「こらぁ、生田ぁ!」
急に上から降ってきた声に目を覚ました。
目の前には、口うるさくも優しいリーダー、新垣里沙がいる。
目の前には、口うるさくも優しいリーダー、新垣里沙がいる。
「…にいがきさん…」
「こんな所で寝ちゃ風邪引くでしょーが!」
「こんな所で寝ちゃ風邪引くでしょーが!」
寝てた…?と絵里は周囲を見渡す。
此処は……と考えると、病院の屋上だった。日は沈み、冷たい風が吹き抜けている。
絵里は思わず身震いをした。あれ、ガキさん帰ったんじゃ……というか、アル、えりぽんは?
此処は……と考えると、病院の屋上だった。日は沈み、冷たい風が吹き抜けている。
絵里は思わず身震いをした。あれ、ガキさん帰ったんじゃ……というか、アル、えりぽんは?
「生田、寝ぼけてんの?」
「え、あ、ま…いや……」
「あー、それより、カメが目を覚ましたよ!」
「え、あ、ま…いや……」
「あー、それより、カメが目を覚ましたよ!」
さまざまな状況を整理しようとしたとき、絵里の頭に急に里沙から大きな情報を叩きこまれた。
絵里はその言葉を聞くや否や、勢い良く飛び上がり、屋上から病室へと走った。
うしろで、「こらー、走るなー!」と里沙の声が追いかけてきたが、振り返ることも、スピードを落とすこともしなかった。
絵里はその言葉を聞くや否や、勢い良く飛び上がり、屋上から病室へと走った。
うしろで、「こらー、走るなー!」と里沙の声が追いかけてきたが、振り返ることも、スピードを落とすこともしなかった。
集中治療室の中には絵里の両親がいた。
ふたりとも肩を震わせ、上体を起こした「亀井絵里」となにかを話していた。
ふたりとも肩を震わせ、上体を起こした「亀井絵里」となにかを話していた。
「え…亀井さん……」
心臓が高鳴る。
あの仮説が正しければ、いま絵里の中に居るのはアルということになる。
アルがアホかどうかはさておき、起きた瞬間に絵里が「わん」と吠えれば、そりゃ両親も泣くしかない。
本当に、本当に、アルの魂が絵里の肉体に入っているのだろうか?
あの仮説が正しければ、いま絵里の中に居るのはアルということになる。
アルがアホかどうかはさておき、起きた瞬間に絵里が「わん」と吠えれば、そりゃ両親も泣くしかない。
本当に、本当に、アルの魂が絵里の肉体に入っているのだろうか?
「……えりぽん…」
彼女から放たれた言葉に絵里は耳を疑った。
「ごめんね、心配…かけて」
紛れもなく、その声は亀井絵里のものであった。
ということは、まさか、と思ったとき、後方で犬の声がした。
絵里が振り返ると、扉の近くで、亀井家の愛犬、アルが元気良く吠えていた。
ということは、まさか、と思ったとき、後方で犬の声がした。
絵里が振り返ると、扉の近くで、亀井家の愛犬、アルが元気良く吠えていた。
「またお前は中に入ってきて…」
そうして絵里の父親はアルを叱りに行くが、その声は全く怒ってなどいなかった。
むしろ、愛しくて堪らないというようなそのトーンに、絵里は安心しつつも違和感を覚えた。
待って、だってあれは…とアルを見つめるが、アルはいつものように大好きな父親に抱かれて嬉しそうにしっぽを振っている。
むしろ、愛しくて堪らないというようなそのトーンに、絵里は安心しつつも違和感を覚えた。
待って、だってあれは…とアルを見つめるが、アルはいつものように大好きな父親に抱かれて嬉しそうにしっぽを振っている。
絵里がなにかを言いかけると、今度は後方から医者の声がした。
その声に母親は振り返り、ベッドに上半身を起こした「亀井絵里」の手を握ると、扉へと歩いた。
両親がなにかを離している隙に、絵里は彼女の元へと歩み寄る。
その声に母親は振り返り、ベッドに上半身を起こした「亀井絵里」の手を握ると、扉へと歩いた。
両親がなにかを離している隙に、絵里は彼女の元へと歩み寄る。
「……あの…」
「心配かけてすみませんでした…亀井さん」
「心配かけてすみませんでした…亀井さん」
その言葉に絵里は眼を見開いた。
間違いない。困ったように笑う表情は確かに亀井絵里だが、その奥にあるのは、生田衣梨奈であった。
間違いない。困ったように笑う表情は確かに亀井絵里だが、その奥にあるのは、生田衣梨奈であった。
「な、なんで…?」
「すみません、アルを追いかけたらトラックに撥ねられちゃったみたいで…」
「いや、そうじゃなくて…」
「すみません、アルを追いかけたらトラックに撥ねられちゃったみたいで…」
「いや、そうじゃなくて…」
絵里の質問に対する明確な答えが得られず、絵里は質問を続ける。
「なんで、元に戻ったの?」
「……戻ってないじゃないですか」
「いや、だから、そうじゃなくて…」
「……戻ってないじゃないですか」
「いや、だから、そうじゃなくて…」
あなたはさっきまで、トラックとぶつかった衝撃でアルと入れ替わっていたでしょ?と聞こうとすると、里沙が呼ぶ声がした。
「生田、今日はもう帰るよー。カメも無理しないでね」
「あ、はい、だいじょうぶです」
「あ、はい、だいじょうぶです」
里沙の言葉によって絵里と衣梨奈の会話は中断を余儀なくされた。
絵里は腑に落ちないままであったが、これ以上無理させることは良くないと判断し、衣梨奈に一礼して部屋を後にした。
絵里は腑に落ちないままであったが、これ以上無理させることは良くないと判断し、衣梨奈に一礼して部屋を後にした。
「ありがとうございました。本当に心配をおかけして…」
「いえ。私たちが勝手に待っていただけなので…では、今日は失礼します」
「いえ。私たちが勝手に待っていただけなので…では、今日は失礼します」
絵里の両親に頭を下げる里沙に倣い、絵里も慌てて深く頭を下げた。
その後、里沙は両親といくつか会話をしていたが、どうやら絵里の容体はさほど悪くないらしい。
意識も戻ったいま、あとはゆっくりと入院して体を休めれば、いずれは退院できるようであった。
絵里がその言葉にホッとしていると、横から里沙に「ほら、アルに謝って」と言われる。
その後、里沙は両親といくつか会話をしていたが、どうやら絵里の容体はさほど悪くないらしい。
意識も戻ったいま、あとはゆっくりと入院して体を休めれば、いずれは退院できるようであった。
絵里がその言葉にホッとしていると、横から里沙に「ほら、アルに謝って」と言われる。
「あんた、さゆみんから言われたくせに、まだ謝ってないでしょ?」
里沙の言葉に絵里は眉を顰める。
なんだか分からないことだらけだったが、絵里はその言葉に素直に従い、父の腕の中にいるアルと見つめ合った。
なんだか分からないことだらけだったが、絵里はその言葉に素直に従い、父の腕の中にいるアルと見つめ合った。
「…さっきはごめんね、アル」
真っ直ぐに言葉を渡すと、アルはじっとこちらを見つめ返した。
なにか聞こえるかもしれないとその瞳を覗きこむが、アルはなにも言わず、最終的に大きなあくびをして顔を反らした。
「こら、アル」と父親が苦笑しながら叱るが、その様子もまたいつものアルらしいなと思った。
なにか聞こえるかもしれないとその瞳を覗きこむが、アルはなにも言わず、最終的に大きなあくびをして顔を反らした。
「こら、アル」と父親が苦笑しながら叱るが、その様子もまたいつものアルらしいなと思った。
「では、私たちはこれで…」
「はい、ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」
そう里沙があいさつし、4人は深く頭を下げ、それぞれ歩き出した。
絵里は頭を整理させるが、どうしても追いつかない。いったいどうやって戻ったのだ?と考えるが、答えにはたどり着かない。
だいたい、どうして里沙も両親も此処にいるのだ?
先ほど病室の前に行ったときには、看護師に面会が終了したから帰れと言われたにもかかわらず、である。
絵里は頭を整理させるが、どうしても追いつかない。いったいどうやって戻ったのだ?と考えるが、答えにはたどり着かない。
だいたい、どうして里沙も両親も此処にいるのだ?
先ほど病室の前に行ったときには、看護師に面会が終了したから帰れと言われたにもかかわらず、である。
待てよ、と絵里は思い、里沙の腕を取る。
「なによー生田ぁ」
「いま、何時ですか?」
「いま?えーっと、6時10分だね」
「いま、何時ですか?」
「いま?えーっと、6時10分だね」
おかしい、と思った。
「亀井絵里」の眠る病室に行ったとき、絵里は確かに20時を過ぎていたことを確認した。
だが、いま里沙の時計を見る限り、その2時間前まで戻っていることになる。
まさかタイムスリップ?とも思うが、それより現実的な回答が目の前に浮かんだ。
「亀井絵里」の眠る病室に行ったとき、絵里は確かに20時を過ぎていたことを確認した。
だが、いま里沙の時計を見る限り、その2時間前まで戻っていることになる。
まさかタイムスリップ?とも思うが、それより現実的な回答が目の前に浮かんだ。
―……夢?
確かにそう考える方が自然だった。
さゆみが屋上に来たのは夢ではなく現実だろう。先ほどの里沙の言葉がそれを証明している。
そうであるならば、何処からが夢だ?
さゆみが屋上に来たのは夢ではなく現実だろう。先ほどの里沙の言葉がそれを証明している。
そうであるならば、何処からが夢だ?
病室に行ったときが既に夢であるならば、必然的に、屋上でアルに起こされたときから夢を見ていたと考える方が自然だった。
確かに、そう考えれば、説明がつく。
アルと衣梨奈は入れ替わってなどいない。だから衣梨奈は「……戻ってないじゃないですか」と答えたのだ。
絵里はずっと寝ていたのだ。さゆみが屋上から去ってから、里沙が起こしに来るまでの間、ずっと。
その間に、アルと衣梨奈が入れ替わったという非現実的な夢を見ていたのだ。
確かに、そう考えれば、説明がつく。
アルと衣梨奈は入れ替わってなどいない。だから衣梨奈は「……戻ってないじゃないですか」と答えたのだ。
絵里はずっと寝ていたのだ。さゆみが屋上から去ってから、里沙が起こしに来るまでの間、ずっと。
その間に、アルと衣梨奈が入れ替わったという非現実的な夢を見ていたのだ。
「そりゃそうだよね…」
「んー、なにが?」
「……なんでもないです、新垣さん」
「んー、なにが?」
「……なんでもないです、新垣さん」
絵里はふっと苦笑した。
確かに絵里と衣梨奈はなんらかの拍子で入れ替わってしまったが、いくらなんでも犬と人間が入れ替わるなんて馬鹿げている。
そんな非現実的で荒唐無稽なこと、もううんざりだ。
衣梨奈と入れ替わったことと、衣梨奈が事故に遭ったこととで、精神的に追い詰められ、どうも不思議な夢を見ていたようだ。
確かに絵里と衣梨奈はなんらかの拍子で入れ替わってしまったが、いくらなんでも犬と人間が入れ替わるなんて馬鹿げている。
そんな非現実的で荒唐無稽なこと、もううんざりだ。
衣梨奈と入れ替わったことと、衣梨奈が事故に遭ったこととで、精神的に追い詰められ、どうも不思議な夢を見ていたようだ。
「はー、とにかくカメが無事で良かったよ」
病院の外に出ると、里沙はぐっと伸びをした。
本当に、この人には迷惑をかけっぱなしで申し訳ないと絵里は思うが、いま、此処で謝ってもどうしようもない。
本当に、この人には迷惑をかけっぱなしで申し訳ないと絵里は思うが、いま、此処で謝ってもどうしようもない。
「新垣さん…」
なにかできることはないだろうかと考えるが、どうしたって、絵里にできることはなかった。
「ご飯、食べに行きましょうか。亀井さんのお祝いってことで」
だから絵里は、いつも里沙が見ているであろう衣梨奈を演じ、ニコッと笑って見せた。
少しでも、里沙が元気になれるようにと絵里が思うと、里沙もなにかを察したのか、クスッと笑い、その肩を叩いた。
少しでも、里沙が元気になれるようにと絵里が思うと、里沙もなにかを察したのか、クスッと笑い、その肩を叩いた。
「よっしゃぁ、じゃあパーっと飲み行くかぁ」
そうして里沙は笑顔を見せ絵里にそう言った。
「あの…わたし未成年なんですけど」
「もー。早く大人になんなさい」
「もー。早く大人になんなさい」
無理な注文だなあと思いながらも、絵里は里沙の隣を歩く。
いまはこれだけしかできないけれど、いつかちゃんと、返します。
えりぽんに体を返したら、ちゃんとふたりで、ガキさんにもらった優しさ、全部返しますから。
「ごーはーん!」
「うるさーい、近所迷惑でしょーが」
いまはこれだけしかできないけれど、いつかちゃんと、返します。
えりぽんに体を返したら、ちゃんとふたりで、ガキさんにもらった優しさ、全部返しますから。
「ごーはーん!」
「うるさーい、近所迷惑でしょーが」
そうして絵里も笑い、里沙の肩に腕を回した。
まるで酔っ払いのようだったが、ふたりは笑いながら夜の街を歩いていく。
まるで酔っ払いのようだったが、ふたりは笑いながら夜の街を歩いていく。
「おー、今夜は星が綺麗だねぇ」
里沙が天を見上げてそう言うので、絵里もつられて夜空を仰ぐ。
都会の夜は明るすぎるが、それでもいくつか星は点在し、確かに此処で輝いているよと主張していた。
先の見えない未来のようだと夢の中で絵里は思ったが、もしかして、それは違うのかもしれない。
人の目には見えない星もたくさんあるけれども、確かに星はそこにある。そこで必死に輝いて生命を燃やしている。
都会の夜は明るすぎるが、それでもいくつか星は点在し、確かに此処で輝いているよと主張していた。
先の見えない未来のようだと夢の中で絵里は思ったが、もしかして、それは違うのかもしれない。
人の目には見えない星もたくさんあるけれども、確かに星はそこにある。そこで必死に輝いて生命を燃やしている。
だったら、絵里も輝いてやろうじゃないの。
まだ元に戻る方法も分からないけれど、えりぽんと一緒に、輝いてみせる。
此処で確かに生きているんだって、必死に叫んでやる。「届けぇー!」
「なーにやってんのよ生田ぁ」
此処で確かに生きているんだって、必死に叫んでやる。「届けぇー!」
「なーにやってんのよ生田ぁ」
絵里がそうしてふざけて手を伸ばすと、里沙は笑って返した。
だいじょうぶ、絶対に、だいじょうぶと、だれにでもなく呟き、絵里は届かない星に手を伸ばした。
だいじょうぶ、絶対に、だいじょうぶと、だれにでもなく呟き、絵里は届かない星に手を伸ばした。
その指先には、ふたりでも気付かないほどの、青いクレヨンの汚れが付いていた。
アル編 おわり