丸1日待っても、絵里からの返事がなかったことを、衣梨奈は不思議に思った。
確かに絵里は、「不精者」と言っては語弊があるが、あまりメールの返事はマメな方ではない。
そうは言っても、入れ替わって以降、特に大事な用があるときはすぐに返事をしてくれるのが絵里だった。
だから今回も、里沙と会うかもしれないという一大イベントの前に、返事がないのは不思議だった。
まさか風邪でも引いたのだろうかと心配するが、衣梨奈は電話することを悩んだ末に、やめた。
確かに絵里は、「不精者」と言っては語弊があるが、あまりメールの返事はマメな方ではない。
そうは言っても、入れ替わって以降、特に大事な用があるときはすぐに返事をしてくれるのが絵里だった。
だから今回も、里沙と会うかもしれないという一大イベントの前に、返事がないのは不思議だった。
まさか風邪でも引いたのだろうかと心配するが、衣梨奈は電話することを悩んだ末に、やめた。
だが、絵里はともかく、里沙を待たせるわけにはいかないと衣梨奈はメールを作成し始めた。
具体的な日時は決まっていないわけだし、恐らく明日や明後日に会うというわけでもないだろうと推測した衣梨奈は当たり障りのない返事を打つ。
「久しぶりですガキさん」という一文を打つだけで、衣梨奈は手が震えた。
あー、もう、新垣さんに会いたいっちゃ!という気持ちが先走り、ボロが出てしまいそうになる。
なんども落ち着くように言い聞かせながらメールをつくるが、どうもうまくいかない。
具体的な日時は決まっていないわけだし、恐らく明日や明後日に会うというわけでもないだろうと推測した衣梨奈は当たり障りのない返事を打つ。
「久しぶりですガキさん」という一文を打つだけで、衣梨奈は手が震えた。
あー、もう、新垣さんに会いたいっちゃ!という気持ちが先走り、ボロが出てしまいそうになる。
なんども落ち着くように言い聞かせながらメールをつくるが、どうもうまくいかない。
それにしても、と衣梨奈は思う。
いったいどういう用件なんだろう。
いったいどういう用件なんだろう。
同い年の先輩・後輩。ガキカメとして長くラジオをやったりイベントをやって来た里沙と絵里。
このふたりの仲の良さを、衣梨奈だって知らないわけではない。
ふたりにしか分からないことだって、たくさんある。
そのことを別に、嫉妬するわけではないのだけれど、衣梨奈の胸は少しだけ痛みを覚えていた。
このふたりの仲の良さを、衣梨奈だって知らないわけではない。
ふたりにしか分からないことだって、たくさんある。
そのことを別に、嫉妬するわけではないのだけれど、衣梨奈の胸は少しだけ痛みを覚えていた。
衣梨奈が自己嫌悪に陥りそうになった時、携帯電話が震えた。
「うぉっ!」と妙な声を出し、慌てた衣梨奈は、相手がだれであるかも確認しないまま、勢いで通話ボタンを押してしまった。
「うぉっ!」と妙な声を出し、慌てた衣梨奈は、相手がだれであるかも確認しないまま、勢いで通話ボタンを押してしまった。
「あ。あ、あー…もしもし?」
とにかく出てしまったものは仕方がない。
あとでなんとか辻褄を合わせようと衣梨奈が恐る恐る話しかけると、電話の向こうの相手の笑い声が聞こえてきた。
あとでなんとか辻褄を合わせようと衣梨奈が恐る恐る話しかけると、電話の向こうの相手の笑い声が聞こえてきた。
「なーによ、カメ。なに慌ててんの?」
相手が里沙だと知ったとき、衣梨奈の緊張のゲージは一気に高まった。
急に沸騰したやかんのように顔が真っ赤に染まり、心臓がドクンと大きく高鳴る。
急に沸騰したやかんのように顔が真っ赤に染まり、心臓がドクンと大きく高鳴る。
「に、ににに、新垣さんっ!」
「アハハ。なに言ってんのカメ。うけるー」
「アハハ。なに言ってんのカメ。うけるー」
あっけらかんと返す里沙に衣梨奈はとにかく落ち着けと言い聞かせる。
待って、待って。急に新垣さんからの電話とか、もうなに夢?!いや現実よね。
こ、こ、これはどうすれば良いと?とりあえず録音?いや、会話を成立させんとね、とりあえず!
待って、待って。急に新垣さんからの電話とか、もうなに夢?!いや現実よね。
こ、こ、これはどうすれば良いと?とりあえず録音?いや、会話を成立させんとね、とりあえず!
「カメがさぁ、メール返事しないから、見てないのかと思って」
「へ?あ、あーごめんなさい!いま返そうと思って!」
「どーせ忘れてたんでしょ?まあ良いけどさー」
「へ?あ、あーごめんなさい!いま返そうと思って!」
「どーせ忘れてたんでしょ?まあ良いけどさー」
すみません、新垣さん。忘れてたんじゃないんです。返信しようとしたんですけど、亀井さんと連絡が取れなくて迷っていたんです……
なんてことは言えないけれど、衣梨奈は緊張を落ち着かせるために、「人」という字を手に書いては飲みこむ。
その内、飲みこみすぎて逆に気持ち悪くなったがもう気にしないことにした。
なんてことは言えないけれど、衣梨奈は緊張を落ち着かせるために、「人」という字を手に書いては飲みこむ。
その内、飲みこみすぎて逆に気持ち悪くなったがもう気にしないことにした。
「それでさカメ、空いてる日、あるかな?」
本題に入った里沙の声に衣梨奈は思わず背筋を伸ばす。
そうだ。もともと、いつか会えないかという話でメールが着たんだっけ。
衣梨奈は手帳を取り出し日程を確認する。その指先さえも震えてしまう。久々に聞けたその声に、衣梨奈の体が温かくなる。
ずっとずっと、聞きたくて、話したくて、会いたくて、いつの間にか、衣梨奈の中でかけがえのない存在になっている里沙がいた。
衣梨奈はこみ上げてくる想いをぐっと堪え、言葉を紡ぎ出す。
そうだ。もともと、いつか会えないかという話でメールが着たんだっけ。
衣梨奈は手帳を取り出し日程を確認する。その指先さえも震えてしまう。久々に聞けたその声に、衣梨奈の体が温かくなる。
ずっとずっと、聞きたくて、話したくて、会いたくて、いつの間にか、衣梨奈の中でかけがえのない存在になっている里沙がいた。
衣梨奈はこみ上げてくる想いをぐっと堪え、言葉を紡ぎ出す。
「に……ガキさんに、合わせますよ」
「えー、いいの?じゃあ明日の夜とかは?」
「えー、いいの?じゃあ明日の夜とかは?」
衣梨奈は手帳を確認した。
幸いにも、明日の夜はなにも予定が入っておらず、衣梨奈は「じゃあ行きます」と笑顔で応える。
里沙もその返事を聞き、「良かったぁ。じゃあ、明日。またメールするから」と返した。
もうすぐ電話が終わってしまいそうなその気配に、衣梨奈は思わず「あの…」と言葉を出した。
幸いにも、明日の夜はなにも予定が入っておらず、衣梨奈は「じゃあ行きます」と笑顔で応える。
里沙もその返事を聞き、「良かったぁ。じゃあ、明日。またメールするから」と返した。
もうすぐ電話が終わってしまいそうなその気配に、衣梨奈は思わず「あの…」と言葉を出した。
「うん?どうしたの?」
里沙は優しくそう聞き返す。
なんの計算もなく出てきた言葉を後悔するが、それでも衣梨奈はなにか続けたかった。
このままこの電話を切ってしまうのが寂しくて、もう少しだけ里沙と話していたくて。
明日、またすぐ会えることは分かっていたのに、それでも、1ヶ月振りのあなたの声が、どうしようもなく、愛しかった。
なんの計算もなく出てきた言葉を後悔するが、それでも衣梨奈はなにか続けたかった。
このままこの電話を切ってしまうのが寂しくて、もう少しだけ里沙と話していたくて。
明日、またすぐ会えることは分かっていたのに、それでも、1ヶ月振りのあなたの声が、どうしようもなく、愛しかった。
「明日、楽しみにしてますから」
だけど、絞り出せたのは結局そんな他愛もない言葉。
他にも話したいこと、聞いてほしいことはたくさんあったのだけれど、どれひとつとして、衣梨奈は言えそうになかった。
他にも話したいこと、聞いてほしいことはたくさんあったのだけれど、どれひとつとして、衣梨奈は言えそうになかった。
「私も、カメに会えるの楽しみにしてるよ」
里沙は電話口に元気に応えた。
それだけで衣梨奈は安心する。衣梨奈もそのあと数回言葉を交わし、電話を切った。
一気に幸福感に包まれた衣梨奈は、満足そうな笑みを携え、ベッドに横になる。
それだけで衣梨奈は安心する。衣梨奈もそのあと数回言葉を交わし、電話を切った。
一気に幸福感に包まれた衣梨奈は、満足そうな笑みを携え、ベッドに横になる。
「んふふー。新垣さんと会えるっちゃん」
頭の中はもう、里沙でいっぱいだった。
コラー!と声に出して怒る姿、さゆみやれいなと楽しそうに話す姿、ひとたび舞台に立つと凛とした姿、
ひとつひとつの「新垣里沙」の側面に、衣梨奈は自然と頬が緩み、顔が紅潮する。
コラー!と声に出して怒る姿、さゆみやれいなと楽しそうに話す姿、ひとたび舞台に立つと凛とした姿、
ひとつひとつの「新垣里沙」の側面に、衣梨奈は自然と頬が緩み、顔が紅潮する。
「ってやばぁい!!」
幸福感に包まれていた衣梨奈は急に現実を取り戻した。
明日、里沙に会うことが決まったが、それは亀井絵里としてであり、本人の承諾を得ていない。
急に電話が来て突発的に決まったことだが、それは問題ではないかと衣梨奈は慌てた。
いまさら断るわけにもいかない衣梨奈は、「うぁぁ…」と頭をかく。
やっぱり、黙って会うのはまずいっちゃよね、と、絵里に再びメールを作成し始めた。
明日、里沙に会うことが決まったが、それは亀井絵里としてであり、本人の承諾を得ていない。
急に電話が来て突発的に決まったことだが、それは問題ではないかと衣梨奈は慌てた。
いまさら断るわけにもいかない衣梨奈は、「うぁぁ…」と頭をかく。
やっぱり、黙って会うのはまずいっちゃよね、と、絵里に再びメールを作成し始めた。
結局、里沙と会うその日になっても、絵里からの返事はなかった。
此処まで来ると、本当に病気だろうかと心配した衣梨奈は、絵里に電話をかけた。
だが、何度かけても留守番電話に接続され、里沙と会う直前になっても、絵里の声を聞くことは出来なかった。
此処まで来ると、本当に病気だろうかと心配した衣梨奈は、絵里に電話をかけた。
だが、何度かけても留守番電話に接続され、里沙と会う直前になっても、絵里の声を聞くことは出来なかった。
「どうしたっちゃろ……」
里沙との待ち合わせの駅前にいる衣梨奈は携帯の液晶画面とにらめっこする。
とにかく、今日里沙と会ったあと、絵里に会いに行こうと衣梨奈は決めた。
そうしない限り、なんとなく付き纏うこの嫌な予感を振り払うことは出来そうになかった。
ただの風邪や、携帯電話を落としてしまったのならそれでも良い。
それ以上のなにか、絵里が自分を見失ってしまい、人との接触を拒んでしまうほどの“なにか”が起きてしまっていれば、話は別だった。
とにかく、今日里沙と会ったあと、絵里に会いに行こうと衣梨奈は決めた。
そうしない限り、なんとなく付き纏うこの嫌な予感を振り払うことは出来そうになかった。
ただの風邪や、携帯電話を落としてしまったのならそれでも良い。
それ以上のなにか、絵里が自分を見失ってしまい、人との接触を拒んでしまうほどの“なにか”が起きてしまっていれば、話は別だった。
衣梨奈にとっての絵里とは、「温かいが故の脆い人」だった。
入れ替わって以降、衣梨奈はなんども絵里に助けられてきた。
ダンスが分からないときも、音程が不安になるときも、ひとりで寂しいときも、傍にいて支えてくれたのは絵里だった。
自分と同じ境遇にいるからこそ、その不安や哀しみに寄り添うことができるのは絵里だった。
だが、それ以上の優しさが彼女にはあった。
入れ替わっていなかったとしても、彼女は困っている人に自然と手を差し伸べる。
あのだらしなくて、だけど温かい笑顔を携えて、「だいじょうぶ?」と声をかけるような人だと思う。
ダンスが分からないときも、音程が不安になるときも、ひとりで寂しいときも、傍にいて支えてくれたのは絵里だった。
自分と同じ境遇にいるからこそ、その不安や哀しみに寄り添うことができるのは絵里だった。
だが、それ以上の優しさが彼女にはあった。
入れ替わっていなかったとしても、彼女は困っている人に自然と手を差し伸べる。
あのだらしなくて、だけど温かい笑顔を携えて、「だいじょうぶ?」と声をかけるような人だと思う。
だからこそ衣梨奈は、心配だった。
いままでなんどとなく助けられてきた存在だからこそ、そう思う。
亀井さんは、だいじょうぶだろうかと―――
いままでなんどとなく助けられてきた存在だからこそ、そう思う。
亀井さんは、だいじょうぶだろうかと―――
絵里はいつも笑っていた。
ときに厳しく指導したりするけれども、基本的にそれは自分のことではなく、だれかのことを思っての行動だった。
絵里は自分の痛みや哀しみをだれかに見せることは少ない。
少ないというのは衣梨奈の主観であるし、衣梨奈に見せない、と言った方が正しいのだろうけど、衣梨奈はそう思う。
ときに厳しく指導したりするけれども、基本的にそれは自分のことではなく、だれかのことを思っての行動だった。
絵里は自分の痛みや哀しみをだれかに見せることは少ない。
少ないというのは衣梨奈の主観であるし、衣梨奈に見せない、と言った方が正しいのだろうけど、衣梨奈はそう思う。
絵里と衣梨奈が入れ替わってしまってから、絵里にだって不安はあったはずだ。
いちど卒業したモーニング娘。に戻ること、あの輝いた舞台に立つこと、再びメンバーと会うこと……
ひとえには捉えきれないほどの闇が絵里にだって襲いかかって来たはずだった。
いちど卒業したモーニング娘。に戻ること、あの輝いた舞台に立つこと、再びメンバーと会うこと……
ひとえには捉えきれないほどの闇が絵里にだって襲いかかって来たはずだった。
だが、それを絵里は衣梨奈には見せなかった。
正確にはいちどだけ、絵里が弱音を吐き、怒りをぶつけたことはあった。
元に戻る方法が見えず、「えりぽんには分からないよ!」と叫んで走り出した絵里がいた。
彼女が自分の不安を外に向けたのはたったその1回きりだった。
正確にはいちどだけ、絵里が弱音を吐き、怒りをぶつけたことはあった。
元に戻る方法が見えず、「えりぽんには分からないよ!」と叫んで走り出した絵里がいた。
彼女が自分の不安を外に向けたのはたったその1回きりだった。
だからこそ衣梨奈は不安だった。
彼女の抱える闇は、衣梨奈の抱えるそれと同じくらい、またはそれ以上のはずだった。
それなのに、自分はなんども吐きだしているのに、絵里は1度しか吐きだしていない。
衣梨奈を信頼していないからか、心配をかけたくないからか、絵里はなにも言わずに闘っているけれど、それが逆に怖かった。
彼女の抱える闇は、衣梨奈の抱えるそれと同じくらい、またはそれ以上のはずだった。
それなのに、自分はなんども吐きだしているのに、絵里は1度しか吐きだしていない。
衣梨奈を信頼していないからか、心配をかけたくないからか、絵里はなにも言わずに闘っているけれど、それが逆に怖かった。
いつか、絵里自身が闇に呑まれてしまうのではないかと―――
きっとそんなの、ただのお節介なのかもしれないけれど、衣梨奈はぼんやりとそんなことを考える。
絵里のことが大切で、心配だから。
あの人に、涙は似合わないから。
あの人には、笑っていてほしいから。
絵里のことが大切で、心配だから。
あの人に、涙は似合わないから。
あの人には、笑っていてほしいから。
「カメぇ~」
ふとその人の声が聞こえて衣梨奈は顔を上げた。
気がつくと彼女は、数メートル先からこちらに向かって手を振り、走り寄って来た。
気がつくと彼女は、数メートル先からこちらに向かって手を振り、走り寄って来た。
「っ……ガキさん!!」
衣梨奈は思わずそう叫び、里沙に走り寄った。
そのとき、絵里には本当に申し訳ないのだけれど、頭の中は一瞬で、里沙でいっぱいになってしまった。
そのとき、絵里には本当に申し訳ないのだけれど、頭の中は一瞬で、里沙でいっぱいになってしまった。
里沙と話すのはいつ以来だろうと考える。
入れ替わってから会うのは初めてだから、実に2ヶ月振りだった。
2ヶ月振りにあっても、相変わらず、彼女は彼女のままだった。
確かに、たったの2ヶ月で人格が変わってしまっては困るのだが、里沙の里沙らしさを衣梨奈は全身で感じている。
入れ替わってから会うのは初めてだから、実に2ヶ月振りだった。
2ヶ月振りにあっても、相変わらず、彼女は彼女のままだった。
確かに、たったの2ヶ月で人格が変わってしまっては困るのだが、里沙の里沙らしさを衣梨奈は全身で感じている。
「カメ、ずーっと笑ってるね、どうしたの?」
「んふふ~。なんでもないですよ、ガキさぁ~ん」
「んふふ~。なんでもないですよ、ガキさぁ~ん」
普段、絵里がどういう風に里沙と話しているかなど、衣梨奈は知らない。
だから、話し方や言葉遣いで入れ替わりがバレてしまう恐れもあったが、衣梨奈はもうそんなこと考えられなかった。
10月に行われたミュージカル「リボーン~命のオーディション」にて、ジャンヌダルクを演じる里沙を見てから、衣梨奈は里沙に憧れていた。
それが果たして、恋と呼べるほどの大きな思いなのか、それとも先輩への憧れであり、情念であるかは分からない。
思春期特有の想いだと切り捨てられればそこまでだが、ハッキリ言って衣梨奈にはそんなことどうでも良かった。
ただ、自分が尊敬し、憧れる人が目の前にいる。いつか自分もこんな風になりたかった。
ステージ上でいっぱい弾けて、キラキラと輝いて、声の限りに叫んで、時に舞台で男性的でもある演技を見せる彼女のようになりたかった。
だから、話し方や言葉遣いで入れ替わりがバレてしまう恐れもあったが、衣梨奈はもうそんなこと考えられなかった。
10月に行われたミュージカル「リボーン~命のオーディション」にて、ジャンヌダルクを演じる里沙を見てから、衣梨奈は里沙に憧れていた。
それが果たして、恋と呼べるほどの大きな思いなのか、それとも先輩への憧れであり、情念であるかは分からない。
思春期特有の想いだと切り捨てられればそこまでだが、ハッキリ言って衣梨奈にはそんなことどうでも良かった。
ただ、自分が尊敬し、憧れる人が目の前にいる。いつか自分もこんな風になりたかった。
ステージ上でいっぱい弾けて、キラキラと輝いて、声の限りに叫んで、時に舞台で男性的でもある演技を見せる彼女のようになりたかった。
「なんかいいことあったぁ?」
アイスココアをストローでかき混ぜながら里沙は衣梨奈にそう訊ねた。
普段はモーニング娘。の7代目リーダーとして活躍する里沙だったが、いま目の前にいるのは等身大の23歳の女性である里沙だった。
口うるさく説教するでも、カッコいいパフォーマンスを見せるのでもない、ありのままの新垣里沙と会話をしている。
それだけで衣梨奈は充分にシアワセだった。
普段はモーニング娘。の7代目リーダーとして活躍する里沙だったが、いま目の前にいるのは等身大の23歳の女性である里沙だった。
口うるさく説教するでも、カッコいいパフォーマンスを見せるのでもない、ありのままの新垣里沙と会話をしている。
それだけで衣梨奈は充分にシアワセだった。
「ガキさんと会えて嬉しいですぅー」
「もーなにそれ。さっきからそればっかじゃん」
「もーなにそれ。さっきからそればっかじゃん」
衣梨奈はオレンジジュースを一口飲み、だらしない笑顔を向けた。
たぶん、不自然な点やおかしなところはたくさんあるのだろうけど、そんなこともう気にしちゃいられない。
いままで会えなかった分を埋めるように、衣梨奈は里沙との時間を楽しんでいた。
たぶん、不自然な点やおかしなところはたくさんあるのだろうけど、そんなこともう気にしちゃいられない。
いままで会えなかった分を埋めるように、衣梨奈は里沙との時間を楽しんでいた。
「……それでね、カメ」
喫茶店に入ってもうどれくらいの時間が経っただろうか。
ふたりとも2杯目のココアとオレンジジュースをお代わりしていたので、相応の時間は経っているのが分かる。
里沙がストローで混ぜる手を止め、衣梨奈に真剣な瞳を向けた。
ふたりとも2杯目のココアとオレンジジュースをお代わりしていたので、相応の時間は経っているのが分かる。
里沙がストローで混ぜる手を止め、衣梨奈に真剣な瞳を向けた。
「話しておきたいことがあるんだ」
「……話、ですか」
「……話、ですか」
急にトーンが落ちた彼女に、衣梨奈もまた自分の中でのスイッチを切り替える。
たぶん、いままでのようなふざけた会話は出来ないことくらい、衣梨奈にも分かっていた。
楽しい時間が長かった分、こうして急に真面目な会話が始まろうとするのは、内心、寂しいし、不安だった。
だが、恐らくいまから話すことが、里沙が絵里を呼び出した理由なのだろうと衣梨奈も想像がついていた。
ふぅとひと息吐いたところで、衣梨奈は「どうしたんですか?」と里沙に訊ねる。
たぶん、いままでのようなふざけた会話は出来ないことくらい、衣梨奈にも分かっていた。
楽しい時間が長かった分、こうして急に真面目な会話が始まろうとするのは、内心、寂しいし、不安だった。
だが、恐らくいまから話すことが、里沙が絵里を呼び出した理由なのだろうと衣梨奈も想像がついていた。
ふぅとひと息吐いたところで、衣梨奈は「どうしたんですか?」と里沙に訊ねる。
「うん……あのね…あのー…」
「はい」
「まだ、メンバーには……言ってないんだけど。うん。そう」
「はい」
「まだ、メンバーには……言ってないんだけど。うん。そう」
里沙の言葉は歯切れが悪かった。
その分、どう伝えるべきかを悩んでいるようにも見えた。
だから衣梨奈はその先を促すことなく、里沙の口から語られる言葉を待った。
その分、どう伝えるべきかを悩んでいるようにも見えた。
だから衣梨奈はその先を促すことなく、里沙の口から語られる言葉を待った。
「愛ちゃんには、もう、話したから。そう、カメにも、言っておきたくて……一応」
「はい」
「まあ、メンバーには、明日言うつもり、なんだけど……」
「はい」
「まあ、メンバーには、明日言うつもり、なんだけど……」
里沙はアイスココアに口をつけ、ストローから口を離した。
ぷるんと潤った唇が綺麗だなと、衣梨奈はぼんやりと思った。
ぷるんと潤った唇が綺麗だなと、衣梨奈はぼんやりと思った。
「卒業するんだ、今度の春ツアーで」
「はい………え?」
「5月の半ば。いまから4ヶ月後かな、春ツアーの最終日に」
「はい………え?」
「5月の半ば。いまから4ヶ月後かな、春ツアーの最終日に」
「青天の霹靂」という言葉を衣梨奈が知っていたとしたら、いまの状況はまさにそれだと納得しただろう。
だが残念ながら彼女はそんな小難しい言葉を知らず、この状況を整理させる明確な言葉を見つけられなかった。
だが残念ながら彼女はそんな小難しい言葉を知らず、この状況を整理させる明確な言葉を見つけられなかった。
―――いったいいま、新垣さんはなんて言った?
衣梨奈はその瞳を里沙に真っ直ぐに向ける。瞬間に視界がぼやけた。
経ったその刹那で、衣梨奈は大粒の涙を零していた。
経ったその刹那で、衣梨奈は大粒の涙を零していた。
「え、ちょっ、カメ?」
急に泣き始めた衣梨奈に驚いたのか、里沙は慌ててテーブルに備え付けのティッシュを衣梨奈に渡す。
だが、衣梨奈はそれを受け取ることもできないほどに、涙を零していた。
脳内ではもう、里沙の言葉を理解していた。
理解していたからこそ、反応としての涙が零れ落ちた。
だが、理解しているはずなのに、衣梨奈は全くその場から動けない。
口の中はカラカラに乾き、なにを発すべきかも、なにをするべきかも分からぬまま、ひたすらに涙を零した。
だが、衣梨奈はそれを受け取ることもできないほどに、涙を零していた。
脳内ではもう、里沙の言葉を理解していた。
理解していたからこそ、反応としての涙が零れ落ちた。
だが、理解しているはずなのに、衣梨奈は全くその場から動けない。
口の中はカラカラに乾き、なにを発すべきかも、なにをするべきかも分からぬまま、ひたすらに涙を零した。
12月下旬、寒い冬の空から、白い雪が舞い降りて来た日のことだった―――