴を延々と言い続ける。それが嫌で距離を取っている娘に対し寂しさを感じてはいるが、原因には気づいていない。絵里子目線だとうんざりする。嫌に思うのもしょうがないな、と思う。その次に母目線となる。そうなると、絵里子も受け入れてやればいいのに、と考えが変わってしまう。年を取ると愚痴っぽくなるらしい。私の祖母もそうで、だから絵里子の母に祖母を投影すると途端に同情したくなる。邪険にされて可哀想に、と思ってしまう。逆に絵里子に自分を投影すると、こんなのはうんざりだと思ってしまう。自分が罪のない第三者になれないので、読んでいて重くなってしまう。私もいつか母をこんな風に思うのだろうか、母もいつかはこうなってしまうのだろうか、と怖くなる。
 絵里子の母に愛情がないわけではないのに、それが絵里子には伝わらない。そのことがとても哀しい。絵里子は自分は母のようにはすまいとがむしゃらに頑張っているのに、それが全く家族には届いていない。届いてないどころか、皆が息詰まるような思いをしている。母への責任は感じており、見捨てたくても見捨てられない。なんというか一人よがりなのだ。時折「私はこんなに頑張っているのに」というような感情を爆発させる絵里子が、怖い。自分の中に絵里子を見つけそうで怖い。だから感想がこんなに重たくなるのだと思う。
(2009/07/13)

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最終更新:2009年07月14日 01:50
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