
この人の本は二冊目。「肩ごしの恋人」があまりに赤裸々に描かれていたので興味を持った。この本も面白かった。昔少女向け小説を描いていたとは思えない。
このお話は二人の女性の人生を辿っている。スタートはそこそこの会社の総合職に就いている同期の薫と乃梨子。お互いが「あの子には少しだけ敵わない。負けたくない」と思っており、仲が良いけど密かにライバル心を抱いている関係。女にはありがちだ。主観的にはお互い「自分はちょっと負けてる」と思っているが、端から見ればスペックは一緒。さて、ここから二人は全く違う種類の人生を歩む。
二人が好意を抱いていた同じ会社の郁夫と薫が結婚するところから、二人の方向は違い始める。薫は仕事を辞め、専業主婦になる。乃梨子はそのままキャリアを積み上げる。働く20代~30代の女のほとんどが一度は考えるであろう、二つの道。二人が選んだ二つの人生を、初老になるまで追いかける。二つの道はかなり基本(そんなんあるかしらんけど)を踏襲しているように思う。至る所で「あるある」もしくは「あーありそう」と頷いた。あまりに率直過ぎて、そこまで描かなくても…と思える程、あけすけな部分もあった。己を客観的に振り返る良い機会になった。かな?
薫にとっての乃梨子、乃梨子にとっての薫は常に「なったかもしれない自分」だ。直接または間接的に、彼女達は相手の境遇を知る。そして「勝った」「負けた」を繰り返す。例えば結婚の為退職する薫は「郁夫をサポートするの」と幸せを乃梨子に見せ付ける。乃梨子はその後順調に出世するが、その知らせを聞いた薫は家庭での閉塞感に悩んでいる。フィクションだからうまいことプラスとマイナスが逆になっており、どちらの人生も幸せと大変さの合計は同じくらいになっている。どっちを選べば勝ち組か、なんて判断できなかった。それは作者が入れた、せめてものフォローなのかもしれない。
読んでいて「女って難儀やなぁ」「女の敵は女」と思った。そんでその言葉は結局私を直撃する。そう、難儀なんですよ奥さん、女と言う性は。薫と乃梨子は互いの状況を聞いて、焦ったり妬んだり扱き下ろしたり、滑稽なほどにお互いを意識している。その姿は美しくないのだけれど、泥臭くて愛しくもある。自分に似ているから許したくなったり、似ているからこそ嫌悪するのだと思う。薫と乃梨子に似ているところを、私はいくつも持っている。
仕事しんどいです。時々逃げ出したくなります。社会的な性別としての女には「結婚を理由とした退職」という、別の選択肢が目の前にぶら下がっている。当面の問題から逃れられる誘惑と戦わなくてはならない時が一度は来ると思う。ゲームをしていて不利になった時に、リセットボタンを押したくなるような感じ。邪道か、はたまた賢い選択か。リセットボタンが無いなら諦めもつくのに、届く位置にそれがあって、その上「押したら?」って言ってくる人がたくさんいるのだ。「もういいんじゃない」「それが女の幸せだよ」「押してみたけどいいもんだよ」そりゃ押したくもなるわ。目先の苦しみから一時逃れられるかもしれないもの。でもそんな理由でリセットボタン押したくもないんだよ。だってそれはリセットボタンにも失礼でしょう?
もちろん現実に結婚はリセットボタンではない。そもそも人生はゲームじゃないから、降りることなんてできない。結婚は新たな始まりであり、御伽噺のハッピーエンドじゃないのだ。だけど溺れてるんです藁をも掴みたい、という人を笑えないし、責められない。少なくとも私は。
私は欲張りだから薫の人生も乃梨子の人生も欲しいと思う。家庭と、家庭以外での私の場所が欲しい。認められたい。今は仕事をしているから、乃梨子のしんどさが予想できて怖い。家庭に入った薫の閉塞感は恐ろしい。どちらもなりえる私なのに、その差が激しくて、どちらをも選べない。笑い飛ばせない程に、このお話の一つ一つのエピソードはリアルだ。
私語りになるが、私はそれなりに恵まれてるなぁと思う。陰湿ないじめにもあったことがないし、あからさまに肩叩きのような「結婚は?」と発言を受けたこともない。お局様もいないし、女だからと蔑まれたこともない。全部「多分」とか「気にして無いだけかもしれないけど」がつくけど、ドラマや漫画のような環境(セクハラ上司とかコピー取りとか)にはいない。それでも時折「女」という性を垣間見る時がある。なのでこのお話はお腹にずしんときた。面白かったのは勿論だが、会社員経験がある女性には、決して人事では無いリアルなお話だと思う。もしも「結婚か、仕事か?」「仕事辞めたい」と思っている人がいたら、読むと良いと思う。ただ男性はな~、読むと(女についての)勉強になるかもしれないけど、面白いかどうかは微妙だ。
(2008/10/30)

この人の名前は良く見る。もしかしたら何冊か読んだことはあるかもしれない。でも「唯川恵」と認識して読むのは初めてだ。この本も知り合いがお勧めしてくれたので「まぁ読んでみるか」位の気持ちで借りた。なぜ今まで読んでなかったかというと、無意識に敬遠していたのだと思う。よくある恋愛小説ばかり描く人なのだと認識していた。別に恋愛小説が嫌いなわけでもないのだけど、元々推理小説やミステリが好きだったし、それに正直恋愛小説に偏見を持っていた。「好きだ嫌いだ嫉妬だ別れたなんだやってるだけなんでしょ、そんで結婚がハッピーエンドなんでしょ」と。
この本は面白かった。恋愛小説なのだろうけどスマートで読みやすくて続きが気になった。他の恋愛小説と比べることはできないけど、少なくとも「恋愛小説なんでしょ」と馬鹿にしていた自分が馬鹿だった。いや、普通に面白かったです。ごめんなさい。
このお話は二人の女が出てくる。27歳で幼馴染の萌とるり子だ。萌は少しドライで、感情をあまり表に出さないタイプ。片やるり子は自分が大好きな奔放なタイプ。一見そうは見えないけど、正反対と思われる二人の友情話でもあった。このるり子が正直すぎて気持ちいい。傍にいたら仲良くしたいタイプかは微妙だが、自分の欲求に素直で、少し羨ましい。萌は「そうはなりたくない」と思いつつも、るり子のそういうところを認めている。
読んでいて心にずしっとくる文章がいくつもあった。女が読んだら反発を覚えたり、妙に納得したり、下手すると心酔しちゃったりしそう。忘れたくないので一部抜粋。まずるり子について。
「女は綺麗で、セックスがよくて、一緒にいて楽しいこと以外、何が必要なの?」
「我慢なんて、少しも自分を幸せにしてくれない。自分を幸せにできないことをどうしてしなくてはならないのだろう。」
「女にとって、綺麗で、男に大切にされて、おいしいものを食べて、好きな洋服やブランド製品で身を飾るに勝るどんな幸福があるというのだろう。」
「本当はみんな知っているはずだ。わがままを通す方が、我慢するよりずっと難しいということを。だからみんな我慢の方を選ぶ。それは、楽して相手に好かれようと思っているからだ。聞き分けのよい女なんていちばんの曲者だ。心の中を我慢でいっぱいにして、そのことに不満を持ちながらも『我慢と引き替えに手に入れられるもの』のことばかり考えている。るり子は常々心に誓っている。どんなに落ちぶれても、我慢強い女にだけは絶対にならないでおこうと。」
「みんなが持っているから買うのと、みんなが持ってないという理由で買うのと、いったいどこが違うのだろう。るり子にしたらどっちも同じだ。みんなが持ってるものは、当然、欲しい。みんなが持ってないものはもっと欲しい。」
どうだろう。卑屈でも高圧的でもなくただ己のためにそういいきれる強さ。強烈に羨ましい。そう言えるのが羨ましいのではなく、心からそう思えるのが羨ましい。大人になってからは特に思う。自分の幸せに貪欲でないで、どうして幸せになれるだろう。それは巡り巡って周囲も幸せにするのだ。日本人は「謙虚」を美徳としていて、そうしていれば周りが幸せにしてくれる、といった観念があるように思う。欲に忠実であるというのを、はしたない、みっともないと評する。確かにそれで幸せになるパターンもあるだろうけど、そんな受身でいいのか?自分が幸せにならないで、誰かを幸せになんてできない。持てるのは自分は幸せだと思い込めるスキルだけだ。
私がるり子を羨ましいと思ったのは、私にも「謙虚」を尊ぶ習慣があるから。口では「幸せに貪欲になりたい」と言えても、実際それを実行している人を見たら、うるさがたの日本人のように彼女を非難してしまいそうだからだ。迷いもてらいも無くそういい切れる強さこそが、眩しい。
萌はるり子をこう評する。「本当は誰もがそう思っている。手に入れたいと望んでいる。けれども、るり子のように口に出してしまったら、嫌われたり陰口を叩かれたり、時には軽蔑されたりする。だから、賢い生き方の手段として、ひっそりと胸の中にしまいこんでしまう。私は無欲に生きてます、私みたいな者が大それた望みなんてもつはずがありません、小さな幸せでいいんです、分相応でいいんです、形ばかりの謙虚なセリフを口走って。」私は萌を弱い女性だと思わない。るり子とは違った意味で強く、羨ましい。それでも、るり子に対するポジションは同じであるように思う。るり子のように生きたいとは思わないけど、軽蔑すべき対象ではない。
この本を読んで印象に残ったフレーズがたくさんあって、書き留めておきたくてページをめくってはかちゃかちゃ打ってたけど、気になるところを全部写しちゃうと、自分が丸裸にされるようで怖くなって途中で止めた。私が本当は心の底で何を望んで何を欲しがっているのかがバレバレになりそうで、心の中の真っ暗な井戸を覗き込むような気分になった。こういう本を読むと、作者に敬服してしまう。こんなあけすけに描いてしまえるなんて、自らを削りだすような作業だ。結局私は欲求を素直に表に出すことなんてできないんだなぁと残念に思う。
どちらかというと女性向けかと思われるこの本。大人の方がきっと面白い。さらさらかっ込めるお茶漬けのように読みやすい文章なので、すぐ読めると思う。お勧めしたい人としたくない人に分かれる一冊だった。
ここから先はネタバレです。
るり子は途中で痛い目を見る。その年齢が27歳で、自分がとっくにその歳を過ぎていることにちょっとがっかり。今まで天狗だった女が年齢を重ねるに従って、しっぺ返しを喰らうような話だったら嫌だなぁと一瞬思ったが、そんなことはなかった。未来には不安が残るような結末なのに、さらっと描かれているのが気になるが、やはりこの二人には前向きでいて欲しい。文ちゃんのお店で泣いたるり子が、ちゃんと立ち直るところが素敵だ。
途中萌が、「何故か知らないけど、男はいつも耐えることを美化して、どんなに不本意なことをやらされても今の自分に納得する。それを責任とか、義務とかいう言葉に置き換える。」というモノローグに、妙に納得してしまう。そういう人会社にもいる。それを美徳だと思っている人達だ。あなたの犠牲は美しいかもしれないけど、あまり建設的ではないのですよと言いたいことがしょっちゅうある。その耐えることを今後誰かがしなくてもいいようには動いた方がいいのに。でも私もどっちかいうとそっちの方なのだ。早く思うこととやることを一致させたい。
この本を読んだ後、ばっりばりの純愛少女漫画読んだら、あまりに世界が違うので愕然とした。私はいつからこんな純な気持ちを無くしてしまったのだろう。漫画はかなり面白くて、もらい泣きしてしまいそうに切ない。どちらにも共感を感じる私はいったいなんなんだろう。どっちも好きだから始末に困る。
(2007/11/08)
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最終更新:2008年10月31日 00:33