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三島由紀夫

春の雪 豊饒の海(一)


 私は純文学というものが苦手です。苦手と言うよりほとんど触れたことがありません。本は好きですが、名作とされるものはほとんど読んでいないように思います。ただのミーハー読書家です。
 三島由紀夫も名前は知っていましたが、「金閣寺書いた」「切腹した」程度の知識しかなく、一番興味を持ったのは三輪彰宏が彼の話をするテレビを見た時位。ただその時「三島由紀夫は面白い」というノリだったので、映画化もされたこの本を「読んでみよっか~」と買ってみました。
 読んでみると思っていたより取っ付きやすく、めっちゃ昔の人が書いた本ではないんだなと思いました(そんな昔の人ではないので当たり前なのですが、もう亡くなっているのでそういうイメージがありました)。表現が非常に綺麗で、美しい言い回しというか、冷たい描写というか、艶やかというか、ビジュアル系な文章でした。当時十代の少女ならハマってしまったのではないかと思います。
 お話は貴族の息子清顕(きよあき)(確か17歳)と、幼馴染の聡子(多分19歳)との恋物語です。恐らく明治時代なので、非常にまだるっこしいのですがそれがまたいい味を出しています。清顕と聡子は幼馴染で交流があり(この時代には異性と出会う機会があまりない)、また家柄的にも釣り合いは取れているのですが、なぜか禁断の恋になっています。なんでかって言うと、清顕がアホやから。もー読んでて腹が立つんですが、清顕がお子ちゃまで見栄っ張りで頭でっかちで、「全部あんたが引き起こしたことやろー!」と突っ込みながら読みました。
 頭いい人が見たら、文学的になんたらとか表現がなんたらとか世相を現してなんたらとか読み解くんでしょうけど、私は清顕の友人本多がつらつら考えてるところは面倒臭くなって飛ばしたし、ただ「綺麗な表現やなー」と思いながら読んでただけなので、ひたすらに「なんでそんな展開になんねーん!」と思っていました。とにかく清顕に共感できない。意味が分からない。傍若無人で裸の王様みたい。「悲恋」として扱うには、悲恋の人に申し訳ないような気がします。
 ただ、昔のお貴族様ってそんなもんなんだろうし、お年頃の男子ってそんなもんなんかなって気がします。だからストーリーが破綻しているってわけではなくて、ただ私が清顕を嫌いなだけです。なんか健全な人、望ましい人があまり出てこーへんのですよ。あ、海外留学生の二人は健全だったかな。多分今の時代にも清顕みたいなんはごまんといるでしょうね。それから、女性経験がないことが聡子にばれるかどうかで頭に血が上った挙句、逆切れする清顕を微笑ましいとは逆立ちしても思えないのですが、そんなもんなんかしら。
 清顕と聡子が雪の降る中逢引するシーンは、芸術的だとすら思いました。一行一行がため息だ出るほど美しい。今まで読んだ本の中で一番綺麗だったんじゃなかろうか。文字が集まっているだけなのに、綺麗過ぎて想像もできない。あそこだけでも読んだ意味はあったなぁと思いました。
 でも続きは気にならない。「豊饒の海」は「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の四部作からなる長編だそうです。それなりに完結しているので、また縁があれば読むかなぁ。
(2007/06/15)

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最終更新:2007年06月16日 02:14
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