絵里と衣梨奈は里沙の部屋に通されると黙って床に座った。
どうしようもなく鼓動が高まるがもう戻れない。
ひとつ息を吐いて天井を見上げた。汚れのない白いそれは、場所こそ違えど、入れ替わったあの日と同じだ。
やはり「戻れない」とあざ笑っているようにも見えたが、絵里は焦ることはなかった。
なにが起こるのかが分からないのが人生だというならば、受け入れようじゃないか。
このふざけた「かみさまのいたずら」というヤツを―――
どうしようもなく鼓動が高まるがもう戻れない。
ひとつ息を吐いて天井を見上げた。汚れのない白いそれは、場所こそ違えど、入れ替わったあの日と同じだ。
やはり「戻れない」とあざ笑っているようにも見えたが、絵里は焦ることはなかった。
なにが起こるのかが分からないのが人生だというならば、受け入れようじゃないか。
このふざけた「かみさまのいたずら」というヤツを―――
「お待たせー」
里沙はお茶の入ったグラスを3つ乗せた盆を持って部屋に入ってきた。
一瞬だけ部屋に緊張が走るが、すぐに元の空気に戻る。
グラスを目の前に置かれ、「すいません」と頭を下げると、里沙もベッドに座った。
一瞬だけ部屋に緊張が走るが、すぐに元の空気に戻る。
グラスを目の前に置かれ、「すいません」と頭を下げると、里沙もベッドに座った。
「それで、なんの用かな?」
里沙は指を絡めながらふたりを見た。
直球勝負で仕掛けられたなら、真っ向から返す以外にない。
ひとつ大きく息を吸って、「うん」と発した。
直球勝負で仕掛けられたなら、真っ向から返す以外にない。
ひとつ大きく息を吸って、「うん」と発した。
「ガチ、なんですよ」
「……うん?」
「これから話すこと、ガチです」
「……うん?」
「これから話すこと、ガチです」
絵里が順序立てて話そうとしたとき、衣梨奈は「あのっ…!」と声を出した。
訝しげに彼女を見ると
「入れ替わっちゃったんです、この前!」
という言葉が口をついていた。
予定と違うじゃんえりぽん!と絵里は思うが、もう出てきた言葉は戻らない。
絵里はちらりと里沙を見るが、彼女は先ほどの体勢から変わらぬままにこちらを見ている。
ただ違うのは、その細い眉が随分と悩ましげに曲がっていることくらいだった。
予定と違うじゃんえりぽん!と絵里は思うが、もう出てきた言葉は戻らない。
絵里はちらりと里沙を見るが、彼女は先ほどの体勢から変わらぬままにこちらを見ている。
ただ違うのは、その細い眉が随分と悩ましげに曲がっていることくらいだった。
「……ん?」
たっぷりと10秒の沈黙のあと、里沙は漸くそれだけ発した。
ああ、こうなるから順序立てて話そうとしてたのにと絵里は思う。
しかし衣梨奈は畳みかけるように言葉を紡いだ。
ああ、こうなるから順序立てて話そうとしてたのにと絵里は思う。
しかし衣梨奈は畳みかけるように言葉を紡いだ。
「階段から落ちちゃって、11月の終わりに。で起きたら亀井さんが私になってたんです」
「えりぽん、ちょっと落ち着いて」
「でも、私も亀井さんになってるし、そのままで良いはずないんですけど、それでも、どうして良いか分かんなくて…」
「えりぽん、ちょっと落ち着いて」
「でも、私も亀井さんになってるし、そのままで良いはずないんですけど、それでも、どうして良いか分かんなくて…」
衣梨奈は水を得た魚のように話を続ける。
いちど流れ始めた言葉は留まることなく里沙へと溢れていった。
里沙は衣梨奈、外見は亀井絵里である生田衣梨奈を訝しげに見つめ、その言葉を噛み砕こうとする。
いちど流れ始めた言葉は留まることなく里沙へと溢れていった。
里沙は衣梨奈、外見は亀井絵里である生田衣梨奈を訝しげに見つめ、その言葉を噛み砕こうとする。
「亀井さんと話して、みんなに心配かけるから黙っとこうってなったんですけど、でも、難しくて…ツラくて……」
絵里はもう、衣梨奈を止めようとはしなかった。
ただ里沙と同じように、黙って彼女の言わんとすことに耳を傾けた。
ただ里沙と同じように、黙って彼女の言わんとすことに耳を傾けた。
いつだったか、絵里の部屋で雑談をしていたとき、ふいにその会話が止まり、彼女が視線を落としたことがあった。
あのとき、絵里はなにも聞かなかったが、恐らく、衣梨奈は自分の中に在る“なにか”と闘っていたのだと思う。
その“なにか”について、絵里はたったいま、分かった気がした。
あのとき、絵里はなにも聞かなかったが、恐らく、衣梨奈は自分の中に在る“なにか”と闘っていたのだと思う。
その“なにか”について、絵里はたったいま、分かった気がした。
―――衣梨奈はいま、寂しいのだと思った。
絵里が衣梨奈の代わりに仕事をこなしてくれていることは、彼女自身も分かっているはずだった。
しかし、それでも、衣梨奈は同期や先輩に逢いたかったのだと思う。
空洞になってしまった衣梨奈の心。
いままで当たり前だった日常がなくなり、先の見えない暗闇に放り出され、だれからも気付かれない現状に嘆いた。
しかし、それでも、衣梨奈は同期や先輩に逢いたかったのだと思う。
空洞になってしまった衣梨奈の心。
いままで当たり前だった日常がなくなり、先の見えない暗闇に放り出され、だれからも気付かれない現状に嘆いた。
ツラいオーディションを経験し、初めての春ツアーを乗り越え、高橋愛の卒業コンサートを迎えた。
初めての大きな舞台、初めての涙、初めての笑顔、初めての充実感。
当然のことだが、それら得てきたものは、衣梨奈がモーニング娘。に加入しなければ知らなかったことだ。
そしてその瞬間には、衣梨奈の周りはみんながいた。
初めての大きな舞台、初めての涙、初めての笑顔、初めての充実感。
当然のことだが、それら得てきたものは、衣梨奈がモーニング娘。に加入しなければ知らなかったことだ。
そしてその瞬間には、衣梨奈の周りはみんながいた。
同期である譜久村聖、鞘師里保、鈴木香音。
後輩の飯窪春菜、石田亜由美、佐藤優樹、工藤遥。
少し厳しいけれど、後輩想いで優しい光井愛佳。
エースの重圧を背負いながらも孤高に闘う田中れいな。
娘。の今後をだれよりも考え、嫌われ役を背負う道重さゆみ。
そして、衣梨奈が尊敬し、憧れてやまない、リーダーの新垣里沙。
後輩の飯窪春菜、石田亜由美、佐藤優樹、工藤遥。
少し厳しいけれど、後輩想いで優しい光井愛佳。
エースの重圧を背負いながらも孤高に闘う田中れいな。
娘。の今後をだれよりも考え、嫌われ役を背負う道重さゆみ。
そして、衣梨奈が尊敬し、憧れてやまない、リーダーの新垣里沙。
その輪の中に衣梨奈は確かにいた。
2010年12月15日に輝いた8人とは違う、12人というメンバー。
新しい風が吹き、大きな波も越えてきた12人の中で、生田衣梨奈は確かに輝いていた。
2010年12月15日に輝いた8人とは違う、12人というメンバー。
新しい風が吹き、大きな波も越えてきた12人の中で、生田衣梨奈は確かに輝いていた。
「だけどっ……戻りたくて。ずっと、ずっとっ!」
衣梨奈の失った、モーニング娘。という非日常でありながらも日常である毎日。
あまりにも大きすぎる喪失感に苛まれ、それでも前を向こうと闘ってきた毎日を、だれが否定できる?
あまりにも大きすぎる喪失感に苛まれ、それでも前を向こうと闘ってきた毎日を、だれが否定できる?
「私……だって……」
衣梨奈はいつの間にか泣いていた。
だれにともなく訴えた言葉に、果たしてどれほどの力があるかは分からない。
これほど泣いたところで、現状が変わるとも思えない。
それでも絵里は、彼女の涙を黙って受けとめる。彼女の背負ってきた痛みとか、哀しみとかは、きっとこんな涙の比ではない。
衣梨奈の受けた喪失は、絵里が代わりに得た、大きな輝きと喜びの代償だから―――
だれにともなく訴えた言葉に、果たしてどれほどの力があるかは分からない。
これほど泣いたところで、現状が変わるとも思えない。
それでも絵里は、彼女の涙を黙って受けとめる。彼女の背負ってきた痛みとか、哀しみとかは、きっとこんな涙の比ではない。
衣梨奈の受けた喪失は、絵里が代わりに得た、大きな輝きと喜びの代償だから―――
「……あんたは?」
それまで黙って衣梨奈の告白を聞いていた里沙は、ふいに絵里に向かって話しかけた。
絵里は彼女の声にハッと顔を上げ、見つめる。里沙は険しい表情を崩さないまま、こちらを黙って見ていた。
すべてを見透かしてしまいそうなその瞳は、絵里もまた衣梨奈同様に信頼し、尊敬していた新垣里沙その人の確かな強さを感じた。
絵里は彼女の声にハッと顔を上げ、見つめる。里沙は険しい表情を崩さないまま、こちらを黙って見ていた。
すべてを見透かしてしまいそうなその瞳は、絵里もまた衣梨奈同様に信頼し、尊敬していた新垣里沙その人の確かな強さを感じた。
「あんたからは、言いたいことはないの?」
絵里は一瞬、黙った。
どう返すべきか、判断に悩む。
たぶん、計算したところで出てくる言葉に意味は持たない。
だとしたら、自分の中に在るすべてを出す以外にはなかった。
衣梨奈もそうやって、整合性がなく、まったく現実味を帯びていない話をそれでも必死に伝えたんだから。
どう返すべきか、判断に悩む。
たぶん、計算したところで出てくる言葉に意味は持たない。
だとしたら、自分の中に在るすべてを出す以外にはなかった。
衣梨奈もそうやって、整合性がなく、まったく現実味を帯びていない話をそれでも必死に伝えたんだから。
「……入れ替わったなんてすごくバカみたいな話だけど、絵里は先輩としてしっかりしなきゃって思ってた」
絵里は言葉を一気に吐き出した。
抱え込んでいた闇が衣梨奈より深くないわけがない。
どちらがと比較することはできないが、絵里は自分が先輩であるという自覚があったが、それゆえに自分を追い込んでいた。
知らない内に彼女は、衣梨奈の闇をも背負い込んでいた。
抱え込んでいた闇が衣梨奈より深くないわけがない。
どちらがと比較することはできないが、絵里は自分が先輩であるという自覚があったが、それゆえに自分を追い込んでいた。
知らない内に彼女は、衣梨奈の闇をも背負い込んでいた。
「でも、心のどこかで嬉しかった。またガキさんやさゆ、れーな、みっついーたちと歌って踊れることが」
絵里が望んでいた、もういちどステージに立つという夢。
ひとりで孤独の中闘うのではなく、輝いた場所に戻りたいという感情が溢れだした。
それが理由で入れ替わったわけじゃないと衣梨奈は言ってくれたけど、その負い目があったからこそ、絵里は自分を追い込んだ。
ひとりで孤独の中闘うのではなく、輝いた場所に戻りたいという感情が溢れだした。
それが理由で入れ替わったわけじゃないと衣梨奈は言ってくれたけど、その負い目があったからこそ、絵里は自分を追い込んだ。
「それでも、絵里は絵里だから。えりぽんに、体、返したいの。あのステージに立つのは、私じゃない」
深く息を吐いてそう伝えると同時に、涙が溢れだした。
それは強がりや嘘などではなく、絵里の本心そのものだった。
衣梨奈の代わりにステージに立つことで、絵里は確かに輝いていたし、喜びもたくさん感じられた。
だが、決定的になにかが違うことにも気付いていた。
絵里は絵里であって、衣梨奈ではない。この場所に立つべき存在は、生田衣梨奈その人だと感じていた。
それは強がりや嘘などではなく、絵里の本心そのものだった。
衣梨奈の代わりにステージに立つことで、絵里は確かに輝いていたし、喜びもたくさん感じられた。
だが、決定的になにかが違うことにも気付いていた。
絵里は絵里であって、衣梨奈ではない。この場所に立つべき存在は、生田衣梨奈その人だと感じていた。
「だからねガキさん、絵里たち……」
最後まで言葉を紡ぎきる前に、絵里と衣梨奈はほぼ同時に抱きしめられていた。
里沙の細い腕はふたりの首の後ろに回り、ぎゅうと抱きしめる。
里沙の細い腕はふたりの首の後ろに回り、ぎゅうと抱きしめる。
「……新垣さん?」
衣梨奈が恐る恐る聞くと、里沙は小さい声で「……ばか」と呟いた。
「もっと早く言いなさいよ。ずっと、みんな気付いてたんだから」
里沙はそうしてふたりの肩をぽんぽんと優しく叩いた。
彼女から感じられる体温は、とても温かかった。
衣梨奈は堪え切れなくなったのか、まるで子どものようにしゃくり上げて泣き始めた。
彼女から感じられる体温は、とても温かかった。
衣梨奈は堪え切れなくなったのか、まるで子どものようにしゃくり上げて泣き始めた。
「にい、がきさんっ……!新垣さん!!」
その声は歳相応、14歳の女の子そのものだった。
彼女の泣き声を聞いていると、絵里もまた、大粒の涙を零した。
里沙の言葉の意味をちゃんと理解することは出来なかったのに、絵里は瞬間的に泣いていた。
里沙から伝えられる想いが、ふたりの心を揺らし、優しく抱きとめていた。
彼女の泣き声を聞いていると、絵里もまた、大粒の涙を零した。
里沙の言葉の意味をちゃんと理解することは出来なかったのに、絵里は瞬間的に泣いていた。
里沙から伝えられる想いが、ふたりの心を揺らし、優しく抱きとめていた。
常識ではあり得ないような非日常というギリギリを生きてきたふたりにとって、里沙の存在はなによりも大きかった。
モーニング娘。の7代目リーダーであることとか、先輩であることとか、そういったものを超越していた。
新垣里沙というその人の存在が、ふたりを安心させた。
モーニング娘。の7代目リーダーであることとか、先輩であることとか、そういったものを超越していた。
新垣里沙というその人の存在が、ふたりを安心させた。
ただ純粋に、心に浮かんだ「ありがとう」という想いは、涙となって溢れ出た。
ふたりは暫くの間、そうして泣き合っていた。
「いつから気付いてたんですか?」
「確信を持ったのはついさっきだよ。それまでは半信半疑だったし、ただ変だなぁって思ってただけだった」
「確信を持ったのはついさっきだよ。それまでは半信半疑だったし、ただ変だなぁって思ってただけだった」
ふたりが泣きやんだあと、少しずつ話し始めた。
入れ替わった次の日から、ふたりは互いに、生田衣梨奈として、亀井絵里として生活していくことを選んだこと。
その過程の中で、どうにかして元に戻る方法を探していたこと。
しかし戻る方法は見つからず、2ヶ月が経過してしまったこと。
絵里が「ステージに立ちたい」と願ったことで、入れ替わりが発生したのではないかと仮定したこと。
ただしその仮定は衣梨奈に否定され、衣梨奈もまた、自分の中に引っ掛かる“なにか”があること。
入れ替わった次の日から、ふたりは互いに、生田衣梨奈として、亀井絵里として生活していくことを選んだこと。
その過程の中で、どうにかして元に戻る方法を探していたこと。
しかし戻る方法は見つからず、2ヶ月が経過してしまったこと。
絵里が「ステージに立ちたい」と願ったことで、入れ替わりが発生したのではないかと仮定したこと。
ただしその仮定は衣梨奈に否定され、衣梨奈もまた、自分の中に引っ掛かる“なにか”があること。
「みんな、少なからず気付いてるよ。さゆみんも田中っちも、9期も変だなって感じてると思う」
里沙も話を聞きながら少しずつ言葉を紡ぐ。
入れ替わった直後に現れた生田衣梨奈、つまりは亀井絵里を見てなんからの違和感を持ったこと。
同期である道重さゆみと田中れいなは敏感にその変化を感じ取っていたこと。
9期メンバーも、特に仲の良い譜久村聖は、衣梨奈がなにかに悩んでいるのではないかと里沙に相談を持ちかけていたこと。
後輩である10期メンバーはなにも言わずに黙っていたが、頭の中では微妙な変化に気付いていたこと。
入れ替わった直後に現れた生田衣梨奈、つまりは亀井絵里を見てなんからの違和感を持ったこと。
同期である道重さゆみと田中れいなは敏感にその変化を感じ取っていたこと。
9期メンバーも、特に仲の良い譜久村聖は、衣梨奈がなにかに悩んでいるのではないかと里沙に相談を持ちかけていたこと。
後輩である10期メンバーはなにも言わずに黙っていたが、頭の中では微妙な変化に気付いていたこと。
「バレてたんですね、最初から」
自嘲気味に絵里が言うと、里沙は首を振った。
「入れ替わっても、カメはカメだし、生田は生田だから。別に悪いことじゃないよ」
そう言われると心が落ち着いた。
入れ替わり工作なんてすぐバレるようなウソをつき続けていたことは、褒められることじゃないかもしれない。
しかしその根底にある、ウソをつき続けた理由は否定されていない。
そしてなにより、自分が自分だと認められたことが嬉しかった。
入れ替わり工作なんてすぐバレるようなウソをつき続けていたことは、褒められることじゃないかもしれない。
しかしその根底にある、ウソをつき続けた理由は否定されていない。
そしてなにより、自分が自分だと認められたことが嬉しかった。
「新垣さん…」
「なに、カメ……じゃなかった生田」
「なに、カメ……じゃなかった生田」
里沙は衣梨奈に向き直ると思わず言いなおした。
やっぱり、外見に引っ張られてしまい、内面の彼女の名前を間違ってしまったと苦笑する。
やっぱり、外見に引っ張られてしまい、内面の彼女の名前を間違ってしまったと苦笑する。
「なんか、戻れる方法ってあるんでしょうか」
「アンタたちに分かんなかったことが私に分かると思う?」
「そうですよね……」
「アンタたちに分かんなかったことが私に分かると思う?」
「そうですよね……」
衣梨奈ががっくりと肩を落とすと、里沙は「ただ…」と続けた。
「ただ、ヒントは生田の中にある“なにか”だと思うんだ」
里沙は指を組み直すと、そのまま話し始めた。
「カメはステージに戻りたかった。そう心の中で願っていた。でも、生田はそれだけが入れ替わりの理由じゃないって否定したよね?」
里沙の言葉に衣梨奈は頷く。
「そうなると、生田の中にある“なにか”、カメみたいな願いがもしかしたらあるのかもしれない。
入れ替わりたいって言うよりも、たとえば、少し自分から離れたいと思った“なにか”が…」
入れ替わりたいって言うよりも、たとえば、少し自分から離れたいと思った“なにか”が…」
衣梨奈は彼女の言葉をゆっくり噛み砕いた。
そうだ、私は心の何処かで、なにかを願っていた気がする。
具体的になにかは思い出せないけれど、私は確かに、私であることをイヤだと思っていた気がする。
その理由は実に曖昧だけれど、その理由こそ、なにか答えに繋がる気がする。
そうだ、私は心の何処かで、なにかを願っていた気がする。
具体的になにかは思い出せないけれど、私は確かに、私であることをイヤだと思っていた気がする。
その理由は実に曖昧だけれど、その理由こそ、なにか答えに繋がる気がする。
「……行こうか、あそこに」
絵里はポツリと言葉を吐くと、ふたりは彼女を見た。
「入れ替わった、あの階段。行ってみない?」
絵里の提案を、衣梨奈は受け入れた。
そういえばあの日以来、ふたりであの階段に向き合ったことはなかった。
すべての始まりはあの場所にある。なにかのヒントも、もしかしたら隠れているのかもしれない。
そういえばあの日以来、ふたりであの階段に向き合ったことはなかった。
すべての始まりはあの場所にある。なにかのヒントも、もしかしたら隠れているのかもしれない。
「ふたりとも、間違っても落ちないでね」
「え?」
「いっしょにもう一度落ちるなんてことはしないでねって言ってんの。また怪我するでしょ」
「え?」
「いっしょにもう一度落ちるなんてことはしないでねって言ってんの。また怪我するでしょ」
里沙の言葉を聞いて、絵里は「ああ、その手もあったね」と笑った。
当然のごとく、絵里はこっぴどく里沙に叱られた。
当然のごとく、絵里はこっぴどく里沙に叱られた。