「それ完全にバレてんじゃん……」
「そう、ですよね……」
「そう、ですよね……」
新春のハロープロジェクトのコンサートも終わったが、すぐにモーニング娘。としての春ツアーのリハーサルが始まっていた。
絵里と衣梨奈はいつものようにダンスレッスンをしながら雑談をしていた。
絵里と衣梨奈はいつものようにダンスレッスンをしながら雑談をしていた。
「でも、なにも言ってこないんだよなあガキさん……」
衣梨奈は悩んだ末に、年末の出来事を話した。
それは、あの頭痛で倒れた直後、里沙は衣梨奈のことを「生田」と呼んだことだった。
里沙はどういう理由かは分からないが、絵里の外見をした彼女が衣梨奈だということを見抜いていた。
入れ替わりに気付いているのかは定かではない。だが、里沙は確実になにかに気付いていた。
それは、あの頭痛で倒れた直後、里沙は衣梨奈のことを「生田」と呼んだことだった。
里沙はどういう理由かは分からないが、絵里の外見をした彼女が衣梨奈だということを見抜いていた。
入れ替わりに気付いているのかは定かではない。だが、里沙は確実になにかに気付いていた。
「なんで、ですかね?」
「ガキさん時々なに考えてるか分かんないからなー…」
「ガキさん時々なに考えてるか分かんないからなー…」
しかし、里沙は肝心の、衣梨奈の外見をしている絵里にはなにも言ってこなかった。その理由は分からない。
分からないが、なんとなく、里沙の性格上、「待っている」のかもしれないなと絵里は思った。
分からないが、なんとなく、里沙の性格上、「待っている」のかもしれないなと絵里は思った。
「言ってほしい、んですかね?」
「うん、それはあり得るね」
「うん、それはあり得るね」
同じことを衣梨奈も考えていたようで、絵里も素直に頷いた。
あの人は、自分から根掘り葉掘り聞いてくるタイプの人間ではない。
なにか悩みごとがあるときは手を差し伸べるが、隠し事に対しては、黙って静観し、こちらが話してくるのを待っている。
ある意味で残酷であり、ある意味で誠実な人だと思う。
ただ、リーダーである以上、モーニング娘。の今後を考えたとき、いつまでも黙っているとは思えないが。
あの人は、自分から根掘り葉掘り聞いてくるタイプの人間ではない。
なにか悩みごとがあるときは手を差し伸べるが、隠し事に対しては、黙って静観し、こちらが話してくるのを待っている。
ある意味で残酷であり、ある意味で誠実な人だと思う。
ただ、リーダーである以上、モーニング娘。の今後を考えたとき、いつまでも黙っているとは思えないが。
「……亀井さん」
「うん?」
「……弱気なこと、言っても良いですか?」
「うん?」
「……弱気なこと、言っても良いですか?」
衣梨奈の沈んだ言葉に絵里は頷く。
彼女の言わんとすことはなんとなく分かっていたが、絵里は敢えてなにも言わなかった。
彼女の言わんとすことはなんとなく分かっていたが、絵里は敢えてなにも言わなかった。
「もう、2ヶ月になるんですね、入れ替わってから」
衣梨奈は壁に掛けてあるカレンダーを見た。
入れ替わったのは11月の末、ハロープロジェクトのモベキマスイベントのあとのことだった。
たまたま事務所に来ていた絵里がさゆみと衣梨奈と話しているときに階段から落ち、ふたりは入れ替わって今日にいたる。
入れ替わったのは11月の末、ハロープロジェクトのモベキマスイベントのあとのことだった。
たまたま事務所に来ていた絵里がさゆみと衣梨奈と話しているときに階段から落ち、ふたりは入れ替わって今日にいたる。
「戻れ、ますよね……?」
その言葉に、絵里は頷くべきだった。「うん」と返すべきだった。
入れ替わった当初なら、少なくとも12月までだったら、絵里はそうしていた。
だが、入れ替わって2ヶ月が経ち、戻る方法を見つけられずにいるいま、素直に頷くことはできない。
仮に絵里の仮説通り、絵里があの舞台に立ちたいと願ったから入れ替わったのだとしても、抜本的な解決策は見つかっていないのだから。
入れ替わった当初なら、少なくとも12月までだったら、絵里はそうしていた。
だが、入れ替わって2ヶ月が経ち、戻る方法を見つけられずにいるいま、素直に頷くことはできない。
仮に絵里の仮説通り、絵里があの舞台に立ちたいと願ったから入れ替わったのだとしても、抜本的な解決策は見つかっていないのだから。
「最近ね」
衣梨奈の疑問に答える前に、絵里は自分の想いを重ねた。
「ホントに自分は絵里なのかなって思うときがあるの……」
その言葉に衣梨奈は驚かずただ黙って頷いた。
彼女もまた、同じ想いを抱えているのかもしれない。
彼女もまた、同じ想いを抱えているのかもしれない。
「博多弁とかも、普通に出てきちゃうし、ダンスのくせとかも、どんどんえりぽんになっていくの…」
先日の頭痛から急激に同化現象は早まっていた。
本当に自分は亀井絵里だったのか。生まれたときから生田衣梨奈じゃなかったかと感じる日々も多くなっていた。
それは衣梨奈も同様で、自分が亀井絵里だということに疑いを持たない日々をも続いていた。
必死に違うと言い聞かせても、段々と自信がなくなってきていた。
本当に自分は亀井絵里だったのか。生まれたときから生田衣梨奈じゃなかったかと感じる日々も多くなっていた。
それは衣梨奈も同様で、自分が亀井絵里だということに疑いを持たない日々をも続いていた。
必死に違うと言い聞かせても、段々と自信がなくなってきていた。
自分がだれなのか、信頼できなくなってきていた。
「ガキさんに、話す?」
絵里の言葉に衣梨奈は「え?」と顔を上げた。
彼女の顔を真正面から見つめ返し、真っ直ぐに応えた。
彼女の顔を真正面から見つめ返し、真っ直ぐに応えた。
「ガキさんが気付いてるなら、たぶん、私たちの話も信用してくれるはず。だから上手くいけば、えりぽんが舞台に立つこともできるかもしれない」
「それは……」
「たぶん、亀井絵里として、だと思うけど」
「それは……」
「たぶん、亀井絵里として、だと思うけど」
絵里はひとつの選択肢としてそれを提示した。
入れ替わりのことを里沙に話すことでどういう結果が導かれるかは分からない。
ただ、少なくとも、衣梨奈が再び舞台に上れる可能性は考えられる。亀井絵里として、もういちど―――
入れ替わりのことを里沙に話すことでどういう結果が導かれるかは分からない。
ただ、少なくとも、衣梨奈が再び舞台に上れる可能性は考えられる。亀井絵里として、もういちど―――
「それが、えりぽんにとって不本意だってことは、分かってるけど」
衣梨奈は黙って下を向く。
あの輝いた舞台に立てる可能性は目の前にある。それが自分の望んだ形ではないにしても。
なんて答えるべきか、なんて返すべきか、頭の中を整理するがなにも出てきそうになかった。
立ちたい気持ちと、絵里として立つべきではない気持ちが入り乱れる。
あの輝いた舞台に立てる可能性は目の前にある。それが自分の望んだ形ではないにしても。
なんて答えるべきか、なんて返すべきか、頭の中を整理するがなにも出てきそうになかった。
立ちたい気持ちと、絵里として立つべきではない気持ちが入り乱れる。
絵里のファンの気持ちはどうなるのだろうと思う。
娘。に戻ってきてほしいという想いはあるのだろうけど、ゆっくり休んでほしいという想いもあるはずだった。
交錯する感情に、衣梨奈は揺れる。
娘。に戻ってきてほしいという想いはあるのだろうけど、ゆっくり休んでほしいという想いもあるはずだった。
交錯する感情に、衣梨奈は揺れる。
そのとき、携帯電話が震えた。
着信ではなくメールだったが、絵里は携帯を開く。
着信ではなくメールだったが、絵里は携帯を開く。
「……フクちゃんだ」
その声に衣梨奈はピクッと反応し、顔を上げた。
同期の中で最も仲の良いメンバーである譜久村聖。PONPONコンビとしていっしょに活動することもあった。
入れ替わって以降、衣梨奈、すなわち絵里の変化に気付いて、なんどか声をかけてきたと絵里から話は聞いていた。
同期の中で最も仲の良いメンバーである譜久村聖。PONPONコンビとしていっしょに活動することもあった。
入れ替わって以降、衣梨奈、すなわち絵里の変化に気付いて、なんどか声をかけてきたと絵里から話は聞いていた。
「あ……」
絵里はメールの内容を見てぽつりと呟いた。
一瞬、どうすべきか悩んだ表情を見せたあと、彼女は携帯を衣梨奈に渡す。
衣梨奈は素直に受け取り、そのメールの内容に目を通した。
それは少しだけ長い、メールだった。
一瞬、どうすべきか悩んだ表情を見せたあと、彼女は携帯を衣梨奈に渡す。
衣梨奈は素直に受け取り、そのメールの内容に目を通した。
それは少しだけ長い、メールだった。
―――画像整理してたら懐かしいのが出てきたから送るね
そんな出だしで始まった聖のメールにはいくつかの写真が添付されていた。
いずれも9期メンバーと撮影したものであり、写真の中の衣梨奈は屈託なく笑っていた。
いずれも9期メンバーと撮影したものであり、写真の中の衣梨奈は屈託なく笑っていた。
―――なんか、悩んでることあったら言ってほしいです。一応同期の最年長だし、エッグとしては先輩だから。
そりゃ聖は頼りないかもしれないけどねー(笑)
そりゃ聖は頼りないかもしれないけどねー(笑)
衣梨奈を始め、聖も、里保も、香音も、これからのモーニング娘。を引っ張っていくぞと意気込んでいた。
9期メンバーとしてモーニング娘。に加入した最初の日、あの神社でそれぞれがお祈りをした日をぼんやり思い出す。
「紅白歌合戦に出られますように」とか「モーニング娘。で活躍できますように」とか、希望に胸を膨らませて一歩を踏み出したんだ、あの日から。
9期メンバーとしてモーニング娘。に加入した最初の日、あの神社でそれぞれがお祈りをした日をぼんやり思い出す。
「紅白歌合戦に出られますように」とか「モーニング娘。で活躍できますように」とか、希望に胸を膨らませて一歩を踏み出したんだ、あの日から。
―――また、みんなでご飯食べに行こうね!
聖は最後にそう付け足してメールは終わっていた。
ふたりで撮影した写真はたった3か月前のものなのに、何処か懐かしくて、切なかった。
ふたりで撮影した写真はたった3か月前のものなのに、何処か懐かしくて、切なかった。
唐突に、衣梨奈は思った。
戻らなきゃ、ダメだと―――
戻らなきゃ、ダメだと―――
「亀井さん……」
「うん?」
「……新垣さんに、話します」
「うん?」
「……新垣さんに、話します」
彼女の言葉を真っ直ぐに受け止め、絵里は頷いた。
なんとなく、衣梨奈ならそう言う予感がしていた。
衣梨奈の瞳はもう迷っていない。彼女は、亀井絵里として舞台に立つことは望んでいなかった。
彼女はしっかりと未来を見据えている。自分の中に在る確かな可能性にすべてを懸けようとしていた。
なんとなく、衣梨奈ならそう言う予感がしていた。
衣梨奈の瞳はもう迷っていない。彼女は、亀井絵里として舞台に立つことは望んでいなかった。
彼女はしっかりと未来を見据えている。自分の中に在る確かな可能性にすべてを懸けようとしていた。
「明日はレッスン休みだから、たぶんガキさんも会ってくれると思う」
絵里はそう言うと携帯電話を受け取り、里沙へのメールを作成し始めた。
会って話したところでなにも変わらないかもしれない。でも、なにかが変わるかもしれない。
会って話したところでなにも変わらないかもしれない。でも、なにかが変わるかもしれない。
もしかしたら、手足をばたつかせずに流れに身を任せていれば、溺れないで済むのかもしれない。
でも、絵里も衣梨奈も必死になってもがいていた。
明日を変えるために、自分を取り戻すために必死になってばたついていた。
でも、絵里も衣梨奈も必死になってもがいていた。
明日を変えるために、自分を取り戻すために必死になってばたついていた。
それがきっと、自分たちにできるたったひとつ残された可能性なのだと、信じていた。
里沙と会う約束が取りつけられたのは、その10分後のことだった。