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目次
おれバカだから言うっちまうけどよぉ…part696【TSトレ】
≫23二次元好きの匿名さん22/02/27(日) 20:49:18
夜、トレセンも照明がぼちぼち消え始める頃合いにファイトレ(男)は"仕込み"を行っていた。
「…うん、いい感じに滲み出して来てるね」
鍋を前にエプロンをつけてことことと煮込むファイトレ。その鍋の中には大量の豚骨が。
…言うまでもなくスープ用である。叩き込まれた技術を使って維持しようと頑張っていたら、いつの間にか習慣と化したのだ。
「これなら明日には完璧だな。…ちょっと作ってみるか。」
カップラーメンを作るノリでラーメンを手作りするファイトレ。初期の特にしたこともなかった頃からすれば手遅れであった。
手早く麺を茹で、スープに入れてトッピングすれば完成である。取り出した箸を片手に夕食がてら食べようとしたとき
「…きさま〜」
「…」
───ぬるりと何処からか現れてきた存在。この部屋でラーメンを用意すると高確率でいきなり湧いてくるラーメンの妖精。
…妖精ではなくファインである。この殿下はなぜかファイトレが作ったタイミングで大体当たり前のように部屋にいるのだ。
「キミ〜?」
「…ファイン、なんでいるんだい?」
これがファイトレとファインのお馴染みのやり取り。ファインの横からの声に疑問を返すがはぐらかされるファイトレ。
「まあまあよいではないか〜。…それと、私の分はある?」
「ダメッ!ファインダメッ!この豚骨ラーメンはファインが明日食べる分だからね?!」
ファイトレの必死のダメ出しに、むぅと頬を膨らませたファインはいつものワガママを敢行する。顔をそらした後
「…ちらっ」
「ぐぅっ…分かった、用意するよ…」
やっぱり駄目だったファイトレ。あえなく折れると麺を用意しに動く。その後ろからファインがそれを味見した後
「ん〜美味しい!…私、毎日キミのラーメンが食べたいな♪」
「…そっかぁ」
ファインの事だから恐らく故意なのだろう。味噌汁ではなくラーメンなのが彼女らしいとファイトレは思ったのだった。
───この後豚骨ラーメンは匂いにつられた腹ペコトレーナー達にも振る舞うことになったらしい。
短文失礼しました
ツイに流れてきた絵よりssを出力、妖精ならぬ殿下です。ファイトレ(男)はそろそろ店開かされそう。
学んだ技術を生かして料理を続けたらいつの間にか習慣になってます。ファインは天然と策士の両面併せ持つのがとても強い()。
≫63二次元好きの匿名さん22/02/27(日) 23:00:56
◎ひと回り大きくなったあなたへ
今日の主賓はわたしの担当・ハルウララともう一人、ヒシアケボノでした。彼女と彼女のトレーナーであるボノトレの凸凹コンビは周知の事実ですが、改めて並んでみるとウララとヒシアケボノの対比も相当でした。
「……本当に割り勘でよかったんですかボノトレ? 材料費は全部出してもよかったんですが」
「そこはボクの方から提案したディナー、というかちゃんこ会なんで。むしろそちらに半分も出してもらっちゃったのが申し訳ないぐらいです」
「それを言ったら主賓に料理を作らせてるのが申し訳なさの最たるものでしたが……」
「ううん、あたしが作りたかったからいいのいいの! それよりウララちゃんもウラトレさんもいっぱいいっぱい食べてくれて嬉しかったな〜。特にウララちゃんは『ボーノボーノ♪♪』ってすっごく喜んでくれてたし!」
「そこはまぁ、その……たいへんボーノでしたから」
「!! えっへへへ〜〜〜☆」
「よかったねボーノ。でも一番食べてないのがボクになるとは思わなかったなぁー」
あまり健啖っぷりを指摘されるのも恥ずかしいものがあります。しかしあまりに美味しいお鍋にこちらのタガが外れかけたのは事実。甘んじて受け入れましょう。
「もう食べられないよぉ〜〜……すぴぃ」
……そしてまさしく文字通りの寝言が背中から。もう一人の主役であるウララは今、わたしにおんぶされています。
「うふふっ。ウララちゃんはすっかりおねむだねぇ〜」
笑いながらも大きな身体から小声で語りかけてくるヒシアケボノ。彼女の優しさを感じます。
「午前中は寮のみんなからのプレゼント攻勢、昼間は商店街総出のセール巡り、そこからの大ちゃんこ会ですから。きっとウララとしても体力を使い切るほど大満足の一日だったのでしょう」
「……あそこの商店街、何かにつけてセールしてませんか?」
「それで生計が立てられているならいいんですよ」
やってやれなくはないでしょうが、さすがに商店街マネジメントにまでは手を回すつもりはありません。
64二次元好きの匿名さん22/02/27(日) 23:02:08
あくまで寮の入り口までの道のりをおぶっていくだけのさほど長くない距離。途中ヒシアケボノがウララ運搬の交代を提案してくれましたが、やんやり断らせていただきました。これも一つの独占欲の現れ、なのかもしれません。
「にへへぇ〜……とれーなぁー……」
ちゃんこの分変わった彼女の重みを感じながら、ほんの少し前方を先行するボノトレを見据えつつ、ぽっくりぽっくりと歩きます。
これからもウララは変わったり、変わらなかったりすることでしょう。
……わたしは、変われるでしょうか。変わらずにいられるでしょうか。変わってしまったり、変われなかったりするのでしょうか。
益体もないことを考えながらただ歩を進めます。
「とれーなぁー……」
何やら先ほどからしきりに呼ばれている気がします。すこしだけ顔を向けて(なぁに?)と、小さな声で尋ねます。ウララの髪束が鼻先をくすぐりました。
「…………だいすきー……♪」
「わぁ……!」
「……ヒューヒュー?」
……ボノトレ、ヒューヒューは違います。
────────────────────────────────
わたしは普通のハルウララトレ♀。
くじけぬ心を、強い意志を、思い出させてくれた貴女に感謝しています。
先人として、これからも貴女が良く変わるためのお手伝いをさせてください。貴女の変わらぬ良さを広めるお手伝いをさせてください。
愛しいハルウララ。お誕生日おめでとう。
(終)
≫79二次元好きの匿名さん22/02/27(日) 23:39:32
アルセウス未プレイ。トレーナーポケトレ概念まとめ参照
「大丈夫…俺はだい、大丈夫…俺のじまんのワザはからげんきとむこうみず…」
「…お前世代違うだろ」
「えっこの声、フ、フク、フグドレぇー!」
「ぐっ…!おま、抱きついてくんな!」
「だって、だっで!気が付いたら知らないところにいるし!テイオーも、誰もいないし!みんな耳と尻尾見てくるし!アルセウスは人の話聞かないし!一人で…ずっと…」
「…あー、そうか…そうだな…よく頑張ったな…」
「それに…」
「…どうした?」
「パラスめっちゃこわい…」
「それはそう」
「ぐすっ…でも、フクトレに会えたし!もしかしたらみんな来てるかもしれないもんな!探してやらないと!」
「ああ、早く合流して全員無事にトレセンに帰るぞ」
「だな! …あれ?今気がついたけどフクトレの周りだけなんか寒い…?」
「ん?俺の手持ち全員ゴーストだからか?ほらお前ら出てこい」
「…ぇっ、お」
「よしよし…ちゃんと挨拶しろよ。俺の…友達だからな…おいテイトレ?どうし」
「おばけーっ!!!」
「は!?お前何言っ」
「わああぁっ!!みんな助けてぇ!!」
「お前ゴーストタイプにビビってよくやってこれたな!?というか今出てきたお前の真横のポットデスもゴーストタイプだろ!」
「違うもん!お茶太はおばけじゃない!だって紅茶飲ませてくれるもん!」
「飲むなバ鹿!身体壊すぞ!」
≫96二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 00:55:35
ハーゼシュトラール リウif
🐰5
「メイクデビューで圧倒的な逃げで1着を飾りました、ハーゼシュトラールは1枠1番5番人気」
「実力は1番人気に劣らないものを感じますが、彼女の脚を不安視する声もまだありますからね」
アルテミスステークス当日。来たる阪神ジュベナイルフィリーズの前哨戦、しっかりと繋いでいきたい。あたし自身も、この脚も、ずっと1着を望み続けている。GⅢレースと言うこともあり、メイクデビューよりも多くの人に見られている。それでも関係なかった。あたしは1番にゴールしてシリウスのもとへと戻ればいい。集中し、ゲートが開く瞬間を待つ。
―――ガシャコン。
ゲートが開いた後はあっという間だった。1枠1番はとても走りやすかった。あたしはずっと内をまわり、1着を維持したままゴールした。スタミナに余力をメイクデビューの時以上に感じる。トレーニングを重ねただけとは思えなかった。大外が如何にスタミナを消費していたか、実感したレースだった。ゴールし、メイクデビューの時のようにやはり、と言うべきだろうか。あたしの眼から大粒の涙が流れ始める。嗚咽が出そうになるのを抑えながら、一礼だけして彼女のもとへと駆ける。メイクデビューの時よりも大きいどよめきよりも、彼女のもとへ行きたくて仕方なかった。
「ああああ……」
「前に言った通り、ちゃんと私のところへ来れたな」
彼女は駆け寄るあたしを抱きとめ、幼子のように声を上げ大粒の涙を流すあたしの頭を撫でる。自分でもはっきりとわかっていないこれにあたしは困惑し、ただただ彼女の胸の中に抱かれながら涙を流し続ける。勝てた嬉しさとも違う感情。溢れてくる涙は嬉しさの色をしていなかった。あたし自身の感情ではないそれをどうしたらコントロールできるのだろうか。
「ああっ…シリウスっ……」
「……控室行くぞ」
彼女はあたしの肩を抱き、膝を持ちあげた。ああ、久々にされた。この身体になって『走りたい』となる前はこうしてあたしは彼女に横抱きにされて移動していたんだ。忘れていた訳じゃない。忘れられる訳がない。あたしがこの身体になって、変えられたことのひとつだ。彼女は泣いているあたしを抱えたまま、控室へと向かった。
97二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 00:56:09
シリウスは控室に着くと、備え置きの椅子に抱えていたあたしを座らせた。涙で潤んだぼんやりとした視界には彼女だけが映る。彼女は何も言わずにあたしの眼から零れ落ちる涙を指で拭う。自然と出ていた声は落ち着き、涙も次第に止まっていた。彼女の指で涙を拭われ、視界がはっきりとする。
「なんでこうなるんだ?アンタ今回も1着だっただろ。とてもじゃねぇが勝って嬉しいって泣き方にも思えねぇ」
「あたしが知りたいわよ……勝手に流れてきて、勝手に声が出るんだから」
今までは、話す必要もないだろうと話そうとすらしなかったが、走るようになった今はあたしの知っている今の身体のことを話すべきなのではないか―――。
「あー、もう!頬をいじらないで」
「そんな難しい顔すんな」
教えていないのでこちらの気も知らないで、とは思ったりはしない。笑えと言わんばかりに頬をいじくりまわす彼女にされるがままだった。
アルテミスステークス翌日。今日は久しぶりのオフの日にした。トレーナー業務をしつつ、自身のトレーニングばかりでは良くない。軽い息抜きにやっていることがある。
「よくまぁ、やるよな」
「趣味みたいなものよ」
テーブルにはあたしが自分でやった林檎のフルーツカービング。4つの林檎にある程度の形を整え、柄や絵、文字をそれぞれ入れたもの。これをスマホで撮り、アプリで多少の加工を行いウマスタに投稿している。不定期ではあるもののそれなりにバズっていた。
「撮ってるのは知ってるし、見てるが結局食べるんだろ?」
「勿論よ、食べ物は粗末にできないわ。でもこれはあたしの作品でもあるから撮って残しておくのよ」
シリウスはあたしが撮り終えたのを確認すると、林檎をひとつ手に取った。彼女を横目にアプリで撮った写真を加工しウマスタに軽い文を添えて投稿した。使った林檎はアップルパイにした。
「次は初のGⅠレース、阪神ジュベナイルフィリーズか」
「そうね、とんとん拍子というか…逆に怖くなるわね」
目標がGⅠでもどんなレースも大事な経験のひとつだ。あたしはそれでもアップルパイを切り分けながら、どこか不安があった。こんなに上手く行き過ぎるものだろうか。勝って兜の緒を締めよ、そう思わずにはいられなかった。
「ウジウジした顔すんな」
「ひゃにひゅんのよ(何すんのよ)」
「今のアンタは前よりずっと顔に出んだよ」
「知ってるわよ、そんなこと」
98二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 00:56:28
あたしの頬を好き勝手していた彼女は離れ、ソファーでくつろぐ。そんな彼女を横眼にアップルパイを皿にのせ、紅茶とあわせてソファー前のテーブルへと運び並べる。彼女の隣りに座ろうとすると抱き寄せられ膝の上に乗せられた。
「シリウス…?」
「怖がる必要なんてねぇ、ただただ同じようにアンタの走りをすればいい」
「わかってる……あ」
「なんだ?」
「勝負服」
正直言うと、すっかり忘れていた。GⅠレースを走るのだから勝負服が必須である。1ヶ月と少し、それまでに用意しなくてはいけない。当然オーダーメイドだ。今すぐに動かなくては間に合わない。
「ンなことだろうと思った」
「え?」
「そろそろ届くと思うぜ」
「いつの間に…というかサイズは、デザインは」
こんな体型だ。スリーサイズは確かに前に下着を購入する際に見せたし、彼女はブラのサイズも知っている。そもそもデザインは、あたしは何もしらない。いろいろツッコミたいところだが、間に合うのであればそれで。彼女のセンスを悪いと思ったことはないが、彼女のことなので、そういう色やデザインが施されている気がしてならない。彼女の選んだ下着も服もそういう色が多いのだ。
「スリーサイズは前に見せただろ、身長もある程度把握してたからな」
「靴のサイズは?」
「何年アンタと付き合いがあると思っている。その身体になってからトレーニングやレース指定の靴以外、サイズを理由に買い換えてないだろ。わかるんだよ」
「ごもっともだわ……」
彼女との付き合い、トレーナーとその担当ウマ娘になってからの付き合いはとても長い。未契約だった彼女と出会いそのままトゥインクルシリーズと海外遠征、URAファイナルズを終え、今に至る。海外遠征時は施設で彼女と同じ部屋だった。彼女はあたしのことをほとんど知っているのかもしれない。
「デザインに関してはイメージだけ伝えてデザイナーに丸投げしてる」
「大丈夫なの、それ…」
「まぁ問題ねぇだろ」
99二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 00:56:48
―――ピンポン。
インターホンが鳴り響く。そろそろ届くと言うのは今日のことだったようだ。前もって話してくれても良かったじゃない。そう思いながら対応し、玄関へと向かう。宅配業者が大きい段ボールをてにしているので、受領印にサインし受け取った。流石にこの身体で抱えるにはサイズが大きすぎるので彼女の手を借り、リビングまで運ぶ。服や靴が入っている割に重いと感じる。冷めている紅茶とアップルパイをずらしてテーブルの上にのせ、開封する。
「…どういう風に、オーダーしたのかしら。シリウス」
「私の勝負服をバニーガール風にアレンジして冬の大三角をデザインに組み込めって頼んだな」
「このごついブーツは?」
「それは私の知らないものだ。デザイナーが入れたかったんだろ」
段ボールの中には綺麗な箱があり、勝負服一式が入っている。確かに、そんな感じにデザインされているとは思う。丁寧にうさぎの尾を彷彿させるファーまでついてる。彼女は勝負服を手にした。
「試しに着てみろ」
「今…?」
「当たり前だろ…それとも、私が脱がして着替えさせてやろうか?」
「そうね。勝手がわからないもの」
そう言うと彼女は一瞬スンとした顔をした後いつもの表情に戻り、あたしの服を脱がしていく。良くも悪くも慣れつつあるのかもしれない。流れるように背に手を回しブラのホックを外す彼女に少しどきりとしながら、ショーツだけにされる。
「ブラを外す意味は?」
「チューブトップだからな。いらねぇ」
100二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 00:57:11
彼女はバニーコートを彷彿させるチューブトップを手にし、あたしに着せていく。身長には不釣り合いのあたしの胸を持ち上げた彼女の手が止まり、胸を凝視する。
「何よ、ひとの胸を……」
「いや、こんなところにほくろがあるんだなって」
「ええ、あるわよ。左胸の下に…お風呂の時に気付かなかったの?」
「気付かなかったな」
彼女はそのままチューブトップを着せ終える。ほくろひとつでなんだと言うのだ。あたしはわからなかった。そのままホットパンツやサイハイソックス、ジャケット等を着せられ勝負服一式の試着が終わった。
「よく似合ってんじゃねぇか」
「あ、ありがと……でもこのホットパンツ、際どいわね…」
「まぁCバックとかじゃねぇと見えるだろうな」
「嘘だと言って欲しい……」
「私が嘘とか面倒臭いこと言うと思ってんのか?」
「知ってるわよ、それでもよ」
彼女が嘘を言わないのは百も承知である。それでもそう言って欲しかった。Cバックだなんて、あの形状は流石に恥ずかしい。普段のショーツでは走った際にズレて見えてしまうことを考えたら仕方ないのかもしれない。あたしは頭を抱えつつもタブレットの通販サイトで検索をかけていると、彼女の視線を感じる。選んで、とタブレットを渡す。言われなくてもわかってしまう自分がきらいじゃなかった。
おれバカだから言うっちまうけどよぉ…part697【TSトレ】
≫24二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:21:34
ハーゼシュトラール リウif
🐰6
迎えた阪神ジュベナイルフィリーズは結果として最悪だった。このレースで初めてあたしは自分の意思で涙を流した。せっかく1番人気だったのに、あたしはそれに応えられなかった。かと言って引き摺っていても仕方ない。
「切り替えて行くわ」
「それでいい。引き摺ったところで良いこともねぇからな」
阪神ジュベナイルフィリーズから翌々日。トレーナー室。阪神ジュベナイルフィリーズの映像を見ながら、今後の予定を変更していた。
「桜花賞もオークスも見送ることにしたわ」
「…となるとティアラは秋華賞を確実に狙うことにするんだな」
「ええ、紫苑ステークスに出走した後に秋華賞に出るようにローテを決めたわ」
「夏に札幌記念も走っておけ、トレーニングも大事だがレースの感覚を忘れちまうからな」
札幌記念は夏に行われるスーパーGⅡと呼ばれる重賞レース。芝2000m、紫苑ステークスや秋華賞と同じ距離だ。今冬と来春は貯めの期間にするならば、復帰はここがねらい目だろう。
「そうね、それはアリだわ」
「決まりだな。札幌記念から紫苑ステークス、秋華賞でティアラだ」
クラシックのローテは決まった。年内の有マ記念には出られるかは微妙なところだ。有マ記念はファン投票で出走可能か決まる。阪神ジュベナイルフィリーズで3着だった私が札幌記念と紫苑ステークス、そして秋華賞を獲ったとしても選出されるかはわからない。この脚を危惧し、投票されるかも怪しいのだ。
「…で、だ。アンタとしてはこのジュベナイルをどう客観視する?」
「そうね…まず、あたしの走りができていなかったわ」
このレースは逃げに失敗している。逃げに失敗したあたしは強攻策として先行に切り替えた。ぶっつけ本番、しかもGⅠで成功する訳もなかったがスタミナとスピードで押し切った結果3着になんとかというアリサマである。あたしのしたかったレースではなかった。
「スピードとスタミナだけで押し切ってたからな…見ててもわかる」
「前にいた3人がスタミナなくて落ちたところを隙間を縫うように抜け出したもの」
「斜行判定食らってもおかしくなかったぜ?前3人が素直に下がっていたから良かったものの」
「わかってるわよ…そこも反省点よ」
斜行判定を貰ってしまったら、1着を獲ろうと失格にされてしまう。勿体ないことである。
25二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:21:46
「アンタのスピードとスタミナなら逃げにさえ失敗しなければ獲れる」
「それはどの逃げウマ娘にも言えることだわ」
「アンタのスタミナはマイルや中距離で終わるモンじゃねぇ…ましてや、有マ記念でもあまりある」
「……惚れた女への評価は甘くなるのかしら?」
正直シリウスがあたしをそう評価するのは想定外だった。確かにスタミナに関しては人間だった頃からかなり自信のあったものだが、買い被り過ぎだとも思った。
「ネットでのアンタの評価だ」
「は…?」
シリウスがスマートフォンをあたしに見せる。メイクデビューから阪神ジュベナイルフィリーズまでのあたしの走りに対する評価がつらつらと書かれていた。シリウスが言った通りスタミナに対する評価と逃げウマ娘らしくスピードに対する評価だ。マイラーではなくステイヤーだと評するものもある。
「それに私はハーゼシュトラールというウマ娘をこの世界で1番近くで見ているからな」
あたしの方を見ながら彼女はニッと笑った。
「ねぇ、シリウス」
「なんだ?」
「札幌記念って札幌よね」
「なに当たり前のこと言ってんだ…」
「洋芝じゃない!」
「そうだな」
札幌のレース場は洋芝である。走る際に強く踏み込む必要があるのでパワーが要求される。スタミナは足りていても、スピードを出すためのパワーが足りなくては話にならない。トレーニングメニューも考え直さないといけない。
「脚に重り付けて生活しようかしら」
「いきなり重くすると脚に悪いぜ」
「わかってるわよ」
まずは脚を鍛えなおすことが必要だ。脚に重りを付けるのはそれからにしよう。今、冬は脚を鍛えなおしながらスピードを更に。春は脚に重りをつけつつ基礎を積む。そうしよう。
26二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:21:56
「はぁ…っはぁ……んっ」
「なんだ?もう終わりか?」
月日を重ね、春を迎えていた。初めて重りを脚に付け、いつものようにジョギングをしつつの出勤をしようとしていたが想像以上にきつい。脚が地面に粘着性の高いもので引っ付いているようだ。学園まで半分あたりの地点。あたしは生まれて初めて肺が潰れそうな感覚を味わっていた。
「まだ、よ……」
「なら、頑張ろうな」
「……当然よ」
必死に重たい脚をあげる。向上心、常に上を、限界なんてない。この脚はまだ速くなれる。そう信じながら、少し前を走るシリウスのあとを追う。いつもの呼吸のままではいけない。呼吸も変えていかないといけない。走りにあった呼吸にしないと。脚の動きに合わせて、息を整えろ。脚にしっかり、力を入れろ。
「……へぇ」
「はぁ……はぁ、なによ?」
「わかってきたな、それ忘れんなよ」
いつもより少し遅めにトレーナー室に到着。少し早めに出ていたので彼女が座学に遅れることはない。あたしはトレーナー室のカーテンを引き、ドアの鍵をかけ、持ってきているトートバッグを手にする。中にはタオルに汗拭きシート、替えの服に下着がある。もちろん使っていたものを入れるための袋もある。トレーナーとしての職務も熟していくためにもこれは必要不可欠だ。あたしは汗だらだらのまま仕事ができるタイプではない。
「ふぅ……日常からこの重りに慣れておかないと、走りたくても走れないわね」
着替えを終え、パソコンの前に座る。ブーツをやめてヒールの低いパンプスにしている。重りが邪魔で履けないからだ。あたしは『ハーゼシュトラール』以前に、シリウスシンボリの担当トレーナーだ。それを忘れてはいけない。URAファイナルズを終えた彼女にもドリームトロフィーがある。
「長距離……」
有マ記念は中長距離だ。日経賞を挟んで天皇賞春を検討するのもありだろうか、世間の評価なんて見るものじゃない。集中できない。今日のトレーニング、一度3200を走ってみるのも良いだろう。それで決めて、次走の札幌記念の方を見よう。
27二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:22:10
―――コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
突然のノック音とともに入ってきたのは理事長秘書の駿川たづなさんだった。
「えっと、なにか…?」
「実は、ハーゼシュトラールさんとして取材のアポを取りたいと記者の方がお見えになっていたので…今少しお時間大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。記者の方は…?」
「ご案内しますね」
たづなさんに応接室に案内された。
「あんた……」
「どうもー」
応接室にいたのは眼鏡とほくろ、そしてこの関西訛りが特徴の記者、藤井泉助である。シリウスのトゥインクルシリーズの際に取材を受けているので顔見知りだ。
「では、私はこれで失礼します」
たづなさんはあたしの分のお茶を置くとそのまま応接室をあとにした。あたしは内心納得がいかない気持ちのまま彼の向かいのソファーに座る。
「まさかほんまにウマ娘になっとるとは…うさぎみたいやなぁ」
「この件はなかったことに」
「失敬、失敬…戻らんといて」
「それで、あたしに取材したいってどういうことかしら」
「せやったな。歩けないと聞ぃとったさかい、そんなウマ娘がメイクデビュー……」
あたしは彼の話を軽く流しつつ、お茶をすする。ウマ娘になったトレーナーがメイクデビューというあたりでネタとしては美味しいだろう。あたしの場合、歩けなかったのにということもあったからなおネタになると思ったのだろう。
「あの走り、しっかり取材させてもらえへんかなと」
「そう……コレ、あんたが書いたのね」
あたしは以前シリウスがあたしに見せた記事をスマートフォンに表示させ、テーブルの上に滑らす。
「おお、ボクが書いた記事やないか。見てくれたんやな」
「見たのはあたしじゃないわ、シリウスよ」
28二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:22:20
あたしをステイヤーと称した記事は彼が書いたものだ。シリウスと見たあとに誰が書いたか確認をしていた。彼の名前を見てあたしはため息をついたのだ。
「あとシリウスシンボリとの関係についても、聞きたいと思っとります」
「走りじゃなくてそっちが本命かしら」
「まさか、あくまで本命はおたくの走りや。せやけど、おたくがトレーナーでもある以上は担当ウマ娘、シリウスシンボリの存在は欠かせへん」
彼と取材の日程を決め、あたしはトレーナー室へと戻った。シリウスにはメッセージで伝えておくことにした。問題はないだろう。そう思っていた。
「おい、どういうことだ」
「どうもこうもないわよ。あたしの、『ハーゼ』の取材」
昼休みになるや否やメッセージを眼にしたのであろうシリウスは件のことについて聞いてきた。
「大丈夫なのかよ」
「ローテを少し教える程度よ」
どうせ出走登録すればそれは情報として広がる。それが早まろうとあたしは今自分がすべきことを徹底的にしていくだけだ。あたしはあたしの走りをするだけ。
「それに…」
「なんだ?」
「シリウスが、隣りに居てくれるでしょ」
そう言うと彼女はニッと笑った。ひとりじゃない。彼女がいるから大丈夫。
29二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:22:33
放課後。
「3200やるのか」
「ええ、試してみるわ。天皇賞春を想定した距離」
ジャージに着替え、グラウンドへ。これのタイム次第であたしの路線はがらりと変わるだろう。この時だけ重りは外す。彼女に重りとストップウォッチを預け、スタート地点へ。まだ1日も経っていないのに脚が嘘みたいに軽い。続ける意味は大いにありそうだ。スタート地点に着いたあたしが彼女に合図を送ると彼女が少し時間をあけて合図を送る。スタートだ。
「はぁ…っ、はぁ……」
今朝の呼吸を、忘れてはいない。いつもよりも軽く感じる脚を強く踏み込む。逃げに成功すれば内を回れる。最低限のスタミナで済む。コーナーも無駄がないように脚の入れ方に気を付ける。スパートはラストでいい。 ペースは普段よりもずっと長い距離もあって少し落としている。それでも逃げだからそれなりのスピードは出ているはず。
「ラスト…っ!」
スパートをかける。貯めていた脚を使うタイミングだ。今出せる最高速度でゴール地点へと駆け抜ける。ピッ、とストップウォッチが止まり、ゆっくりとペースを落としながら彼女のもとへ。
「タイム、どうかしら?」
「視野に入れて良いんじゃねぇか?」
「……そうね。これは感覚的なものかもしれないけれど、マイルよりは走りやすさみたいなのはあったわ」
「秋華賞後、もし有マ記念に選出されたら走るんだろ?」
走るか、走らないかで言うなら走るだろう。あたしの脚がそう言っている気がした。彼女から重りを受け取り、足首に付ける。気持ちが軽くなった気がした。
「当然よ」
「ならその為にも札幌記念から秋華賞までは無敗でいかねぇとな」
「わかってるわ」
あたしは次の札幌記念を、紫苑ステークスを、そして秋華賞をすべて獲る。有マ記念へ出走が叶うのであればそれも。あたしはステイヤーとしての道へ切り替え始めていた。
≫85二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 23:09:48
黒カフェ「ようこそ黒トレーナー會へ」
黒タマ「歓迎しますよ。さあ、どうぞこちらへ」
ウオシス「ここは黒いトレーナーの會。夜、裏路地のバーでしっぽりと談義をするだけの會です」
黒ルド「是非、共に夜を語り明かしませんか?」
眠れないあなたのための夜ラヂオ「黒の會」
毎週水曜日AM2:00〜3:00放送中
お便りはホームページkuroradioよりお待ちしております
≫124二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 11:06:55
げーみんぐぶらまるガチャで出るまでやる編
「せーので引こうかマルトレ」
「いいいよ。せーの」
「「はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい」」
「「最低保証〜」」
〜100連目くらい〜
「なんか出てくれ。なんか出てくれ……!」
「天井は嫌じゃ…-天井はいやだぁ」
「うおおお領域へ……領域に入るんだ!」
「無慈悲」
≫127二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 11:51:11
とれチューブ
ガチャ(みたいなやつ)当たるまで回してみた
「ここに1/319で大当たりが出るガチャがあるだろ?これに諭吉をシュート!超エキサイティング!」
100回転目
トオサン...カアサン、ゴメン...オレイクヨ
「まあ、サミーは最初の100回転は遊ぶからなこれからこれから」
500回転目
トボケナイデクダサイ!ソンナニチャンスノニオイヲタダヨワセテ!
「まだ取り返せる...まだ取り返せる...当たれよ!当たっちゃえよ!」
1000回転目
6ニンジャナイ...ワタシガタバネルコノウタハ...70オクノゼッショウ!
「ヨカッタ..アタッタ...タスカッタ」
最終決戦
青青青青緑
「」グニャァ
おれバカだから言うっちまうけどよぉ…part698【TSトレ】
≫13二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 21:27:01
のんびりのんびり和洋折衷お茶会空間
メブトレ「おや? あれはブライトと……グラトレさん?」
昼下がりの校庭を何と無しにぶらついていたメブトレ(ブラは着いて無い)は、何とも珍しい組み合わせを発見した。
メブトレ「何を話しているのだろう?」
担当ウマ娘と他所のウマ娘のトレーナーとの会話……
何を話しているか気にならない訳が無く、思い切って声を掛けてみる事にしたのだった。
メブトレ「お~い何を話して……」
ブライト「あらあら~、そうなのですね~」
グラトレ「ええ、ええ、そうなんですよ~」
ブライト「緑茶というのも~、奥が深いものですわね~」
グラトレ「ブライトさんの紅茶も~、実に美味で素晴らしいですね~」
ブライト「この紅茶は~、メジロ家ご用達のお店が~、英国から取り寄せておりますの~」
グラトレ「メジロ家ご用達ですか~、良い茶葉を取り扱っていそうですね~」
ブライト「緑茶も取り扱っていますので~、もしご都合がよろしければ~、次の機会にでも来られますでしょうか~」
グラトレ「それは良いですね~、ぜひ~」
メブトレ「zzz…………はっ!」
恐ろしく間延びした空間に意識が遠のいて眠りかけていた気がする……
なんだかブライト達が居る辺りだけ時間の流れが違う様に錯覚を覚える。
実際はそんな事無いのだが……
14二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 21:27:09
近付いたら一瞬で襲い来た眠気を振り払い、再度ブライトの所へと歩を進める。
そんな僕にブライトとグラトレさんは気が付いたのか両者似た様な間延びした口調で僕に挨拶してきてくれた。
ブライト「あらあら~、トレーナー様こんにちは~」
グラトレ「あらあら~、メブトレさんこんにちは~」
メブトレ「こんにちは~」
こちらも釣られて間延びした口調になりそう……
ブライト「トレーナー様は~、私に何かご用件でしょうか~」
メブトレ「いや、ブライトがグラトレさんと何を話しているか気になってね」
グラトレ「あらあら~、そうでしたか~、ブライトさんとはお茶のお話をしていたのですよ~」
メブトレ「う、うん、会話は聞こえていたよ」
ブライト「そうなんですね~、トレーナー様も~、お茶のお話をされますでしょうか~」
メブトレ「お茶の~……話?」
グラトレ「緑茶と紅茶~、互いに奥が深いのですよ~」
ブライト「人が多い方が~、お茶会は楽しいですわ~」
グラトレ「幸いですが~、お茶菓子もまだまだありますので~、どうでしょうか~」
そう語る二人に挟まれる様に置かれたティーセットと茶器、それと和洋半々なお茶菓子達。
なにより、大事な担当ウマ娘からの誘いを断る選択肢など有る筈も無く
メブトレ「それじゃ~、僕も参加しようかな~」
和洋折衷なお茶会に参加させて貰うのだった。
……ちなみに僕の口調が元に戻るまで2時間程掛ったのは別の話。
ブライト「いつかはトレーナー様も~、グラトレ様の様に~、ウマ娘となるのでしょうか~」
グラトレ「えっ? …………ど、どうでしょうか~」
メブトレ(グラトレさん……逃げましたね……)
うまぴょいうまぴょい
≫26二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 21:48:33
「ウワーッ!トレーナー!?」
ある日のトレーナー室。そこで事件は起こった。
ウオッカが部屋に入った途端、突然の真っ白な光に包まれたかと思いきや、その膝まであろうツヤツヤの黒髪が一気にもふもふになったのである。
「トレーナー、大丈夫か?」
「ええ、ウオッカさん……ただ、ここまで膨らむとまとめないといけませんね」
そう言って傍の鞄からヘアゴムを取り出し。髪をかき上げてまとめようとする。
「あ、トレーナー。オレにやらせてくれないか?」
「え……いいんですか?」
「普段から櫛通してもらってるからな。今日はお返しだ」
そう言ってヘアゴムとまたまた鞄からヘアブラシを取り出して手渡す。
「じゃ、失礼するぜ」
そう言ってウオシスの後ろに座ったウオッカがその髪を徐にまとめ出す。
「ウオスッゲ……トレーナー、いい匂いだな」
「そ、そうですか?」
ボリュームがあると言うこともあり、お団子にする。うなじから幾筋か髪が溢れていた。
「ヨシ、できたぞ」
そう言ってヘアブラシを渡そうとした瞬間、またもや光が輝く。
「ウオッカさん!?大丈夫……で……」
「オレは大丈夫……ウワーーーッッッ!!」
そこにはもふもふ化前のウオシスと同じ長さの髪の丈になったウオッカがいた。
「では、今度は私がまとめる番ですね」
そうして2人で仲良く髪をまとめ、お団子ヘアのウオシスとポニテになった長髪のウオッカが誕生した。
もちろんウオシスはどこからか聞きつけたベガトレにめちゃくちゃオシャレされた。
うまぴょいうまぴょい
≫30二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 22:10:14
ハーゼシュトラール リウif
🐰7
重りをつけての生活にも慣れてきた。あっという間に咲いた桜も散り、雨の日が増えてきた。梅雨の時期だ。もうすぐ夏になる。札幌記念が近い。
「予備のタオルを常備しておいて良かったわ」
「なんでもあるよな、このトレーナー室」
突然降り出した雨の中、あたしはグラウンドでトレーニングをした。雨に、泥に濡れた髪や尾をタオルで拭き取る。あたしのトレーナー室には安いドリップコーヒーにお菓子、仮眠用のブランケットに抱き枕がこの身体になる前からあった。この身体に、走るようになってからはタオルや制汗剤なども置くようになっていた。
「あたしがあんたのトレーナーになってからずっと使っているもの」
「そうだな」
「……シリウス」
「なんだ?」
「着替えづらいわ」
雨の中トレーニングをしたので帰りは脚の大事をとって普通に歩いて帰る。そのためスポーツウェアではなく、普通の服だ。泥まみれで帰りたくないので着替えたいところだが、シリウスがこちらを見ているので少し恥ずかしい。一緒にお風呂に入ったことがあっても恥ずかしいものだ。彼女が別の方へ向いたのを確認し、あたしは着替えをはじめた。泥にまみれたスポーツウェアを袋に入れてトートバッグへとしまう。着替えを済ませ、彼女の方を見ると制服に着替え終えていた。
「帰ろ、買い物もしないといけないわ」
「傘ねぇからアンタの傘の中に入れろ」
31二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 22:10:25
彼女とトレーナー室をあとにし、雨を弾く傘の中で彼女とふたりきりだ。身長差もあり、傘は彼女が持っている。人間だった時よりもずっと背が低くなり、彼女の顔は以前よりずっと遠くなったはずなのに、以前よりずっと近く感じる。
「今日、何が良い?」
「肉がいい」
「下拵えを要するものは時間的に無理よ」
「アンタが作ったなら何でもいい」
彼女と買い物を済ませ、自宅へと着く。冷蔵庫に買ったものをしまう。先に風呂に入ろうと彼女が提案するので湯張りをしながら入ることになった。寒くはなかった。夏が近付いている、そんな無粋な理由じゃなかった。彼女がいてくれたからだ。風呂から出て夕食を作り、ふたりで食べる。当たり前になってしまった。もうひとりで食べていた時の空気を思い出せない。ひとりで何でもやらないと、お母さまに心配させたくないから。お父さまとお婆さまに迷惑をかけたくないとそう生きていた。彼女が帰った後の家の中はいつも温度が下がったような気がした。抱き枕を抱く腕は日に日に強くなっている。
32二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 22:10:37
翌日の放課後。
札幌記念を控えたあたしの、『ハーゼシュトラール』の取材の日。アポをとった日と同じ応接室。あたしの向かいには藤井泉助がいる。彼を警戒するようにシリウスがあたしのとなりにぺったりとくっついて座っている。
「いや~ほんま助かりますわ」
「手短にお願いしたいわ」
「わかっとる」
彼はちらりとシリウスを見た。今日の彼女は少しピリついていた。あたしの長い尾に彼女の尾がしっかりと絡みついている。
「今後のことやけど、その前になんでまた桜花賞とオークスをスルーしたんや?おたくティアラ路線ちゃうんか?ネットでもそれなりに話題になってたんやで?」
「ええ、ティアラ路線の予定だったわ。阪神ジュベナイルフィリーズの反省をしてしっかり足りないものを補う時間が欲しかったのよ」
「入着してたやないか」
「あたしのしたかった走りじゃないもの」
「慎重なこった…秋華賞は出走するんやろ?」
「勿論よ、最後のティアラは渡さない」
「『絶対』とは言わないんやな」
「レースに『絶対』はないわよ。ただあたしはあたしのすべきこと、したい走りをするだけよ」
「秋華賞出るっちゅうことは紫苑ステークス挟むんやな」
「察しが良くて助かるわ。そうよ、その前に今度の札幌記念にも出走登録したわ」
お茶をひとくち飲む。彼が年内のローテーションとトレーニングについて聞いてくるのでそれに答えていく。全部ではない、部分的に。
「それでシリウスシンボリとの関係やけ―――」
「私の、大事なトレーナーだ」
彼女はあたしの肩を力強く抱き寄せた。
「し、シリウス…っ」
「前に取材した時より進展しとるんやな…ええことや」
「余計なこと書いたらわかるわね?」
「いやぁー勿論や」
あたしたちはこのあと彼に根掘り葉掘りと言わんばかりの取材をされた。
33二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 22:10:49
「疲れたわ……」
「トレーニングのない日に入れたのは、こうなるってわかってたからだろ」
トレーナー室に戻ってきた。こんなに疲れるものだっただろうか。以前受けた時はこんな疲れた記憶はない。自分のことを聞かれる比率が高かったからだろう。肉体的疲労には割かし縁遠いものだが、こうも精神的疲労には参る。
「少しだけ、寝かせて……30分くらい」
「ああ、いいぜ。そのかわり」
あたしが首を傾げると、彼女はソファーに珍しく脚を揃えて座る。軽く手で太ももを叩きながらシニカルな笑みを浮かべた。膝枕をしてくれるのだろうか。あたしはしまっている抱き枕とブランケットを取り出し、手にして彼女の隣りに座る。
「……ぅう」
「疲れてんなら、寝な」
あたしは彼女に肩を掴まれそのまま横にされる。履いていたパンプスは横にされたときにぽろりと脱げてしまった。視界には天井と彼女。
「シリウス…」
「寂しいなら手繋いでいてやる。今は寝てろ」
右手に彼女の指が絡む。眼をつぶると、彼女の手があたしの髪をそっと撫でた。ゆっくりと呼吸をすると少しずつ意識を夢の世界に落としていく。彼女の髪が頬を撫でた気がした。
―――私がいるのだから有マ記念は走ってもらわねば困る。連覇もしてもらう。
―――いいえ、ジャパンカップですよ。9バ身差の大逃げをしましょう。宝塚記念もいいですね、あと金鯱賞も。
―――問題なく走れるでしょう、彼女なら。
「んっ……シリウ…寝てる?」
眼を覚ますと視界いっぱいに彼女の寝顔。彼女との距離の近さには慣れたのだろうか。あたしは意外と冷静だった。彼女に起こされるといつも視界が彼女の顔でいっぱいになっているからだろう。ちらりと時計を見る。45分、予定より少し長く寝てしまったようだ。抱き枕から手を離し、彼女の頬へと伸ばす。少しだけ顔を近付ける。
「ありがと、シリウス」
しばらくすると彼女が目を覚ました。起きた後は彼女と行きつけのビリヤード場に行った。また明日から札幌記念に向けてのトレーニングだ。
34二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 22:11:01
数日後。
昼休み、昼食を済ませたあたしとシリウスはトレーナー室で取材をもとにした記事に目を通していた。藤井泉助が変なことを書いていないか確認しないといけない。
「……大丈夫そうね」
「アンタの下手な記事は書けねぇだろ」
「個人的には見出しの方が気になったけど」
「変な虫が寄り付かなくなりそうだから、私としては悪くない」
あたしは彼女のその言葉がどこか嬉しくもあったが、見出しに関してどこか腑に落ちなかったのか複雑な気持ちだった。
「変な虫って……今までもそんなことなかったでしょ」
生まれてからというもの、そういった相手はいなかった。そういった感情に振り回されることがなかった。
「なによ、その顔……」
「私は、アンタのことをわりと自覚しているクチだと思ってんだが」
「自覚…?」
「アンタは私が惚れ込んだ女という自覚を持つことだな」
彼女はあたしを抱き締める。あたしのなにに惚れ込んだというのだろう。彼女と出会ったあの時からあたしはなにもわかっていない。知りたい、あたしのなにがあんたをそうさせるのか。好奇心と不安を抱えながらあたしは言葉を紡ぐ。
「シリウ―――」
「おっと、時間か」
彼女が離れたので時計を見ると昼休みがもう間もなく終わりになる。ちゃんと学生してくれるのはトレーナーという指導をする立場としてはとても嬉しいことだ。聞きたかったことは聞けず仕舞いだったが。あたしは彼女の居なくなったトレーナー室で放課後のトレーニングメニューについて再考していた。
≫44二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 23:03:50
「トレーナーさん、この子どうなのかなぁ?」
「そうねぇ…」
…キタトレのトレーナー室、ソファと椅子に座ったキタサンとキタトレはそれぞれ情報共有したウマホを片手にながめていた。
「この新しく入ってきた子…がむしゃらな追い込みしか出来ない不器用な子なんだねって、あたしは思うけど…」
「私もそう思うわ。一度スパートをかけたら制御しきれてなくて、しかも掛かりやすいともなれば周りも微妙な反応よね。」
…キタサンとキタトレがこの会話をしているのは、キタがチームのリーダーでありコーチとしての才もあるからである。
チームプロキオンを内側から支えれる一人…支えてくれるキタサンは、キタトレにとっては嬉しい誤算であった。
「でも追い込みで一直線、かぁ…」
「…誰か思い出したかしら、キタ?」
「うん、ブリュスクマンとサトノジャッジ。二人とも差し追い込みでとても強かったよね。」
「その派手で本能的な走り方は人気もあったし、実際強かったわね。…惜しむらくは二人とも身を引いたことだろうけど。」
…ブリュスクマンはレースによる脚への負担、サトノジャッジに至っては言うまでもないあの大故障。
その点において、キタサンが非常にタフな身体であったことにキタトレはとても感謝していた。無理しても大丈夫なのは大きい。
「うーん、でもあたしからアドバイスとか出来るかな…追い込みはあたしできないし…」
「そこは仕方ないわ。私も出来ないから、走法とかはサトトレに助言を頼むとしましょう。経験豊富な彼ならいい刺激になるはずね」
今頃ダイヤに車椅子を押されているであろうサトトレのことを考えていたキタトレは、ふと隣でキタが欠伸をしたのに気づいた。
「…眠いかしら?」
「…うん」
持っていたウマホを机に置き、ソファに座ると膝をポンポンと叩くキタトレ。少し迷ったキタは頭を乗せて横になる。
「最近は頭を使うことも多くなってるから、一度眠っておいた方がいいと思うわ。…おやすみ、キタ。」
「お休みなさい…」
45二次元好きの匿名さん22/03/01(火) 23:04:23
…程なくして寝息が聞こえて来た所で、キタトレはキタを膝上に乗せたまま回想する。
(そういえば、あの日、まだまだ私に恩返しするとキタは言っていたわね…。チームの手伝いもその一つかしら。でも…)
「…まだまだと貴方は言ってるけど、もう十分返してもらったわ。」
(だからもう一度、私は彼女にこの言葉を送るとしましょう。)
「───ありがとう、キタサンブラック」
(私に夢を見させてくれて。)
…尻尾を揺らしながら、そっと女は内心呟いた。
短文失礼しました
グッドエンディングの尊さに消滅させられてから思いついて初投稿です。キタトレとキタサンの会話の一幕。
キタトレの夢は皆が幸せでいること。笑顔を広げ、文字通りの太陽になったキタのそれこそ、彼女の望んだ景色、なんですよね。
≫99二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 17:46:41
暗い裏路地。怪しげに響く声。泡の浮かぶ水溜まり。
「どこ…ここどこぉ…」
テイトレは1人、そこで迷っていた。対して思い当たる理由もなければ、そのような罰則を受けるような悪行を重ねたわけでもない。
端的に換言すれば………迷っていた。
小さな理由だった。DK4での晩餐会が突発的に開催されることとなり、加えて冷蔵庫の食材の不足、はたまた明日の朝飯もなく、皆とはぐれたような状況が不幸にも重なっただけだった。
「テイオー…みんな…どこ…?」
泣きそうなほどに、いや実際目尻にうっすらと涙を湛えた彼、もしくは彼女はキョロキョロとあたりを見回し、おぼつかない足取りで歩むしかない。
「もう…いや…嫌だよぉ…」
しかしそれは10分も続かず、結局はゴミ箱の隣でうずくまってしまった。ぐすっ、ひぐっ、とまるで路頭に迷って親とも逸れた、小さな子供だ。
ふと、そんなテイオーに近づく人影があった。
「テイトレちゃん」
「だ…誰…?」
「名前は特にないよ。大丈夫かい?飴ちゃんたべるかい?」
その男は優しい目つきをしていた。まるで慈愛そのものだ。
「い…いいの?」
「ああ、もちろんさ。おじさんはテイオーちゃんに頼まれたんだからね。ほら、蒲焼さん太郎もあるよ」
「あ、うう…」
テイオーの名前を聞いてとうとう堰が切れた。ぽた、ぽたと涙が溢れる。
「よしよし、不安だったね。怖かったね。大丈夫、大丈夫だよ」
そんなテイトレを優しく、子を抱く母のように、腕の中におさめる。大丈夫、大丈夫と背中をさする。
いつしか、テイトレは寝ていた。涙を拭い、ヨイショ、と背中に彼女を背負う。父親みたいに大きなそれは、揺籠みたいにテイトレを包み込む。
「あ、いた!おじさーん!こっちこっち!」
路地裏を抜けると、二つ向こう側の電柱でブラトレマクトレフクトレとテイオーがいた。テイオーは堪らない様子でこちらに駆けてくる。
100二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 17:46:48
「トレーナーは!?」
「しーっ、そう大きな声出したら、テイトレちゃん起きちゃうよ」
そう背中に視線を移すと、気がついたように口に手を当てる。
「悪い。ウチのが世話になったな」
「いいんだよ。この子が無事ならね。ほら、テイトレちゃん起きて。皆だよ」
体を上下させその振動で起こす。
「ぬぅ…んむ…」
「ほら、テイオーちゃんもお仲間のみんなもいるから」
寝ぼけ眼を擦るテイトレをおろし、袋を持たせる。
「これ、お菓子だからね。次からは一人でふらふらしないように。いいね?」
「は、はい…」
そう言うと瞬く間に消えていく。まるで最初から居なかったかのように。
「あれ、あのおっさんは?」
「本当ですわ。どこに行かれたのでしょう」
しかしそんな疑問もすぐ消える。
「ま、いいや。今日は牡蠣鍋でいいか?」
「新人ちゃんが牡蠣をくれましたからね。それがよろしいかと」
「じゃそうするか。ほら、行くぞテイトレ、テイオー」
「うん!」
「わーい!ボクはちみー買う!」
そんな光景を電柱の影から見守るお菓子おじさん。彼は全トレーナーの幸せを守るため、今日も影から見守っている。矢面に立つことはないが、きっと今もどこかで。お菓子片手に迷えるトレーナーを、守っているのかもしれませんね。
≫148二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:22:43
「俺のターン!8切り!8切り!8切り!トリプルA!4革命!3!貴様らの負けだぁアハハハハハハ!!!」
「ブラトレお前なんて引きしてやがる!」
「私のダブル2が腐りやがりましたわ!なんてことを!」
「っていうか誰これカットしたの!酷い偏りなんだけど!?」
「俺だよ……恨むなら恨んでくれ」
「フクトレってなんでこんな時にひどいほうに運が偏るの?」
「初手も初手だからまだ5回勝負の行方は分からないにしても、初戦でここまでスッパリ負けるとは思わなかった」
「ええいこうなったら私が2位になってまだマシな手札にさせてもらいますわ!2ダブル!」
「なんの7ダブル!」
「なっ!これでは私の10からKが複数枚でそろったハイランク手札が使えませんわ!」
「革命ぶっ刺さってるなほんと……」
「置き土産やめてくださいまし!」
≫151二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:39:01
🐰8
雨模様の多かった空もくっきりとした入道雲と青を見せるようになる。梅雨が明けた。それでもこの島国はあまりにもじめじめしているが。お父さまとイタリアに移住せず、日本に残ることを選んだのはあたしの意志だ。それはそれとしてもこのじめじめした暑さは苦手だ。
「札幌記念が札幌記念で良かったわ」
「意味わかんねぇな」
札幌記念の日が近付いていた。脚に付けた重りは春の初め頃よりもずっと重たいものになっていた。朝のルーティンとなっていたジョギングも以前のペースよりもずっと早くなり、学園到着後に軽く朝トレをするまでになっていた。タイムも速くなっていき、『ハーゼシュトラール』は逃げウマとして前に進んでいた。
「久々のレース…」
「併走増やすか、私ならいくらでもやってやるぜ?」
「それはお願いするけど早めに向こうに行って、芝に慣れたいと考えているわ」
「手続きはしてあるのか?」
「勿論してあるわ。それで、その……シリウスには、ついて来て欲しくて」
阪神ジュベナイルフィリーズの時はここのあたりと同じ野芝だから新幹線で数日前に現地である兵庫へという形だった。あたしがあの時、逃げに失敗したのはコンディションの問題ではないと思ってはいるが、芝の質が変わる札幌記念は念入りにと思った次第だ。せっかくなら彼女と少しでもいたい。
「勿論いいぜ。それに」
「……っ」
「門限なんて気にせず、四六時中アンタと居られるんだ。断る理由もねぇ」
札幌記念の3週間ほど前に現地へ彼女と向かうことが決まった。シリウスはあたしに抱き着きながら嬉しそうにしていた。準備をしないといけない。次のオフは準備に使おう。あたしは彼女のぬくもりを感じながらそう思った。
152二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:39:14
札幌記念に向けた調整は上々。あとは洋芝に慣れるだけだ。オフに札幌への移動のための支度を済ませた。久々のレースだ。武者震いのような感覚が脚にある。この脚は早くレースを走りたがっている。
「久々の併走だな」
「ええ。全力でお願いするわ」
「当然、手なんか抜かねぇ」
札幌記念前最後の学園でのトレーニング。明日からは札幌へ移動だ。脚に付けた重りを外し、グラウンドで彼女と並ぶ。
「距離は?」
「勿論、2000」
「……となると、あのあたりまでだな」
「ええ、合図お願い」
彼女がゴール地点を指す。3200を走り切れるあたしには余裕の距離だ。ただし、併走相手はシリウスだからただ走るのとは訳が違う。限界なんてない。限界は壊せ、彼女が相手でも勝つ気位でやらないと意味がない。あたしは彼女から少し離れる。あえて大外を選ぶ。彼女の合図とともに脚を前へ動かす。
「はぁっ……」
彼女は最後のコーナーから貯めた脚を使うだろう。それに追い抜かれる前にあたしはゴールしなくてはならない。後ろで控える彼女の気迫のようなものをひしひしと感じる。阪神ジュベナイルの比ではない。彼女の強さを改めて感じる。
「えっ……」
最終コーナーに入った瞬間。あたしは感じていた彼女の気迫を全く感じなかった。肌がぴりぴりする感覚すらあったというのにまるであたし以外誰も走っていないような感覚。覚えがあった。競泳の時にあった感覚に近いもの。あたしの『領域(ゾーン)』だ。走っている時に入るのは初めてだった。
「はぁあああああ!!」
「イイ!それだァ!!」
あたしは持てるスピードをふり絞る。彼女が後ろから迫ってくる。逃げ切る、逃げ切れ。脚をただ前へ前へと出す。ゴールまで50mだった。『領域』にひびが入り、壊されていく。あと数ⅿのところで彼女に差し切られる。あたしはまだ彼女には届かない。輝き続ける天狼星へと届かずにいる。
153二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:39:47
「はぁ……はぁ……」
「気付いたな?」
「……はぁ……『領域』のこと?」
『領域』とは感覚が研ぎ澄まされたような状態になること。あたしは競泳をしていた時、これを知っていた。今でも塗り替えられることのない記録もあたしがこの『領域』に入っていたからだ。レースを走るようになってからは一度も経験したことがなかった。この感覚を忘れずに更に研ぎ澄まされたものにできれば、あたしはまだ速くなれる。あたしの限界はまだまだ見えないところにある。
「アンタはもともと私たちと同じように競うことを知っている。だからこれにも気付けると思っていたが時間がかかったな」
「競泳やめてから何年経ってると思ってるのよ」
彼女のトレーナーになってからと言うもの、競技として泳ぐことはしていなかった。身をもって競い合うことをどこか忘れてしまっていたのかもしれない。
「まぁいい。アンタがそれを思い出したんだ。札幌記念を前に大きいぜ?この進歩は」
「シリウス、もう1回よ!」
あたしはこの感覚を忘れないよう彼女との併走を繰り返した。感覚を研ぎ澄ませ、脚を前へ。誰にも踏み入れられない『領域』にするために。
154二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:40:03
札幌記念当日。
控室にて規定の体操服とブルマ、ゼッケンを身につけた。事前に彼女と札幌へ来ていたあたしは、レースがない時に札幌レース場で軽いトレーニングをしていた。この姿になり、初めていつも学園で走る野芝とは異なる性質の洋芝の上に立った。脚がいつもと違う感覚に戸惑っている感じがした。歩けなくなると言うものではなく、好奇心のようなものを感じた。
「アンタが人間だった時はトレーナーとしてだったな」
「そうね」
シリウスが海外レース、函館のレースに出走した際にあたしはこの洋芝を脚にしたことがある。あの時はここまで芝の違いを意識していなかったが、今走る、出走する立場になりまた違う感覚だった。
「脚は……大丈夫そうだな」
「ええ、コンディションは良好よ」
「見ててやる。泣きそうになったら」
「わかってる。あんたのところに駆け込むわ」
「それでいい」
アナウンスが流れる。そろそろだ。あたしは立ち上がり、控室をあとにしようとすると彼女はあたしの腕をとった。
「シリウス?」
「届くから、しっかりと手を伸ばせ」
そう言うと彼女は手を離して、背中を軽く押した。少しだけ、身体が軽くなった気がした。
「今年も豪華なメンバーによる開催になりました。札幌記念」
「見応えのあるレースになりそうですね」
「13人のウマ娘たちが出揃いましたね」
「ええ、あの阪神ジュベナイルから長らく息を潜めていたハーゼシュトラールもここから復帰。返り咲くのかも注目ですね」
あたしはあたしの走りをするだけ。誰がなんと言おうと関係ない。次々とパドックで解説されていく。あたしは8枠13番、大外だ。得意ではある。スタミナでゴリ押せるから。
「8枠13番ハーゼシュトラール!」
あたしの番だ。脚がまた勝手にステップを踏む。この歓声を、この拍手をこの脚は待ち望んでいたのだろう。あたしは少し嬉しかった。この長い耳も、長い尾もきっと感じていたかったのだろう。
「なんと1番人気ですね」
「なかなかの素質の持ち主です。仕上がりも素晴らしいものと見えます。大外でも構わないと言わんばかりのスタミナを彼女は持っていますので1番人気も納得できる部分があります」
パドックから下がり、あたしは深呼吸をする。大丈夫、彼女が待っていてくれるから。
155二次元好きの匿名さん22/03/02(水) 21:40:21
ゲートの中に入る。この狭い空間も久々だ。
「ゲートイン完了、出走の準備が整いました」
―――ガシャコン。
芝をしっかりと踏み込み、前へ出る。野芝と変わらずにしっかりとスピードを出せる。
「ハーゼシュトラール、好スタートです」
「大逃げは健在のようですね」
「ハーゼシュトラールが大きく前に、そのあと8バ身程離し団子状態です」
軽い、強く踏み込める。誰の気迫も感じない。『領域』じゃないけど、まるで『領域』に入ったみたいだ。大外を回り、少しずつ内へと入る。すこし冷たい風を感じながら誰もいない先頭を走り続ける。あたしだけの世界だ。
「あたしが……っ!」
最終コーナーであたしは更にスピードをあげ、誰のプレッシャーを感じないままゴールイン。ひといき付ける。この歓声も拍手も久々だ。この頬を伝う大粒の涙も。声を抑え、あたしは一礼だけして彼女の元へ駆け込む。
「おかえり」
「ああああああ……っ」
彼女に抱き留められ、声を、涙をそのままにする。あたしの頭を撫でながら、彼女は何も言わずあたしを横抱きにした。そのまま控室へ移動した。あたしは札幌記念を5バ身差をつけて1着になった。復帰初レースはあたしのしたかったレースそのものだった。
札幌記念から紫苑ステークスはとんとん拍子だった。あたしのしたい走りがそのままできていた。
「紫苑ステークスも余裕だったな」
「そうね、気迫なんて感じる時間もなかったわ」
紫苑ステークスを終え、翌日の自宅。シリウスと併走したときか、あの無理矢理先行に強行した阪神ジュベナイルくらいだ。あとのレースで後ろの子たちからの気迫は感じたことはない。あたしの逃げ、大逃げは最終コーナーでもう1段階スピードを上げるものだ。差させることを許さない。これはあたしの豊富なスタミナでものを言わせている。
「最初で最後のティアラだな」
「ええ…」
「今のアンタなら何も心配いらねぇ」
夏の暑さもあっという間に過ぎ去ってしまう。また明日から秋華賞に向けたトレーニングの日々だ。
最後のティアラはあたしのものだ。誰にも渡さない。あたしが貰う。
おれバカだから言うっちまうけどよぉ…part699【TSトレ】
≫50二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 10:44:08
ある日、ふと生徒会室の花瓶を見ると桃の花が飾られている。きっと、エアグルーヴとそのトレーナーが飾ったのだろう。
そうして、そっと思い出す。今日は桃の節句だったと。
「……トレーナー君」
「あ、ルドルフ。今日はすまし汁とかちらし寿司にするよ?」
「そうか。……予め釘を差しておくが甘酒を飲み過ぎないように」
「はーい。あ、ちょっとチームの方見てくるね!」
そう言いながら彼女は部屋を出る。単に練習を見るだけでなく、例年通り雛あられを配るつもりなのだろう。
等と考えながらコーヒーを飲むと、ふと疑問が浮かぶ。
……そういえば、彼女はホワイトデーをどうするのだろうか。
あそこまで盛大にチョコテリーヌを配ったのだから。
「……貰ってくるもの次第ではまた釘を差さねばな」
そう呟いてから押した判子は、過去最高の出来だった。
そのタイミングでなぜこんな良い判が押せたのかわからず、ルドルフは一人、悶々とするのであった。
≫66二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 15:30:58
[腰細達のお腹]
たい焼きを食べまくってお腹の出てしまったタイキシャトルちゃんに焦るタイキトレさんを見ている時私はふと思った。腰の細い人たちが食べまくったらどうなるんだろう、と。
そこで私は一計を仕掛けた。トレーナーさんたい焼きチャレンジである。
「十個も食べられればヒーローですよ!」
「成る程……」
最初に通りかかったのはビコトレさんだった。後ろで目をキラキラさせるビコーペガサスちゃんの期待に応えるべく食べ始める。しかしビコトレさんは元から小さく食べられる量も限界があるのか、九個目を食べ終えたところで手が一瞬止まった。
「トレーナー……!」
「十個食べると少しだけ賞金ありますよ(ボソッ」
「う、うおおお!!」
ビコトレさんは立ち上がると腰のベルトを緩めジャンプした。緩めることで胃の拡張スペースを作り着地の衝撃で内部に空きを生み出す作戦だった。それは功を奏し十個目のたい焼きをビコトレさんは食べ切った。
勝利に掲げられた拳を見てビコーペガサスちゃんと私は思わず涙を流した。あとお腹が出っぱってるのを見れて満足だった。
次に通りかかったのはタバコカフェトレさんだった。たい焼きチャレンジのことを伝えるも申し訳なさそうに首を横に振られる。曰く食べようと思えば詰めることはできるけど吐いてしまうそうだ。無理強いはできないので参加賞にジャンボたい焼きを一個、担当のマンハッタンカフェちゃんと食べてくださいと、渡した。
「ありがとう」
ハスキーボイスなそれが鼓膜から脳を揺さぶるような甘い感覚をもたらしたが私は鋼の意志でなんとか持ち堪えた。鋼はひん曲がっていた。
67二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 15:31:12
その次に通りかかったのはセイトレさんだった。相変わらず長い厚底である。誘っては見るがまあ断られた。実を言えばさっきのタバコカフェトレさんもセイトレさんもあまり食事量が多くないのは知っていた。だからこそ甘味のジャンボたい焼きである。これなら参加賞扱いで担当ウマ娘ちゃんたちとシェアして食べられるだろうからだ。
ということでセイトレさんにもセイウンスカイちゃんとシェアして食べてくださいとたい焼きを渡す。コケそうなので袋にしっかりと入れておいた。
ついに来たのがマルトレさんだった。トレーナーちゃんやってみない?とマルゼンスキーちゃんも乗り気だ。
「朝ごはん食べたんだけどなぁ」
そう言いながらも食べ始める。流石にビコトレさんより体も大きく十個近くまで食べるのは苦ではないようだ。だが私は異変を感じた。
そう。お腹が出てきていないのである。ビコトレは大体六個目ほどでお腹が出てきていた。しかしどうしたことか、十一個目を食べていると言うのにそのお腹に変わりはない。もしかしたらスーツで見えてないだけかもしれないと頭を振る。マルトレさんは十二個でギブアップのようだ。
「すいません少しいいですか?」
「? いいけど」
私は許可を得てマルトレさんの腰を掴んだ。細かった。
「ほっそ!!」
私の悲鳴にも似た絶叫が空に溶けて行った。十個超えて食べたのでマルトレさんには賞金を渡した。ちなみにここまで全部自腹でした。
糸 冬
N H K
≫80二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 17:00:47
「…」
「ぶかぶかですね、トレーナーさん」
───某日、ダイヤが選んできた大きなコートを来たサトトレは、そのぶかぶかさに少し困惑気味であった。
隣で見守るダイヤはニコニコしているが、サトトレはこの身体になってからあまりコート類は着ないために反応しづらいのだ。
「…う〜ん、僕が着ると袖が余ってダイヤの勝負服みたいだね。手も使いにくいし普段から着るのには向かないかな?」
(まあ、そもそもつける機会がないかなぁ…。あまり防寒としては必要ないし、ファッション用かな?)
「そうですね…」
ダイヤの顔をみつつ、いわゆる萌え袖の状態で手を合わせる。メカクレ萌え袖ロリという属性盛りっぷり。
「また別のを持ってきますね、とりあえず脱いでください」
「うん、分かったよ」
頑張って脱ごうともがくサトトレ。だが萌え袖によって手で掴みづらくなるせいでボタンを外せずダイヤに外してもらった。
「ふぅ、後は一旦消臭して…ってダイヤ?」
「…」
脱がせたコートを手にしたダイヤは、なぜかおもむろにコートを羽織る。スンスンと軽く匂いを嗅いだ後
「…いい匂いがしますね♪」
「…」
(えっ、いい匂いって…臭いわけではないのはいいけど…)
…臭いどころか中々いい匂いではあるのだが、本人に自分の匂いは流石に分かりにくいのだ。そこはウマ娘でも変わりない。
いわゆる彼シャツ──互いにウマ娘だしコートだからこれでいいのか知らないが──の状態で、満足そうなダイヤ。
「ありがとうございますトレーナーさん、じゃあ、お礼に耳を揉んであげますね」
「ちょ、ちょっと待って…ひゅぅ!?」
大して抵抗するまでもなくダイヤに抱き締められると、そのままウマ耳を揉まれる。もふもふで手触りの良いサトトレの耳。
「トレーナーさんの耳はもふもふしてますよね〜」
「あっ……うあ………」
…的確に気持ちよくなるように揉まれているサトトレは、ふるふると顔を赤くしながらしばらく揉まれていたそうな。
短文失礼しました
意外とウマ娘に変化してからだと難しい人も多そうな彼シャツをダイヤとサトトレにやってもらいました。
うちのトレは担当から攻められる姿が多いですね。まあキタサトはトレーナーの方が受けだしファインは彼女がつよつよなので…
≫91二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 18:25:46
[雛人形は誰のため?]
桃の節句といえばちらし寿司にひな祭り。季節の行事には敏感なトレセン学園がこの行事を逃すはずもなく、学内は今日一日ひな祭りの話題で持ちきりだった。『出した雛人形を片付け忘れると桜花賞で出遅れる』、なんていう噂がティアラ路線に挑むウマ娘の間で有名なのはさておき、保健室とその主であるタキトレも季節の飾りつけをしようということで雛人形を飾り付けていたのだった。
「あかりをつけましょぼんぼりに~「『お花をあげましょ桃の花』、だったかな。歳を取って見ると案外、こういったことも朧気になるものだね」タキオン⁉」
「おや、どうしたんだいモルモット君。私が保健室に居て何か問題があったかな?」
「何も問題はないんだけどさ…どうしたの?今日は実験をするって聞いていたけど、何か問題でも発生したの?」
「いや何、実験は一段落したしこれからカフェと一緒に併走とでもと考えてね。予定外の行動だしトレーニングだからキミに一方入れておくべきかと思ったのさ。で、走っても構わないかい?」
「それは良いけど…カフェさんやカフェトレさんたちに迷惑かけちゃダメだよ?それと、明日強めの負荷をかけてトレーニングをするつもりだったから走るのも軽めに抑えといてくれると助かるよ」
「了解したとも。……それにしても雛人形、ね。バレンタインでチョコを配っていたりするし、トレーナー君は存外季節の行事とかを大切にするタイプなんだね?」
「こうすることで保健室をもっとに身近に感じてもらえると嬉しいしね。それに、雛人形をだすのは別にそれだけが原因じゃないよ?」
「へえ…その理由を教えてもらっても良いかい?私にはどうも、さっきキミが言ったことぐらいしか思いつかなくてね。後学のために教えてくれると助かるんだが」
92二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 18:26:00
「うん、いいよ。…雛人形を飾るのにはね、皆に元気でいて欲しいって意味があるんだ。ここ怪我をする子が多いから、少しでもそういった『よくないもの』が人形の方に行って、皆が健康でいてくれたら良いなって思うんだ」
「ふぅン。雛人形にはそういった願掛けの意味合いもあるのか。あまりにも非科学的、かつ再現性のないことだからすっかりと忘れてしまっていたよ」
「…タキオンはこういうの嫌い?」
「いや、以前ならともかく、今ならそういうのも悪く無いぐらいには思ってるよ。……さて、聞きたいことも聞き終えたし、そろそろカフェとそのトレーナー君のところに行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。頑張ってきてね……それと、タキオン」
「ん、どうしたんだいトレーナー君。何か言いたいことでも?」
「これからも元気で居てね。それだけ」
「……!くくっ、君が居るのだから、そんなこと心配する必要もないさ。じゃ、行ってくるよ」
自分の言葉にそんなことは気にする必要は無いと返し、笑いながら保健室の外へと向かっていくタキオン。その後ろ姿は堂々としていて、自分の言ったことを少しも疑っていない。彼女から向けられる信頼は嬉しい限りだが、健康でいるにはタキオン自身の協力も必要なのだから少しは心掛けてくれると嬉しい限りなのだが。
(──お願いします。どうか皆が、そしてタキオンが健康でありますように)
雛人形に手を合わせて静かに祈る。叶ってほしいから願い事は口には出さない。きっと気休めにしかならないのかもしれないが、それでも健康でいてほしいと願うことはきっと間違いではないのだから。
祈ると共に瞑目していた瞼を開く。すると、雛人形たちがまるで「任せろ」と言わんばかりに少し光を放っていたような、そんな気がした。
≫115二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 20:32:08
『適応』。前例が無いため仮称ではあるが、敢えて名付けるとすればこうだろうか。
『本格化』とはまた別の、おそらく俺だけに起こっている現象。
まず、ウマ娘の身体は人間とはその構造も力の出し方も何もかもが異なる。それ故に、俺のような人間からウマ娘に変わった特殊なケースでは、ウマ娘として完全に身体が『適応』するまで持ち得る力の全てを発揮することはできない。現象としてはこれだけの単純なもの。どれだけ才能という名の水源があって、鍛練によってその容量を増やしたとしても、それを出力し切る機構が備わっていない。その問題を解決するのは時間の経過のみ。時間をかけてこの身体に慣れたとき、初めてウマ娘として全力を発揮できる。普通ならば欠陥にもなり得ない些細な綻び。
誰かに言われたわけではない。が、それでも自分自身のことなら起こっていることぐらい大体なら把握できる。これが事実という根拠はないが、確信はある。
(…実際には、ハルウララとの勝負ではこの枷が一度外れかけた。しかし全く意図したものではない。そもそもあれは起こってしまうと必ず身体のどこかが壊れる。そんな博打にもならない事故には頼れないし、身体も持たない)
俺はそれを受け入れたくはなかった。
ヤエノムテキはこれからクラシック三冠に挑む。それは一度切りの特別な舞台だ。
もう一冠目である「皐月賞」の日は刻々と迫ってきている。普通のウマ娘が本格化を迎える時期を鑑みても、俺がすぐに『適応』できるとは考えにくかった。実際今まで走り続けていてもまだその兆しは見えてこない。…おそらく、数年はかかるはずだ。
一度しかない担当の晴れ舞台に共に並べない。本来ならば起こるはずのなかったもの。
それでも奇跡の連続で可能性は生まれ、そして僅かに手は届かない。
このわがままな願いを叶えられないことが、俺はどうしようもなく悔しかった。もちろん走れないわけではない。でも中途半端な力しか出せず、それを言い訳に納得できない結果を残すくらいなら、潔く諦めようと、そう自分に言い聞かせていた。
…ついこの前までは。
116二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 20:33:03
『贈り物』。それは、その枷を意図的に外す鍵。
意図的に、というには少し語弊がある。性質の悪い呪いと言った方が正確だ。
格は問わず、公式のレースに出走するとその枷は強制的に外される。回数は3。
賭けるものは、そこから先の未来。
つまりあれが言い渡したことはこうだ。「どうしてもその身で走りたいのなら、身体が適応するまで現在を捨てて待ち続けるか、未来を捨てるか」
なんとも理不尽でバカげている。でも、それでも。
願ってもいないことだった。理不尽でも賭けるだけの価値が今にはある。ヤエノムテキの隣に立てるのは、この瞬間を逃せば、もう訪れるかも分からない。
俺にとっては、今を照らすその光が何よりも欲しかったものだったから。
定めたレースは「メイクデビュー」「毎日杯」「皐月賞」
これらに全てを賭け、駆ける。
既に幕は開いた。
同じ景色を同じ場所で。共に、高め合い、極致へ。
それが、俺の、俺たちの目指してきた場所。
大丈夫だよ、ヤエ。
乗り越えて見せる。何よりもお前を大切に思ってる。
俺に何が起きても、絶対に一人にはしないから。
続く
残り
毎日杯編「fake unlimited impact」
皐月賞編(最終話)「winning the soul」
≫151二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 22:25:49
グラトレ(独)とグラスの雛祭りの料理のお話
3月3日
トントントントンヒノノニトントントントントン
その日グラトレは早朝からトレセンのカフェテリアの一角を借りて料理に勤しんでいた。
今日は雛祭り、女の子の無病息災と長命久視を祈る伝統的な行事の日。
俺の担当するウマ娘は日本文化を好み、この様な伝統行事を大事にしている。
だからこそ、しっかりと準備をして祝ってあげれば大変喜んでくれる。
その姿を見れると思えば、早朝からの仕込みも苦にはならないものだ。
そう思いながら雛祭り用の料理を進め、学生達も学園へと来はじめた頃……
「……トレーナーさん? こちらでしたか」
どうやら朝から姿が見えない俺を探しに来たのか、担当ウマ娘のグラスがカフェテリアへと姿を見せたのだった。
152二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 22:26:13
「おはようございますグラス」
「はい、おはようございますトレーナーさん♪」
いつもどおりの朝の挨拶を交わし、声色からグラスの健康を判断する。
せっかくの無病息災を祈る日なのに調子を崩していてはいけない、普段からグラスの健康に気を配ってはいるが病とは待ってくれないものだ。
グラスの声色から調子を落としては無い事を確認していると、グラスは疑問の言葉を投げてきた。
「えっと……そちらはちらし寿司ですか?」
「ええ、そうですよ~」
まあ、朝から姿が見えないトレーナーがカフェテリアで料理をしていたら疑問も湧くというもの。
何故ちらし寿司を作っているかの答えも要るだろう。
「今日は雛祭りですからね~」
「はい、3月3日は雛祭りですね♪ ……その為にちらし寿司を?」
「ええ、ええ、本来ならば節句の度に食べても良いのですが〜……今では食べるのは桃の節句くらいですからね~」
そんな豆知識を語り、そして調理を再開する。
「……トレーナーさん、私も手伝いましょうか?」
「……ふふっ、ありがとうございます~」
朝から料理をしている俺を大変だと思ったのか、グラスは手伝いを申し出てくれた。
「ですが、今日のグラスは祝われる側ですので~、断らせて貰いますね~」
そんなグラスの優しさに心を射抜かれながらも、せっかくの話だが断らせて貰うしかない。
あくまでグラスの為にしているのだ、手伝って貰う訳にはいかない。
「私の為にありがとうございますトレーナーさん♪」
そして、グラスからの感謝の言葉で俄然ヤル気が満ち溢れてくるものだ。
153二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 22:26:33
そして時間は流れお昼休み
「トレーナーさん、こんにちは〜」
「こんにちは、グラス」
トレーナー室へとグラスは顔を見せてくれた。
というのも、朝の内に昼食をトレーナー室で取ろうと伝えていたのだ。
「さあ、出来ていますよ食べてくださいな~」
「わあ、凄いですね♪」
そして、完成していた料理をグラスに披露する。
とは言え料理は三種類。
ちらし寿司とはまぐりのお吸い物、そして菱餅だ。
「海老にイクラ、鮭と鯛……赤い物が多いですね?」
「そうですね〜、赤は魔除けの色ですからね~、女の子の無病息災を祈る雛祭りにはその方が適しているのですよ~」
「お節料理と同じで食材に意味が有るんですね♪」
「ええ、食材に意味を込める……これも和食の文化でしょう~」
「さあ、冷える前に食べましょうか~」
「はい、そうしましょう」
この手の話は語り始めたら長くなってしまう、丁度一区切りが付いた所で話を切らせて貰う。
「では、いただきます」
「いただきます♪」
両手を合わせ食材に感謝し、グラスのこれからの無病息災と長命久視を祈りながら共に食事を取るのでした。
154二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 22:26:54
「そういえばトレーナーさん、はまぐりのお吸い物や菱餅にはどんな意味が有るのでしょうか?」
「菱餅は赤色と同じ魔除けの意味が有ると言われていますよ~」
「そうなんですね~、はまぐりのお吸い物にもでしょうか~」
「はまぐりは貝殻がぴったりとくっつくという事で、離れない程の良縁が有る様に……という意味が込められてますよ~」
「離れない程の良縁ですか~」
「ふふっ、グラスが離れない様にしっかりと食べないとね」
「あらあら、これはトレーナーさんから離れれそうに無いですね~」
「グラスが本気で嫌がらない限り、俺はグラスを離す気は無いよ」
「ええ、末永く宜しくお願いします♪」
うまぴょいうまぴょい
了です。
雛祭りという事でちらし寿司を食べるお話です。
雛人形と流し雛まですると膨大になりそうなので止めました。
最終的にいつもどおりグラトレが独占力を発動してますが、作者は独占力を発揮させないと死ぬ病なのです。
これにて後書きも終わりです。
≫167二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 23:32:13
『雛祭りの話~相も変わらず独自解釈~』
休日昼下がりのショッピングモール、二人のウマ娘がぶらりぶらりと品定め。
ふと目についたは12段の、豪華絢爛な雛人形。
「あら、可愛らしい雛人形だこと」
「もうそういう時期だねぇ……ベガトレちゃーん、実家じゃきっちり飾ってたんでしょうね」
けらけらと笑いながらタイキトレが隣だって歩いていたベガトレへと話しかける。
「当り前よータイキトレー、っていうかうちの親はちゃんとそういうところ気にしてる人だから」
「もちろん片付けも?」
「してたしてた。まぁ片づけたからって婚期が近づくってわけでもないのが悲しい話なんだけども」
ベガトレは実際片づけられない女、というわけではない。むしろ自宅もトレーナー室も割と整っているほうである。
「しっかしどっからわいてきた話なんだろうねーあの婚期を逃すっていうの」
「なんで……うーんなんでだろうね?」
一たび沈黙が場を支配するが、タイキトレが思いついたようにポンと手をたたく。
「片づけられないようなカイショウナシには嫁ポジションなんざ百年早いとか?」
「おおう途端に理不尽になったね」
「まあ実際汚部屋すぎるのはよろしくないし?」
「……否定はしないようん」
だいぶ苦い顔をしながらも頷くベガトレであった。
「しかし気になるねぇ……まあ知ったところでってのはあるんだけど」
「いや、もしかしたらタイキからなぜなぜ攻撃を食らうかもしれんよ」
「あー……可能性あるわぁ」
ううんと唸る二人組。そこでベガトレが何かを決心したように頷く。
「よし、彼……彼女?まあアドバイザーに聞いてみるか」
「誰よそれ。ふわっとしすぎじゃなーい?」
「まあ私らふわっとした存在なんで……突然ウマになるやつらがふわっとしてないで何なのよ」
「確かに」
納得の行ったところで、彼女たちは謎を解き明かすためにカフェテリアへと向かった。
168二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 23:32:28
というわけで、カフェの片隅で彼女たちは友人へと通話をつないだ。
画面の奥には優しげな眼付きの仮面のウマ娘、バントレ。見た目は怪しいが博識なトレーナーである。
『ふむ、雛人形を片付けないと何故婚期を逃すか、についてですか』
「まあそんなところだねぇ。気になって夜しか眠れないんだなこれが」
「ぐっすり7時間寝て何言ってるのこの自由人」
「寝る子は育つって言うでしょ?……まあ育たなかったんだけど」
切ない目つきをしながら乾いた笑いを口から漏らす。空気が若干湿り気を帯びてきたのでこほんと咳払いしてバントレが話し始める。
『そんな悲しい顔をなさらないでください。そうですね……最初に説明させていただきますと、雛祭りに使われる雛人形の役割として厄除けというものがあります。そして、厄除けが済み次第片付ける、という具合に進んでいくわけです』
「ふむふむ」
『そして実のところ、仕舞う時期に関してはこれ、と定められているわけではないのです。そもそもで言えば旧暦における節句は四月ですから、三月に始めるというのは早いわけですね』
「え、そなの?」
『まあこれは余談ですね。取り急ぎ「婚期遅れ」についてですが……明確な理由に関しては特にわかっていないというのが実情です。江戸時代にそういった民間での認識はあったようですが』
「そんな遡るんだねぇ」
『個人的な解釈としては、厄除けを行った後の人形をいつまでも人目につかせているのは宜しくない……という意味合いもあるのでは?と思いますね。大切に仕舞い、厄を人目のないところで落とし切って再び来年に厄を受け持ってもらう。そういう流れを考えれば、早めにしまっておくということもなんとなくではありますが納得できないでしょうか』
「あー……まあ納得?」
『お二方は流し雛、というものをご存じでしょうか』
「あーなんだっけ、川に流すやつ。……いや、流す以外もあるのかな?」
「所謂厄落としでしょ」
『そうです。今でこそ実際に川に流して……といったことは少なくなりましたが、厄を受け持ってもらう、そしてそれを人知れぬ場所へと流すといった動きは雛人形を飾る、仕舞うという動きに似ているかもしれません』
「ふわっとしてる!」
『何分専門家ではございませんので……あくまでも憶測であることだけを留意していただければ』
申し訳なさそうな顔をするバントレ。
169二次元好きの匿名さん22/03/03(木) 23:33:00
「まあ昔から伝わる行事だし、あとからあとから付け加えられていった要素なんていくらでもあるわねぇ」
「それこそ自分らみたいに」
「耳も尻尾も後付けだぁ……」
『そうですね。時代の移り変わりによって伝統行事というものも変化していくものです。そもそも雛祭り自体も元から女の子のための行事というわけではなかったのですから。しかし、そこに込められた思いを大切に伝えていくことこそが、最も大事なことかもしれませんね』
変わらない物はないかもしれない。しかし、変わらずに伝えられるものもあるはずだ。
『雛祭りには女の子の健やかなる成長を願った行事です。そういった思いを、タイキさんやベガさんに伝えていただければ私としても……いえ、思いを込め始めた人たちにとっても本望でしょう』
「んー、ありがとね。お礼にあとで美味しいお菓子でも持っていくわ」
『それは楽しみです。タイキトレさんのお気に入りのものでも頂ければ』
そうして通話は終わりを告げた。
「ま、色々あるけど楽しんでなんぼってことだぁね」
「そうねぇ、楽しみましょうかねー」
すくっと立ち上がる二人。謎が解けて少々ご機嫌に尻尾と耳を揺らしながら、またショッピングへと向かったのであった。
おれバカだから言うっちまうけどよぉ…part700【TSトレ】
≫7二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 00:32:32
ハーゼシュトラール リウif
🐰9
秋華賞の為に京都へと来ていた。宿泊先へとチェックインを済ませたあたしとシリウスは息抜きもかねて京都の町を歩いていた。前日である明日は軽い調整のみにした。
「ね、ねぇ…京都に来たからってこの格好は……」
「存外似合ってんじゃねぇか」
「……うう」
着物のレンタルサービスで着物に着替えさせられていた。草履ではなく、歩きやすいようにブーツだ。脚の重りも外している。レース前に脚に負担はかけられない。そのため、着物のコーディネートもブーツに合わせたものとなっている。サービスの店員さんはにこにこと笑みを浮かべていた。あたしたちが来てからずっとである。
「とてもお似合いですよ、ふふふ」
「店員もこう言ってんだ。ありがたーく今日はそれで過ごそうな」
「シリウスさんも着ないのですか?」
「こいつをエスコートする役目があるからな。次の機会にでもさせてもらう」
「それは残念ですわ。せっかくですし、お写真撮らせて頂いても?ウマスタのアカウントがあるので使用させて頂きたいのです」
呆気に取られているあたしを放置し、シリウスと店員さんは話を進める。承諾するのも自分のものアピールのためだろう。明日の調整前の息抜き、そう思うことにした。店員さんは嬉しそうに写真を複数枚撮った。
「さぁ、お手をどうぞ」
「もう……」
差し出された彼女の手に手を重ね、ひかれるままに歩く。食べ歩くことはしない。神社に参拝したり、風情を感じさせる街並みを彼女と歩くだけ。レース前でなければ、スイーツも食べたかったがそれは秋華賞が終わったあとにしよう。あたしは彼女に手をひかれたまま京都を散策しつくした。夕暮れが街並みを染め、また違った顔を見せる。あたしは借りていた着物を返し、宿泊先へと戻ってきた。
「あの着物レンタルのウマスタ好評らしいぜ」
「あたしたちの写真のこと?」
デスクで風呂で使うシャンプーなどを確認していると彼女が話しかけてきた。
8二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 00:33:11
「ば、バズってる……」
「私たちのファンだったみたいだな」
彼女のスマートフォンに映る先程利用した着物レンタルのウマスタアカウント。あたしたちの写真はウマいねが恐ろしい速度で伸びていた。ウマッターでもトレンド入り。秋華賞前に京都を楽しむうさぎとして記事にするまとめサイトまで出る始末だ。あの店員さん、どおりで営業スマイル通り越したものを感じると思った。良いことだけども。あたしはこれで良いのだろうか。
「うさぎは縁起物らしいぜ、ここのコメント」
「そ、そう……」
今のあたしはウマ娘だ。うさぎではない。風呂は部屋についている露天風呂がいいと彼女が言うので、そのまま大浴場を使うことはなかった。ふたりで入った。彼女がそう言うから。あたしのレースにおける遠征ではいつもこうだ。彼女の海外遠征のときは別々で入っていたが、これもあたしが彼女に好意を伝えたからの変化だろう。
「……寝付けない」
夕食を終え、就寝時間。ベッドライトだけが照らす部屋。彼女は多分寝ている。ゆっくりと呼吸をするリズムで身体が動いている。抱き枕代わりに枕を抱いて眠ろうとしていたがダメだった。海外遠征していた時は眠れたのに。ぎしり、ゆっくりと彼女の眠るベッドへと乗る。起こさないようにそっと確認すると、彼女は穏やかな寝顔をしていた。
「良いわよね…これくらい」
彼女の使っている掛け布団の中に入り、彼女に抱き着く。ゆっくりと呼吸をすると少しずつ睡魔に意識を持っていかれる。
「―――ろ、起きろ」
「ん……」
そうだ。あたしは寝付けなくて、シリウスの寝ているベッドに潜りこんで寝たんだ。あたしは軽く質問攻めされたが回らない頭だったのでぼんやりとした回答ばかりだった。顔を洗ってしゃっきりしないと、レース場の下見と調整だ。
「野芝だから学園と差はないだろ」
「ええ…したかったのは坂の確認だから」
実際に踏んでみるのとでは違う。あたしは走らずにコースを歩く。自分ならどのペースで走るか、4つのコーナーを捌く必要がある。
「コースのままにぶっち切ればいい」
「簡単に言うわね」
「アンタならできるって信じてるからな」
「そ、そう」
京都レース場の内回りコース、天候は天気予報見るに晴れか曇りあたり。良バ場を維持できるだろう。あたしは1枠1番。逃げウマとしては美味しいところだ。坂の多いこのレース場を無駄なく回れるのは嬉しいことだ。
9二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 00:33:40
「緊張しているのか?」
「してないと言えば嘘になるわ」
夜の時間。夕食と風呂を済ませた。あとは寝るだけだ。明日は秋華賞当日。泣いても笑ってもこれが最初で最後のティアラ。あたしはあたしのできることをしてきた。レースも同じだ。このティアラだけは渡さない。あたしだけのティアラだ。
「ある程度は緊張してもいいんだぜ?」
「知ってるわよ」
身をもって知ってる。プレッシャーを感じているなら、その分周りにプレッシャーを与えるだけだ。あたしにはその走りができる。
「ならいい。ほら、来い」
「なによ、その構えは」
彼女はベッドの上に座り、こっちにこいと言わんばかりに指を動かす。
「アンタ、私が居ないと眠れないんだろ?一緒に寝てやるよ」
「先に寝ててよ、後から入るから」
「ダメだ」
彼女は聞いてはくれなさそうだ。あたしは髪留めを外し、デスクに置いて彼女のもとへと歩み寄る。ベッドの軋む音と、布の擦れる音、秋の虫の鳴き声が部屋に響く。寝ているならまだしも、起きていると無駄に意識してしまう。だめ、流されてはいけない。あたしは社会人で彼女は学生だ。
「自分から潜り込んだクセに。今はそんなに意識することか?」
「あれは、あんたが寝ていたからで……わっ」
彼女に抱き寄せられ、そのまま倒れる。傍から見れば、あたしが彼女を組み敷いているような状態になってしまった。
「レースよりもこっちの方がアンタは緊張するだろ」
「こんな緊張のほぐし方、聞いたことないわよ」
あたしの髪を、頬を彼女の手が撫でる。互いに着崩れた浴衣から覗く肌が擦れる。
「寝かせてくれるんじゃないの?」
「ああ、勿論寝かせてやる。その為にアンタの抱き枕になってやるんだからな」
あたしはそのまま彼女に逆に抱き枕にされたまま眠る羽目になった。緊張はいつの間にかなくなっていた。
10二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 00:34:50
秋華賞当日。
「久々の勝負服だな」
「そうね」
阪神ジュベナイル以来のGⅠレースだ。あたしは勝負服を身に纏い、控室に居た。脚に異常なし。コンディションも今までで一番いい。あとはあたしの走りをするだけ。
「緊張は…してなさそうだな」
「昨晩のせいでね」
「そりゃあいい」
あたしの髪をくしゃくしゃにしながら彼女は笑った。パドックへの案内のアナウンスも、パドックで浴びる歓声も、踏んでしまうステップも、あたしの五感すべてで感じる。いい意味で緊張していられる。このせまいゲートも。大丈夫。あたしは前に出る。
―――ガシャコン。
「秋華賞スタートです!先行争いはハーゼシュトラールが先頭に…その後ろを7バ身、さらに後を5バ身と縦長の展開になります」
まずは逃げに成功。あたしは先頭をひとりひた走る。第1、第2コーナーも問題ない。
「先頭を行くハーゼシュトラールは早くも第3コーナー手前の坂に入っています」
あの時確認した坂だ。少し上った先が頂上で、あとは下るだけ。下る時に脚がもつれないように慎重に。気迫はまだ感じない。誰もあたしに追いつけない。下り坂をそのまま丁寧に下り、第4コーナーに入る。スタミナはまだまだある。
「はぁあああああああ!」
あたしがスパートをかけた瞬間だ。シリウスと併走したあの時の感覚。『領域(ゾーン)』だ。実況も、歓声も何もかも止まったような世界。でも、シリウスがあたしを見ていてくれていることだけは感じ取れる。脚がまた軽くなる。まだ速く走れる。『領域』は破られることなく、あたしは1着でゴールインした。
「白うさぎが京都レース場に十月桜を咲かせました!今年度最後のティアラはハーゼシュトラールが獲りました!!」
「はぁ…はぁ……よし」
あたしは一礼し、止められない大粒の涙と声を抑え、彼女のもとへただ走る。勢いを抑えられず、彼女に飛びつく。
「…っと。しっかり見てたぜ」
「ああああ……っ」
勢いで飛びついたあたしを抱き留めたシリウスはあたしの頭を撫でた。溢れ出る涙は頬をつたい、彼女の服を濡らしていく。出る声は鼓膜を揺らす。あたしが落ち着くまで彼女は控室に連れて行くこともなく、あたしの頭を撫で続けた。
「やっと落ち着いたな」
「…ええ……ありがとう」
「おめでとう」
あたしはこのあとあったウイニングライブもやりきった。汗を拭きとり、勝負服から服へと着替えた。
11二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 00:35:01
「『領域』に入った時、歓声も実況も何もかも聞こえないかと思ったわ」
「そういうもんだからな」
「でも、シリウスが見てくれていたのはわかったから」
「そりゃいいな」
ずっと手を伸ばせば届く。伸ばそうとしていなかっただけだ。彼女と歩く夜空には一等星が輝いていた。まだまだ欲しいものの為に手を伸ばす。ハーゼシュトラールはまだ始まったばかりだ。
≫103二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 20:48:37
Prrrrrrr,prrrrrrrr
「どうしたの、トレーナー?」
「Obey!Obey!!」
「あー…Calm down,calm down.What's up?」
「I…I can't explain it well…Would you come to my house?」
「You know…Ah…OK.Wait a minute.You must be there!」
「trainer?I came.」
「Are…are you really Obey?」
「Of corse!You're not ready to be a blur yet.」
「Really…?」
「Yes!So…can you open the door?」
「Weeell…OK…」
「………」
「Obey…?」
「Oh my gosh…」
「Obey!?」
「It's very very small!!」
「No no no!Stop!Stop lifting!」
「I can't !Are you really my trainer!?!?」
「Yes... apparently I've become a Uma Musume.」
「Oh my gosh…A,Do you have clothes?For example…shorts…brassiere…」
「There is no way I would have it.」
「OK…Then let's go buy it together!」
「Yes…I obey you…」
121二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 21:08:25
日本語訳も置いときますね
プルルルル、プルルルル
「どうしたの、トレーナー?」
「オベイ!オベイ!」
「あー…落ち着いて落ち着いて。どうしたの?」
「えっと…あの…うまく説明できない…頼むから家来てくれないか?」
「んーと…あぁ…りょーかい。ちょっと待っててね。絶対そこに居てよ!」
「トレーナー?来たよん」
「えぁ…本当にオベイ?」
「もちろん!トレーナー、まだボケるには早いよ」
「本当…?」
「もちろん!だからさ…扉、開けてくれない?」
「ううううん…わかった」ガチャ
「………」
「オベイ…?」
「マジで…?」
「オベイ!?」
「めちゃくちゃちっちゃ!」
「待って待って待って!持ち上げんのやめて!」
「ムリ!それよりマジでトレーナー!?」
「うん…どうやらウマ娘になったみたいだ…」
「おおお……あ、服ちゃんとある?ショーツとかブラとか…」
「持ってる訳がないでしょ…」
「オッケー、じゃあ一緒に買いに行こうか!」
「ああ…今回は従うよ…」
≫129二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 21:13:32
「さてファイン…ってむ?」
「あ、トレーナー!」
…ファインの元へ歩いてきたファイトレ女は、ふと彼女が黒色のケースを持っているのを見つけた。
「ふむ…愛用のヴァイオリンか、何か弾くつもりだったのかい?」
「そうそう、最近うまぴょい伝説が弾けるようになったから今から少し…ね?」
彼女がヴァイオリンで練習している姿を見かけていたが、どうやら仕上がったらしい。柔らかい顔をしていたファイトレに
「…あっ!折角だからトレーナーも…」
───ファイトレ男が扉を開けて部屋に入ると、楽譜を前に準備している二人の姿を見た。
「…あれ?ファインとファイトレ女、演奏するのか?」
「ふふっ、そうだよ!」
ファイ男にそう返すファインの手にはツヤツヤと輝くヴァイオリン。その隣に座るファイ女は…
「というか、ファイトレ女チェロ弾けるのか。初めて知ったよ…」
「ふ……何、昔とった杵柄というものさ。コンサートとかに出れる程上手くはないよ。」
「いや弾けるだけでもすごいよ…」
チェロをしっかりと保持し、弓を片手に弦の張りを確認するファイトレ女。調整が済んだのか顔を上げて合図する。
「…うん、じゃあ始めるね」
ファインが鳴らし始めた音に合わせてファイ女もチェロを弾き始める。うまぴょい特有のファンファーレを弦の音が奏でる。
(いやすごいな…俺はそこまで音楽に詳しい訳じゃないからアレかもしれないけど、綺麗だ…)
歌声のないうまぴょい伝説、普段ならあまり聞く事のないそれは弦楽器特有の音色と合わせることで別物になっていた。
『〜♪』
キリッとした表情のファインとファイトレ女に見惚れてしまいそうになるファイトレ男。流石殿下とその付き人である。
(スズトレとか、あるいは耳が肥えた人ならもっと別に聞こえるのか…?)
───二人のヴァイオリンとチェロによる高音低音のハーモニーをしばらく堪能していたファイトレ男であった。
短文失礼しました
記念というわけでもないですが、うまぴょい伝説を殿下とファイ女に弾いてもらいました。冗談抜きで一度聞いてみたい。
うまぴょい伝説ですが、歌詞なしで聞くと割と普通に良い曲なんですよね。ついたら途端に電波曲ですが(歌詞がシラフで作詞って…)
所でそろそろ外国人トレーナーでグループ組めそうだな…?
≫149二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 21:45:39
此処は週末のトレセン学園
その一角に現れたのは暖簾を掛けた小料理屋
仕事終わりに1杯……そんな者が集う隠れ家の様な場所
そして今宵もまた、提灯に誘われる様に一人お店へと入って行く……
「いらっしゃいませ~……あらあら、お久しぶりですね~」
お店に入り、出迎えてくれたのは間延びした声の黒鹿毛のウマ娘。
二房にした黒く艷やかな膝まで届く髪と、それに似合う深緑に白雲の浮かぶ和服に白いエプロンを着けた。
この小料理屋の女将さんとでもいうウマ娘だ。
「む? 久し振りだな、注文はいつもので良いか?」
そして奥の調理場から出て来たのは芦毛のウマ娘。
藍の着流しという少々ラフな格好に黒鹿毛のウマ娘と同じ白いエプロンを着けた。
ウマ娘だが親父さんと呼びたくなる、そんなこの小料理屋の店主さんだ。
「いつものだな、ちょっと待っていてくれよ」
そう言って芦毛の店主さんは店の奥へと姿を消す。
「ふふっ、今飲み物とお通しをお持ち致しますね~」
そして黒鹿毛の女将さんもお店の奥へと姿を消し1人残される。
客が自分一人というのもあって随分と落ち着いた日だ。
……偶には良いお酒を頼むのも良いかもしれないな。
「お待たせ致しました~、お通しと温かいお茶ですよ~」
1週間頑張った己へのご褒美でもと考えている内に、黒鹿毛の女将さんがお通しの胡瓜の浅漬と飲み物として温かい緑茶を持って来てくれた。
どちらも料理を頼んだ時のサービスとは思えない程の絶品、思わず唾が溜まってしまうのも仕方無い話だ。
そんな絶品の胡瓜の浅漬と温かい緑茶に舌鼓をしながら"いつもの"で通じる程頼んできた料理に今か今かと期待を膨らませる。
何度食べても飽きない……それ程までに気に入っているのだ。
150二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 21:46:00
「待たせたね」
先程から調理場の方から漂う芳ばしい良い香り。
それが段々と近付き、そして芦毛の店主さんが奥から出てきた時にいっそう強くなる。
「お待たせさん、いつもの一口餃子二人前だ」
この小料理屋で"いつもの"で通じる程頼んできた料理。
それは、お酒に良く合う餃子だった。
「は〜い、お酒もお持ちしましたよ~」
餃子に心奪われていた時に取りに行っていたのだろう、黒鹿毛の女将さんがこれまたいつも頼むお酒を持って来てくれた。
……だが、今夜はせっかくお客が自身だけなのだ。
先程考えていた様に、偶には良いお酒を頼もうか。
そう思った時だった。
「ちょっと待ってくれるか?」
芦毛の店主さんが黒鹿毛の女将さんに待ったを掛けたのだ。
「お客さんは久し振りの顔出しだ、それに他のお客さんも居ない……1昨日手に入れた酒を開けないか?」
「ですが~、アレは二人でゆったり呑みましょうと言ったではないですか~」
「……ダメか?」
「は〜……埋め合わせはしっかりして貰いますよ~」
「ああ、期待していてくれ」
「ふふっ、お願いしますね~……それでは持って来ますね~」
「お願いする……ああ、すまない置いてきぼりにしてしまったね」
目の前で繰り広げられた二人の遣り取り。
取り敢えず美味しいお酒が呑めるという事だろうか?
「ああ、良い酒が手に入ったんだ……私からの奢りさ」
……今日は何やらとても運が良いらしい、願ったり叶ったりな良い話だ。
151二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 21:46:22
「ふふっ、お待たせ致しました~」
酒瓶と共にグラスと升をお盆に載せ、黒鹿毛の女将さんが席の方へと来る。
「瓶を取るよ?」
「ええ、お願いしますね~」
それを見た芦毛の店主さんが1番不安定そうな酒瓶を取り助ける。
そんな些細な事だが、良好な関係性が見て取れる様だ。
「では〜、オグトレさんの方からお注ぎしますね~」
「いや、私よりお客さんの方から」
こちらは奢って貰う身、何より芦毛の店主さんが貰ったお酒なのだからと先に呑むべきだと伝える。
「むっ、すまない」
その言葉を合図にトクトクトクトクとグラスへとお酒が注がれ、そしてグラスから溢れて升へ貯まる。
「では、次はお客様ですよ~」
そして同じ様にこちらのグラスへとお酒が注がれ、グラスから溢れたお酒が升へと貯まる。
「最後はグラトレさんだな、瓶を」
「は〜い、お願い致しますね~」
最後に芦毛の店主さんが黒鹿毛の女将さんから酒瓶を受け取り、黒鹿毛の女将さんのグラスへとお酒を注ぐ。
そして黒鹿毛の女将さんの升にもお酒が貯まるのを確認して酒瓶を机に置いた。
お酒がなみなみと入ったグラスをそのまま呑める訳無いので、升へと少しお酒を移してグラスを持てる様にする。
そして皆が同じ様にグラスを持てる様にしたのを見計らったのか、芦毛の店主さんがコホンと軽く咳払い。
「では……乾杯!」
その音頭を皮切りに小料理屋の二人と一緒にお酒を呑むのだった。
うまぴょいうまぴょい
≫170二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 23:08:49
「……なんだかよくわからないけど。『700って尻尾文字で書けば出られる部屋』……?」
「大方三女神の仕業だろうけれども、何故僕と、ルドトレとシチトレを……?」
「……担当との関係性、とか」
「……またバーでそのあたりお話ししようね、シチトレちゃん」
「それで……部屋には"洗うと綺麗に落ちる墨"と半紙と文鎮……これで書いてくれと言うことだろうか」
「……跳ねた墨で服汚れたら不味いかも」
「流石に大丈夫かもしれないけど……」
「……でも、互いに裸を見られて困る関係でもないでしょ?」
「あ、穴の空いたビニールが増えている……」
「流石に全裸の美女三人が力む光景は避けたかったと」
「……ちぇー」
「……ルドトレも、大概だよね」
「それを言うと全員に飛び火しそうだけれども」
~⌛~
そうして、三人でそれぞれ『700』のうち1文字を書き始める。
ルドトレは腰を振り、フラトレは器用に尻尾を動かし、シチトレはシチトレで丁寧に筆を進めるが、この部屋、実は秘密があった。
それは……
「……これは」
「ねえ、あの発言の結果ビニール出てきたのはいいけど。過程があれで大丈夫なの?」
「理解できません。何故全裸になろうと……」
「……二人ともすまない。この件についてはしっかり二人で話し合っておこう……」
「いや。会長サンに謝られるのはこっちとしても困るし。まあ尻尾文字を書くところが観れたしいいかな、って」
そう、担当に生中継されているのである!
こうして無事部屋を出た三人は、それぞれの担当と部屋に消えていったとかいってないとか。