変化、憑依

「すげぇ顔だな!アハハ、ちょっと写真撮らせてよ。」

「赤いし、固いし、まんま蟹じゃん、やべーじゃん!」

「ありえねー、どんな魔法使ったらそんな顔になるんだよ。」

笑いながらの、様々な言葉が投げ込まれる。それは嘲笑だろうか。
明確な敵意こそ無いが、真剣な調子は微塵も無い。

そして、光、フラッシュ。シャッター音が何度も響く。
周りを囲まれている。光は増す。どんどん眩しくなる。
顔を覆おうとした手は遮られた。眩しい光が視界を白くする。
目を開けていられない・・・


 目を開くと、見慣れた天井。起き上がって見回すと、
見慣れた部屋が広がっている。寝室にはベッドと洋服棚、箪笥、身だしなみ用の鏡が有る。
鏡を覗く。
+ 鏡を、覗く。
見慣れた男の顔が映る。節くれだっていくつもの区画に別れた顔面。口端から生える顎脚。
そして一本も髪の毛が生えていない、ごつごつした禿頭。深海カニのように赤めいた、人ならざる顔。
それは間違いなく、比肩する者がそう居ないような醜い顔だ。
もはや見慣れてしまったが、人に見せれば間違いなく、嫌悪、不快、マイナスな感情を呼び起こす事だろう。

 この顔になった時の正確な日時は憶えていない。まだ学校へ通っていた頃だったのは確かだ。
目を覚まして、鏡の前に立った時、仰け反る程驚いた。変化の魔法を覚える前よりも、
一段と醜い顔がそこには有るのだから。親にも相談したが、結局どうしようも無かった。
憑依術の訓練を始めてしばらく経った頃だった為、それが怪しいのでは無いかという推測だけは有った。
ともかく、学校へは行かねばならない。待っているのが好奇の、嫌悪の、様々な目だったとしてもだ。

 学校生活、だけでなくその後の生活は一変した。手を尽くして配慮してくれた両親には頭が上がらない。
自分からだんだんと離れていった同級生達を恨むつもりも無い。自分でも驚くような顔を、
どうして認めて貰えると考えるだろうか。
 卒業した後は、厨房に入って修行に打ち込んだ。拙いながらも、偽装魔術により顔を隠す事も覚えた。
この常夏島の話を聞いたのは、25歳の時だ。料理の味もある程度、父親に認めて貰った折でもあり、
独立にはうってつけだと考えた。両親は喜んで送り出してくれた事には、今でも感謝している。


 それから、10年間。様々な事が有った。最初の一年間はうだつが上がらなかったが、
2年目からお客も増え、経営は軌道に乗った。イツビ組の事を聞いたのも、この頃だ。
今の自分が有るのはこの島のおかげ、恩返しと思って志願した事に、後悔は無い。

 顔の変化についても、ある程度の結論が得られた。それは、甲殻類の幻想種である自分の体が、
憑依術において降ろす甲殻種の祖霊魔獣『ルクマイア』と相性が"良すぎる"事が原因だったらしい。
憑依術士には憑依させた魔獣の特徴を身体部位に持つ者も居る。その延長線上に有るという事だそうだ。

 イツビ組でも様々な出会いが有り、別れも有った。どれも故郷では得難い物だ。
このイツビ組の人達には、この顔の事を気にしないでくれる人も多い。
きっと職業柄、異形との出会いも少なくなかったからだろう。それでも自分は顔を隠している。
騙しているのでは無いか、という後ろめたい気持ちも有が、それでも隠しているのは、
島の為に尽力している人達に、不快な思いをさせてしまう事が本意では無いからだ。


 この島に来て、色々な事が変わった気がする。そして今も、変わっている真っ最中だ。
この変化を見届ける為にも、そして、変化をもたらしてくれた、親愛なる島の皆々方を
守る為にも、振り返ってばかり居る訳にはいかない。頬を叩いて、ベッドから出る。

 新しい一日が始まる。きっと輝かしい一日となるだろう。

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最終更新:2018年08月07日 22:56