理解するとはどういうことだろう。
納得するとはどういうことだろう。
納得するとはどういうことだろう。
衣梨奈には、なにひとつ、分からなかった。
分からないのだけれど、衣梨奈は真っ直ぐに、事務所へと向かった。
分からないのだけれど、衣梨奈は真っ直ぐに、事務所へと向かった。
その行動がなにを意味しているのか。
果たしていかなる答えを手にするのか。
分からないからこそ、衣梨奈はその無謀とも言える道を進んでいった。
果たしていかなる答えを手にするのか。
分からないからこそ、衣梨奈はその無謀とも言える道を進んでいった。
新垣里沙が、春ツアーの最終日を持ってモーニング娘。及びハロープロジェクトを卒業する―――
その事実を告げられた時、一瞬で場の空気は凍った。
だれも、なにも言えなくなり、ただ時計の針の音だけがうるさく聞こえた。
発した言葉を、その意味を、必死に頭で整理するだけで精一杯だった。
だけどそのうち、10期メンバーの佐藤優樹が泣き始めたのをきっかけに、時が動いた。
絵里の隣に立っていた聖が顔を覆うようにして泣き、スタッフの隣にいるさゆみは下唇を噛みしめている。
だれも、なにも言えなくなり、ただ時計の針の音だけがうるさく聞こえた。
発した言葉を、その意味を、必死に頭で整理するだけで精一杯だった。
だけどそのうち、10期メンバーの佐藤優樹が泣き始めたのをきっかけに、時が動いた。
絵里の隣に立っていた聖が顔を覆うようにして泣き、スタッフの隣にいるさゆみは下唇を噛みしめている。
「そういうわけだから、よろしくな」
スタッフがそう告げて部屋を出ていき、室内にはモーニング娘。のメンバー12人が残った。
当事者である里沙はふぅとひとつ息を吐いて天井を仰いだあと、パンを手を叩いた。
当事者である里沙はふぅとひとつ息を吐いて天井を仰いだあと、パンを手を叩いた。
「とりあえず、春ツアーの最終日までは時間あるし、いまはお正月のハロコンに集中しましょう!」
努めて明るく振る舞う彼女の姿は、どこまでも「リーダー」だと絵里は思った。
もし絵里が、入れ替わりという非日常世界に身を置いていなかったならば、素直に「おめでとう!」と送り出せただろう。
だけどいまはそう言うことはできない。
絵里はあくまでも衣梨奈であり、里沙よりも随分年下の後輩でしかないのだから。
もし絵里が、入れ替わりという非日常世界に身を置いていなかったならば、素直に「おめでとう!」と送り出せただろう。
だけどいまはそう言うことはできない。
絵里はあくまでも衣梨奈であり、里沙よりも随分年下の後輩でしかないのだから。
「……んなの分からんっちゃん」
いちど立ち直りかけた空気の中、再び暗い空気を投げたのは絵里の同期であるれいなだった。
彼女はぐしゃりと髪をかきあげたあと、ジャージのポケットに手を突っ込み、そのまま部屋を出ていった。
激しく締められたドアの音を聞きながら、里沙とさゆみはほぼ同時に苦笑した。
彼女はぐしゃりと髪をかきあげたあと、ジャージのポケットに手を突っ込み、そのまま部屋を出ていった。
激しく締められたドアの音を聞きながら、里沙とさゆみはほぼ同時に苦笑した。
「れいなは相変わらずだね」
「まぁ、それが田中っちだからね」
「まぁ、それが田中っちだからね」
里沙もさゆみもそう言って、出ていった彼女の背中を見つめた。
そう、彼女はいつだって、自分の感情に正直だった。
自分のやり方、自分のスタンス、自分の道、そういうものを崩さない「田中れいな」はある意味で子どもだった。
だから「大人」のやり方が大嫌いで、いつでもそんな「大人」に反抗して自分を貫く。
場を乱しまでも自分を通そうとする信念は、時に刃物でもあるが、それでもれいなは必ず此処に戻ってくる。
それがれいななんだなと、絵里は改めて思った。
そう、彼女はいつだって、自分の感情に正直だった。
自分のやり方、自分のスタンス、自分の道、そういうものを崩さない「田中れいな」はある意味で子どもだった。
だから「大人」のやり方が大嫌いで、いつでもそんな「大人」に反抗して自分を貫く。
場を乱しまでも自分を通そうとする信念は、時に刃物でもあるが、それでもれいなは必ず此処に戻ってくる。
それがれいななんだなと、絵里は改めて思った。
「じゃあ15分後にレッスン始めるから、それまで休憩ね」
里沙の言葉のあと、一瞬だけ空気が緩むが、後輩たちはどうして良いか分からずにそこに立ち竦んだ。
愛佳はゆっくりと里沙に歩みを進め、二言三言、なにか言葉を交わしたあと、部屋を出ていった。
れいなを迎えに行くのだろうかと思いながら、絵里は天井を仰いだ。
愛佳はゆっくりと里沙に歩みを進め、二言三言、なにか言葉を交わしたあと、部屋を出ていった。
れいなを迎えに行くのだろうかと思いながら、絵里は天井を仰いだ。
里沙が卒業するという事実が重く圧し掛かる。
今日を含めて、卒業のその日までの日数は半年もない。
5ヶ月というのは、長いように見えて短い。春ツアーの始まるまでは、もう2ヶ月もない。
今日を含めて、卒業のその日までの日数は半年もない。
5ヶ月というのは、長いように見えて短い。春ツアーの始まるまでは、もう2ヶ月もない。
絵里は部屋の隅へ行き、脱力したように体を預けた。
こうして狭い空間に行くのなんて久しぶりだなと思いながら、ずるずると膝を折る。
こうして狭い空間に行くのなんて久しぶりだなと思いながら、ずるずると膝を折る。
―……えりぽん…
頭の中に浮かんだ後輩の名を、絵里は呼んだ。
本来の肉体の持ち主、此処にいるべきその人はいまはいない。
先日からずっと連絡が入っているのに、絵里は彼女の連絡を拒んできた。
本来の肉体の持ち主、此処にいるべきその人はいまはいない。
先日からずっと連絡が入っているのに、絵里は彼女の連絡を拒んできた。
知りたくなかったその事実に、自分が気付いてしまったから―――
この入れ替わりの原因をつくったのは、戻りたいと願った自分のせいではないかと絵里は考えていた。
愛佳の言う“人の想い”という力。
その力となりえた、絵里の願い。
体を休ませるという日々を無意味だと感じ、燃えるようなあの灼熱の一線に戻りたいという願い。
それがなんらかの形で衣梨奈と共鳴し、叶うことになってしまった。
衣梨奈の肉体を借りることで、絵里の願いは成就する。
愛佳の言う“人の想い”という力。
その力となりえた、絵里の願い。
体を休ませるという日々を無意味だと感じ、燃えるようなあの灼熱の一線に戻りたいという願い。
それがなんらかの形で衣梨奈と共鳴し、叶うことになってしまった。
衣梨奈の肉体を借りることで、絵里の願いは成就する。
―イヤだよ…そんなの………
そんなこと、望んじゃいなかった。
絵里が望んだ未来は、そんなものではなかったはずだ。
大切な後輩の未来を奪い、傷つけてまで得たかった未来じゃなかったはずだ。
絵里が望んだ未来は、そんなものではなかったはずだ。
大切な後輩の未来を奪い、傷つけてまで得たかった未来じゃなかったはずだ。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「分かっとぉよ、愛佳」
れいなは自動販売機の前にある椅子に深く座り、うなだれながらもそう答えた。
なんども経験してきた、同期や先輩の「卒業」。
変化することが当たり前で、常に進化していくことを求められるのがモーニング娘。なのだけれど、それでも納得できないことはたくさんある。
それをイチイチ表に出して「大人たち」に食ってかかってケンカするわけにもいかない。
それでも、未だにさっきのように感情を表出して、場の空気を凍らせてしまうことはたくさんあるのだけれども。
なんども経験してきた、同期や先輩の「卒業」。
変化することが当たり前で、常に進化していくことを求められるのがモーニング娘。なのだけれど、それでも納得できないことはたくさんある。
それをイチイチ表に出して「大人たち」に食ってかかってケンカするわけにもいかない。
それでも、未だにさっきのように感情を表出して、場の空気を凍らせてしまうことはたくさんあるのだけれども。
「あとで行くけん……」
「分かりました。先、戻ってますね」
「分かりました。先、戻ってますね」
愛佳はそう言うと立ち上がった。
「ごめん…」
「いえいえ」
「いえいえ」
れいなの言葉を背に受け、愛佳はゆっくりと廊下を歩いた。
愛佳はどちらの味方でもない。だから、彼女にできることは、どちらの意見も聞いて、その苦しみを軽減させることくらいだった。
どちらもツラいのであって、どちらも間違っていないことくらい、みんな分かっている。
分かっているのだけれど、やっぱり、こうやって「卒業」が絡むと冷静ではいられないのだなと愛佳は思った。
愛佳はどちらの味方でもない。だから、彼女にできることは、どちらの意見も聞いて、その苦しみを軽減させることくらいだった。
どちらもツラいのであって、どちらも間違っていないことくらい、みんな分かっている。
分かっているのだけれど、やっぱり、こうやって「卒業」が絡むと冷静ではいられないのだなと愛佳は思った。
みんなのいる部屋までもう数10秒というときだった。
愛佳は廊下の先に、その人物の姿を認めた。
愛佳は廊下の先に、その人物の姿を認めた。
「亀井さん……?」
そう口に出すと、その声が届いたのか、彼女は一礼した。
愛佳は慌てて早足に彼女に近づいた。
愛佳は慌てて早足に彼女に近づいた。
「なんで……此処に?」
愛佳は目の前にいる彼女が、亀井絵里ではないことを知っている。
だが、いまはそんなことはどうでも良い。
なぜ彼女が、此処に来ているのだろう。
だが、いまはそんなことはどうでも良い。
なぜ彼女が、此処に来ているのだろう。
「…ごめんなさい、どうしても、どうしても、会いたくて……」
「だれに……?」
「……亀井さんです」
「だれに……?」
「……亀井さんです」
彼女の口から出てきた絵里の名前に、愛佳は眉を顰めた。
愛佳は、彼女が絵里ではないことを知っている。だが、本物の絵里が何処にいるかは知らない。
そうは言えど、なんとなくではあるが、愛佳は絵里がどうしているかを分かっていた。
さらにいまの彼女の言葉でハッキリした。
絵里は、メンバーの中で、そのメンバーとしての人生を生きているのだと。
愛佳は、彼女が絵里ではないことを知っている。だが、本物の絵里が何処にいるかは知らない。
そうは言えど、なんとなくではあるが、愛佳は絵里がどうしているかを分かっていた。
さらにいまの彼女の言葉でハッキリした。
絵里は、メンバーの中で、そのメンバーとしての人生を生きているのだと。
「でも……それはっ」
会って良いのだろうかという疑問が愛佳に浮かぶ。
里沙の卒業を知ったメンバーは少なからず動揺し、絵里自身もまた、揺れていることは間違いない。
絵里と彼女、そして里沙の間でどのような話があったかは愛佳は知らない。
だけど、いま、この場で「亀井絵里」がメンバーと会うことは果たして吉なのか。
そもそも論として、彼女はなぜ、今日、絵里に会いたいのだろうか?
里沙の卒業を知ったメンバーは少なからず動揺し、絵里自身もまた、揺れていることは間違いない。
絵里と彼女、そして里沙の間でどのような話があったかは愛佳は知らない。
だけど、いま、この場で「亀井絵里」がメンバーと会うことは果たして吉なのか。
そもそも論として、彼女はなぜ、今日、絵里に会いたいのだろうか?
「いまじゃないと、ダメなんです……」
「え?」
「亀井さんと、ちゃんと話さないと…ダメなんです」
「え?」
「亀井さんと、ちゃんと話さないと…ダメなんです」
それってどういう意味?
そう、愛佳が聞こうとしたときだった。
メンバーのいる室内で「バタン!」というなにかが倒れるような音が響いた。
直後に、さまざまな声が重なる。
そう、愛佳が聞こうとしたときだった。
メンバーのいる室内で「バタン!」というなにかが倒れるような音が響いた。
直後に、さまざまな声が重なる。
「だいじょうぶ?!」
「え、なに?どうしたの?」
「待って、は?ちょ、なに?!」
「え、なに?どうしたの?」
「待って、は?ちょ、なに?!」
なにか騒動が起きていることに気付いた愛佳は一瞬視線をドアに向けたが、すぐに彼女に向き直る。
しかし、異変は彼女にも起きていた。
彼女は苦しそうに眉を歪ませたあと、こめかみの部分をおさえ、膝を折った。
彼女は苦しそうに眉を歪ませたあと、こめかみの部分をおさえ、膝を折った。
「ちょ、亀井さん?!」
衣梨奈はその問いかけに応えられそうになかった。
激しい痛みが襲いかかり、意識がもうろうとしてくる。こんな感覚、初めてだった。
激しい痛みが襲いかかり、意識がもうろうとしてくる。こんな感覚、初めてだった。
「亀井さん……亀井さんっ!」
愛佳の呼ぶ声が遠く聞こえる。感覚が薄れていく。
現実が遠ざかり、暗い闇が広がっていく。
愛佳の声はもう、届かない。
現実が遠ざかり、暗い闇が広がっていく。
愛佳の声はもう、届かない。
「さゆみんスタッフさん呼んできて!生田が倒れたって!早く!!」
そんな温かくて優しいリーダーの声が、最後に何処かで聞こえた気がした。