「最近どう?」
そう彼女に話を振られ、里沙は箸を止めた。
「新メンバーが多すぎて大変だよ。もうホントに小学校って感じ」
「ハハ。里沙ちゃん先生とか似合いそう」
「ハハ。里沙ちゃん先生とか似合いそう」
彼女―――高橋愛はそうして笑い、浅漬けに箸を伸ばした。
ほんの数か月前まで、彼女と一緒にモーニング娘。として毎日顔を合わせてきたのに、愛が卒業してからは、こうして互いの時間を調整して会うことしかできない。
里沙は軽く笑ったあと、メニューを手に取り、次になにを飲むかを考え始める。
ほんの数か月前まで、彼女と一緒にモーニング娘。として毎日顔を合わせてきたのに、愛が卒業してからは、こうして互いの時間を調整して会うことしかできない。
里沙は軽く笑ったあと、メニューを手に取り、次になにを飲むかを考え始める。
「なんか、ぶっ飛んでるんだって?10期メンバー」
「うん、かなりね。私たちもそうだったのかなって思うと、なんか不思議な感じがするよね」
「でも良い感じのリーダーやってるみたいじゃん」
「うん、かなりね。私たちもそうだったのかなって思うと、なんか不思議な感じがするよね」
「でも良い感じのリーダーやってるみたいじゃん」
愛にそう言われ、里沙はページをめくる手を止めた。
本当に、本当に自分は、良いリーダーなのだろうか。
本当に、本当に自分は、良いリーダーなのだろうか。
「なんか頼む?」
目の前にいる彼女からそう聞かれ、里沙は慌てて現実に引き戻される。
「じゃあ、鍛高譚にしようかな」
「好きだねぇ、たんたかたん」
「好きだねぇ、たんたかたん」
愛はそうして、里沙の好きな紫蘇焼酎の名前を連呼する。
「テッテケテー」と言われるほど、福井訛りがあり、噛むことに定評のある彼女が「鍛高譚」を口にすると、なんだか楽しい。
絶対に店員さんにバカにされるだろうなと、里沙は自分でオーダーすることにした。
「テッテケテー」と言われるほど、福井訛りがあり、噛むことに定評のある彼女が「鍛高譚」を口にすると、なんだか楽しい。
絶対に店員さんにバカにされるだろうなと、里沙は自分でオーダーすることにした。
「愛ちゃんはなにか飲む?」
「ってもう押してんじゃん」
「ってもう押してんじゃん」
里沙が先にボタンを押したことに不服を感じながらも、愛はメニューを受け取り、なににするかを考えだす。
真面目な顔でメニューと向き合う愛を見ながら、里沙はふと笑顔になった。
こうして同期と時間を過ごすと、いつの間にか、彼女が卒業する前に戻ったような錯覚を覚える。
たぶんそれは、ツラくもあったが楽しかった、あの9人での時間。
久住小春が笑顔で楽屋で騒いでいて、リンリンが寒いギャグを言って、亀井絵里とともにラジオでずっと笑っていて、
リーダーの愛が時々怒ったりして、だけど噛むことが多いから妙に説得力なくて、道重さゆみにツッコまれて、光井愛佳が陰でしっかりとフォローして、
ジュンジュンが可愛いキャラを急に言いだして、田中れいながそれ寒いと冷たくあしらって。
真面目な顔でメニューと向き合う愛を見ながら、里沙はふと笑顔になった。
こうして同期と時間を過ごすと、いつの間にか、彼女が卒業する前に戻ったような錯覚を覚える。
たぶんそれは、ツラくもあったが楽しかった、あの9人での時間。
久住小春が笑顔で楽屋で騒いでいて、リンリンが寒いギャグを言って、亀井絵里とともにラジオでずっと笑っていて、
リーダーの愛が時々怒ったりして、だけど噛むことが多いから妙に説得力なくて、道重さゆみにツッコまれて、光井愛佳が陰でしっかりとフォローして、
ジュンジュンが可愛いキャラを急に言いだして、田中れいながそれ寒いと冷たくあしらって。
―戻りたいのかな…私…
あの時間が長かった分、新しい環境に慣れていないということは分かる。
卒業と加入を繰り返して成長するということは理解できているのに、里沙は心では、あの時間へ帰りたいのかもしれないと思った。
卒業と加入を繰り返して成長するということは理解できているのに、里沙は心では、あの時間へ帰りたいのかもしれないと思った。
「じゃあ、たんかたた……あ、たんたかたんと、ファジーネーブルで……え、あ、お湯割りで」
里沙はそのとき、愛が噛みながらもオーダーを済ませたことに気付き、顔を上げる。
店員が笑顔で去っていったのを確認したあと、「言いづらいよねぇ、これ」と笑いながら愛は言った。
ぼんやりしてる間に彼女に先に注文されてしまったようだ。
店員が笑顔で去っていったのを確認したあと、「言いづらいよねぇ、これ」と笑いながら愛は言った。
ぼんやりしてる間に彼女に先に注文されてしまったようだ。
「里沙ちゃん、なんかあった?」
先ほどまでの笑顔をそのまま持ってきて愛はそう聞いた。
その一連の流れはあまりにもスムーズで、里沙は疑問を持つタイミングすらも失ってしまった。
ああ、こういう自然なところが、4年間、モーニング娘。でリーダーをやって培ってきたものなんだろうなと納得した。
里沙はふふっと笑いながらエイヒレをつまむ。
その一連の流れはあまりにもスムーズで、里沙は疑問を持つタイミングすらも失ってしまった。
ああ、こういう自然なところが、4年間、モーニング娘。でリーダーをやって培ってきたものなんだろうなと納得した。
里沙はふふっと笑いながらエイヒレをつまむ。
「……なんかってわけじゃないんだけどさ」
「うん」
「気になってることがあってさ」
「うん」
「気になってることがあってさ」
里沙の心に引っ掛かったひとつの違和感。
いつから巻き起こったのかは分からないけれど、確かに存在したそれは、言いようのない不安とともに胸に広がった。
なんて説明して良いのかもよく分からない、不確かでフワフワした掴みどころのないもの。
漠然とながらも感じていたそれを、どう処理して良いのかもわからない。
いつから巻き起こったのかは分からないけれど、確かに存在したそれは、言いようのない不安とともに胸に広がった。
なんて説明して良いのかもよく分からない、不確かでフワフワした掴みどころのないもの。
漠然とながらも感じていたそれを、どう処理して良いのかもわからない。
「私、リーダー向いてないのかも」
里沙は話をすり替えた。
「なんでよ?」
「だって……」
「だって……」
愛が卒業し、リーダーに就任して、2ヶ月。
サブリーダーとして活動してきた時間は長く、リーダーがいかなる苦労を背負ってきたかも里沙は知っている。
だが、見ているのとやってみるのとではわけが違う。たった2ヶ月で、里沙はそれを思い知らされた。
新メンバーが大勢入ったせいもあるが、大人数のグループをまとめるのは至難の業だ。
ほぼ完成していたあの時代とは全く違う、イチから土台をつくっていく環境に、里沙は戸惑っていた。
サブリーダーとして活動してきた時間は長く、リーダーがいかなる苦労を背負ってきたかも里沙は知っている。
だが、見ているのとやってみるのとではわけが違う。たった2ヶ月で、里沙はそれを思い知らされた。
新メンバーが大勢入ったせいもあるが、大人数のグループをまとめるのは至難の業だ。
ほぼ完成していたあの時代とは全く違う、イチから土台をつくっていく環境に、里沙は戸惑っていた。
それに加えて、あの問題。
心に引っ掛かってずっと滞在し、言いようのない感覚をもたらしている不透明の違和感はさらに里沙を困惑させる。
それに、当人がなにも言わないこの現状で、里沙もそこに介入して良いのだろうかと悩む。
勘違いかもしれないこの不確かな状況に、里沙は頭を抱えていた。
心に引っ掛かってずっと滞在し、言いようのない感覚をもたらしている不透明の違和感はさらに里沙を困惑させる。
それに、当人がなにも言わないこの現状で、里沙もそこに介入して良いのだろうかと悩む。
勘違いかもしれないこの不確かな状況に、里沙は頭を抱えていた。
「愛ちゃんみたいには、なれないからさ」
きっと、愛ならばもっとうまくやるんだろうなと里沙は思う。
自然と周りに人を集め、後輩からも慕われ、悩んでいるメンバーに自然と手を差し伸べてきた愛。
アットホームなモーニング娘。をつくった愛からタスキを受け継いだ里沙だったが、そんなに簡単にはいかないことくらい、分かっていた。
自然と周りに人を集め、後輩からも慕われ、悩んでいるメンバーに自然と手を差し伸べてきた愛。
アットホームなモーニング娘。をつくった愛からタスキを受け継いだ里沙だったが、そんなに簡単にはいかないことくらい、分かっていた。
「別に私みたいになる必要はないと思うんやけど」
里沙の言葉を受け、愛は残っていたカシスオレンジを飲み干す。それと同時に店員が、鍛高譚とファジーネーブルを運んできた。
愛はそれを笑顔で受け取り、鍛高譚を里沙に渡す。自分の注文したドリンクを飲むと、愛は「甘いなあこれ」と笑った。
愛はそれを笑顔で受け取り、鍛高譚を里沙に渡す。自分の注文したドリンクを飲むと、愛は「甘いなあこれ」と笑った。
「ガキさんはガキさんのやり方でええと思うよ。無理せんで、自分の方法でリーダーやっていけば良いと思う」
愛はそう言うと、いつものように屈託なく笑った。
童顔で、子どもっぽくて、とても25歳には見えない彼女。その表情は、10年前、一緒にオーディションを受けたときからなにも変わっていない。
愛はそう言うと、いつものように屈託なく笑った。
童顔で、子どもっぽくて、とても25歳には見えない彼女。その表情は、10年前、一緒にオーディションを受けたときからなにも変わっていない。
「サブリーダーはおらんけど、さゆもれいなも、愛佳も頼れる後輩やろ?」
愛の言葉を聞きながら、里沙は小さく頷き、お湯割りに手を伸ばす。
冬の始まりを告げるような風の吹いたこの日、寒くなった体を温めるにはちょうど良い焼酎だった。
里沙はなんどか息を吹きかけたあと、グラスに口をつける。シソ独特の香りが口内に広がった。
冬の始まりを告げるような風の吹いたこの日、寒くなった体を温めるにはちょうど良い焼酎だった。
里沙はなんどか息を吹きかけたあと、グラスに口をつける。シソ独特の香りが口内に広がった。
「9期やって成長してきてるやろ?そう言えば生田とか凄く慕ってくれてるみたいやね」
里沙は瞬間、焼酎を飲む手を止めた。
今日、いちばん聞きたくて、だけど確証のない出来事の張本人の名前に反応した。
里沙はどうしたものかと思うが、この話の流れなら聞けるかも知れないと、「あのさ」と口を開いた。
今日、いちばん聞きたくて、だけど確証のない出来事の張本人の名前に反応した。
里沙はどうしたものかと思うが、この話の流れなら聞けるかも知れないと、「あのさ」と口を開いた。
「生田、どう思う?」