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西加奈子

きいろいゾウ


 自分以外の人間になりたい。私とはかけ離れた人の話を読む度、強烈に憧れる。振舞いを真似することはできても、その人のようにはなれない。この本を読みながら、私はずっとツマになりたかった。
 ご近所さんが二~三軒しか出てこないような田舎で暮らす、ムコさんとツマ。ムコというのはれっきとした苗字で、ツマというのも「ツマリアイコ」という旧姓からとったもの。結婚して田舎に引っ込み、小説を書きながら老人施設で働くムコさんと、なんだかのんびりほんわかしたツマとのお気楽ライフといった冒頭。登校拒否の小学生男子と親交を深めていったり、態度のでかい鶏やら野良犬やら蜘蛛との心温まるやりとり、ってな話だと思ってた。でもツマはいわゆる不思議ちゃんでよくあるようなお話でもなくて、もう充分そのまま終わってもいいかななんて思いながら読んでいた。
 日常はツマではなくムコさんの側から変わり始める。お互い大切なのに、大事なのに、何故か距離ができてしまう。そばにいるのに。ツマの「ムコさん私を見て」と数行おきに入るその短い文章が切ない。
 読んでる間中、ツマになりたいと思った。田舎暮らしを心から楽しめる人。ズボンのチャックが開いているおじいちゃんとも友達になれる人。登校拒否になった小学生男子の心を開くことができる人。表面だけ真似することはできるだろう。ツマのように振舞うことはできるかもしれない。常に「ツマみたいな人ならどんな反応をするんだろう」と考えながらなら。でも、私がなりたいのは、自分で考えた結果の言動がツマみたいになる人なのだ。だから多分「ツマのように」と思う時点でアウトだ。
 実生活でツマがいたら、ちょっと苦手だと思う。いや、かなり苦手かも。だってかなり天然ぽいし。予測がつかない人が、私は苦手だ。なのに憧れるっちゅーことは、すなわち嫌い嫌いも好きのうちってこと?憎悪と愛情紙一重ってこと?隣の芝生ってこと?努力しても恐らく手に入らないものだから、嫌ってしまうのだろうか。好きと嫌いの源が同じだとしたら、ちょっと怖い。自分が信用できなくなりそう。
 お話としては、何が言いたいのかよく分からない。出来事だけ列挙すればたいしたことないし。でもムコさんとツマの仲は何かが変わる。涙を伴わないでじーんとする。気持ちが変わる。心持が変わる。
 言葉少なにムコさんが、ツマへの想いを口にするシーンがよかった。宮部みゆきのR.P.Gのクライマックスを思い出した。真っ白い羽毛がゆっくりゆっくり部屋に飛び散って、充満するようなイメージ。
 相変わらずこの人の本は感想を言葉にするのが難しい。すごーく印象深い体験をしたけど、人に説明すると「あれ?こんなもんだっけ?」と拍子抜けするように。でもその時私は確かに感動した、何かに。表面上は何も変わらないように見えるけど。
(2009/02/03)

通天閣


 この作者さんの本は二冊目。前回の「さくら」はドロドロだったけど、今回は泥臭いお話だった。やっぱり得体の知れない情熱に突き動かされた。
 物語は二人の視点から語られる。片や同棲中の恋人が夢を追い掛けて外国へ行ってしまい、彼を信じつつもあてつけるように彼女曰く最低の職場であるスナックで働く女性。片や他人との付き合いを極力避けて工場で単純作業に勤しむ中年男性。女は「私たちは別れたわけではない」と日々自分に言い聞かせながら、辛い毎日を過ごすことで恋人が帰ってくることを信じている。男は単調な毎日をただ淡々と過ごしている。通天閣の見える、大阪の下町で。
 途中で御伽噺のような教訓めいた挿話が挟まれる。意味はよくわからないけど、これまた胸に残る。いつか見た夢のような良く分からない、でもなんだか覚えのあるお話。夢ってこんな風に脈絡が無いよね、って思える。私は夢をすぐ忘れてしまうので(作者が夢を描いているのかは知らないけど)すごいと思ってしまう。でも結局これってなんだったんだろう?
 ゲロは出てくるし、下ネタでセクハラなおっさんとか出て来て下品な感じはするし、ごちゃごちゃしてる町並みが目に浮かぶし、冷えた塩焼きそばとか全然食欲をそそらない食べ物位しか出てこないし、女はあてつけがましくてうっとうしいし、実写にしたら絶対綺麗じゃないオカマは出てくるし、男はうじうじしているし、綺麗じゃない。美しくない。読んでいる間は早く読み終わりたくてたまらなかった。明確な悲劇じゃなくて薄ぼんやりとした袋小路の物語で、面白いとか楽しいとかちっとも思わなかった。大体題名が「通天閣」て!「東京タワー」なら美しい男女の只ならぬ恋でも、「通天閣」はおっちゃんとスナックのギャル(ここはやはりギャル、だ)の化かし合いとかそんな感じしかしない。いや通天閣行ったことないですけどね。見たことも無いし。「つうてんかーく、かーくかく」とかそんなイメージしかない。
 それなのにラストシーンは薄汚いなりに美しく、「汚いものでも美しく見える瞬間があるのだ」と思わされる。結局どれもいい方向になんて向いていないのに、なんだかリセットされる登場人物たち。愚かしくて汚くて惨めで、でも生きている愛すべき人間たち。
 なんだか憎めないのだ。誰一人として共感なんてできなかったのに、やっぱり勢いがあって揺り動かされる。多分私はこの作者さん、好きだと思う。人間を良く見ている人だと思う。お金を稼いで綺麗な格好して、考えることは恋愛と仕事のこと、って感じのお話とはちょっと違う。もしも私がどん底に落ちても、「通天閣」を読んだら救われる。ずっと持っていたいのではなく何十年後かに、私が結婚して子供ができて毎日Tシャツやジャージを着て1日を過ごすその辺の商店街にいそうなおばちゃんになった時に、古本屋とかでふと巡り合いたい、そんな本だ。
 私は綺麗な話が好きだし、読書に求めるものは娯楽であるという信条は変わらないけれど、この人の本は読みたいと思う。
(2007/11/30)

さくら


 目が眩むほどの幸福と身動きできないような不幸が散りばめられた本だった。この人の本は初めてで、最初「~と言う」を「~とゆう」なんて書く奴の本が面白いわけ無い、と斜に構えながら読んでいた。平仮名も多いし。なのにこの勢いと迫力はなんだろう。私の好きな本には「してやられた感がある」と「なんだかよく分からない勢いがあって、心の柔らかい場所(by夜空ノムコウ)をうねりを持って揺り動かすようなもの」と「そのどちらも満たすもの」があって、これは二番目。テクニシャンじゃないけど、私のやらかい場所は大荒れに荒れた。何でと聞かれても、具体的に言えないけど。
 愛し合っていてまだその概念も分からない女の子に子供の作り方を照れも無く教えられちゃう両親と、何をしても注目を浴びる英雄のような兄と、兄が大好きな誰よりも綺麗な妹の美貴、そして犬のさくらを家族に持つ、平凡な男の子薫が自分の家族を綴る。冒頭、薫は既に実家を出た状態で、過去家族に不幸があったことを匂わせる。お正月休みに久しぶりに帰った薫が、美貴の誕生前後からの回想でこの家の歴史を語っていく。
 前半は眩いほどの幸せをこれでもか!と見せ付けられる。兄ちゃんは英雄で薫はいつも比べられるし、美貴は見た目は極上なのに兄ちゃん大好き他は知らん!てな乱暴者で性格に難有りだし、下町を離れニュータウンに引っ越して来てなかなか周囲と馴染めないのに、それでも幸せそう。両親が愛し合っていて家族の絆が強ければ、本当に周囲なんて些細な問題なのかもと思える。妹が産まれたんだからもう庭でおしっこはしない、と誓い合う兄弟は、私には眩しすぎた。そしてこの後来るであろう不幸にずっと嫌な予感を抱く。願わくばこの幸せな一家に訪れる不幸が、そんなにひどいものではありませんように。
 不幸第一弾は予想の範疇だったけど、真の不幸はその後だった。読んでいてすごく辛い。木の幹から古い皮が剥がれるように、ぽろぽろと幸せがこぼれ落ちていく。それでも家族はひょうひょうと生活を続けていて、多分現実ってそんなんもんだろうなと思った。
 美貴はよく分からない子として描かれているけど、その意志の強さと言うか想いの激しさに圧倒される。大阪在住の家族という設定なので、話し言葉は全て大阪弁で描かれていて、それもすんなり入り込めた要因の一つかもしれない。たどたどしい人間の美貴の言葉と、流暢な犬のさくらの言葉が対比していて面白かった。さくらは物語に直接関係していないのに、その言葉に救われる。美貴が愛情を惜しみなく注げる対象であるさくらは、そのまま家族にとってのさくらの存在価値となっていた。私は犬を飼ったことないけど、犬はこんな風に雄弁なのかな?人間の言葉を喋らないことはもちろん知っているけど、犬の言葉を飼い主はわかるのかな?
 現実に美貴がいれば、多分私は仲良くはならない。意味不明な子として認識すると思う。物語の中でも修復つかないような最低なことをしでかしているけど、読んでいる分には嫌いにはなれなかった。美貴のしたことは褒められたことじゃないけど、一家を襲う不幸は誰が明確に悪いものでないだけに、哀しさしか感じない。不幸に屈服してしまっても責められない。どこか一つ歯車が狂えば、簡単に壊れてしまうのを見てることしかできないのだろう。
 電車で読んでいたので泣けなかったし、細切れに読んだのですごく勿体無いことをした。家で一気に読めばよかった。それなりに爽やかな終わり方をするので、現実に疲れている人にはもってこいの逃避だと思う。テーマは重いのに読後感が良いのは不思議。実写じゃなくて漫画でなら読みたいかも。

 ここから先はネタバレです。
 嵐のような感情を持つ美貴が、家族に自分の想いを絞り出すように話すシーンが胸にずーんと来る。太陽のような母さんと、実はその暖かさの源であった父さんと、その愛情をたっぷり受けた子供達が、転げ落ちるように不幸になっていくシーンでは気分とは裏腹にページを繰る手が早くなった。美貴の兄ちゃんへの想いは世間的には許されることじゃないだろうに、全く嫌悪感を感じない。これは私にしては珍しい。兄ちゃんや薫の性的な経験も描かれているのに、同じく嫌悪感なし。「こうやってあけすけに話をする家庭もあるのか」と感心したくらい。
 今でもなぜこんなに、読んでいる最中に気が昂ぶったのかわからない。「そうだったのか」とか「うまいな」とかそんなことは一切思わなかった。美貴がランドセルの中の手紙について薫に告白するところ。怪我をした兄ちゃんを「これで独り占めできる」と思うまでに、兄ちゃんが好きだった美貴。肩の荷に押し潰されて逃げ出してしまった父。一見明るくしているのにどんどん太りだす母親。車の中で美貴が「今度人を好きになったらすぐに言う」と家族に告白するところ。さくらが言葉を喋りだすところ。その後家が何もなかったかのように稼動するところ。ずっと、得体の知れない興奮に包まれてた。ゆっくりゆっくり登って、急降下するジェットコースターのように。
 美貴を嫌いになれないのは、美貴の想いがあまりにもまっすぐで混じり気が無くて、どうしようもないものだったかもしれない。だって兄ちゃんはそれくらいかっこよかったから。友達がいなくても誤解されても、一度も美貴を可哀想だなんて思わなかった。兄ちゃんと比べられる薫だって、一度も可哀想じゃなかった。彼らの家庭はそれ程素晴らしかったから。
 幸せだった家族の時間を少しも無駄遣いせず大切にしていたのに、兄ちゃんを襲った不幸は同じ家族にも伝染した。ただ「怒り」はそこになく「哀しさ」だけが残る。悲劇としか言いようが無い。救いがない。兄ちゃんがヒーローすぎて、それだけに事故後がきつい。
 兄ちゃんの事故が起こらなかったらどんな家族だったのだろう、と考える。いつか美貴は兄ちゃんに自分の気持ちをぶちまけそうだし。それはそれで面白いお話になっていたんじゃないのかなぁ。
(2007/11/08)

  • さくらの感想が素敵だったので書き込みました。さくらは悲しいのに元気が出る本だと思います。 -- ゆうじ (2009-08-21 12:23:58)
  • お褒めいただき光栄です。さくらは本当にすごい本です。すごいとしか言えない語彙を呪いたくなります。 -- May (2009-09-25 00:42:18)
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最終更新:2009年09月25日 00:42
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