衣梨奈は大きく深呼吸をしてチャイムを押した。
彼女とふたりっきりで話したことはたくさんあるが、「亀井絵里」として話すのは初めてだった。そんなこと、当たり前といえばそうなのだけど。
絵里と入れ替わって以来、メンバーと会うのはさゆみに続いて2人目。
自信はないが、もう、逃げることできない。
彼女とふたりっきりで話したことはたくさんあるが、「亀井絵里」として話すのは初めてだった。そんなこと、当たり前といえばそうなのだけど。
絵里と入れ替わって以来、メンバーと会うのはさゆみに続いて2人目。
自信はないが、もう、逃げることできない。
「あ、久しぶりですー」
扉が開くと同時に聞こえてきた声に、衣梨奈はドキッとする。
声の主である光井愛佳はニコッと笑い、衣梨奈を迎え入れた。
声の主である光井愛佳はニコッと笑い、衣梨奈を迎え入れた。
「愛ちゃんの卒業以来ですよねー。会えて嬉しいですよー」
「うん。絵里も嬉しいよ」
「うん。絵里も嬉しいよ」
部屋に通された衣梨奈は、不自然にならないように、笑う。
愛佳は衣梨奈よりも、絵里と過ごしてきた期間は長い。
なおかつ、彼女は人の変化に敏感に気付くことのできる、気遣いの人だ。その気遣いや優しさが分からなくて、最初は誤解していた部分もあったが。
とかくこの人の前では、衣梨奈が絵里として演じていることに感づかれないとは言い切れない。
久しぶりに会う「先輩」に、愛佳はなにを思うのだろう?
愛佳は衣梨奈よりも、絵里と過ごしてきた期間は長い。
なおかつ、彼女は人の変化に敏感に気付くことのできる、気遣いの人だ。その気遣いや優しさが分からなくて、最初は誤解していた部分もあったが。
とかくこの人の前では、衣梨奈が絵里として演じていることに感づかれないとは言い切れない。
久しぶりに会う「先輩」に、愛佳はなにを思うのだろう?
「亀井さん、最近はどうですか?」
愛佳に紅茶を差し出され衣梨奈は静かに受け取る。
近況報告は会話の切り出しとしてはメジャーなものだが、いまの衣梨奈にとっては苦手な部類のひとつだ。
絵里としての近況など、さしてあるものではない。
元に戻る方法を模索して、絵里からダンスのレッスンを受けて、中学校の宿題をやる毎日だ。
近況報告は会話の切り出しとしてはメジャーなものだが、いまの衣梨奈にとっては苦手な部類のひとつだ。
絵里としての近況など、さしてあるものではない。
元に戻る方法を模索して、絵里からダンスのレッスンを受けて、中学校の宿題をやる毎日だ。
「ゆっくり、時間を使ってるかな」
衣梨奈は絵里から聞いた言葉を自分に言い聞かせるように放つ。
「いままでモーニング娘。にいたころは、毎日があっという間で、必死に走ってきたから」
芸能界という非日常世界に飛び込んで、なにも分からないままにがむしゃらに突っ走ってきた。
「でも、ちゃんと時間をつくって、自分を見つめて、なにがしたいか、なにをすべきかを考えてる」
必要なこと。必要な時間。
自分で決めた道だから、精一杯に踏み出して、前に進んでいこうと決めた。
そんな絵里の決意を引き継ぐように、衣梨奈もまた、亀井絵里としての1日を刻んでいる。
口に出すことで改めて知った、絵里の想いを、衣梨奈は紅茶と一緒に呑みこんだ。
自分で決めた道だから、精一杯に踏み出して、前に進んでいこうと決めた。
そんな絵里の決意を引き継ぐように、衣梨奈もまた、亀井絵里としての1日を刻んでいる。
口に出すことで改めて知った、絵里の想いを、衣梨奈は紅茶と一緒に呑みこんだ。
「相変わらず、亀井さんらしいですね」
「そう?」
「はい。そういう真っ直ぐなところ、変わってませんよ」
「そう?」
「はい。そういう真っ直ぐなところ、変わってませんよ」
愛佳の優しい笑顔に釣られて、衣梨奈もほっと表情を崩す。
普段は少しだけ怖い先輩というイメージがあったが、話していくうちに後輩想いの良い人だということが分かってきた。
まだまだ、素の自分を晒すことは難しいけど、しっかり者で真面目なこの先輩に、ついていこうと衣梨奈は思っていた。
普段は少しだけ怖い先輩というイメージがあったが、話していくうちに後輩想いの良い人だということが分かってきた。
まだまだ、素の自分を晒すことは難しいけど、しっかり者で真面目なこの先輩に、ついていこうと衣梨奈は思っていた。
「みっつぃーは、最近、だいじょうぶ?」
昨日何度も練習したのに未だに慣れない「みっつぃー」という呼び方に衣梨奈は心の中で苦笑する。
先輩を呼び捨てやあだ名で呼ぶことはまだ出来ない。高橋愛のことを「愛ちゃん」と呼ぶので精一杯だ。
尊敬する新垣里沙のことでさえ、「ガキさん」でなく「新垣さん」としか呼べないのに。いつか、里沙のこともガキさんって呼べたら良いなとは思っているのだが。
先輩を呼び捨てやあだ名で呼ぶことはまだ出来ない。高橋愛のことを「愛ちゃん」と呼ぶので精一杯だ。
尊敬する新垣里沙のことでさえ、「ガキさん」でなく「新垣さん」としか呼べないのに。いつか、里沙のこともガキさんって呼べたら良いなとは思っているのだが。
「脚の方は少しずつ良くなってますよ。焦らんと、ゆっくりやってくつもりです」
そうして愛佳はジャージの裾をめくり足首を見せる。
ギプスはつけられていないが、包帯の巻かれた足は、何処か頼りなくてこちらまでも痛みを感じる。
同期の鞘師里保も、春ツアーのあとに坐骨神経痛に倒れたが、衣梨奈は幸いなことに、娘。に加入してから大きな怪我はしていない。
ギプスはつけられていないが、包帯の巻かれた足は、何処か頼りなくてこちらまでも痛みを感じる。
同期の鞘師里保も、春ツアーのあとに坐骨神経痛に倒れたが、衣梨奈は幸いなことに、娘。に加入してから大きな怪我はしていない。
衣梨奈はほぼ無意識のうちに、その足首に指を伸ばしていた。
突然のことに愛佳は目を見開くが、衣梨奈はその変化に気付かない。
突然のことに愛佳は目を見開くが、衣梨奈はその変化に気付かない。
「触っても、いい?」
「え、あ…あ、はい」
「え、あ…あ、はい」
愛佳は驚きながらもそう返すと、衣梨奈ではなく、絵里の細い指が、包帯を巻かれた足を辿る。
衣梨奈には、愛佳の痛みも、里保の痛みも、そして絵里の痛みも理解することはできない。
だけど、感じたかった。
痛みが分からないからといって逃げるのではなく、一緒に感じたかった。
同じ空間で過ごすことが出来ない分、その人のもつ感情とともに、自分も共有したかった。
無茶苦茶で、突拍子もなくて、それでいて脆い理論ではあったが、衣梨奈は無意識のうちに、愛佳に指を伸ばした。
恐る恐る触れた彼女の足からは、確かに彼女の微かな想いを感じ取れた気がした。
衣梨奈には、愛佳の痛みも、里保の痛みも、そして絵里の痛みも理解することはできない。
だけど、感じたかった。
痛みが分からないからといって逃げるのではなく、一緒に感じたかった。
同じ空間で過ごすことが出来ない分、その人のもつ感情とともに、自分も共有したかった。
無茶苦茶で、突拍子もなくて、それでいて脆い理論ではあったが、衣梨奈は無意識のうちに、愛佳に指を伸ばした。
恐る恐る触れた彼女の足からは、確かに彼女の微かな想いを感じ取れた気がした。
「……ホンマ、変わってないですね、亀井さん」
「ふぇ?あ、ああああ、ごめんなさい!」
「ふぇ?あ、ああああ、ごめんなさい!」
衣梨奈は自分の行動を省みて慌てて愛佳から離れた。
思わず口をついた敬語に焦るが、愛佳は気付いていないのか、優しく笑うだけだった。
なんだか、亀井絵里になってから、衣梨奈自身も少しずつなにかが変わってきていることに気付いていた。
「なにか」というのは明確には言い表せられないのだけれど、確かに衣梨奈の中で変化が起きている。
思わず口をついた敬語に焦るが、愛佳は気付いていないのか、優しく笑うだけだった。
なんだか、亀井絵里になってから、衣梨奈自身も少しずつなにかが変わってきていることに気付いていた。
「なにか」というのは明確には言い表せられないのだけれど、確かに衣梨奈の中で変化が起きている。
それは、衣梨奈の魂が絵里の肉体に完全に定着し、生田衣梨奈という人格が亀井絵里になっているということかもしれない。
絵里として家族と話すとき、衣梨奈は自然に博多弁が口をつくことが減っていることに気付いていた。
それもひとつの、同化現象だとしたら………
絵里として家族と話すとき、衣梨奈は自然に博多弁が口をつくことが減っていることに気付いていた。
それもひとつの、同化現象だとしたら………
衣梨奈は嫌な考えを振り払うように首を振る。
冗談じゃない。今日は元に戻る手がかりを探しに愛佳の元へ来たっちゃんと本来の目的を思い出す。
冗談じゃない。今日は元に戻る手がかりを探しに愛佳の元へ来たっちゃんと本来の目的を思い出す。
「で、なんかあったんですか、亀井さん」
「え?」
「え?」
本題を切り出そうとする前に、愛佳が話を切り出した。
「久しぶりに会いたいって言うから、てっきりなんかあったんかと思ってましたけど」
しかし、いざこうして面と向かってなにがあったかと聞かれてもどう答えるべきか衣梨奈は悩んだ。
昨晩、絵里とふたりでなんどもシュミレーションしたのだが、本番になるとどうも弱い。
どう答えるのが正解だろうかと思うが、どう答えたって怪しまれることが前提のような気もする。
だいたい、「久しぶりに会いたい」とメールしてる時点で、なにかあることは明白なのだから下手なごまかしは逆効果かもしれない。
一点突破!当たって砕けよ!いや、砕けちゃダメやけんさ!
昨晩、絵里とふたりでなんどもシュミレーションしたのだが、本番になるとどうも弱い。
どう答えるのが正解だろうかと思うが、どう答えたって怪しまれることが前提のような気もする。
だいたい、「久しぶりに会いたい」とメールしてる時点で、なにかあることは明白なのだから下手なごまかしは逆効果かもしれない。
一点突破!当たって砕けよ!いや、砕けちゃダメやけんさ!
「みっつぃーってさ」
「はい」
「…お父さんが、お寺の人だよね?」
「はい」
「…お父さんが、お寺の人だよね?」
瞬間、愛佳は飲みかけの紅茶を噴き出しそうになる。
慌てて堪え、傍にあったティッシュで口元とテーブルを拭くが、その態度に衣梨奈は焦る。
どうしてだろう?そんなに意外性のある言葉だっただろうか?
慌てて堪え、傍にあったティッシュで口元とテーブルを拭くが、その態度に衣梨奈は焦る。
どうしてだろう?そんなに意外性のある言葉だっただろうか?
「え、えっとぉ……そうですけど」
愛佳は口元を拭いたあと、困ったように眉毛を下げて笑う。
その笑顔の真意に衣梨奈は気付かないが、もうこのまま突っ切ろうと話を続けた。
その笑顔の真意に衣梨奈は気付かないが、もうこのまま突っ切ろうと話を続けた。
「なんかぁ……神様とか仏様とかと話すことってできたりする?」
衣梨奈の言葉に愛佳はいよいよ頭を抱えた。
何処かで聞いたことのある内容が繰り返されるデジャビュ。この既視感は現実だった。
おいおい、まさかこの前の田中さんの話はホントにホントなんやろかと混乱し続ける頭の中を整理する。
だって、こんな1週間で、田中さんと亀井さんが同じ話するってあり得ます?
しかも、田中さんの主題は「亀井さん」ってことは、あの時言いかけたことが現実に起きているという事が濃厚になってきている。
何処かで聞いたことのある内容が繰り返されるデジャビュ。この既視感は現実だった。
おいおい、まさかこの前の田中さんの話はホントにホントなんやろかと混乱し続ける頭の中を整理する。
だって、こんな1週間で、田中さんと亀井さんが同じ話するってあり得ます?
しかも、田中さんの主題は「亀井さん」ってことは、あの時言いかけたことが現実に起きているという事が濃厚になってきている。
―ってことは……目の前の亀井さんは、亀井さんじゃないってこと?
いや、そんなバカなと愛佳はなんども言い聞かせる。
そんなSF漫画みたいなことは現実にはそうそう起きるはずはない。
第一、もし、亀井さんがだれかと入れ替わっていたとしたなら、新垣さんや高橋さんに相談するはず。
まー心配かけんために黙っとくっていうのも亀井さんらしいっちゃらしいけど……えー……どうしよ…
そんなSF漫画みたいなことは現実にはそうそう起きるはずはない。
第一、もし、亀井さんがだれかと入れ替わっていたとしたなら、新垣さんや高橋さんに相談するはず。
まー心配かけんために黙っとくっていうのも亀井さんらしいっちゃらしいけど……えー……どうしよ…
「亀井さん、うちのお父さん、そういう霊媒師的なことはやってないんですよ」
先日れいなに話したことと同じように愛佳が返すと、衣梨奈ははぁと肩を落とす。
その類似した反応に、いよいよ愛佳は眉を顰める。
絵里と誰かの魂が入れ替わっている?肉体から抜け出て、精神が混線して、だれかの中へと定着した?
その類似した反応に、いよいよ愛佳は眉を顰める。
絵里と誰かの魂が入れ替わっている?肉体から抜け出て、精神が混線して、だれかの中へと定着した?
「じゃあさ、かみさまのいたずらとかって信じる?」
「……いたずら?」
「……いたずら?」
衣梨奈も絵里も、ずっと考えていた。
入れ替わってしまった理由もメカニズムもさっぱり分からない。
それでも、もうこの現実には辟易していた。戻りたい。戻したい。ただひたすらに、あの人に。
愛佳の父が「かみさま」と話せるような職業ではない以上、あとなにが聴けるだろう?
入れ替わってしまった理由もメカニズムもさっぱり分からない。
それでも、もうこの現実には辟易していた。戻りたい。戻したい。ただひたすらに、あの人に。
愛佳の父が「かみさま」と話せるような職業ではない以上、あとなにが聴けるだろう?
「だってもぉ……」
「え?」
「分かんない…」
「え?」
「分かんない…」
もし仮に幽体離脱が起きたとして、その根本の原因は、もしかすれば、かみさまの気まぐれなのではないか。
そうでも考えない限り、すべての出来事に納得いかなかった。
果たして、「かみさま」とやらが実在するかは分からないけれども。
衣梨奈は絶望とも言えるこの状況にうんざりし、思わず口から絵里ではない言葉が出てしまったことに気付かなかった。
その失態が、愛佳の中で疑念を抱かせ、さらに仮定から確証へと近づけようとしている。
そうでも考えない限り、すべての出来事に納得いかなかった。
果たして、「かみさま」とやらが実在するかは分からないけれども。
衣梨奈は絶望とも言えるこの状況にうんざりし、思わず口から絵里ではない言葉が出てしまったことに気付かなかった。
その失態が、愛佳の中で疑念を抱かせ、さらに仮定から確証へと近づけようとしている。
「なんか……あったんですか?」
確信には至っていない。
だから愛佳は慎重に駒を進める。
恐らく、この一手を間違えれば、流れは大きく変わり、意図しない方向へと走っていく。
もうSFとか非現実的とか言っている場合ではない。自分の中に在った不透明な違和感と目の前の現実を見るしかない。
愛佳は紅茶を飲みながら目の前にいる彼女を見つめる。なにを、彼女はなにを言おうとしている?彼女にいったい、なにがあった?
だから愛佳は慎重に駒を進める。
恐らく、この一手を間違えれば、流れは大きく変わり、意図しない方向へと走っていく。
もうSFとか非現実的とか言っている場合ではない。自分の中に在った不透明な違和感と目の前の現実を見るしかない。
愛佳は紅茶を飲みながら目の前にいる彼女を見つめる。なにを、彼女はなにを言おうとしている?彼女にいったい、なにがあった?
「えりにも…分かんないんです……」
そうして泣きそうになりながら髪をかき上げた瞬間だった。
愛佳は間違いなく、「彼女」の中に、「彼女」ではない“彼女”を見た。
錯覚ではない。目の前にいるのは、長い間、時間をともにしてきたあの人ではない。
その奥にいるのは、もっと幼くて、だけど必死になにかと闘っているひとりの女の子―――
愛佳は間違いなく、「彼女」の中に、「彼女」ではない“彼女”を見た。
錯覚ではない。目の前にいるのは、長い間、時間をともにしてきたあの人ではない。
その奥にいるのは、もっと幼くて、だけど必死になにかと闘っているひとりの女の子―――
根拠はなくとも確信があった。
目の前にいる彼女は、亀井さんではないという確かな自信がある。
多くを話したことはない。メールを交わす機会も多い方ではなかったと思う。
でも、困ったとき、だれかに話を聞いてほしいとき、最初に思い浮かんだ人は絵里だった。
そのまま近づいて良いのか、距離感を掴むまで時間が掛かってしまったけれど、愛佳は絵里を信頼していた。
ひとたび表舞台に立ったらなにがあっても笑顔で突き進む絵里を尊敬していた。
目の前にいる彼女は、亀井さんではないという確かな自信がある。
多くを話したことはない。メールを交わす機会も多い方ではなかったと思う。
でも、困ったとき、だれかに話を聞いてほしいとき、最初に思い浮かんだ人は絵里だった。
そのまま近づいて良いのか、距離感を掴むまで時間が掛かってしまったけれど、愛佳は絵里を信頼していた。
ひとたび表舞台に立ったらなにがあっても笑顔で突き進む絵里を尊敬していた。
その感情が、「恋」と呼べるほど大きく成長していたのかは分からない。
でも、同期のいない愛佳に、自然と手を差し伸べて、一緒に笑ってくれた彼女のことを、愛佳はやっぱり好きだったのかもしれない。
でも、同期のいない愛佳に、自然と手を差し伸べて、一緒に笑ってくれた彼女のことを、愛佳はやっぱり好きだったのかもしれない。
だからこそ、分かる。
愛佳の目の前で困ったような瞳をもった“彼女”は、「彼女」ではない。
愛佳の心臓が高鳴る。
慎重に進めると決意した1分後に、もう愛佳は突き進もうとしている。
悠長にしている場合ではないのではないか? 此処で行かねば、もう二度と、確信にはたどり着けないのではないか?
答えなんて分からない。だったらもう、行くしかない。
間違っていたなら謝ろう。きっと亀井さんなら許してくれるはず。亀井さんじゃなかったら……分からないけれど。
愛佳の目の前で困ったような瞳をもった“彼女”は、「彼女」ではない。
愛佳の心臓が高鳴る。
慎重に進めると決意した1分後に、もう愛佳は突き進もうとしている。
悠長にしている場合ではないのではないか? 此処で行かねば、もう二度と、確信にはたどり着けないのではないか?
答えなんて分からない。だったらもう、行くしかない。
間違っていたなら謝ろう。きっと亀井さんなら許してくれるはず。亀井さんじゃなかったら……分からないけれど。
「あの……」
カラカラに喉が渇いていくのが分かる。なにを言おうとしているのだ自分はと問い質す。
だけどもう、胸に溢れたこの言葉を、音にする以外、術を見つけられない。
自分の痛みに耳を傾けてくれた彼女に、今度は自分が手を差しのべたかった。
扉が閉まってしまう前に、そのドアノブに手をかけなければ、きっとふたりは、その“家”の中から出てこれない。
たとえば外は大雨が降っていたとしても、傘を差して外に出てほしい。
どうか、どうか閉じ込めないで。
だけどもう、胸に溢れたこの言葉を、音にする以外、術を見つけられない。
自分の痛みに耳を傾けてくれた彼女に、今度は自分が手を差しのべたかった。
扉が閉まってしまう前に、そのドアノブに手をかけなければ、きっとふたりは、その“家”の中から出てこれない。
たとえば外は大雨が降っていたとしても、傘を差して外に出てほしい。
どうか、どうか閉じ込めないで。
「あなたは、だれですか?」
きっと、外には、みんながいるはずだから―――