
母がこの人を好きで昔から家に沢山あります。そのせいか昔は読み漁ったこの人の本。ある時期を境に嫌いになってしまったのですが、読む本がなくて「神戸」の名に惹かれて手にとってしまいました。
結論としては、やっぱり苦手。神戸が舞台じゃなかったら、途中でやめてました。お話は例のごとく浅見光彦が神戸へ取材をしに行ったら取材相手が殺されて、「自分の好奇心を満たすため」とか、事件に絡んでくる芦屋の富豪一家を「救い出したいから」とか言って、かき回して東京に帰るお話。
あまり綺麗な本ではなかったので発行年も古いのでしょうが、やっぱり他のと同じだなーと思いました。警察に怪しまれることもお約束であれば、兄が刑事局長であることがわかって「へへー」とへりくだられるのもお約束。渦中の一家に「浅見さんなら」と信用されるのもお約束で、お嬢様に恋愛めいた想いを抱かれるのもお約束。お約束過ぎて笑えます。まぁそれは水戸黄門に文句をつけるようなものなのでいいのです。
気になったのは出てくる女性は全員古臭いところ。年配の人ならともかく、若い女性に幻想を抱いていそうで、以前若い女性だった者としては少しうんざり。古風な人ならいいんですよ。そういう人もいるだろうな~と感じさせてくれるなら。でもそうじゃなくて「おっちゃんが想像する、好ましい若い奔放な女性」て感じなんですよね。
作者はただ浅見光彦を良く描きたいだけかな~と思います。居候の次男坊だなんて落としてるけど、文章の端々から「こういう男格好いいでしょ?母性本能くすぐるでしょ?」って匂いがする。あまりに事件に会いすぎると不自然だし、全国を舞台にして旅情ミステリにしてるよ、観光気分も味わえるでしょ?って思ってそうだと考えるのは、私が意地悪だからでしょうかね。
結局、作者の描きたいお話と、私が読みたいお話が一致しないんだと思います。作者には作者の描きたいものがあって、それは全部机の上で考えられる(現地取材は除く)もので、私はそういうものは読みたくない。私は私なりのリアリティを感じられる、トリックや動機に凝ったお話を読みたい。神戸を舞台にするならば、神戸人が知らないような神戸を描いて欲しい。でもそれは読者の我侭だと思うので、読まなきゃいいんですよね。そういうお話じゃないって知ってるんだから。
ただ神戸が舞台なのは読んでいて嬉しいものですね。昔はそんな風に思わなかったんですけど、今は場所が思い浮かぶのが嬉しい。ご当地殺人事件が廃れないのは、こういうニーズがあるからやねーと思いました。
色々言いつつばらく経ったら読む本がなくて、また手にしてそう。
(2009/02/13)
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最終更新:2009年02月14日 00:55