
題名を読んで「ピアノのお話かしらん」と思った。残念ながらそんな美しいお話ではなく、スリ(掏摸)のお話でしたが。この人ってばジャンルが広いわぁ。
辻という青年がスリで服役しており、釈放されたところからお話は始まる。前科者になったにも係わらず、なんだかあっけらかんと自分を迎えに来てくれたおばちゃん。彼女と二人で電車で家へ帰ろうとした時に、おばちゃんの鞄から財布を掏ろうとする数人の学生に出会う。スリの自分の目の前でそれは見事なチームワークを見せ付けられ、釈放されたばかりだとか家で可憐な幼馴染達が待っていることやそんなことを秤にかけて、辻はスリを追いかけることを選ぶ。結局その場ではスリグループを見つけられなかった辻だが、探索を諦めない。女装して占い師を営む「昼間」や、かつて知ったる刑事や、幼馴染の咲を巻き込み、辻はスリグループを見つけられるのか。というお話。
読んでいてずっと
伊坂幸太郎を読んでいるような気になっていた。次に読む本が伊坂幸太郎だとか、スリという決して明るくない題材だとか、今まで読んだ佐藤多佳子には出てこなかったような冷たいキャラクターが出てきたりとか、そんな要因が絡んでいるのだと思う。
スリという反社会的な題材にしては、やけに爽やかなお話だった。この本ではむしろ職人芸のように扱っている。スリを「廃れ行く古きよき技術」のように描いたかと思いきや、「やっぱり犯罪なんだよ」と私を引き戻す。解説にあったように価値観が揺らいだ。でもこの本は「スリがテーマのスポ根小説」だと思う。
浅田次郎の天切り松みたいな話だ。
辻と昼間はしばしの間、共同生活を営む。辻視点で語られる辻は最近の若者のようなのに、昼間視点で見る辻はつかみ所のないなんだか余裕のある男だった。私から見て掴み所のない、思考回路が分からない人も、こんな感じなんだろうか。逆に昼間はあまり裏表がなかった。このキャラクターはとても好き。優しい女のような男。ただの客だった女子高生に肩入れする男。最後に残酷な優しさを見せた男。昔読んだ銀色夏生の「冷たくするなら最初から 優しくするなら最後まで」を思い出した。私はその女子高生に同情できなかったので、その子の気持ちよりも、「結果的に残酷なことをした自分に苦しむ昼間」がよかった。
昼間はニュートラルに人に好きになって、咲に対する気持ちも恋心のように見えるけど、それよりも辻への想いが大きいように見えるのは私の頭が腐ってきてるんでしょうかね。昼間、女だったらよかったのに。
(2008/11/17)

「一瞬の風になれ」に引き続き、この人の本を読むのは二作目。前回は高校生の陸上のお話。今回はガラリと変わって落語家が主役でした。TOKIOの国分主演でドラマか映画になったらしいですね。落語がテーマなだけに、実写化は有効だと思う。本もとても面白かったけど、落語の部分はやはり文字に起こすと鈍臭い。
主人公は駆け出しの落語家達也。師匠について自分も舞台に立つ(座る?)けども、今一つ自分の落語に自信がもてない。自分のことだけでも大変なのに、成り行きと親分肌な性格のせいで、4人に落語を教えることになる。生徒は、どもり癖がある従弟の良、大阪から関東へ引っ越してきていじめを受けるようになった優、口下手なのに解説者をやっている湯河原、気が強い猫のような女性の十河。落語ができるようになれば彼らの問題は魔法のように解決!はしないけど、なんとなく前進するんじゃね?ってお話。
面白かったけど地味なお話だった。落語にはあまり興味がないので残念だが、知っていたらもっと面白かったのかもしれない。等身大の人物ばかりで普通のお話。普通でも人生は面白く、個人的には波乱万丈なのだ。落語家の生活を垣間見ることができて、そういう意味でも面白い。
ほんのりラブ風味があるのも素敵。この人が描くと全然くどくならないんだなぁ。
感想を書こうとするとあまり思い浮かばないんだけど、面白かった。この人の本はこれからも読み続けたい。
(2008/11/08)



面白かったー!爽やかで読み易くて読後感が良いです。この人は初めて読むのですが、何かでお名前を見ていていつか読みたいと思っていたのです。読めてよかった。プロフィールを見る限り、児童向けの作家さんなのかな。全年齢層にお勧めできます。
主人公は新二という少年で、サッカーの才能がある兄に憧れ、中学までサッカーをしていました。思うところがあり高校ではサッカーを辞め、これまたスプリンターの神様に愛されてるかのような連という幼馴染と陸上部に入部します。初めての陸上に戸惑ったり、気まぐれな連に振り回されたりしながら、短距離の魅力、陸上の魅力にハマっていく新二ですが…というお話です。三冊で約三年。疾走感があります。
登場人物が魅力溢れていて、とても良い気持ちになれる本でした。私は陸上は門外漢で、駅伝もマラソンも100m走も何が面白いのか分からない奴ですが、読んでいる内に「あれ?なんか陸上面白そう?」って思えてきたから不思議。個人競技に見える陸上での連帯感、リレーのチームワーク、単純に思いっきり走ってるだけに見える10秒ちょっとの間に、実は駆け引きが必要なレース。「私の知らない世界」で面白かったです。
主人公の新二が「いい子」で、でもそれは全然鼻につかなくて読んでいて気持ちいいです。兄の健ちゃんと連という、才能に恵まれた人物に囲まれてコンプレックスを感じながらも、心根がまっすぐだからひねくれたとしても可愛い。コンプレックスと憧れが同居しているのに、どろどろしない。それでも自分にできること、なんて前向きでとにかく可愛い。新二も「努力できる才能」を持っているのに、眩い周りばかりを見ているので気づかない。自信が無い。そんな新二が経験を積むに従って、自信を持っていく過程も良い。
私にも毎日毎日部活に明け暮れていた日々があった。もうほとんど忘れているし、あまり上達しなかったし、その頃の知り合いとも疎遠になってきていたので、「無駄ではなかったけど、無意味だったのかもしれない」と感じてた。でも、惰性でもなんでも毎日暑い中寒い中頑張っていたなぁ、皆と遊ぶのも楽しかったけど試合にも勝ちたかったし、真面目に練習してた。今炎天下の下走り回りたいとは思えないし、真冬にジャージで外にいようなんて思わない。月~金学校行って放課後練習して、土日は朝から夕方まで部活して、今じゃ土日がもったいなくてそんなことできない。その時はそれが普通で、ちゃんと充実していたと思う。自分の経験が無意味だったのかも、と知らず知らずの間に否定していたものを、もう一度見つめることができてよかった。思い出すことができてよかった。
読んでいて私は、遊んだり勉強したり誰かと付き合ったりすることなく、ひたすら陸上のことを考えている新二のことを、ちっともかっこ悪いと思わなかった。貴重な学生時代を陸上にのみ費やす新二を「よしよし」と頷きながら読んでいた。それは、取りも直さず自分の学生時代がそんなに悪いものじゃなかったんだ、と思えることに繋がった。「新二を肯定することって、昔の私も肯定してるんじゃね?」って。そりゃ新二のように立派な成績は残せなかったし、真剣さは敵わないけど。
努力とは良いものなのだ、頑張ることは恥ずかしいことじゃないのだと思わせてくれるこの本は、ただ今青春真っ只中を泳いでいる人達に、是非読んで欲しいと思う。
と、くさいことを書いてしまいました。いや、まぁほんと、そんな気持ちにさせられる本でしたよ。
あまりに新二を受け入れやすかったから、作者が女性なので「男子高校生がこんなこと考えてたらいいな♪」って視点じゃないかって疑っちゃいました。まぁそうだとしても面白いからいいのです。男性が読んだらどんな風に思うんでしょう。「高校生がこんな可愛いわけないやろ」でしょうか。私は新二でも健ちゃんでも連でも、こんな息子が欲しいです。あ、ネギもいいな。うん、ネギよかった。逆にキティちゃん男は、この本で唯一出てくる嫌な奴でしたね。「おーやっと嫌な奴出てきた」とすら思えました。
次世界陸上があったら、ちょっと見てみようかな。駅伝とか。
(2007/08/30)
[カウンタ: - ]
最終更新:2009年06月07日 17:08