石塚真一






 登山者の捜索ボランティアをしている、三歩(さんぽ)のお話。とにかく山が好きで、山に住んでいる。ボランティア登録していて、警察から遭難者の連絡が入るとそこに急行し、救出活動を行う。かなり無残な「死」も描かれているのに暗くならないのは、三歩の明るさ故だと思う。一話読みきりなので読みやすく、読後感も爽やかだ。こういう世界もあるのだ、と思える良い漫画。
 遭難者救出ネタが多いので、お話はいつも「死」と隣り合わせだ。助けに行ったらもう死んでいた、おぶって歩いている途中に背中で亡くなった、生存が絶望視されている状態で遺体を捜す、等「死」が冷静に描かれている。奇跡はあまり起こらない。ここまで淡々と描かれているのは、医療漫画以外で思いつかない。変な言い方だけど、誰の上にも「死」はやってくるし、誰の「死」も特別ではないと感じた。
 戦争物はたくさん人が死ぬけど、一つ一つを丁寧には拾わないように感じる。そして当たり前かもしれないけど、主要人物の死はとても特別に扱われる。それはそれでいいと思うけど、この「岳」という漫画では、どれも公平なのだ。もちろん三歩だけはなかなか死なないし、信じられないくらい頑丈だけど。
 これを読んで山が警察の管轄に入っていることも初めて知った。登山者リスト等ちゃんと管理しているのも知らなかったし、下界とは全然別の勤務形態。警察業務って多岐に渡るんや、とおまわりさんへの認識が変わった。配属されたばかりの久美が、どんどん山の人間になっているところは面白い。「死」を見ること、考えることは、人を大きく変えるのだと思う。一話という短いページ数の中で、かつあまり多くの説明をせず、結論を読者に委ねるところが、何故か「強い」と思った。
 現在の三歩は「死」に動じない。遭難者が救出している最中に死んでしまった時「よく頑張ったね」と声をかける。どちらか片方しか助けられない場合に、自分なりの基準で選択し、ぶれない。無残な状態の遺体に「右手動かすよ」と話しかけながら動かす。死者にも生者にも同じように接する。そこまで達観するのに、きっと色々な経験をしてきただろうと匂わせるのに、普段の三歩はふざけていて楽観的であっけらかんとしている。こんな人が実際にいて欲しい、たくさんいて欲しいと思えた。
 絵は青年誌て感じの絵で、綺麗とか巧いとかはない。ただ山は綺麗だ。必要以上に熱くならない、大人向けの漫画だと思う。とても面白かったし、勉強になったようにも思う。軽いタッチで描かれているのに、読んだ後厳粛な気分になった。骨太で、奇麗事でない現実を描いた漫画を読みたい人には、とてもお勧め。
(2010/02/14)

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最終更新:2010年02月15日 00:14
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