同じベッドに入ってから、衣梨奈の心臓はさらに高鳴った。
この状態は眠れるようなものではなかった。明日は寝不足に陥るのだろうかと考えていると「絵里…」と声が響いた。
衣梨奈が目を開くと、暗闇の中、れいなが左手を伸ばし、絵里の頭を撫でていた。
どうしてだろう、彼女に頭を撫でられると心が落ち着いていくのが分かる。
確かに切なくて哀しくて、痛みすらもそこにはあるのに、それでも衣梨奈は、安心できる。
この状態は眠れるようなものではなかった。明日は寝不足に陥るのだろうかと考えていると「絵里…」と声が響いた。
衣梨奈が目を開くと、暗闇の中、れいなが左手を伸ばし、絵里の頭を撫でていた。
どうしてだろう、彼女に頭を撫でられると心が落ち着いていくのが分かる。
確かに切なくて哀しくて、痛みすらもそこにはあるのに、それでも衣梨奈は、安心できる。
「ちゃんと、休めとぉ?」
予想だにしなかった言葉に衣梨奈は思わず「え?」と返す。
れいなは心配そうに、だけど無理に笑顔をつくり、「なんかさ」と続けた。
れいなは心配そうに、だけど無理に笑顔をつくり、「なんかさ」と続けた。
「ホント、がんばってきたやん。いままで、ずっと」
れいなの言葉に衣梨奈は静かに頷く。
8年間という長い間、モーニング娘。に在籍し、ステージ上で輝きを放ってきた絵里。
衣梨奈は一緒に活動することはなかったが、DVDなどでその姿をなんども見てきている。
キラキラと輝いて、笑顔で弾けて、まるで少年のように走るその姿は、普段の絵里からは想像できなかった。
8年間という長い間、モーニング娘。に在籍し、ステージ上で輝きを放ってきた絵里。
衣梨奈は一緒に活動することはなかったが、DVDなどでその姿をなんども見てきている。
キラキラと輝いて、笑顔で弾けて、まるで少年のように走るその姿は、普段の絵里からは想像できなかった。
「コンサート前のリハとか、ダンスレッスンとかメッチャ大変やったやん」
そうしてれいなは衣梨奈の頭から頬へと手を滑らせたかと思うと、肩を抱き寄せた。
衣梨奈はふわりとれいなの腕の中におさまった。
れいなの香りが全体に広まり、その温もりに包まれる。柔らかくて、だけど少しだけの痛みも、そこには含まれている。
衣梨奈はふわりとれいなの腕の中におさまった。
れいなの香りが全体に広まり、その温もりに包まれる。柔らかくて、だけど少しだけの痛みも、そこには含まれている。
「だけんさ、あんま、悩んでほしくないっちゃん。いまは」
れいなの言葉は温かい。
9期メンバーや10期メンバーが加入してから、れいなは丸くなったと言われている。
モーニング娘。に加入した当初はもっとギラギラとしていて、ナイフのように鋭く、それでいて脆さも携えていたのだと絵里は言った。
そんなれいなを衣梨奈は知らない。
衣梨奈の知るれいなは、先輩として厳しく指導する時もあるけれど、優しく笑っていることも多い人だった。
小学生や中学生が増えたこと、上に立つメンバーとしての自覚ができたこと、成長したことなどがその理由かもと絵里は笑った。
9期メンバーや10期メンバーが加入してから、れいなは丸くなったと言われている。
モーニング娘。に加入した当初はもっとギラギラとしていて、ナイフのように鋭く、それでいて脆さも携えていたのだと絵里は言った。
そんなれいなを衣梨奈は知らない。
衣梨奈の知るれいなは、先輩として厳しく指導する時もあるけれど、優しく笑っていることも多い人だった。
小学生や中学生が増えたこと、上に立つメンバーとしての自覚ができたこと、成長したことなどがその理由かもと絵里は笑った。
でも、それだけではなかった。
いまれいなの発している言葉に乗せられた温もりや重みは、単に丸くなったからではない。
れいながその気持ちを向けている相手、それがただひとりの絵里であるからこそだと衣梨奈は思う。
好きな人には触れたいし、優しくしたいと思う。
だかられいなは、こんなにも柔らかい言葉を渡せるのではないかと衣梨奈は感じた。
いまれいなの発している言葉に乗せられた温もりや重みは、単に丸くなったからではない。
れいながその気持ちを向けている相手、それがただひとりの絵里であるからこそだと衣梨奈は思う。
好きな人には触れたいし、優しくしたいと思う。
だかられいなは、こんなにも柔らかい言葉を渡せるのではないかと衣梨奈は感じた。
「だいじょうぶだよ…」
衣梨奈の言葉にれいなは優しい瞳を向ける。
その大きな瞳に見つめられるのは、どうしても慣れない。
すべてを語ってしまいそうになる力を持った瞳に、吸い込まれそうになる。
必死に弱気になった自分を奮い立たせて衣梨奈は口を開く。
その大きな瞳に見つめられるのは、どうしても慣れない。
すべてを語ってしまいそうになる力を持った瞳に、吸い込まれそうになる。
必死に弱気になった自分を奮い立たせて衣梨奈は口を開く。
「なにかあったら、れいなに言うから」
信頼を裏切りたくはなかった。
騙したくもなかった。
だけど、こう言う以外に、衣梨奈には術がなかった。
取り繕うことも、うまく切り返すこともできない以上、打つ手は限られている。
その場しのぎの急造の言葉を並べたところで、だれもが傷つかなくて済むわけもないけれど。
騙したくもなかった。
だけど、こう言う以外に、衣梨奈には術がなかった。
取り繕うことも、うまく切り返すこともできない以上、打つ手は限られている。
その場しのぎの急造の言葉を並べたところで、だれもが傷つかなくて済むわけもないけれど。
「……じゃあ、ひとつだけ…教えて」
れいなの言葉は随分間延びしていた。
久しぶりにお酒を飲んだせいか、もう夜が遅いせいか、衣梨奈の温もりを感じているせいか、れいなの瞼は閉じかけていた。
絵里の身体に触れられる喜びを感じているのであれば、そのまま眠ってしまった方が、よほど彼女のためになる気がした。
衣梨奈はもう聞き返すこともせず、その目だけで「なに?」と訴えた。衣梨奈ももう、随分眠かった。
れいなはそれを気付いているのか定かではないが、れいなは大きなあくびをした。
その姿はさながら、眠りにつく寸前の猫そのものだった。
久しぶりにお酒を飲んだせいか、もう夜が遅いせいか、衣梨奈の温もりを感じているせいか、れいなの瞼は閉じかけていた。
絵里の身体に触れられる喜びを感じているのであれば、そのまま眠ってしまった方が、よほど彼女のためになる気がした。
衣梨奈はもう聞き返すこともせず、その目だけで「なに?」と訴えた。衣梨奈ももう、随分眠かった。
れいなはそれを気付いているのか定かではないが、れいなは大きなあくびをした。
その姿はさながら、眠りにつく寸前の猫そのものだった。
「どして、れなンこと……さいきん…」
れいなは次の言葉を紡ごうと小さく息を吸った。
だが、少し待っても続きが聞こえてこず、衣梨奈が顔を上げると、れいなは完全に目を閉じていた。
あれ?と思ったときには、規則的な寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。
衣梨奈は寂しそうに笑ったあと、瞼を閉じた。れいなの腕の中、ゆっくり眠れそうだと思考を閉じた。
想像していた「そういう行為」にならなかったことを、心の底から安堵した。
だが、少し待っても続きが聞こえてこず、衣梨奈が顔を上げると、れいなは完全に目を閉じていた。
あれ?と思ったときには、規則的な寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。
衣梨奈は寂しそうに笑ったあと、瞼を閉じた。れいなの腕の中、ゆっくり眠れそうだと思考を閉じた。
想像していた「そういう行為」にならなかったことを、心の底から安堵した。
- - - - - - - - -
別に、確信があったわけじゃないっちゃん。
だから改まって聞くのもおかしいかなと思って、結局なんも言えんかった。
そういうところがヘタレって言われる理由やっちゃろかって思ったりもするっちゃけん。
だから改まって聞くのもおかしいかなと思って、結局なんも言えんかった。
そういうところがヘタレって言われる理由やっちゃろかって思ったりもするっちゃけん。
でも、もし聞いたところで、なんか変わってた気もせんよ。
こんな確証もない話、絵里自身が気付いてなかったら、なんかれなバカみたいやし。
こんな確証もない話、絵里自身が気付いてなかったら、なんかれなバカみたいやし。
れいなはすっかり夢の中を泳いでいる彼女を見ながら、ぼんやりと頭の中でそう繰り返す。
自分が核心に触れなかったことにいくら理由をつけたところで、結局は聞きそびれたのは事実だ。
下手くそな寝る芝居までしておいて、本当にヘタレにも程があると眉をかいた。
自分が核心に触れなかったことにいくら理由をつけたところで、結局は聞きそびれたのは事実だ。
下手くそな寝る芝居までしておいて、本当にヘタレにも程があると眉をかいた。
―ねぇ、絵里……
れいなは腕の中の彼女にそう問いかけた。
―どうして最近、「れーな」やなくて「れいな」って呼ぶと?
たったそれだけのことだ。
いや、実際には、あの日から少しだけ気になっていることはある。
絵里が久しぶりに事務所に顔を出したあの日、僅かな違和感が頭の片隅に残り、ぼんやりとした輪郭を成して広がった。
なにが?と聞かれれば即答できないほどの些細なズレ。
いや、実際には、あの日から少しだけ気になっていることはある。
絵里が久しぶりに事務所に顔を出したあの日、僅かな違和感が頭の片隅に残り、ぼんやりとした輪郭を成して広がった。
なにが?と聞かれれば即答できないほどの些細なズレ。
くだらないと一笑に付されてもおかしくないほどの直感は、その直後に会った後輩のおかげでさらに明瞭になる。
なにかに悩んでいるようだった生田衣梨奈は突然泣き始めた。その理由は未だに分からない。
あれからなんども衣梨奈とは顔を合わせているが、互いにその話を避け、結局、れいなは衣梨奈に理由を聞くことはできないでいる。
なにかに悩んでいるようだった生田衣梨奈は突然泣き始めた。その理由は未だに分からない。
あれからなんども衣梨奈とは顔を合わせているが、互いにその話を避け、結局、れいなは衣梨奈に理由を聞くことはできないでいる。
「ごめんなさい」と口にしたあと、胸に飛び込んで涙を流した衣梨奈。
別れる寸前は、その涙を拭いて必死に笑顔をつくってれいなに手を振った彼女の姿が、一瞬だけ、絵里と重なった。
頭の片隅にあった靄が広がったのはそのときだった。
別れる寸前は、その涙を拭いて必死に笑顔をつくってれいなに手を振った彼女の姿が、一瞬だけ、絵里と重なった。
頭の片隅にあった靄が広がったのはそのときだった。
「………まさか、ね」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ浮かんだ仮説を振り払うように、れいなは目を閉じた。
そんなことあるわけない。あってたまるものかとれいなは彼女を抱く腕の力を強めた。
腕の中の絵里は、まだ夢の中を泳いでるものの、一瞬だけ甘い声をあげる。
その声にほんの少しだけ欲情したものの、心の焔を鎮めるように、れいなは深く息を吐いた。
そんなことあるわけない。あってたまるものかとれいなは彼女を抱く腕の力を強めた。
腕の中の絵里は、まだ夢の中を泳いでるものの、一瞬だけ甘い声をあげる。
その声にほんの少しだけ欲情したものの、心の焔を鎮めるように、れいなは深く息を吐いた。
絶対に、そんなのあり得ないのだと、なんども心に刻むように唱え続けた。