変化、憑依

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変化、憑依 - (2018/08/07 (火) 22:56:23) のソース

「すげぇ顔だな!アハハ、ちょっと写真撮らせてよ。」

「赤いし、固いし、まんま蟹じゃん、やべーじゃん!」

「ありえねー、どんな魔法使ったらそんな顔になるんだよ。」

笑いながらの、様々な言葉が投げ込まれる。それは嘲笑だろうか。
明確な敵意こそ無いが、真剣な調子は微塵も無い。

そして、光、フラッシュ。シャッター音が何度も響く。
周りを囲まれている。光は増す。どんどん眩しくなる。
顔を覆おうとした手は遮られた。眩しい光が視界を白くする。
目を開けていられない・・・


 目を開くと、見慣れた天井。起き上がって見回すと、
見慣れた部屋が広がっている。寝室にはベッドと洋服棚、箪笥、身だしなみ用の鏡が有る。
鏡を覗く。
#region(鏡を、覗く。)
#image(https://pbs.twimg.com/media/DkAF7OYUYAASpyO.png)
#endregion
見慣れた男の顔が映る。節くれだっていくつもの区画に別れた顔面。口端から生える顎脚。
そして一本も髪の毛が生えていない、ごつごつした禿頭。深海カニのように赤めいた、人ならざる顔。
それは間違いなく、比肩する者がそう居ないような醜い顔だ。
もはや見慣れてしまったが、人に見せれば間違いなく、嫌悪、不快、マイナスな感情を呼び起こす事だろう。

 この顔になった時の正確な日時は憶えていない。まだ学校へ通っていた頃だったのは確かだ。
目を覚まして、鏡の前に立った時、仰け反る程驚いた。変化の魔法を覚える前よりも、
一段と醜い顔がそこには有るのだから。親にも相談したが、結局どうしようも無かった。
憑依術の訓練を始めてしばらく経った頃だった為、それが怪しいのでは無いかという推測だけは有った。
ともかく、学校へは行かねばならない。待っているのが好奇の、嫌悪の、様々な目だったとしてもだ。

 学校生活、だけでなくその後の生活は一変した。手を尽くして配慮してくれた両親には頭が上がらない。
自分からだんだんと離れていった同級生達を恨むつもりも無い。自分でも驚くような顔を、
どうして認めて貰えると考えるだろうか。
 卒業した後は、厨房に入って修行に打ち込んだ。拙いながらも、偽装魔術により顔を隠す事も覚えた。
この常夏島の話を聞いたのは、25歳の時だ。料理の味もある程度、父親に認めて貰った折でもあり、
独立にはうってつけだと考えた。両親は喜んで送り出してくれた事には、今でも感謝している。


 それから、10年間。様々な事が有った。最初の一年間はうだつが上がらなかったが、
2年目からお客も増え、経営は軌道に乗った。イツビ組の事を聞いたのも、この頃だ。
今の自分が有るのはこの島のおかげ、恩返しと思って志願した事に、後悔は無い。

 顔の変化についても、ある程度の結論が得られた。それは、甲殻類の幻想種である自分の体が、
憑依術において降ろす甲殻種の祖霊魔獣『ルクマイア』と相性が"良すぎる"事が原因だったらしい。
憑依術士には憑依させた魔獣の特徴を身体部位に持つ者も居る。その延長線上に有るという事だそうだ。

 イツビ組でも様々な出会いが有り、別れも有った。どれも故郷では得難い物だ。
このイツビ組の人達には、この顔の事を気にしないでくれる人も多い。
きっと職業柄、異形との出会いも少なくなかったからだろう。それでも自分は顔を隠している。
騙しているのでは無いか、という後ろめたい気持ちも有が、それでも隠しているのは、
島の為に尽力している人達に、不快な思いをさせてしまう事が本意では無いからだ。


 この島に来て、色々な事が変わった気がする。そして今も、変わっている真っ最中だ。
この変化を見届ける為にも、そして、変化をもたらしてくれた、親愛なる島の皆々方を
守る為にも、振り返ってばかり居る訳にはいかない。頬を叩いて、ベッドから出る。

 新しい一日が始まる。きっと輝かしい一日となるだろう。