富士五湖
ふじごこ
名称の由来
江戸時代の
富士山への民衆信仰である富士講の巡礼地に、現在の「富士五湖」に四尾連湖、明日見湖、泉津湖もしくは須戸湖を加えた「富士八海」の呼称はあったが、「富士五湖」の呼称は見られない。
富士五湖は、富士急の創始者である堀内良平が命名したもの。
日本新八景選定の際、当初は各湖に票が分散したため、票をまとめて効果を上げるための方法として堀内良平が考案した。
新聞社に富士五湖の新名称で投票することの了解を得て、自社株主に一株一枚の投票を呼びかけ、湖沼部門で最も多い360万票を集めた。
審査の結果、
日本新八景には選定されなかったが、
日本二十五勝(
日本百景)に選定され、以降富士五湖の名称が定着した。
関連項目
最終更新:2024年08月23日 02:26