405 名前:正統派 ◆i0GrX5JVL. :12/10/19 21:28:26
お久しぶりの方も初めましての方もこんばんはです
本編では書ききれなかったことがいくつかあって心残りだったのでちょっと特別編いきます
あなたをずっと見ていたから―――
もう何度目か忘れたため息をつく。
そのうち「シアワセが逃げちゃうよ?」と同期に言われそうなほどだが、逃げるほどのシアワセあったっけ?とぼんやり思う。
譜久村聖は机に伏して「んー」と声を出した。肩がこっていたのか、バキッと景気の良い音が鳴る。
これではいけないとなにかを思い出したように顔を上げ、手近にあった紙を広げた。
もういちど、確認するように図を描いていく。
そのうち「シアワセが逃げちゃうよ?」と同期に言われそうなほどだが、逃げるほどのシアワセあったっけ?とぼんやり思う。
譜久村聖は机に伏して「んー」と声を出した。肩がこっていたのか、バキッと景気の良い音が鳴る。
これではいけないとなにかを思い出したように顔を上げ、手近にあった紙を広げた。
もういちど、確認するように図を描いていく。
まず中心に「生田衣梨奈」と書いて囲む。
最初に彼女の変化に気付いたのは、1ヶ月も前のことだ。
ある撮影のあった日、ふたりはともに昼食を食べた。その時に聖はなぜか、衣梨奈に対して違和感を覚えた。
言い知れない“なにか”が心に広がり、なんの気なしに「えりぽん、なんかあった?」と訊ねた。
彼女は思いのほかに動揺し、「なんで?」と返したのを覚えている。
本人は動揺を隠していたようだが、弁当をつつくその箸が一瞬止まったことに聖は気付いていた。
あのときはそれ以上追及することはなかったし、ただ疲れているだけだと思っていた。
最初に彼女の変化に気付いたのは、1ヶ月も前のことだ。
ある撮影のあった日、ふたりはともに昼食を食べた。その時に聖はなぜか、衣梨奈に対して違和感を覚えた。
言い知れない“なにか”が心に広がり、なんの気なしに「えりぽん、なんかあった?」と訊ねた。
彼女は思いのほかに動揺し、「なんで?」と返したのを覚えている。
本人は動揺を隠していたようだが、弁当をつつくその箸が一瞬止まったことに聖は気付いていた。
あのときはそれ以上追及することはなかったし、ただ疲れているだけだと思っていた。
しかし、日に日に彼女のもつ違和感は大きくなっていった。
ダンスレッスンにしてもボイストレーニングにしても、普段いっしょに過ごしている間でさえも、それは変わらなかった。
メンバーだって徐々になにかを感じていた。
突然うまくなったダンス、伸びのある高い声は一朝一夕でできるものではない。
確かに見た目は生田衣梨奈そのものなのだけれど、それはまるで、別の誰かが乗り移ったかのようにも見えた。
ダンスレッスンにしてもボイストレーニングにしても、普段いっしょに過ごしている間でさえも、それは変わらなかった。
メンバーだって徐々になにかを感じていた。
突然うまくなったダンス、伸びのある高い声は一朝一夕でできるものではない。
確かに見た目は生田衣梨奈そのものなのだけれど、それはまるで、別の誰かが乗り移ったかのようにも見えた。
「ダンス・歌の上達……」
聖はそう書き込んで丸をし、矢印を衣梨奈に向けて引っ張る。一応、後ろには疑問符を付けた。
その違和感が圧倒的な大きさを持って襲い掛かり、聖を苦しめたのは昨日のことだった。
ダンスレッスン後に泣いていた衣梨奈を聖は見た。
確かに昨日の衣梨奈は普段よりもミスが多く、なんども先生に叱られていたが、それにしてはあの涙の説明がつかなかった。
その「普段」とは、あくまでもここ1ヶ月の衣梨奈の「普段」であり、聖の知っている衣梨奈の「普段」ではなかったからだ。
ここ1ヶ月で急成長した衣梨奈にしてはミスが多かったが、それでも聖よりも数段上手いダンスを披露していた。
その涙がもしプライドから流すものであったとしたら、あれほどの哀しさを携えていないと聖は直感していた。
あれは「苦悩」の涙だった。なにか見えない闇を抱え、孤独に闘う涙だと思った。
その違和感が圧倒的な大きさを持って襲い掛かり、聖を苦しめたのは昨日のことだった。
ダンスレッスン後に泣いていた衣梨奈を聖は見た。
確かに昨日の衣梨奈は普段よりもミスが多く、なんども先生に叱られていたが、それにしてはあの涙の説明がつかなかった。
その「普段」とは、あくまでもここ1ヶ月の衣梨奈の「普段」であり、聖の知っている衣梨奈の「普段」ではなかったからだ。
ここ1ヶ月で急成長した衣梨奈にしてはミスが多かったが、それでも聖よりも数段上手いダンスを披露していた。
その涙がもしプライドから流すものであったとしたら、あれほどの哀しさを携えていないと聖は直感していた。
あれは「苦悩」の涙だった。なにか見えない闇を抱え、孤独に闘う涙だと思った。
「えりぽんの悩み……」
そう書き込んで再び丸で囲む。
その悩みを軽減したくて話しかけた。彼女の抱える苦悩や闇に向き合いたくて話しかけた。
しかし返ってきたのは「うん。だいじょうぶ。なんか今日、ミス多くてさ」という軽いものだった。
そんな返答があることは想定内だったのだが、聖を最も悩ませたのは、その言葉が衣梨奈の口から発せられたものではないと感じたからだ。
確かに、衣梨奈も人を心配させまいと強気な発言をすることがある。
その悩みを軽減したくて話しかけた。彼女の抱える苦悩や闇に向き合いたくて話しかけた。
しかし返ってきたのは「うん。だいじょうぶ。なんか今日、ミス多くてさ」という軽いものだった。
そんな返答があることは想定内だったのだが、聖を最も悩ませたのは、その言葉が衣梨奈の口から発せられたものではないと感じたからだ。
確かに、衣梨奈も人を心配させまいと強気な発言をすることがある。
だが、それ以上に聖は、この言葉を発する人を知っていた。
普段はテキトーにヘラヘラと笑い、優しくメンバーと接しながらも、自分の苦悩をひとりで抱え込んでいた人を知っていた。
それは聖が最も尊敬し、敬愛する人だった。
普段はテキトーにヘラヘラと笑い、優しくメンバーと接しながらも、自分の苦悩をひとりで抱え込んでいた人を知っていた。
それは聖が最も尊敬し、敬愛する人だった。
「……亀井絵里さん」
衣梨奈から少し離した場所に聖は書き込んだ。
歴代ハロープロジェクトの中で聖が最も尊敬する憧れの人が絵里だった。
心からの笑顔、甘くて柔らかい歌声、それとは裏腹のダイナミックなダンス、だれからも信頼される人柄。
それは聖にはなくて、聖自身もハロプロエッグにいたころから絵里にはなんども助けられた。
歴代ハロープロジェクトの中で聖が最も尊敬する憧れの人が絵里だった。
心からの笑顔、甘くて柔らかい歌声、それとは裏腹のダイナミックなダンス、だれからも信頼される人柄。
それは聖にはなくて、聖自身もハロプロエッグにいたころから絵里にはなんども助けられた。
モーニング娘。9期メンバーオーディション開催と同時に発表された絵里の卒業はショックだった。
やっと同じ場所に立てるチャンスが来たのに、そのときにはもう、憧れの人はいないのだから。
だからこそ聖は、離れた場所からも絵里に認められるよう、9期として加入後も、絵里を目標として必死に活動してきた。
生田衣梨奈、鞘師里保、鈴木香音らとともに努力し、精一杯を魅せてきた。
そんな存在である絵里が、一瞬だけ、衣梨奈の向こうがわに見えた。
やっと同じ場所に立てるチャンスが来たのに、そのときにはもう、憧れの人はいないのだから。
だからこそ聖は、離れた場所からも絵里に認められるよう、9期として加入後も、絵里を目標として必死に活動してきた。
生田衣梨奈、鞘師里保、鈴木香音らとともに努力し、精一杯を魅せてきた。
そんな存在である絵里が、一瞬だけ、衣梨奈の向こうがわに見えた。
「似てたんだよね」
あり得ないはずだった。
衣梨奈と絵里は名前が1文字違いであり、ともにテキトーであること以外に共通点はない。
出身地も年齢も、考え方さえも違うはずなのに、なぜか聖は、衣梨奈の中に絵里を見た。
衣梨奈と絵里は名前が1文字違いであり、ともにテキトーであること以外に共通点はない。
出身地も年齢も、考え方さえも違うはずなのに、なぜか聖は、衣梨奈の中に絵里を見た。
―――「今日すっごいミスあったし、なんか先生にもたくさん怒られたけん、情けないなって思ってたと」
いま思えば、その博多弁もだいぶおかしいものだ。
普段の衣梨奈にしては使わない言葉のチョイス、イントネーションの違いを聖は気付いていた。
昨日はもうそれ以上追及しなかったが、どう転んでも、あれは衣梨奈の言葉ではないと半ば確信していた。
普段の衣梨奈にしては使わない言葉のチョイス、イントネーションの違いを聖は気付いていた。
昨日はもうそれ以上追及しなかったが、どう転んでも、あれは衣梨奈の言葉ではないと半ば確信していた。
「でも……」
そこでペンは止まり、思考も止まった。
聖の持っている情報は此処までだ。衣梨奈と絵里、似ているようで似ていないふたりを結ぶ線は引けない。
いったいふたりになにがあったのか、聖には知る術はない。
聖の持っている情報は此処までだ。衣梨奈と絵里、似ているようで似ていないふたりを結ぶ線は引けない。
いったいふたりになにがあったのか、聖には知る術はない。
ペンを回しながら、もういちど思考を展開させる。
もし、昨日の衣梨奈が衣梨奈ではないとしたら、だれなのだ?確かに絵里に似ているとはいえ、衣梨奈は絵里ではない。
衣梨奈は衣梨奈で、絵里は絵里でしかない。そんなSFで非科学的なことがあるわけがない。
もし、昨日の衣梨奈が衣梨奈ではないとしたら、だれなのだ?確かに絵里に似ているとはいえ、衣梨奈は絵里ではない。
衣梨奈は衣梨奈で、絵里は絵里でしかない。そんなSFで非科学的なことがあるわけがない。
と、ペンを回す手を止め、雑多に書かれたメモを見る。
「生田衣梨奈」と「亀井絵里」。
「ダンス・歌の上達」、「悩み」、「違和感」、「似ているもの」、「似ていないはず」という走り書き。
バラバラに散らばったピースを繋ぎ合わせるものなんて、ひとつしかない。
聖はゆっくりと「生田衣梨奈」から線を引き、離れた場所にある「亀井絵里」と結び、矢印を書き込む。
そしてその上に小さく「同一人物?」と書き込んだ。
いや、それはあり得ないと消したあと、改めて「入れ替わった?」と書いた。
「生田衣梨奈」と「亀井絵里」。
「ダンス・歌の上達」、「悩み」、「違和感」、「似ているもの」、「似ていないはず」という走り書き。
バラバラに散らばったピースを繋ぎ合わせるものなんて、ひとつしかない。
聖はゆっくりと「生田衣梨奈」から線を引き、離れた場所にある「亀井絵里」と結び、矢印を書き込む。
そしてその上に小さく「同一人物?」と書き込んだ。
いや、それはあり得ないと消したあと、改めて「入れ替わった?」と書いた。
「……ないないない!」
聖はぐしゃっと紙を丸めた。
確かにこれまでの違和感を総合するとそんな結論に達するが、そんな非科学的なことはさすがにあり得ない。
いくら聖が少女漫画好きで勉強のできないアホな子だとしても、そんなことが現実には起こり得ないということは知っている。
確かにこれまでの違和感を総合するとそんな結論に達するが、そんな非科学的なことはさすがにあり得ない。
いくら聖が少女漫画好きで勉強のできないアホな子だとしても、そんなことが現実には起こり得ないということは知っている。
「だって……」
だって、と言いかけて言葉が止まる。
だって、なんだ?
衣梨奈はそんなことが起きたら自分に真っ先に相談してくれる?
だって、なんだ?
衣梨奈はそんなことが起きたら自分に真っ先に相談してくれる?
それが自惚れだということくらい、聖も分かっている。
衣梨奈の視線の先に、聖はいない。彼女はいつだって、先を走る先輩の背中を見ているのだから。
衣梨奈の視線の先に、聖はいない。彼女はいつだって、先を走る先輩の背中を見ているのだから。
―私の瞳に映るえりぽんは、新垣さんを真っ直ぐに見ていて、振り返らない……
いや、いまはそんなことはどうでも良い。彼女がだれを好きであるとかはこの問題には関係ない。
いま考えるべきは、衣梨奈が絵里と入れ替わったかどうか、それを確かめる方法だ。
常識的に、理性的に考えるならば、そんな非科学的なことは起こらない。
しかし、起こり得ないことが起こらない限り、これまでの数々の不可解な出来事に説明がつかないのである。
この仮説をどうにか実証するためには、やはり実際に勝負を仕掛けるしかない。
いま考えるべきは、衣梨奈が絵里と入れ替わったかどうか、それを確かめる方法だ。
常識的に、理性的に考えるならば、そんな非科学的なことは起こらない。
しかし、起こり得ないことが起こらない限り、これまでの数々の不可解な出来事に説明がつかないのである。
この仮説をどうにか実証するためには、やはり実際に勝負を仕掛けるしかない。
「……なんか、ドラマみたい」
聖はそう苦笑すると、ぐしゃぐしゃにした紙を引き伸ばした。
中心に書いた衣梨奈の名前が歪んでいる。ぐしゃぐしゃにしなきゃ良かったと、聖はなんども丁寧に皺を伸ばした。
とりあえずメールから始めようかとぼんやり思った。
中心に書いた衣梨奈の名前が歪んでいる。ぐしゃぐしゃにしなきゃ良かったと、聖はなんども丁寧に皺を伸ばした。
とりあえずメールから始めようかとぼんやり思った。