「できねー!」
絵里は大の字になって寝そべり、天を仰いでそう叫ぶ。
衣梨奈のいうハンドスプリングは一向にできる気配を見せない。
一朝一夕でできるものではないことくらい分かっているのだが、衣梨奈の体なのだから少しくらいできても良いじゃないかと思う。
理不尽だ、うん、これは理不尽だ。どっちが? 絵里が。うん、そうだね。
衣梨奈のいうハンドスプリングは一向にできる気配を見せない。
一朝一夕でできるものではないことくらい分かっているのだが、衣梨奈の体なのだから少しくらいできても良いじゃないかと思う。
理不尽だ、うん、これは理不尽だ。どっちが? 絵里が。うん、そうだね。
「あの…亀井さん」
小さな声が上から降って来たので、絵里はひょいと体を戻す。
不安げにこちらを見つめる衣梨奈の手には携帯電話が握られていた。
不安げにこちらを見つめる衣梨奈の手には携帯電話が握られていた。
「どーかしたー?」
そうして衣梨奈に近寄ると、彼女は震える手でケータイを絵里に見せてきた。
絵里は「んー?」と見てみると、一瞬血の気が引いた。
絵里は「んー?」と見てみると、一瞬血の気が引いた。
「…わぁお」
メールの差出人は同期の道重さゆみになっていた。
内容は、端的に述べるならば、「6期の3人で6期会をやりましょう」というものだった。
そういえば絵里が卒業する前に、いつか同期で飲み会を開こうといっていたのを思い出す。
内容は、端的に述べるならば、「6期の3人で6期会をやりましょう」というものだった。
そういえば絵里が卒業する前に、いつか同期で飲み会を開こうといっていたのを思い出す。
この状況は非常に良くないということは、絵里も衣梨奈も分かっていた。
衣梨奈を「あの」ふたりの前に置き去りにするのは、絵里自身、気が引ける。
実際には、衣梨奈とさゆみ、れいなという3人で会話としては成立するだろうとは思う。
しかし、8年という期間、一緒に過ごしてきた「6期」としては、とてもではないが会話が成り立たない。
それに、衣梨奈は未成年であるし、肉体は絵里とは言え、アルコールを飲ませるのも良くない。
衣梨奈を「あの」ふたりの前に置き去りにするのは、絵里自身、気が引ける。
実際には、衣梨奈とさゆみ、れいなという3人で会話としては成立するだろうとは思う。
しかし、8年という期間、一緒に過ごしてきた「6期」としては、とてもではないが会話が成り立たない。
それに、衣梨奈は未成年であるし、肉体は絵里とは言え、アルコールを飲ませるのも良くない。
「あの…亀井さん」
さてどうしたのもかと絵里が考えていると、衣梨奈が心配そうに覗き込んで来た。
絵里はできるだけ心配にさせないように「うん?」と返す。
絵里はできるだけ心配にさせないように「うん?」と返す。
「やっぱり、なにか、あったんですか?」
「なにかって……?」
「あの…メンバーに怪しまれちゃった、とか」
「なにかって……?」
「あの…メンバーに怪しまれちゃった、とか」
鋭い、その通りだよえりぽんと思わず言いたくなったが、絵里はその言葉を呑み込む。
衣梨奈の同期である9期は、「衣梨奈」の雰囲気の違いに気づいていた。
里保はダンスのくせの差に気づいたのか、その点を指摘したし、「神様」である香音は、ふざけながらも絵里を心配した。
昼食を摂りながら、聖は衣梨奈にだいじょうぶ?と話しかけてきた。
なにかしらの違和感を抱かれているのは、もう疑いようもなかった。
衣梨奈の同期である9期は、「衣梨奈」の雰囲気の違いに気づいていた。
里保はダンスのくせの差に気づいたのか、その点を指摘したし、「神様」である香音は、ふざけながらも絵里を心配した。
昼食を摂りながら、聖は衣梨奈にだいじょうぶ?と話しかけてきた。
なにかしらの違和感を抱かれているのは、もう疑いようもなかった。
たったの3日間の入れ替わりでよくきみたちそんなに気付くねと絵里は逆に感心する。
自分がもしメンバーの立場だったとして、入れ替わったなんてそんな非科学的なことには絶対に気付けないし、考えもしないと思う。
自分がもしメンバーの立場だったとして、入れ替わったなんてそんな非科学的なことには絶対に気付けないし、考えもしないと思う。
「やっぱり、そうなんですね」
暫く黙っていた絵里に、肯定とみなしたのか、衣梨奈は口を開く。
絵里も、その言葉を否定することはできず、曖昧な笑顔を見せて空を見上げた。
絵里も、その言葉を否定することはできず、曖昧な笑顔を見せて空を見上げた。
「いきなり行き詰ってんねー、絵里たち」
絵里が苦笑しながらそう言うと、衣梨奈もその横に腰を下ろし、同じように空を見る。
冬の空は青くて高い。空気が澄んでいるせいか、今日の「青」はいつもよりも映えているような気がした。
冬の空は青くて高い。空気が澄んでいるせいか、今日の「青」はいつもよりも映えているような気がした。
「最初から行き詰ってたんだけどさ」
「…ですね」
「…ですね」
絵里の言葉を衣梨奈は否定しなかった。
そう、最初から無理だったのかもしれない。
年齢も出身地も、性格も、考え方も違う、絵里と衣梨奈。
ほとんど接点のなかった人間が、突然入れ替わってしまうという非現実的な話。
そして、だれにもバレることなく日常生活を送るということ。
しかも、絵里と衣梨奈は、普通の「日常」ではない。モーニング娘。というアイドルであり、一般人とは違う世界で生きている。
中身は何処にでもいる中学生や大学生でも、人から見られるという職業である以上、誤魔化しはもう通用しない。
そう、最初から無理だったのかもしれない。
年齢も出身地も、性格も、考え方も違う、絵里と衣梨奈。
ほとんど接点のなかった人間が、突然入れ替わってしまうという非現実的な話。
そして、だれにもバレることなく日常生活を送るということ。
しかも、絵里と衣梨奈は、普通の「日常」ではない。モーニング娘。というアイドルであり、一般人とは違う世界で生きている。
中身は何処にでもいる中学生や大学生でも、人から見られるという職業である以上、誤魔化しはもう通用しない。
たった3日間の入れ替わりで、メンバーでさえあれほどの違和感を覚えられている。
これからコンサートやイベントを通じ、絵里はファンの前に立つことになる。
そのとき、果たして絵里は、衣梨奈であることを演じきれるのだろうか?
そしてそれは、だれにも気付かれないままでいられるだろうか?
これからコンサートやイベントを通じ、絵里はファンの前に立つことになる。
そのとき、果たして絵里は、衣梨奈であることを演じきれるのだろうか?
そしてそれは、だれにも気付かれないままでいられるだろうか?
「衣梨奈たち、どうなるっちゃろ……」
衣梨奈の呟いた言葉はふわりと浮き、そのまま風に乗って流されていった。
そっか、えりぽんも福岡出身だったねと、懐かしい響きを追いかけたが、絵里にも、答えは出そうになかった。
そう、目下の問題として、入れ替わりがバレないことというものがあるが、最終的に、ふたりはどうなるのかという課題が挙げられる。
そっか、えりぽんも福岡出身だったねと、懐かしい響きを追いかけたが、絵里にも、答えは出そうになかった。
そう、目下の問題として、入れ替わりがバレないことというものがあるが、最終的に、ふたりはどうなるのかという課題が挙げられる。
もし仮に、このまま入れ替わりがバレることなく活動していったとする。
亀井絵里は生田衣梨奈として、生田衣梨奈は亀井絵里として活動していったとして、そのあとはどうなる?
なにかしらの、ゴール。到達すべきポイント。目指す場所。着地点。
いちばん良い形は、互いが互いの体に戻ることだ。
魂があるべき肉体に戻り、再び、亀井絵里は亀井絵里として、生田衣梨奈は生田衣梨奈として生きていくこと。
それがなによりのゴールでもあり、ハッピーエンドでもある。
亀井絵里は生田衣梨奈として、生田衣梨奈は亀井絵里として活動していったとして、そのあとはどうなる?
なにかしらの、ゴール。到達すべきポイント。目指す場所。着地点。
いちばん良い形は、互いが互いの体に戻ることだ。
魂があるべき肉体に戻り、再び、亀井絵里は亀井絵里として、生田衣梨奈は生田衣梨奈として生きていくこと。
それがなによりのゴールでもあり、ハッピーエンドでもある。
だが、確証も、保証もない。
そもそも入れ替わったメカニズムも、入れ替わった理由も判明していないというのに、戻ることなどできるのだろうか。
「亀井さん…」
「うん?」
そもそも入れ替わったメカニズムも、入れ替わった理由も判明していないというのに、戻ることなどできるのだろうか。
「亀井さん…」
「うん?」
衣梨奈に話しかけられ、絵里は顔を上げる。彼女と目が合うと、衣梨奈は気まずそうに顔を伏せ、「なんでもないです」と呟いた。
不思議そうな目を絵里は向けるが、衣梨奈はなにも言わなかった。
絵里もそれ以上は追及せず、再び空を見上げる。相変わらず空は綺麗だった。
この上に、入れ替わりをさせた「かみさま」とやらはいるのだろうかと、絵里はぼんやり思う。
不思議そうな目を絵里は向けるが、衣梨奈はなにも言わなかった。
絵里もそれ以上は追及せず、再び空を見上げる。相変わらず空は綺麗だった。
この上に、入れ替わりをさせた「かみさま」とやらはいるのだろうかと、絵里はぼんやり思う。
「……かみさま…」
絵里がなんの気なしに呟くと、衣梨奈も顔を上げ、その視線を追う。
青い空には白い雲がぽつんと浮かび、寂しそうに漂っていた。
青い空には白い雲がぽつんと浮かび、寂しそうに漂っていた。
「かみさま…」
絵里はもう一度呟く。
衣梨奈は空から視線を絵里に向ける。絵里はなにかを考えている様子だったが、衣梨奈にはどうしても、嫌な予感しか浮かばない。
なぜだろう、それは、尊敬する新垣里沙が、絵里のことを「PPP」だと事あるごとに言うからだろうか。
衣梨奈は空から視線を絵里に向ける。絵里はなにかを考えている様子だったが、衣梨奈にはどうしても、嫌な予感しか浮かばない。
なぜだろう、それは、尊敬する新垣里沙が、絵里のことを「PPP」だと事あるごとに言うからだろうか。
「そっか、かみさまだ!」