絵里は家に帰ると同時に衣梨奈の部屋へと走った。
ただいまも言わずに走っていく「娘」の姿に驚いた衣梨奈の母親は「えりなー?」と彼女を呼ぶ。
絵里はそれに応えることなく部屋へと入り、ドアを閉め、ベッドへダイブした。
ボフっという威勢の良い音のあと、ベッドが軋む。
ただいまも言わずに走っていく「娘」の姿に驚いた衣梨奈の母親は「えりなー?」と彼女を呼ぶ。
絵里はそれに応えることなく部屋へと入り、ドアを閉め、ベッドへダイブした。
ボフっという威勢の良い音のあと、ベッドが軋む。
「衣梨奈、どしたと?」
部屋の向こう、ドアを1枚隔てた廊下で母親は心配そうに声をかける。
ああ、ヤバい、えりぽんのお母さんなのに…と思いながら、絵里は頭をかく。
ああ、ヤバい、えりぽんのお母さんなのに…と思いながら、絵里は頭をかく。
「ちょっと、疲れたから、今日はもう寝る」
普段なら意識して使う博多弁も忘れ、絵里はそう答えた。
母親はそれ以上は追及せずに、「じゃあ、明日はいつもの時間に起こすけんね」と返し、その場から離れた。
素っ気ない態度を取ってしまったことに絵里は再び反省するが、もうどうしようもない。
絵里は深いため息を吐いて寝返りを打った。
母親はそれ以上は追及せずに、「じゃあ、明日はいつもの時間に起こすけんね」と返し、その場から離れた。
素っ気ない態度を取ってしまったことに絵里は再び反省するが、もうどうしようもない。
絵里は深いため息を吐いて寝返りを打った。
入れ替わった初日にも見た真っ白い天井が迫ってくる。
傷や汚れのないその白さが、まるで、もう、戻れることはないのだとあざ笑っているかのように見えた。
まったく、被害妄想も良い所だなと苦笑するが、戻れる確証もないいま、絵里は無理やり笑顔をつくる以外に術はなかった。
右腕で目を覆い、何度目かのため息をつき、今日のダンスレッスン後の出来事を反芻した。
傷や汚れのないその白さが、まるで、もう、戻れることはないのだとあざ笑っているかのように見えた。
まったく、被害妄想も良い所だなと苦笑するが、戻れる確証もないいま、絵里は無理やり笑顔をつくる以外に術はなかった。
右腕で目を覆い、何度目かのため息をつき、今日のダンスレッスン後の出来事を反芻した。
ダンスレッスン後、ひとり荒野に立たされた絵里はタオルで目を覆って泣いた。
こんなに泣くのなんて、加入してからしばらくぶりだなと思っていると、ふいに横に気配を感じた。
だれか来たのだろうかと涙を拭いてそちらを向くと、そこには「同期」である聖がいた。
こんなに泣くのなんて、加入してからしばらくぶりだなと思っていると、ふいに横に気配を感じた。
だれか来たのだろうかと涙を拭いてそちらを向くと、そこには「同期」である聖がいた。
「えりぽん、だいじょうぶ?」
聖は絵里と同じように床に腰を下ろし、そう聞いてきた。
彼女の瞳には、心配という色が映っていた。同期を放っておけないのは、だれでも一緒なんだと不意に絵里は嬉しくなる。
だが、絵里は聖に自分の胸の内を話すわけにはいかなかった。
「実は私、亀井絵里なの。ドッキリじゃないよ、マジだよ」なんて話したところでだれが信用する?
もうすぐ冬のハロープロジェクトの公演もあるというのに、現場で混乱を起こしてだれが得をするというのだ。
絵里は鼻水を啜りながら、聖に応えた。
彼女の瞳には、心配という色が映っていた。同期を放っておけないのは、だれでも一緒なんだと不意に絵里は嬉しくなる。
だが、絵里は聖に自分の胸の内を話すわけにはいかなかった。
「実は私、亀井絵里なの。ドッキリじゃないよ、マジだよ」なんて話したところでだれが信用する?
もうすぐ冬のハロープロジェクトの公演もあるというのに、現場で混乱を起こしてだれが得をするというのだ。
絵里は鼻水を啜りながら、聖に応えた。
「うん。だいじょうぶ。なんか今日、ミス多くてさ」
努めて笑顔でそう返すと、聖は「そっか」と笑ってくれると思っていた。
だが、現実の聖はそんなふうには笑ってくれなかった。聖は目を伏せて、「そう…」と切なそうに答えた。
憂いだ視線や、吐息に交じった寂しさが、とても中学校3年生には見えず、絵里は思わずドキッとする。
それはとても「大人」であり、絵里よりもずっと年上の女性のように見えた。
さゆみが時々冗談めかして、「フクちゃんは色気あるからねー」なんて笑っているが、あれは本当だと絵里はこんなときに自覚する。
だが、現実の聖はそんなふうには笑ってくれなかった。聖は目を伏せて、「そう…」と切なそうに答えた。
憂いだ視線や、吐息に交じった寂しさが、とても中学校3年生には見えず、絵里は思わずドキッとする。
それはとても「大人」であり、絵里よりもずっと年上の女性のように見えた。
さゆみが時々冗談めかして、「フクちゃんは色気あるからねー」なんて笑っているが、あれは本当だと絵里はこんなときに自覚する。
「……私じゃ、ダメかな」
絵里がそんなことを考えているのも束の間、聖はそう切り出した。
予想だにしない返答に、思わず絵里は「え?」と呟く。
予想だにしない返答に、思わず絵里は「え?」と呟く。
「聖は、新垣さんみたいに頼りないかもしれないけどさ……」
「うん……ん?」
「えりぽんとは同期だし、困ってるなら、相談乗るから」
「うん……ん?」
「えりぽんとは同期だし、困ってるなら、相談乗るから」
そうして聖は眉を八の字に下げ、いまにも泣き出しそうな顔をした。
え、ちょ、ちょっと待ってフクちゃん。絵里はそういうつもりじゃないよ?と弁解したいがそうもいかない。
盛大な勘違いをしていらっしゃる可愛い後輩をどうにか慰めないとと絵里は慌てる。
え、ちょ、ちょっと待ってフクちゃん。絵里はそういうつもりじゃないよ?と弁解したいがそうもいかない。
盛大な勘違いをしていらっしゃる可愛い後輩をどうにか慰めないとと絵里は慌てる。
「いや、あの、ホントに、なんでもないけんっ」
「……」
「今日すっごいミスあったし、なんか先生にもたくさん怒られたけん、情けないなって思ってたと」
「……」
「今日すっごいミスあったし、なんか先生にもたくさん怒られたけん、情けないなって思ってたと」
おどけて弁解して見せたが、聖の表情は曇ったままで晴れない。
どうしようかと絵里は考えあぐねていると、先ほどの聖の言葉が不意に頭をよぎった。
どうしようかと絵里は考えあぐねていると、先ほどの聖の言葉が不意に頭をよぎった。
―――「聖は、新垣さんみたいに頼りないかもしれないけどさ……」
なぜそこでリーダーの名前が出てくるのか、いくらアホな絵里にだって分かる。
衣梨奈は、特に10月に行われた舞台以降、里沙を尊敬し、敬愛していた。
なにかにつけて「新垣さーん」と走り寄っていき、悩みの相談も頻繁にしているようだった。
そんなことがあるのだから、聖が里沙の名前を出すのは不自然ではない。
衣梨奈は、特に10月に行われた舞台以降、里沙を尊敬し、敬愛していた。
なにかにつけて「新垣さーん」と走り寄っていき、悩みの相談も頻繁にしているようだった。
そんなことがあるのだから、聖が里沙の名前を出すのは不自然ではない。
だが、絵里はその言葉の中に含まれていた、微かな切なさを確かに感じ取っていた。
それは、自分が頼りないことへの不甲斐なさとか、衣梨奈に信頼されていないのではないかという寂しさ以上のものがある気がした。
まさか……と絵里は、聖の衣梨奈への「気持ち」を疑ったが、それをこの場で追及するつもりはなかった。
実際、彼女の気持ちが本当にあるのだとしても、絵里はそれに、応えることはできないのだから―――
それは、自分が頼りないことへの不甲斐なさとか、衣梨奈に信頼されていないのではないかという寂しさ以上のものがある気がした。
まさか……と絵里は、聖の衣梨奈への「気持ち」を疑ったが、それをこの場で追及するつもりはなかった。
実際、彼女の気持ちが本当にあるのだとしても、絵里はそれに、応えることはできないのだから―――
「……教えてほしいっちゃ」
絵里はそう言って、聖の手を取って立ち上がった。
急に手を握られた聖はきょとんとした表情を見せたが、素直に立ち上がる。
絵里はファイルにしまっておいた今日のレッスンで使用した立ち位置の紙を取り出して見せる。
急に手を握られた聖はきょとんとした表情を見せたが、素直に立ち上がる。
絵里はファイルにしまっておいた今日のレッスンで使用した立ち位置の紙を取り出して見せる。
「ここのフォーメーション移動とそのあとの振り、聖は分かる?」
そうすることが、正しかったのかは分からない。
だけど、このまま「なんでもない」と素通りすることなんてできなかった。
聖の想い―――同期への優しさを踏み躙ることはしたくなかった。
だから絵里は、せめてその優しさにだけでも応えたかった。ただ心配そうに手を差し伸べてくれた同期に、だいじょうぶだと返したかった。
本当の衣梨奈を奪ってゴメンと、謝っても済む問題ではないと分かっていたからこそ、絵里は聖を頼ったのだ。
だけど、このまま「なんでもない」と素通りすることなんてできなかった。
聖の想い―――同期への優しさを踏み躙ることはしたくなかった。
だから絵里は、せめてその優しさにだけでも応えたかった。ただ心配そうに手を差し伸べてくれた同期に、だいじょうぶだと返したかった。
本当の衣梨奈を奪ってゴメンと、謝っても済む問題ではないと分かっていたからこそ、絵里は聖を頼ったのだ。
「……うん、分かるよ」
聖は漸く、暗い表情を引っ込ませて笑った。
汗をかいて濡れた前髪を横に分けると、聖は絵里の斜め前に立ち、真正面の鏡を見つめた。
凛として立つその姿は、9期最年長であり、ハロプロエッグ上がりのプライドすら感じられた。
ああ、ずいぶんとたくましい後輩がいるんだなと、絵里は無性に嬉しくなった。
汗をかいて濡れた前髪を横に分けると、聖は絵里の斜め前に立ち、真正面の鏡を見つめた。
凛として立つその姿は、9期最年長であり、ハロプロエッグ上がりのプライドすら感じられた。
ああ、ずいぶんとたくましい後輩がいるんだなと、絵里は無性に嬉しくなった。
それがいまから1時間ほど前のこと。
ふたりは事務所で別れたあと、タクシーで帰路に着いた。
このまま帰宅できればなんら問題はなかったのだが、問題が再び発生したのはタクシーの中、もうあと数分で衣梨奈の家に着くというときだった。
絵里―――正確に言えば衣梨奈の携帯がメールを受信したのを確認した絵里は、ふと携帯を開く。
そこにはこの携帯の持ち主である衣梨奈からのメールが入っていた。
その内容は、「新垣さんから会えないか?というメールが来たけど、会って良いですか?」という旨のものだった。
ふたりは事務所で別れたあと、タクシーで帰路に着いた。
このまま帰宅できればなんら問題はなかったのだが、問題が再び発生したのはタクシーの中、もうあと数分で衣梨奈の家に着くというときだった。
絵里―――正確に言えば衣梨奈の携帯がメールを受信したのを確認した絵里は、ふと携帯を開く。
そこにはこの携帯の持ち主である衣梨奈からのメールが入っていた。
その内容は、「新垣さんから会えないか?というメールが来たけど、会って良いですか?」という旨のものだった。
衣梨奈がいかに嬉しそうな顔でこのメールを送って来たかくらい分かっている。
だけど、本当に、それをして良いのかという不安がよぎる。
入れ替わって以降、衣梨奈は愛佳以外のメンバーとは会っていない。ただひとり、自分にできることを黙々としている。
そんな衣梨奈を、敬愛する里沙と会わせても良いのだろうかという不安がよぎった。
あこがれの人に久しぶりに会うことで、この入れ替わりがバレてしまうのではないだろうかという不安がある。
そうなってしまえば、もう、元も子もない。
だけど、本当に、それをして良いのかという不安がよぎる。
入れ替わって以降、衣梨奈は愛佳以外のメンバーとは会っていない。ただひとり、自分にできることを黙々としている。
そんな衣梨奈を、敬愛する里沙と会わせても良いのだろうかという不安がよぎった。
あこがれの人に久しぶりに会うことで、この入れ替わりがバレてしまうのではないだろうかという不安がある。
そうなってしまえば、もう、元も子もない。
―――「モーニング娘。に、戻りたいって気持ちが、強くなってます」
だが、そんな絵里の頭の中に、衣梨奈の声が甦った。
あの日、彼女は強い瞳で絵里に応えた。
彼女の瞳の奥に輝いていたのは、どうしようもないほどの痛みと、願いだった。
そんな彼女の想いを、絵里が杞憂で無視して良いはずもない。
自分と同じようにモーニング娘。を愛している衣梨奈の心を、踏み躙っていい理由なんてないはずだった。
頭ではちゃんと分かっている。分かっているはずなのに、素直に「良いよ」と言えないのは、先輩としてのプライドだろうか?
あの日、彼女は強い瞳で絵里に応えた。
彼女の瞳の奥に輝いていたのは、どうしようもないほどの痛みと、願いだった。
そんな彼女の想いを、絵里が杞憂で無視して良いはずもない。
自分と同じようにモーニング娘。を愛している衣梨奈の心を、踏み躙っていい理由なんてないはずだった。
頭ではちゃんと分かっている。分かっているはずなのに、素直に「良いよ」と言えないのは、先輩としてのプライドだろうか?
それとも、自分だけががんばっているのに、という、嫉妬だろうか?
絵里がそこまで考えたところで、タクシーは生田家に到着した。
ハッと我に返った絵里は慌ててカバンから財布を取り出し、料金を支払った。
ハッと我に返った絵里は慌ててカバンから財布を取り出し、料金を支払った。
絵里は勢いをつけて上体を起こし、なんという浅ましいことを考えているのだろうと頭をかいた。
衣梨奈の苦しみ、ただひとり、だれにも言えない悩みを抱え、暗闇で闘っている衣梨奈の苦しみは分かっているはずだった。
それなのに、絵里はふいに、自分だけが孤独の中にいると思ってしまう。
モーニング娘。として活動する現実を受け入れ、あの頃と同じように、焼けつくようなアイドルの一線に立って戦うことで、絵里は輝きを増していく。
それに比例するかのように、自分だけが努力をし、衣梨奈はただぬくぬくと部屋でのんびり過ごしているのだという錯覚に陥ってしまう。
そんなこと、あるはずないのに、どうしても、頭から離れない。
衣梨奈の苦しみ、ただひとり、だれにも言えない悩みを抱え、暗闇で闘っている衣梨奈の苦しみは分かっているはずだった。
それなのに、絵里はふいに、自分だけが孤独の中にいると思ってしまう。
モーニング娘。として活動する現実を受け入れ、あの頃と同じように、焼けつくようなアイドルの一線に立って戦うことで、絵里は輝きを増していく。
それに比例するかのように、自分だけが努力をし、衣梨奈はただぬくぬくと部屋でのんびり過ごしているのだという錯覚に陥ってしまう。
そんなこと、あるはずないのに、どうしても、頭から離れない。
それは、まるで……
―――客観視しているようだから?
ふいに脳裏をよぎった言葉に絵里は頭を抱えた。
違う、そんなことはない。私はそんな風にして毎日を送って来たわけじゃない。
絵里は必死に頭を振って否定するが、それでもいちどよぎった考えはなかなか振り払われることはない。
あのとき、愛佳に言われ、入れ替わってからふたりに起こった変化を考えたとき、絵里の頭に浮かんだことひとつの答え。
違う、そんなことはない。私はそんな風にして毎日を送って来たわけじゃない。
絵里は必死に頭を振って否定するが、それでもいちどよぎった考えはなかなか振り払われることはない。
あのとき、愛佳に言われ、入れ替わってからふたりに起こった変化を考えたとき、絵里の頭に浮かんだことひとつの答え。
それは、モーニング娘。に戻ったことで、自分が再び輝いていることに喜びを感じていることだった。
絵里は自分の意志で卒業を決め、自分の意志でモーニング娘。を去った。
だが今回、予期せぬ出来事により、意図せずに再びモーニング娘。に戻ることとなった。
戸惑いや不安、焦りなども確かにあったが、その根底には「喜び」があった。
「代役」ではあるものの、あの舞台に再び立てたことに、絵里は喜びを感じていた。
それはまさに、水を得た魚と同じだった。
だが今回、予期せぬ出来事により、意図せずに再びモーニング娘。に戻ることとなった。
戸惑いや不安、焦りなども確かにあったが、その根底には「喜び」があった。
「代役」ではあるものの、あの舞台に再び立てたことに、絵里は喜びを感じていた。
それはまさに、水を得た魚と同じだった。
あの輝く空間で再び歌って踊れることに、絵里は感謝していた。
自分の肌のことなどなにも考えず、思いっきり汗をかいてステージを駆け回れることが嬉しかった。
自分の肌のことなどなにも考えず、思いっきり汗をかいてステージを駆け回れることが嬉しかった。
それと同時に、絵里は衣梨奈となり、絵里になった衣梨奈を見ることで、自分を客観視していた。
モーニング娘。からは一線を引き、自分の体の声に耳を傾け、ひとりで闘い続けることに決めた亀井絵里。
しかし、それはあくまでも自分自身との闘いであり、他のだれもが、絵里がいま、具体的になにをしているかは分からない状況だった。
だからこそ、絵里はいまの衣梨奈を見て思ってしまう。
モーニング娘。からは一線を引き、自分の体の声に耳を傾け、ひとりで闘い続けることに決めた亀井絵里。
しかし、それはあくまでも自分自身との闘いであり、他のだれもが、絵里がいま、具体的になにをしているかは分からない状況だった。
だからこそ、絵里はいまの衣梨奈を見て思ってしまう。
もしかして、ただなにもせずにのんびりとしているだけではないのかと―――
自分と向き合うこと、静かに体の声を聴くこと、それは確かに、のんびり体を休めることと同義語だった。
だが、そのこと自体が絵里にはツラかった。
メンバーがあれほどキラキラ輝いて、前を向いてそれぞれの場所で闘っているというのに、自分は此処で立ち止まったままではないのかと。
温室でただ無駄な時間を過ごしているだけではないのかと思ってしまう。
だが、そのこと自体が絵里にはツラかった。
メンバーがあれほどキラキラ輝いて、前を向いてそれぞれの場所で闘っているというのに、自分は此処で立ち止まったままではないのかと。
温室でただ無駄な時間を過ごしているだけではないのかと思ってしまう。
そして、いまの衣梨奈が、そんな絵里―――自分自身と重なって見えてしまう。
なにもしていないで、楽をして生きているという錯覚に陥ってしまう。
なにもしていないで、楽をして生きているという錯覚に陥ってしまう。
「そんなことない!!」
絵里は思わず叫んだ。
違う、違う、そんなはずはない。そんなこと、あるわけがない。
いまだって衣梨奈はひとりで闘っているというのに、どうしてそんなことを考えてしまうというのだろう。
自分自身、ひとりの亀井絵里として、モーニング娘。を卒業してからも闘っていたというのに、どうしてそうマイナスに捉えてしまうのだろう。
薬に頼らずに、体を休め、バランスの良い食生活を送り、痒みや痛みに苦しみながらも逃げずに向き合ってきた日々がちゃんとあるのに、
どうしてその時間を否定してしまうのだろう?
まずは自分を褒めてあげなきゃいけないって、分かっていたはずなのに…
違う、違う、そんなはずはない。そんなこと、あるわけがない。
いまだって衣梨奈はひとりで闘っているというのに、どうしてそんなことを考えてしまうというのだろう。
自分自身、ひとりの亀井絵里として、モーニング娘。を卒業してからも闘っていたというのに、どうしてそうマイナスに捉えてしまうのだろう。
薬に頼らずに、体を休め、バランスの良い食生活を送り、痒みや痛みに苦しみながらも逃げずに向き合ってきた日々がちゃんとあるのに、
どうしてその時間を否定してしまうのだろう?
まずは自分を褒めてあげなきゃいけないって、分かっていたはずなのに…
分かっていたはずなのに、絵里は知らぬうちに願っていた。
こんな自分は嫌だと、以前のように、モーニング娘。として輝いた日々が送りたいと。
こんな自分は嫌だと、以前のように、モーニング娘。として輝いた日々が送りたいと。
「…………え?」
絵里はそこまで考えて顔を上げた。
いま、絵里はなにを思った?
いま、絵里はなにを思った?
絵里は焦っていた。
自分は努力していないのではないかと。この生活は無意味なのではないかと。ただ楽をしているだけではないかと。
自分は努力していないのではないかと。この生活は無意味なのではないかと。ただ楽をしているだけではないかと。
だから願っていた。
あの頃のように、灼熱のように燃えるあの一線に、戻りたいと。
あの頃のように、灼熱のように燃えるあの一線に、戻りたいと。
「………絵里の、せい……?」
バラバラだったピースが嵌っていく音がする。
ひとつの形を成し、完成をしようとしている。
ひとつの形を成し、完成をしようとしている。
この入れ替わりを引き起こした最大の原因。
愛佳は、かみさまではなく、人の想いの力があると言った。
だとすれば、この入れ替わりの原因は……
愛佳は、かみさまではなく、人の想いの力があると言った。
だとすれば、この入れ替わりの原因は……
「絵里のせい、なの………?」
再び携帯が震える。恐らく衣梨奈からのメールだとは分かっていた。
だが絵里は、その場から少しでも動くことは、敵わなかった。
だが絵里は、その場から少しでも動くことは、敵わなかった。