冬ハローの公演の練習が始まっていた。
毎年恒例である新春のハロープロジェクトのライブ。
今年はオープニングに、モーニング娘。の9期・10期と、スマイレージの2期合同のダンスパフォーマンスがある。
絵里は生田衣梨奈として、そのオープニングダンスの練習をしていた。
毎年恒例である新春のハロープロジェクトのライブ。
今年はオープニングに、モーニング娘。の9期・10期と、スマイレージの2期合同のダンスパフォーマンスがある。
絵里は生田衣梨奈として、そのオープニングダンスの練習をしていた。
―――「モーニング娘。に、戻りたいって気持ちが、強くなってます」
レッスン中も衣梨奈に言われた言葉が頭をよぎる。
そんなこと、百も承知だった。
理不尽な入れ替わりによって奪われた日常。
「1」が「0」になってしまった衣梨奈の生活を、どうにか元に戻したい。
分かっていても、絵里だけの力ではどうにもならなかった。
そんなこと、百も承知だった。
理不尽な入れ替わりによって奪われた日常。
「1」が「0」になってしまった衣梨奈の生活を、どうにか元に戻したい。
分かっていても、絵里だけの力ではどうにもならなかった。
「生田!そこ遅いよ!」
ダンスレッスンの先生の声に、絵里は我に返った。
別の事に思考を巡らせていたために、ダンスの動きが遅かったようだ。
絵里は慌てて大きな声で「はい、すみません!」と先生に返す。
別の事に思考を巡らせていたために、ダンスの動きが遅かったようだ。
絵里は慌てて大きな声で「はい、すみません!」と先生に返す。
「じゃあもういちど、頭からいくよ」
先生の言葉に「はい」と言葉を出し、絵里は再び脚をダンと踏み出した。
結局、この日だけで絵里はなんども先生に叱られた。
どうしても、先日の衣梨奈との会話が頭から離れず、集中することができなかった。
どうしても、先日の衣梨奈との会話が頭から離れず、集中することができなかった。
目の前にあることをこなしつつ、入れ替わってしまったことを考えながら今日までやって来た。
だけど、「どうにかなるさ」という安直な考えは、もう通用しないのではないかと言うところまで来ていた。
衣梨奈と絵里が入れ替わってもうすぐ1ヶ月になる。
たった1ヶ月と考えるか、もう1ヶ月と考えるかは人それぞれだが、絵里は間違いなく後者だった。
生田衣梨奈として生きてきたこの1ヶ月。
自分が愛してやまなかったモーニング娘。に戻れたことは正直に嬉しかった。
またあのキラキラと輝くステージに立てたこと、同期や先輩と一緒に活動できること、思いっきり体を動かせること。
卒業した亀井絵里では経験できなかったことも、生田衣梨奈は経験してきた。
だけど、「どうにかなるさ」という安直な考えは、もう通用しないのではないかと言うところまで来ていた。
衣梨奈と絵里が入れ替わってもうすぐ1ヶ月になる。
たった1ヶ月と考えるか、もう1ヶ月と考えるかは人それぞれだが、絵里は間違いなく後者だった。
生田衣梨奈として生きてきたこの1ヶ月。
自分が愛してやまなかったモーニング娘。に戻れたことは正直に嬉しかった。
またあのキラキラと輝くステージに立てたこと、同期や先輩と一緒に活動できること、思いっきり体を動かせること。
卒業した亀井絵里では経験できなかったことも、生田衣梨奈は経験してきた。
だが、楽しい表舞台の裏には、亀井絵里としての苦悩があり、そこにいるはずの衣梨奈の痛みも抱えていた。
本来此処に立っているのは、自分ではない―――
そんなこと分かりきっているのに、絵里には衣梨奈を助ける術がない。
本来此処に立っているのは、自分ではない―――
そんなこと分かりきっているのに、絵里には衣梨奈を助ける術がない。
「わかんないよ……」
暗闇が広がっていた。
出口のない闇が静かに広がり、絵里の心までも蝕んでいく。
衣梨奈よりも年上だからしっかりしようという決意さえも脆く崩れ去っていく。
出口のない闇が静かに広がり、絵里の心までも蝕んでいく。
衣梨奈よりも年上だからしっかりしようという決意さえも脆く崩れ去っていく。
ひとりで闘うにはあまりにも強大な壁の前に絵里は立ち竦んだ。
タオルで汗を拭う振りをしながら、絵里は瞳から流れる涙を拭った。
その姿は、ダンスレッスンで注意され、悔し涙を流す9期メンバーにしか見えないのかもしれないと、絵里は思った。
タオルで汗を拭う振りをしながら、絵里は瞳から流れる涙を拭った。
その姿は、ダンスレッスンで注意され、悔し涙を流す9期メンバーにしか見えないのかもしれないと、絵里は思った。
ひとり荒野で風に吹き晒される彼女の姿を、「同期」である譜久村聖は黙って見ていた。
道重さゆみは人差し指でこめかみを軽く叩きながら階段の前に佇んだ。
この場所、さゆみがいま立っている場所は、あの日、衣梨奈が絵里とともに転げ落ちた階段だった。
さゆみはふと目を閉じ、あの日の出来事をゆっくりと脳内で反芻した。
この場所、さゆみがいま立っている場所は、あの日、衣梨奈が絵里とともに転げ落ちた階段だった。
さゆみはふと目を閉じ、あの日の出来事をゆっくりと脳内で反芻した。
あの日、さゆみは衣梨奈とともにダンスレッスンをしていた。
新曲の振りでどうしてもうまくいかない場所があったので、さゆみが衣梨奈のレッスンに付き合っていたのだった。
辺りはもう随分暗くなり、そろそろ帰ろうかという所に絵里がやって来た。
彼女はたまたま事務所の近くに用があったらしいが、そのまま3人で雑談を交わし、いっしょに帰ろうとした時に「事件」は起きた。
新曲の振りでどうしてもうまくいかない場所があったので、さゆみが衣梨奈のレッスンに付き合っていたのだった。
辺りはもう随分暗くなり、そろそろ帰ろうかという所に絵里がやって来た。
彼女はたまたま事務所の近くに用があったらしいが、そのまま3人で雑談を交わし、いっしょに帰ろうとした時に「事件」は起きた。
衣梨奈が冗談で絵里を擽った直後、絵里はバランスを崩した。
そんな絵里を助けようと衣梨奈は手を伸ばすが、重力に逆らうことは出来ず、ふたりは縺れるようにして階段から落ちた。
そんな絵里を助けようと衣梨奈は手を伸ばすが、重力に逆らうことは出来ず、ふたりは縺れるようにして階段から落ちた。
その数時間後、ふたりは目を覚ます。
さゆみはそこまで思い出して「う~ん」と首をひねる。
一見、何処にでもあるような普通の出来事だ。
確かに、階段からふたり同時に落ちるというのは普通ではないかもしれないが、それ以外に特に問題はない。
ふたりは軽い打撲を負ったものの、ちゃんと目を覚まし、現在でも普通に活動している。
一見、何処にでもあるような普通の出来事だ。
確かに、階段からふたり同時に落ちるというのは普通ではないかもしれないが、それ以外に特に問題はない。
ふたりは軽い打撲を負ったものの、ちゃんと目を覚まし、現在でも普通に活動している。
それだけのはずなのに。
さゆみはふたりが落ちた階段を一段ずつ降りていく。
一段降りるたびにさゆみは指でこめかみをノックする。
なにか忘れていることはないか。なにかおかしいことはなかったか。なにか不自然な点はないか。
記憶の扉を開けようと、さゆみはその部屋をノックするが、目ぼしいものはなにも顔を出さない。
結局、最後の段まで降りても、さゆみはなにも分からなかった。
やはり、自分が気になったのは、単なる「気のせい」なのだろうか……
一段降りるたびにさゆみは指でこめかみをノックする。
なにか忘れていることはないか。なにかおかしいことはなかったか。なにか不自然な点はないか。
記憶の扉を開けようと、さゆみはその部屋をノックするが、目ぼしいものはなにも顔を出さない。
結局、最後の段まで降りても、さゆみはなにも分からなかった。
やはり、自分が気になったのは、単なる「気のせい」なのだろうか……
「お、さゆ発見ー」
そのとき降ってきた声にさゆみは顔を上げた。
先ほどまでさゆみがいた場所、階段のいちばん上には、いかにもヤンキーなジャージのポケットに手を突っ込んだれいながいた。
そんなことを言おうものなられいなが怒ることは分かっていたので黙っておくことにする。
先ほどまでさゆみがいた場所、階段のいちばん上には、いかにもヤンキーなジャージのポケットに手を突っ込んだれいながいた。
そんなことを言おうものなられいなが怒ることは分かっていたので黙っておくことにする。
「なんしよーと?」
「休憩よ、休憩。見て分からないの?」
「こんな階段で休憩ねぇ……」
「休憩よ、休憩。見て分からないの?」
「こんな階段で休憩ねぇ……」
れいなの言葉を受け流すように、さゆみは階段を登った。
彼女と同じ場所に立つと、先ほどとは打って変わって、さゆみが見下ろす側になる。
こうして見ると、やはりれいなは小さいんだなと改めて実感する。
ひとたびステージに立つと、そんな小ささを感じさせないほどの大きな存在感になるれいなは、何処となく、
キラキラと輝いて少年のように走り回っていたもうひとりの同期と重なる気がした。
彼女と同じ場所に立つと、先ほどとは打って変わって、さゆみが見下ろす側になる。
こうして見ると、やはりれいなは小さいんだなと改めて実感する。
ひとたびステージに立つと、そんな小ささを感じさせないほどの大きな存在感になるれいなは、何処となく、
キラキラと輝いて少年のように走り回っていたもうひとりの同期と重なる気がした。
「ここやろ、絵里と生田が落ちた階段って」
れいなの言葉にさゆみはピクッと反応する。
彼女に目を向けると、彼女はさゆみと目を合わせることはなく黙って階段の先を見ていた。
れいなには、あの日、縺れるように階段から落ちたふたりの姿が見えているのだろうかと、ボンヤリ思った。
彼女に目を向けると、彼女はさゆみと目を合わせることはなく黙って階段の先を見ていた。
れいなには、あの日、縺れるように階段から落ちたふたりの姿が見えているのだろうかと、ボンヤリ思った。
「……さゆのせいじゃないから」
その言葉にさゆみは耳を疑った。
それは、本当に目の前にいるれいなから発せられた言葉だったのだろうかと。
いつもの博多弁でもなく、優しく包み込んでしまうようなふわりとした言葉は…まるで……
それは、本当に目の前にいるれいなから発せられた言葉だったのだろうかと。
いつもの博多弁でもなく、優しく包み込んでしまうようなふわりとした言葉は…まるで……
「って、絵里やったら言うっちゃない?」
そうしてれいなは「ニシシ」といたずらっ子のように笑う。
その姿が無性に可愛くて、だけどどうしても可愛げがなくて、矛盾しながらもさゆみはフフッと笑った。
「6期最強」とか冗談めかして言うときはあるけれど、なんとなく、こういう瞬間にそれは実感する。
問題児で出来が悪くて、いつも怒られてばかりだったけれど、ふとした刹那、このメンバーで良かったとさゆみは思う。
不器用ながらも優しさを伝えるれいなの心が、さゆみには分かるから。
その姿が無性に可愛くて、だけどどうしても可愛げがなくて、矛盾しながらもさゆみはフフッと笑った。
「6期最強」とか冗談めかして言うときはあるけれど、なんとなく、こういう瞬間にそれは実感する。
問題児で出来が悪くて、いつも怒られてばかりだったけれど、ふとした刹那、このメンバーで良かったとさゆみは思う。
不器用ながらも優しさを伝えるれいなの心が、さゆみには分かるから。
「いや、絵里だったらメチャクチャ怒るね。絵里ちゃんちょー痛い、さゆのばかぁとか言って」
「あはは。それあるある。絵里ってときどき理不尽やけんね」
「れいな、理不尽って意味わかってる?」
「わかっとぉよ、失礼な!」
「あはは。それあるある。絵里ってときどき理不尽やけんね」
「れいな、理不尽って意味わかってる?」
「わかっとぉよ、失礼な!」
矢継ぎ早に交わされる言葉にさゆみは自然と笑顔になる。
心に抱えていた問題は何一つ解決されていないのだけれど。それでもさゆみは笑うことができた。
もう、「答え」はほとんど見えている。最初からそれはこの手の中にあったのだということも理解する。
推論は確証に変わる。なんの根拠もないのだけれど。
心に抱えていた問題は何一つ解決されていないのだけれど。それでもさゆみは笑うことができた。
もう、「答え」はほとんど見えている。最初からそれはこの手の中にあったのだということも理解する。
推論は確証に変わる。なんの根拠もないのだけれど。
でも、それを本人に伝えるか否かの結論は、未だ、出ていない―――
衣梨奈はひとり、部屋で「昨日の宿題」をしていた。
入れ替わった現在、中学校には絵里が通学しているが、当然、宿題も出される。
最終的に宿題を提出するのは絵里だが、だからといって衣梨奈がまったくしないで良いというわけにはいかない。
入れ替わった現在、中学校には絵里が通学しているが、当然、宿題も出される。
最終的に宿題を提出するのは絵里だが、だからといって衣梨奈がまったくしないで良いというわけにはいかない。
絵里は出された宿題をコピーし、衣梨奈に毎日渡していた。
次の日にまた絵里がコピーしたものをもとに採点することで、衣梨奈は中学校の授業に遅れないように努力していた。
それでも、自学自習には限界があり、そろそろ宿題が解けなくなってきているのも事実だった。
絵里にしっかり教わりたい気持ちもあったが、ダンスレッスンも受けているため、これ以上の負担は増やしたくなかった。
かといって、絵里の両親に中学生の勉強を聞くわけにもいかない。
結局衣梨奈はひとり、必死に教科書とノートをにらめっこしながら宿題をしていた。
残念なことは、時折絵里のノートにはミミズが這っていたことだが、自分もそのようなことは多々あるので文句は言えない。
次の日にまた絵里がコピーしたものをもとに採点することで、衣梨奈は中学校の授業に遅れないように努力していた。
それでも、自学自習には限界があり、そろそろ宿題が解けなくなってきているのも事実だった。
絵里にしっかり教わりたい気持ちもあったが、ダンスレッスンも受けているため、これ以上の負担は増やしたくなかった。
かといって、絵里の両親に中学生の勉強を聞くわけにもいかない。
結局衣梨奈はひとり、必死に教科書とノートをにらめっこしながら宿題をしていた。
残念なことは、時折絵里のノートにはミミズが這っていたことだが、自分もそのようなことは多々あるので文句は言えない。
「えーと、次は……」
次の問題に取り掛かろうとしたとき、衣梨奈、正確には絵里の携帯電話が光った。
だれだろうとメールBOXを確認すると、そこには、新垣里沙の名前があった。
久しぶりに見た彼女の名前に思わず心臓が高鳴る。
え、え、え?と、声に出したい気持ちをぐっと堪え、衣梨奈は震える手でメールを開封した。
だれだろうとメールBOXを確認すると、そこには、新垣里沙の名前があった。
久しぶりに見た彼女の名前に思わず心臓が高鳴る。
え、え、え?と、声に出したい気持ちをぐっと堪え、衣梨奈は震える手でメールを開封した。
そこには、今度会えないかという誘いの内容の文章が載っていたため、衣梨奈はさらに手が震えることになる。
分かっている。
誘われているのは仲の良かった「カメ」こと亀井絵里であることくらい。
それでも衣梨奈は、尊敬してやまない里沙に会えることに胸を躍らせていた。
衣梨奈は急いで、里沙からこのようなメールが来たことを絵里に伝えるメールを作成し始めた。
誘われているのは仲の良かった「カメ」こと亀井絵里であることくらい。
それでも衣梨奈は、尊敬してやまない里沙に会えることに胸を躍らせていた。
衣梨奈は急いで、里沙からこのようなメールが来たことを絵里に伝えるメールを作成し始めた。