市川拓司

そのときは彼によろしく


 この人の本はいつも同じイメージを抱く。私達と同じ世界にいるのに、よく見たら地面から2cm浮いているような。私達がいるのが3次元としたら、3.02次元て感じ。同じなのに違う。どことなく現実離れしている。そんなイメージ。
 私にとって三作目となるこの本は、まず題名が素敵だと思いました。リズムがいい。口に出したくなる。掴みはオッケー(当社比)でした。
 主人公は真面目なアクアプランツ(水草?)店主の智史。彼の語る口調でお話は進みます。複雑な恋愛が苦手だと自覚している彼は、結婚相談所で知り合った美咲とぎこちないお付き合いを始めました。智史は美咲に、中学生の頃の風変わりな友達について話します。ゴミが好きで、不法投棄されているゴミの山に居心地のよい場所を作り、ゴミの絵を描く目の悪い祐司。歯の矯正器具をつけていつもアーミーコートを着ている花梨。喉を手術されたらしく泣き声が「ヒューウィック?」と聞こえる、モップにしか見えない犬トラッシュ。彼らとの付き合いは智史の父親の転勤で引っ越すまでのごく短い期間でしたが、その後の彼に大きく影響を与えました。
 何度目かの美咲とのデートの帰り、智史が店舗兼自宅に帰るとそこに有名モデルの鈴音がバイト募集の張り紙を持って待っていました。この店に住み込んでバイトしたいという鈴音との、奇妙な同居生活が始まりますが、謎の多い彼女の目的はいったいなんなのか、智史と美咲の恋はうまくいくのかというお話です。
 冒頭でも述べたように、ちょっと現実から浮いているような、でも有り得ないこともない、ガラスのような綺麗なお話でした。「いま、会い~」「恋愛寫眞~」と同じようなオチになるのでは?と、半ばドキドキ半ばうんざりな、意地悪な気持ちで読み進めていましたが、「 ま た か 」と思うこともなく、良いお話だったと思います。むしろじーんとしました。題名がまたいい味出していましてね。私は物語の内容と題名が上手い具合にリンクする話が好きで、今回も「そう来たか!」とやられました。心地よい悲鳴です。さて、これは誰が言ったセリフなのか、「彼」は誰か、途中で分かる人いますかね。
 良いお話です、お勧め。

 ここから先はネタバレです。
 友情から恋愛に変わっていくお話なのだろうと、予想しつつ読んでいたら最後に家族愛が来ました。たまらん。ベッタリしすぎない父の愛情が、物語中一番涙を誘いました。脇役ポジションで光を放っていたのに、いきなりステージ中央に出てきて意外性もあったし、何よりその表題のそのセリフ。絶対花梨が眠りに着くときに言うと思っていたのに微妙に違って、「あれ~」ってなってたときにこれですよ。「おとんが言ったんかー!」と、すとんと何かが落ちた気がしました。
 花梨の最後のセリフもよかったです。智史が四十歳位まで花梨を待っていたところは、時間が長すぎて「ほんまか~」と邪推したくなりますが、それまでの智史の描写で「まぁそんな人もいるかな」と奇妙に納得。意地悪な視点でずっと読んでいたのに、結局してやられてしまいました。夏目君と美咲の邂逅もそういう意味では、「ミステリアスだなぁ」で終わってしまいました。その前に「お姉さんの予言」があるからでしょうね。
 最後の方は「幸せになって欲しい」と願いながら読み進めていたので、花梨が目覚めてくれてよかった。
(2007/06/08)

恋愛寫眞-もうひとつの物語


 この人の本は「いま、会いにゆきます」しか読んでません。そんでかなり感動しました。この恋愛寫眞を読んで一番最初に思ったのは、「この人はこういう描き方をするんだなぁ」。なんと言うか雰囲気が一緒なんです。静かでひんやりして小さなさざ波が広がる水面のような。すべすべした陶器のような。
 会話が多く、下の方は空白なページが多かったのですぐ読めました。ハードカバーで読みましたが、真っ白なカバーに黒字の活字のみの装飾で、本の中身とすごく合っている様に思います。この本のイメージは白ですね。
 お話は誠人という大学生の一人称で進みます。入学したばかりの頃に静流というまるで子供のような外見の女の子と知り合います。人見知り気質の誠人は、なぜか静流だと気負わなくてすみ、大学近くの公園で鳥を見たり自分の趣味の写真を教えたり、付き合いを続けました。一方、大学で声を掛けられ仲の良い友達もできますが、その中の一人見た目も性格も良いみゆきに彼は恋をします。これは彼らの恋物語です。
 誰一人どろどろしたところを持っていない(もしくは出さない)、ある意味ファンタジーなお話でした。それはそれで良いのですが、別世界のような人間であまり感情移入できなかったのが残念です。古今東西のお話の登場人物に似た人に出会ったわけではないのですが、前後の文面から「こういう人もいるんだろう」と想像を働かせることはできると思います。私の手持ちのカードでは、彼等は作り上げられませんでした。私が斜めに見ちゃってるせいかもしれませんが。
 一番印象に残ったのは、誠人のグループの一人、関口が言った言葉です。彼は映画が好きなのですが、就職活動に際して誠人に言います。「映画は好きさ。俺は映画を楽しむことが大の得意なんだけど、ただそれだけなんだよ。作れるわけでも評論出来るわけでもない。もし、プロの観客っていうのが仕事であったら、そこに就職したいもんだね。優良社員になるぜ。でも、やっぱりそれって金をもらうんじゃなくて払ってすることなんだよな。 」私の漠然とした気持ちに形を与えてもらったように感じました。彼の言う「映画」は私の「本」であり、他の人達にとっての「寝食を忘れるほどの趣味」に置き換えられるでしょう。聞いてみれば何てこと無いような言葉ですが「そうそう私はそういうことが言いたかった!」と思いました。でもここが一番印象に残ったっていうのも寂しいかも。感銘を受けるツボなんて千差万別で、だから何かを伝えようとする人は「このフレーズで感動させよう!」なんて考えないで、ただ自分が描きたいものを描いて欲しいなぁと思います。結局読者は読み取りたいものだけを、そこから読み取るのだから。
 映画の科白や、カタカナ作者の本が小道具に使われてましたけど、教養が無いのでほとんど分かりませんでした。割と新しい映画も入っていましたが、知ってたら面白いのかな。お洒落雰囲気を出すために出てきているようで私はあまりそういうの好きじゃないのですが、多分僻みだと思います。ええ。題材がジブリなら分かるのに。「まるで迷子のキツネリスのよう」とか。それもあかんか。
 物語に入り込めなかったのは、最初に「ああこういう雰囲気ね」って思っちゃったからだと思います。あと電車で読んだのも関係しているでしょう。甘い砂糖菓子は初めて食べたらおいしいけど、続けて食べると胸焼けがするように。一人でじっくり読んだら、感想は違ったかもしれません。心静かに読める本が好きな人は良いと思います。んーと、「世界の中心で愛を叫ぶ」が好きな人とか?
 「メルクルディ」という言葉の響きはとても綺麗だったと思います。この人は綺麗に文章を綴るなぁと思いました。

 ここから先はネタバレです。
 友人の女の子と小さなアパートで同居する誠人も理解できないし(静流は誠人に恋してるから分かるけど)、二人とも何年も相手のことを忘れないのも何か違和感あるし、誰の恋も綺麗に実らないところもうますぎる気がするし、えーまた死ぬのとかも思っちゃったし。自分汚れてるなぁ。
 それから意味ありげなのかないのかよく分からない、思わせぶりな短めの言葉の応酬に入り込めませんでした。こういうのは入り込んだ者勝ちなので、スタートダッシュが遅れていなければ泣いてたと思います。というか本当はそういう意味ありげな言葉の応酬大好きです、はい。「そうかな」「そうだよ」とか。分かってる感がたまりません。
 「恋を知ったら大人になって死んでしまう」という病気が本当にあるのか分かりませんが、ハッピーエンドにして欲しかったなぁというのが本音です。でも最後の、写真展は映像で見てみたいです。あそこはちょっとだけ泣きそうになりました。映像化が似合うような、そうするとこの雰囲気が壊れてしまいそうな。映画の恋愛寫眞は違う内容なのかなぁ。柔らかいおっぱいと蒙古班の無いすべすべなお尻の写真と、クッキービスケットを咥えているセルフポートレート見てみたい。
(2007/04/11)

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最終更新:2009年06月07日 17:48
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