絵里は自動販売機の前にある椅子に座り、ぼんやりと床を眺めた。
メンバーが帰り、どれくらいの時間が経ったのかなど、もう覚えていないが、そろそろ帰らないと明日の仕事に支障が出ることは分かっていた。
用事があって残っているわけではなかった。だが、絵里はなんとなく、その場から動けなかった。
いや、なんとなく、ではない。心の奥に微かに過ぎった不安が、いつのまにか明確な形を成して絵里を包み込んでいた。
メンバーが帰り、どれくらいの時間が経ったのかなど、もう覚えていないが、そろそろ帰らないと明日の仕事に支障が出ることは分かっていた。
用事があって残っているわけではなかった。だが、絵里はなんとなく、その場から動けなかった。
いや、なんとなく、ではない。心の奥に微かに過ぎった不安が、いつのまにか明確な形を成して絵里を包み込んでいた。
部屋に戻ってきたときの衣梨奈とれいなの表情。
それを見た瞬間、絵里の心は悲鳴を上げた。
もう、分かっていた。れいなと何年付き合ってきたと思っているんだと自分で苦笑する。
分かっていたことなのに、頭で理解できていることなのに、心が、泣いた。
それを見た瞬間、絵里の心は悲鳴を上げた。
もう、分かっていた。れいなと何年付き合ってきたと思っているんだと自分で苦笑する。
分かっていたことなのに、頭で理解できていることなのに、心が、泣いた。
どうして、とも、なんで、とも言えない。
言ってしまえば、衣梨奈を困らせてしまうことくらい、分かっている。絵里だってもう、子どもじゃない。
悪くない。衣梨奈に非なんてひとつもない。
言ってしまえば、衣梨奈を困らせてしまうことくらい、分かっている。絵里だってもう、子どもじゃない。
悪くない。衣梨奈に非なんてひとつもない。
それなのに、それなのに、それなのに、それだからこそ。
れいながキスした人は私じゃないと、言いたかった。
れいなの瞳に映っているのは絵里じゃないと、叫びたかった。
れいなの瞳に映っているのは絵里じゃないと、叫びたかった。
それは無意味だって、随分な身勝手だって、分かっていたのに。
「おー、生田ぁ」
急に追ってきた声に絵里はドキッとする。
もう、見なくても声の相手はだれか分かっている。最も逢いたくて、最も逢いたくなかったその人だったが、絵里は顔を上げた。
果たしてそこにはれいながいた。大きめのサングラスをかけ、ニシシと笑って八重歯を見せるれいなに、絵里はどうしようもなく、安心した。
もう、見なくても声の相手はだれか分かっている。最も逢いたくて、最も逢いたくなかったその人だったが、絵里は顔を上げた。
果たしてそこにはれいながいた。大きめのサングラスをかけ、ニシシと笑って八重歯を見せるれいなに、絵里はどうしようもなく、安心した。
「なんしよーと?」
ある程度は予想していた質問だったが、なんと答えて良いか分からなくなり、絵里は咄嗟に「……休憩?」と答えた。
「なんで疑問形やっちゃん」
そうしてれいなはサングラスを外し、困ったように笑う。
絵里が卒業してもう1年も経つが、その間にれいなは変わったと思う。
昔はもっと、とげとげしていて、捻くれていて、それでいてガラスのような存在だった。
だが、いまのれいなは、良い意味で尖っているが、基本的には優しくなった。
9期メンバーの加入や愛の卒業があったからか、れいなは随分と優しく、笑うようになった。
絵里が卒業してもう1年も経つが、その間にれいなは変わったと思う。
昔はもっと、とげとげしていて、捻くれていて、それでいてガラスのような存在だった。
だが、いまのれいなは、良い意味で尖っているが、基本的には優しくなった。
9期メンバーの加入や愛の卒業があったからか、れいなは随分と優しく、笑うようになった。
「田中さんは…」
「んー、ああ、忘れ物しとってさ。明日でも良かったっちゃけん、やっぱ寒いけん取りに来たと」
「んー、ああ、忘れ物しとってさ。明日でも良かったっちゃけん、やっぱ寒いけん取りに来たと」
そうしてれいなは首に巻いていた白いマフラーを手で振って見せた。
こんな寒い日にマフラーを事務所に忘れるなんて、どこか抜けているなあと絵里は苦笑した。
こんな寒い日にマフラーを事務所に忘れるなんて、どこか抜けているなあと絵里は苦笑した。
「なんか飲む?」
「え?」
「外寒いけん、奢っちゃるよ」
「え?」
「外寒いけん、奢っちゃるよ」
絵里が遠慮しようとする間もなく、れいなはカバンの中から財布を取り出していた。
鼻歌交じりにれいなは財布を開けた。「さっきはココアやったしなー」と呟きながら、どれにしようかと自販機を見つめる。
鼻歌交じりにれいなは財布を開けた。「さっきはココアやったしなー」と呟きながら、どれにしようかと自販機を見つめる。
「生田、どれ?」
ちょっと強めに聞かれ、絵里はドキッとする。
こういう少しだけ強引なところも相変わらずだなと思いながら、絵里は「じゃあ、コンポタで」と言った。
れいなは絵里の答えに一瞬だけ眉を上げる。絵里はそんなれいなの態度に「え?」と返すと、れいなは「いや…」と自販機に向き直った。
硬貨を投入し、ボタンを押すと、派手な音を立てて缶が落ちてくる。
静かな廊下によく響くなと思っていると、「ほい」という声とともに、コーンポタージュが放物線を描き、絵里の前に飛んできた。
絵里が慌ててキャッチすると、投げた本人であるれいなは「ナイスキャッチ」と笑い、再び自販機を見つめた。
こういう少しだけ強引なところも相変わらずだなと思いながら、絵里は「じゃあ、コンポタで」と言った。
れいなは絵里の答えに一瞬だけ眉を上げる。絵里はそんなれいなの態度に「え?」と返すと、れいなは「いや…」と自販機に向き直った。
硬貨を投入し、ボタンを押すと、派手な音を立てて缶が落ちてくる。
静かな廊下によく響くなと思っていると、「ほい」という声とともに、コーンポタージュが放物線を描き、絵里の前に飛んできた。
絵里が慌ててキャッチすると、投げた本人であるれいなは「ナイスキャッチ」と笑い、再び自販機を見つめた。
れいなからもらったコーンポタージュの缶は、とても温かい。
それはむしろ熱いくらいで、なんだか火傷しそうになったが、絵里はその缶から手を離せなかった。
再び派手な音が廊下に響いたかと思うと、れいなは絵里の横にひょいと座った。彼女の手には紅茶が握られている。
それはむしろ熱いくらいで、なんだか火傷しそうになったが、絵里はその缶から手を離せなかった。
再び派手な音が廊下に響いたかと思うと、れいなは絵里の横にひょいと座った。彼女の手には紅茶が握られている。
「生田さぁ、なんかあったと?」
れいなはまるで、「今日も寒いっちゃねえ」と世間話をするような声で絵里に聞いてくる。
深刻さや心配がまるでないその言葉に、絵里は思わず「へ?」と素っ頓狂な声で返す。
深刻さや心配がまるでないその言葉に、絵里は思わず「へ?」と素っ頓狂な声で返す。
「なんて言うとかいな…なんか、悩んどぉみたいやけん」
れいなの声に、絵里は「そんなことない」と返したかった。
だが、返すことは叶わなかった。
だが、返すことは叶わなかった。
れいなの表情。れいなが絵里に向けた真っ直ぐな瞳。れいなの優しい声。
それらが一瞬にして、絵里を捉えた。
なにも言えなくさせてしまう、れいなのすべて。
絵里が8年以上も見つめ続け、これからも一緒に歩いていきたいと思った田中れいなという存在。
ただ傍にいるだけで、心の底から落ち着くことのできる、たったひとりのあなた。
それらが一瞬にして、絵里を捉えた。
なにも言えなくさせてしまう、れいなのすべて。
絵里が8年以上も見つめ続け、これからも一緒に歩いていきたいと思った田中れいなという存在。
ただ傍にいるだけで、心の底から落ち着くことのできる、たったひとりのあなた。
なんで、とも、だって、とも言えない。
その瞳に映っているのは、れいなの大きな瞳に映っているのは、絵里ではない。
9期メンバーで、れいなにとっては後輩、同じ福岡出身のメンバーである生田衣梨奈であった。
そんなこと、とっくに分かっていたのに、どうしても、どうしても絵里は、納得できない。
その瞳に映っているのは、れいなの大きな瞳に映っているのは、絵里ではない。
9期メンバーで、れいなにとっては後輩、同じ福岡出身のメンバーである生田衣梨奈であった。
そんなこと、とっくに分かっていたのに、どうしても、どうしても絵里は、納得できない。
体が、心が、叫ぶ。
どうか、どうか、気付いて。
れーな、絵里は、此処にいるよ―――
どうか、どうか、気付いて。
れーな、絵里は、此処にいるよ―――
「生田……?」
ねえ、れーな。
分かってるよ、絵里。
そんなの、我儘だって。身勝手だって。無茶苦茶だって、知ってるよ。
分かってるよ、絵里。
そんなの、我儘だって。身勝手だって。無茶苦茶だって、知ってるよ。
でも、でもさ、れーな。
絵里…絵里ね……
絵里…絵里ね……
「…泣いとーと?」
絵里は、その瞳から大粒の涙を流していた。
綺麗な透明な雫は、絵里がひとつ瞬きするたびにボタッと床へ零れ落ちる。
一度流れ始めたそれは留まることを知らなかった。
樽の栓を開けて垂れ流されるワインのように、絵里は泣き始めてしまった。
綺麗な透明な雫は、絵里がひとつ瞬きするたびにボタッと床へ零れ落ちる。
一度流れ始めたそれは留まることを知らなかった。
樽の栓を開けて垂れ流されるワインのように、絵里は泣き始めてしまった。
「え、ちょ、生田? ど、どしたと?」
突然泣き始めた絵里に動揺し、れいなは慌てて立ち上がる。
なにか傷つけたのだろうか、ひどいことを言ったのだろうかと考えるが、れいなは答えに辿り着かない。
どうしようかと思いながらも、れいなはカバンからハンカチを取り出して絵里に差し出す。
だが、絵里は両手で顔を覆って泣いているために、それに気づくことはない。
れいなはいよいよどうしようかと考えていると、ふいにその袖に重さを感じた。
視線で追いかけると、れいなの袖を、絵里が2本の指で掴んでいた。
弱々しく震え、ひょいと腕を動かせば離れてしまいそうなくらいの力だったが、それは確かに、絵里の意志だった。
此処で振り解くことなんて、れいなにはできなかった。
なにか傷つけたのだろうか、ひどいことを言ったのだろうかと考えるが、れいなは答えに辿り着かない。
どうしようかと思いながらも、れいなはカバンからハンカチを取り出して絵里に差し出す。
だが、絵里は両手で顔を覆って泣いているために、それに気づくことはない。
れいなはいよいよどうしようかと考えていると、ふいにその袖に重さを感じた。
視線で追いかけると、れいなの袖を、絵里が2本の指で掴んでいた。
弱々しく震え、ひょいと腕を動かせば離れてしまいそうなくらいの力だったが、それは確かに、絵里の意志だった。
此処で振り解くことなんて、れいなにはできなかった。
れいなは再び絵里の横に座り、彼女の言葉を待った。
泣いている理由は分からないが、もしかすれば聞こえるかもしれないと思った。黙って耳をすましていれば、彼女のその涙の理由が。
泣いている理由は分からないが、もしかすれば聞こえるかもしれないと思った。黙って耳をすましていれば、彼女のその涙の理由が。
「っ…すみ、ませっ……」
「ん、あ、うん、だいじょうぶやけん……」
「ん、あ、うん、だいじょうぶやけん……」
だが、聞こえてきたのは謝罪の言葉だった。
そんなことが知りたいわけではないのだが、れいなはなにも言わず、次の言葉を待つ。
彼女は肩を震わせて、一向に泣きやむ気配はなかった。
れいなはそっとその頭に自分の右手を乗せた。
そんなことが知りたいわけではないのだが、れいなはなにも言わず、次の言葉を待つ。
彼女は肩を震わせて、一向に泣きやむ気配はなかった。
れいなはそっとその頭に自分の右手を乗せた。
不意にやってきた温もりに、絵里の胸が高鳴った。
あの頃と変わらないれいなの優しさが一瞬にして絵里を包み込む。
れいなの横にいるのは、れいなの瞳に映るのは衣梨奈であることくらい分かっているのに、絵里は期待してしまう。
れいなの温もりを、絵里だけに降らせてくれるのではないかと。
あの頃と変わらないれいなの優しさが一瞬にして絵里を包み込む。
れいなの横にいるのは、れいなの瞳に映るのは衣梨奈であることくらい分かっているのに、絵里は期待してしまう。
れいなの温もりを、絵里だけに降らせてくれるのではないかと。
「れっ…田中さん……」
「うん?」
「うん?」
隣で同じ風景を見ていたあのときのように「れーな」と呼びたかったが、それは叶わなかった。
震える声で、絵里は衣梨奈として「田中さん」と声を出す。
そして応えてくれたれいなの声に、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。鼓動を押さえるように涙を拭くが、相変わらずそれは留まることを知らない。
それでも絵里は、必死に言葉を紡ぐ。
震える声で、絵里は衣梨奈として「田中さん」と声を出す。
そして応えてくれたれいなの声に、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。鼓動を押さえるように涙を拭くが、相変わらずそれは留まることを知らない。
それでも絵里は、必死に言葉を紡ぐ。
「あ……あのっ…」
だが、体が震え、言葉がなかなか素直に出てこない。
そもそも絵里は、なにを言おうとしたんだっけ?と思う。
なにを伝えたかったのだろう。衣梨奈として、後輩として、先輩の前で泣いてしまったこの現状を、どう切り抜けるべきだろう。
絵里が言葉に詰まっていると、れいなは彼女の頭をそっと撫でてやった。
そもそも絵里は、なにを言おうとしたんだっけ?と思う。
なにを伝えたかったのだろう。衣梨奈として、後輩として、先輩の前で泣いてしまったこの現状を、どう切り抜けるべきだろう。
絵里が言葉に詰まっていると、れいなは彼女の頭をそっと撫でてやった。
れいなはなにも言わない。理由を聞き出すことも、泣きやませることもしない。
ただ黙って「彼女」の言葉を待ち、目の前にいる「彼女」のために、頭を撫でてやる。
それがれいなの優しさであり、愛情であるというのなら、どうかこれ以上、惑わせないでほしかった。
彼女の瞳に映ったのは生田衣梨奈であるのだから、もう、期待させないでと言いたくなる。
ただ黙って「彼女」の言葉を待ち、目の前にいる「彼女」のために、頭を撫でてやる。
それがれいなの優しさであり、愛情であるというのなら、どうかこれ以上、惑わせないでほしかった。
彼女の瞳に映ったのは生田衣梨奈であるのだから、もう、期待させないでと言いたくなる。
優しくしないで。突き放して。もう、これ以上、どうか、お願い。お願いだから―――
メンバーとして、先輩として、人としてのれいなの心。
優しく降り続けたその愛情は、どうしようもないほど温かくて、だけどどうしようもないほど残酷だと思う。
身勝手だと言われても良い。あなたに優しくされたくない。だって、だって、絵里は―――
優しく降り続けたその愛情は、どうしようもないほど温かくて、だけどどうしようもないほど残酷だと思う。
身勝手だと言われても良い。あなたに優しくされたくない。だって、だって、絵里は―――
「田中さん……」
絵里はれいなが撫でていた右手をぎゅっと握りしめる。
れいなは突然のことにきょとんとするが、絵里にされるがまま、その右手をそっと下ろす。
れいなは突然のことにきょとんとするが、絵里にされるがまま、その右手をそっと下ろす。
分かっている。そんなこと、いけないことだと、分かっている。
だけど、もう、止められない。
あなたの目の前にいるのは絵里だと叫ぶことのできないいま、絵里はただ、そうする以外に方法がなかった。
そうでもしない限り、絵里はもう、壊れてしまいそうだったから。
だけど、もう、止められない。
あなたの目の前にいるのは絵里だと叫ぶことのできないいま、絵里はただ、そうする以外に方法がなかった。
そうでもしない限り、絵里はもう、壊れてしまいそうだったから。
「ごめんなさい……」
絵里はそう言うと、れいなの胸にふわりと飛び込んだ。
れいなは彼女の行動に目を見開いて驚くが、拒むことはしなかった。ただどうして良いか分からず、両腕は空を切っている。
れいなは彼女の行動に目を見開いて驚くが、拒むことはしなかった。ただどうして良いか分からず、両腕は空を切っている。
「少しだけ…少しだけ、このままで……」
絵里が震える声でそう伝えると、れいなは一瞬の間を置き、「ん」と返した。
空を掴んでいたれいなの両腕は、暫く迷ったあと、そっと絵里の背中に回った。
空を掴んでいたれいなの両腕は、暫く迷ったあと、そっと絵里の背中に回った。
瞬間、胸の奥の方がジンと痺れた。
久しぶりに抱きしめられた、れいなの感触。ずっとずっと求めていたれいなの温もり。
絵里が衣梨奈である以上、二度と触れることのできなかったれいなの心を、絵里はそのとき、感じ取った。
後輩に泣かれ、抱きつかれ、困惑のまま揺れるれいなの心は不安定で、それでも変わらぬ愛情をれいなはくれた。
久しぶりに抱きしめられた、れいなの感触。ずっとずっと求めていたれいなの温もり。
絵里が衣梨奈である以上、二度と触れることのできなかったれいなの心を、絵里はそのとき、感じ取った。
後輩に泣かれ、抱きつかれ、困惑のまま揺れるれいなの心は不安定で、それでも変わらぬ愛情をれいなはくれた。
名前を呼ぶことも、名前を呼ばれることも、想いを伝えることも、キスを交わすことも、絵里には赦されていなかった。
だが、絵里はたったひとつだけ、赦された。
最愛の人の前で、絵里は叫ぶように泣いた。
「れーな」と呼びたい。「絵里」と呼んでほしい。あなたが好きだと伝えたい。たったひとりのあなたと、またキスがしたい。
たくさんの願いは祈りへと変わり、絵里はただ、赦しを請うように泣いた。
変わることなく降り注がれたれいなの愛情と確かな温もりを感じながら、絵里はその心の中でなんども「れーな」と呼んだ。
「れーな」と呼びたい。「絵里」と呼んでほしい。あなたが好きだと伝えたい。たったひとりのあなたと、またキスがしたい。
たくさんの願いは祈りへと変わり、絵里はただ、赦しを請うように泣いた。
変わることなく降り注がれたれいなの愛情と確かな温もりを感じながら、絵里はその心の中でなんども「れーな」と呼んだ。
れいなと絵里は並んで夜の街を歩いた。
こんなにたくさん泣いて、明日は目が腫れないだろうかと絵里は心配した。
れいなは、泣いた理由を問いただすことなく、黙って隣を歩いてくれた。その優しさが、嬉しいけど、やはりツラかった。
こんなにたくさん泣いて、明日は目が腫れないだろうかと絵里は心配した。
れいなは、泣いた理由を問いただすことなく、黙って隣を歩いてくれた。その優しさが、嬉しいけど、やはりツラかった。
「じゃ、れなこっちやけん」
れいながそうして立ち止まったので、絵里も慌てて顔を上げる。
彼女は白いマフラーから顔をちょこんと出し、「今日はゆっくり休みぃよ」と伝えた。
れいなが話すたびに吐息は白くなり、辺りを染めて、空気へと溶け込んでいく。
彼女は白いマフラーから顔をちょこんと出し、「今日はゆっくり休みぃよ」と伝えた。
れいなが話すたびに吐息は白くなり、辺りを染めて、空気へと溶け込んでいく。
「今日はホントに、ありがとうございました」
「いや、れなはだいじょうぶやけん。またなんかあったら、話聞いちゃるけんさ」
「いや、れなはだいじょうぶやけん。またなんかあったら、話聞いちゃるけんさ」
れいなが笑ったのを確認すると、絵里も自然と笑顔になれた。
目頭は熱くなって、また涙が零れ落ちそうになったが、絵里は頭を振ってそれを堪え、「はい」と笑った。
そして深くれいなに頭を下げると、そのまま歩き出した。
振り返って、れいなの背中を見つめたかったが、もう泣くことは赦されないだろうと、絵里は振り返らずに歩き続けた。
目頭は熱くなって、また涙が零れ落ちそうになったが、絵里は頭を振ってそれを堪え、「はい」と笑った。
そして深くれいなに頭を下げると、そのまま歩き出した。
振り返って、れいなの背中を見つめたかったが、もう泣くことは赦されないだろうと、絵里は振り返らずに歩き続けた。
角を曲がったところで深く息を吐きながら天を仰ぐ。
冬の夜空は真っ暗で、ところどころに星が点在していた。
確かないのちを燃やしている星が、ただ絵里には綺麗に見えて、絵里は「はぁー」と息を吐いた。
白い吐息が夜空の星を覆い込み、そして消えていった。
冬の夜空は真っ暗で、ところどころに星が点在していた。
確かないのちを燃やしている星が、ただ絵里には綺麗に見えて、絵里は「はぁー」と息を吐いた。
白い吐息が夜空の星を覆い込み、そして消えていった。
「……だぁいじょーぶです」
だれにともなく絵里はそう呟き、また一歩、歩き出した。
決して止まりはしない。なんど迷っても、挫けたとしても、泣いたとしても、不安が襲ってきても、立ち止まらない。
絶対に絵里は負けないと、涙で滲んだ瞳を拭い、衣梨奈にもちゃんと返事しようと、携帯電話を開きながら家へと急いだ。
決して止まりはしない。なんど迷っても、挫けたとしても、泣いたとしても、不安が襲ってきても、立ち止まらない。
絶対に絵里は負けないと、涙で滲んだ瞳を拭い、衣梨奈にもちゃんと返事しようと、携帯電話を開きながら家へと急いだ。
れいなは去っていった彼女の背中を黙って見つめた。
彼女が泣いた理由が、れいなには理解できなかったが、無理に問い質すことはしなかった。
ただ黙って、彼女が話すまで待っていたが、結局彼女はなにも話してくれなかった。
なにかあったのだろうかと思うが、どうしても、理由を聞くことはできなかった。
彼女が泣いた理由が、れいなには理解できなかったが、無理に問い質すことはしなかった。
ただ黙って、彼女が話すまで待っていたが、結局彼女はなにも話してくれなかった。
なにかあったのだろうかと思うが、どうしても、理由を聞くことはできなかった。
それは、なぜだろう?
彼女が泣いた瞬間、れいなは思わずその胸が締め付けられた。
突然目の前で泣かれてしまったことの動揺は当然あった。だが、それ以上になにかがあったような気がする。
突然目の前で泣かれてしまったことの動揺は当然あった。だが、それ以上になにかがあったような気がする。
頭の片隅に、ぼんやりと靄がかかったようなこの感覚。
ハッキリとは理解できないのに、なにか心に引っ掛かるような妙な感触。
ハッキリとは理解できないのに、なにか心に引っ掛かるような妙な感触。
―ごめんなさい……
その声の直後にやってきた、軽い衝撃。
ふわりと胸に飛びこまれ、れいなはどうして良いか分からなくなった。
ふわりと胸に飛びこまれ、れいなはどうして良いか分からなくなった。
メンバーが泣くことなど、いままでになんども見てきたのに、それなのにれいなは、迷ってしまった。
それはたった一瞬のことだった。気付くか気付かないかの刹那、れいなは確かに、衣梨奈の奥に「彼女」を見た。
いつも涙を堪え、人前では決して弱音を吐かずにいた彼女の表情が、衣梨奈と重なった。
それはたった一瞬のことだった。気付くか気付かないかの刹那、れいなは確かに、衣梨奈の奥に「彼女」を見た。
いつも涙を堪え、人前では決して弱音を吐かずにいた彼女の表情が、衣梨奈と重なった。
今日別れる瞬間も、泣くのを我慢し、無理して笑顔をつくった衣梨奈。
そうやっている衣梨奈が、「泣くもんか」と心に決めていた彼女と、瞬間、ダブったのだ。
そうやっている衣梨奈が、「泣くもんか」と心に決めていた彼女と、瞬間、ダブったのだ。
そんなわけないとれいなは頭を振る。
今日、久しぶりに事務所に遊びに来た彼女と逢った。
そんな彼女と同じコーンポタージュを、衣梨奈もまた飲んだ。
だから妙に意識しているだけだ。
今日、久しぶりに事務所に遊びに来た彼女と逢った。
そんな彼女と同じコーンポタージュを、衣梨奈もまた飲んだ。
だから妙に意識しているだけだ。
「それ以外……ないやろ」
れいなはそう呟いて天を仰いだ。
真っ黒な空に浮かんだ星は、必死に光りを放って此処で生きていることを証明していた。
彼女も見ているだろうかとぼんやり思いながら、れいなは自宅へと歩き出す。
しかし、数歩歩いたところで立ち止まり、振り返る。
真っ黒な空に浮かんだ星は、必死に光りを放って此処で生きていることを証明していた。
彼女も見ているだろうかとぼんやり思いながら、れいなは自宅へと歩き出す。
しかし、数歩歩いたところで立ち止まり、振り返る。
「絵里……」
れいなは彼女が歩いていった道に向かって、そう呟いた。
その声は白の吐息となって闇に紛れ、ぼんやりとした輪郭を残し、消えていった。
その声は白の吐息となって闇に紛れ、ぼんやりとした輪郭を残し、消えていった。