アットウィキロゴ

マンガに関する都市伝説

登録日:2018/03/12 Mon 10:38:49
更新日:2026/09/01 Tue 07:46:47NEW!
所要時間:約 78 分で読めます




この項目では都市伝説の中でも、マンガに関わる都市伝説を紹介する。
ほとんどはただのヨタ話やジョークの類であるが、一部真偽不明のものもある。
本編に出て来なくても事実であると明言されているものは裏設定へ。

「漫画を原作とするアニメの、アニメのみに適用される都市伝説」についてはアニメに関する都市伝説も参照。


●関連項目

ドラえもん

有名なパターンが2つあるが、どちらも実際に作者が描いたり想定したりしたものではない。

1つは「ドラえもんの物語は、植物状態の野比のび太が見ている夢だった」というもの。
かなり古くからある都市伝説で、1986年に作者の藤子・F・不二雄が胃潰瘍の手術の為、入院した事を切っ掛けに発生したという説が有力。
雑誌『Neo Utopia別冊』によると、この噂に対して藤子は「そんな突然で不幸な終わり方にはしない」とはっきり否定したという。

もう1つはドラえもんが故障してしまい、数十年後大人になったのび太が直す」というもの。
こちらの出典は、1998年にとある大学生が自サイトに掲載した『〜僕が勝手に考えた〜ドラえもんの最終回(仮)』というパロディ小説だと判明している。
作者に騙す意図はなく、自作であると明言していたものの、読んだ何者かがチェーンメールとして広めてしまったらしい。
2000年にはパロディ小説の作者と藤子プロに許可を得た上で、この都市伝説を原案とした映画も製作された*1
2005年に同人誌としてマンガ化されたが、本家に似せ過ぎたせいで藤子プロが著作権侵害を通告、作者*2が謝罪し、発売停止になった事でも知られる。

「ドラえもんが故障して未来に帰らないといけなくなり、のび太はドラえもんに頼らず努力する」というエピソード自体は、実際に存在する最終回の1つ「ドラえもんがいなくなっちゃう!?」(『小学四年生』1972年3月号)にある。
しかし、故障したというのはドラえもんの方便(本当はのび太が頼りすぎてしまうので自分の存在は悪影響と判断した事によるもの)であり、のび太が頑張ったのは自転車に乗れる事であるなど、展開は大きく異なる。

ちなみにこれ以外に「ドラえもんがタイムパトロールにつかまって連れていかれる」という都市伝説はまるきりでたらめではなく、
「ドラえもん未来へ帰る」(『小学四年生』1971年3月号)で、未来人達が過去に行って迷惑をかける事態が頻発した(タイムパトロールも出動している)ので時間旅行禁止法案が可決、ドラえもんはのび太と別れたくない一心で抵抗するも、残ったら時空犯罪者になってしまうのでセワシ無理やり連れて行き、机の引き出しはただの引き出しに戻る……という、うろ覚えだと誤解しそうな展開は公式にある。

最終回からは離れるが、ドラえもんが通っていた「ロボット養成学校」の校長・寺尾台教授の曽祖父(名前は寺尾台ヒロシ)が猫型ロボットの開祖、という説もある。
これは三谷幸広のマンガ『最新ドラえもん百科』での設定であり、どちらかと言えば公認寄り*3ではあるものの、現在の公式設定とは異なる可能性がある点に留意。

  • 「さようなら、ドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」が描かれた理由
上記と異なり、作者の藤子・Fが実際に執筆した最終回「さようなら、ドラえもん」。
ドラえもんとのび太の別れを描いたエピソードだが、続編の「帰ってきたドラえもん」でドラえもんは帰還し連載も続いた為、本作で完結する事はなかった。
この2作が描かれた経緯については諸説ある。

「この話は学年誌最高学年の3月号だったので、読者へのお別れとして最終回っぽい内容を描いた」(もちろん連載は続くので4月号で帰還させた)という説が知られているが、これは確実に誤解。
本作が載っていたのは『小学三年生』の1974年3月号で、当時は既に『小学六年生』まで連載されている。

本作以前に書かれた2つの最終回*4は、連載開始1年目と2年目に当たる1971・1972年の『小学四年生』(当時はこれが『ドラえもん』の連載があった最高学年)3月号に掲載されており、確かに「読者へのお別れ」だった。
しかし同誌の1973年3月号では次の4月号から五・六年生にも連載が広がる事が決まっていた為、特に終わりらしい内容もないまま終了*5
この掲載誌拡大と「てんとう虫コミックス」の発売開始もあって、以降「読者へのお別れ」としての最終回は描かれなくなった。
実際、1974年(「さようなら、ドラえもん」掲載の年)の『小学六年生』3月号に掲載された(つまり連載最高学年の締め回となる)「ユメコーダー」は「静香ちゃんと結婚したいなら彼女の理想の人物になる事」とのび太が諭される話で、ギャグオチではあるがドラえもんとの別れなしにのび太の決意を描いている。

有名なもう1つの説は「作品自体を完結させるつもりで『さようなら、ドラえもん』を描いたが、掲載後の反響を受けて『帰ってきたドラえもん』を執筆、連載続行を決めた」というもの。
藤子自身が晩年のインタビューで、
『ドラえもん』も初めは反響がなくて一度は終わっているんです。(中略)
編集者と「もう終わりにしましょうか」「そうしましょう」ということになって、「さようなら、ドラえもん」という話を描いたら少し反響があって、「じゃあ、もうちょっと続けましょうか」と。

―『産経新聞』1996年3月4日夕刊「話の肖像画」より。
と述べている為、信憑性は高そうに思える。
しかし「さようなら、ドラえもん」が掲載された『小学三年生』1974年3月号を読むと、本作最終ページの欄外に「小学四年生・4月号*6につづきます」とはっきり書かれている。
また前述の『小学六年生』同様、『小学三年生』を除く学年誌の同号には「最終回っぽい」エピソードが掲載されていない。
以上の事実から「『さようなら、ドラえもん』掲載時点で連載の続行が決まっていた」事は間違いなく、この説は時系列と矛盾してしまうのだ。
そうなると藤子の発言が気になるが、インタビュー時点で22年も前の出来事なので、記憶の混同があっても不思議はないだろう。

この矛盾を踏まえたのか「元々もともと最終回でも何でもない『さようなら』と『帰ってきた』の前後編作品だった」という説も存在するが、これも断定はできない。
上記で否定したのは「掲載された時点」での話であり、執筆途中の内情までは分からないからだ。
それに藤子・Fの発言が作り話でなければ「終わりにしましょうか」「そうしましょう」という編集者とのやり取り自体はあった可能性が高く、「さようなら」ラストのコマに描かれているゴミ箱の文字が雑誌掲載時は「OWARI」(コミックスでは「LOVE」に修正)だった事も最終回を思わせる表現である。

このようにどの説も誤解だったり矛盾があったりする為、確実と言えるものはない。
事実に基づいて解釈するなら、
<1974年3月号で『ドラえもん』の連載を終えるつもりだったが、執筆中に気が変わって続行を決意。掲載作の多くを日常回に変更したものの、執筆済みだった「さようなら、ドラえもん」は「帰ってきたドラえもん」の前編として載せる事にした>
……辺りが妥当な線だろうか。

この時期にアシスタントだったえびはら武司氏の漫画『藤子スタジオ アシスタント日記 まいっちんぐマンガ道」』はこの頃の状況が多少描写されており、
  • アニメが終了したタイミングで編集部からも『ドラえもん』を止めようという話が出ており、藤子・F先生との交渉の結果、条件付きで続ける事になった(この時期に次回作候補として執筆されたのが『バケルくん』『みきおとミキオ』である)。
  • ゴミ箱に「OWARI」を描いたのも「LOVE」に変更したのもえびはら氏(藤子先生の指示ではない)*7
  • 藤子先生は単行本最終話に「さようなら、ドラえもん」を持ってくる事で単行本ドラえもん全6巻を一つの作品として締めくくるつもりだった。が、単行本が爆発的に売れた為、半年後に7巻の発売が決定した。
……などとあるが、「なぜ『さようなら、ドラえもん』が描かれたのか?」に関しては語られていない。
「藤子先生的には執筆時点ではそれまでも数本描いてきたドラえもんとのび太の別れのエピソードの一つに過ぎず、単行本全6巻の締めくくりとして採用されたことで急激に重みを増した」というのが正解かもしれない。

  • ドラえもんの真の目的
ドラえもんが現代にやってきた目的は「のび太の運命を変える為」ではなく、別に存在するというもの。
こちらも古くから考察されているネタであり、有名なパターンとして、
◇「のび太とジャイ子の結婚を阻止し、困窮を呼ぶ疫病神からジャイ子を守る為」=運命改変の本命はジャイ子説
◇「のび太を実験台にして、ひみつ道具の試験を行う為」=のび太モルモット説
の2点がある。

ジャイ子説は「なぜドラえもんは『家がだんだん遠くなる』でのび太の救出を諦めたり、『無人島へ家出』でのび太を10年も放置したりしたのか」*8、モルモット説は「何度もそれによって騒動が起きているのに、なぜドラえもんはのび太の部屋の真ん中にひみつ道具を放置し続けるのか」といった作中の理不尽な点を合理的に説明できる為、好んで語られる。

ニコ生主やYouTuberといった「動画配信者」が職業として確立されて以降は、モルモット説の変形パターンとして、
◇「ドラえもんは『古代人に22世紀の道具を使わせてみた』という動画を撮りに来ている」
という説も見られるようになった。

当然ながら他の回との矛盾も生じる為、いずれも都市伝説の域を出ない。
特に動画配信者説は藤子・Fの生前にそのような職業がなかった時点であり得ないだろう。
もっとも、これらの説に関しては本気で語られているというより、あくまでネタとしての与太話に近いものがあるが。

が、実のところ「ドラえもんの目的は『のび太の運命を変える為』ではない」という点だけはまったくもって正しい。
第1話にて、ドラえもんとセワシはのび太に「大人になった君が遺した莫大な借金の返済が100年かかっても終わらず、玄孫のセワシまで困窮している。この運命を変えに来た」という趣旨の説明をしている。
つまり、ドラえもんの真の目的は「セワシの境遇改善」であり、のび太の運命改変はその「手段」だったというのが真相である。
また、映画『2112年 ドラえもん誕生』では、のび太の運命改変がセワシへのクリスマスプレゼントだった事になっている。

なおこれ以外にも、1975年に藤子・F自らが手掛けた『ドラえもん大事典』内では、「ドラえもんがノラミャー子に触れられた傷心を慰めるため、セワシが一旦遠くに行く事を提案した」と言う描写がある*9
ただこの『大事典』は、当時藤子・Fがドラえもんと同時に連載していた『バケルくん』とのクロスオーバーとして『小学4年生』のみで連載された、『ドラとバケルともうひとつ』内で描かれたもの。
この連載は数ページのみのおまけコーナーであるため描写は簡略だし、ドラえもんがセワシを伴わず1人で現代に向かうなど第1話の描写とも矛盾するので、信頼性と言う意味では大分疑わしい。
また、『小学4年生』のみのコーナーであり、長く単行本化されていなかったため*10、そもそも知っている人自体がほとんどいないマイナー設定である。


  • 元々のび太と静香と結婚するのが正史であり、ジャイ子との結婚は捏造
こちらもドラえもんの目的に関する都市伝説だが、ネタ要素の多い上の説と比較すると、ガチ考察寄りのもの。

そもそも「のび太は本来ジャイ子と結ばれるはずだったが、ドラえもんがしずかと結婚するように未来を変えに来た」という話自体が、第1話「未来の国からはるばると」と、てんとうむしコミックス第22巻に収録された「ジャイ子の恋人=のび太」ぐらいでしか描かれていない、非常にマイナーな設定である。
さらに静香と結婚する未来についてはタイムトラベルやタイムテレビなどで何度も観測されている一方で、ジャイ子と結ばれる未来を示すものは、ドラえもんの証言及び第1話に登場した(20世紀当時の技術ですら十分偽造可能な)写真アルバムしかない。
そしてジャイ子と結婚するのが本来の正史であるにしては、ドラえもんはジャイ子に関して全く働きかけをしていない。

また、第1話でのび太に「自分の結婚相手が変わったらセワシは産まれないのではないか?」と問われたセワシは「他で釣り合いが取られて結局自分が生まれてくる」と答えている。
だが、この理論はどうにも説得力に欠ける上に後の描写とも矛盾する為、読者からは信憑性が疑われている。
それよりも、「最初から静香と結婚するのが正史なので、結婚相手を変えるわけではなく、それ故に未来の子孫も変わらない」と考えた方が明らかに筋が通る*11

この事から、「ジャイ子と結婚するという第1話で示された元々の歴史はドラえもんとセワシによる捏造ではないか」という説がある。
理由としては「『このままではジャイ子と結婚してしまう』という絶望的な未来を示す事でのび太を必死にさせる為ではないか」とも言われている。
これについては本編にて否定される要素は一切ないが、肯定される事もないので不明である。

  • ドラえもんの歴史改変はタイムパトロールに承認されている
そもそも、ドラえもんはこの通り歴史改変の為に現代に来ている。
だが、大長編やシリアス寄りの回でタイムパトロールが登場した際などには、他ならぬドラえもん自身が「過去改変は重罪」と述べているのは、読者からよく指摘される矛盾点である。
この矛盾点を解消する為に唱えられている説として、同じ作者かつタイムパトロールが主題の『T・Pぼん』から設定を流用したのがこの説である。

『T・Pぼん』では「タイムパトロールの存在を知った者は抹消する」という厳しい掟がある一方で、「消えた際の歴史的な影響が大きい人物は、消さずにそのままにする」というルールもある。
そして、大長編などで文字通り地球を救ったのび太*12も「『歴史的な影響が大きい人物なのでタイムパトロールの処罰の範囲外』とされるのではないか」という説である。
だが、これについては完全にルールの解釈が誤っており、そもそもは「歴史的に影響が大きい人物は、(消すなどして)改変してはいけない」(そうではない人なら助けてもいい)というルールである。
その為、のび太の行動が歴史的に影響が大きいならば、むしろ干渉してはいけない事になってしまう。

藤子・F存命の間に描かれた作品では、この矛盾点に関する説明は行われていない。
だが、わさドラの大長編『ドラえもん のび太の新恐竜』では、「のび太とドラえもんの行動自体が既に史実として織り込まれているので、阻止する事自体が歴史改変である」という描写が行われている。
もっとも、『新恐竜』の独自設定はファンの間でも評価が分かれている上に、制作側も他の映画と「パラレルワールド」として扱っている*13ので、完全な公式設定かと言われると微妙なところではある。

  • ドラえもんは「バラバラボタン」という、ボタンを押しただけで相手をバラバラにできる恐ろしい道具を保有している
テレビ番組『やりすぎコージー』の企画「やりすぎ都市伝説」*14内で、芸人・オオカミ少年片岡が語っていたもの。
しかしながら、そんな道具は存在しない。
この話は「のび太がテストで0点を取った為、ドラえもんに泣きついて出してもらった道具。出木杉と頭を取り換えて頭を良くしたり、ジャイアンと腕を取り換えて怪力を、スネ夫と指を取り換えてラジコンを操る技術力を、イヌと足を取り換えて俊足を手に入れたが、異形と化した為泣いているところを、ドラえもんが電信柱の陰から『欲張りすぎるのもよくないだろ』とニヤッと笑う」というストーリーだとされている。
その後、ネットで話題になるにつれ、あまりドラえもんらしくないオチの部分も「外見が怖すぎてみんなから逃げられ、ドラえもんに泣きつく」というものに変化していった。
こっちのオチは石ノ森章太郎の絵本『ちいたかわしわしごりらんらん』の影響もあるのかもしれない石ノ森先生は加減して下さい。

実在する道具で近いのは「分かいドライバー」なるもので、触れた物体をバラバラにする事が可能。
エピソード自体があまりにアレだった為、単行本掲載に加えアニメ化も見送られていたが、『藤子・F・不二雄大全集』18巻にようやく収録された。
「未収録である」「バラバラにする」という要素はこちらと共通しているのだが、「分かいドライバー」は単に身体をバラバラにしてそれぞれが動かせるようになる道具であり、一応他人の部品をくっつける事で実質的に入れ替えを行う事はできるものの、それを目的とした道具ではない。
登場人物が好き勝手に身体を取り替える道具及びエピソードは「人体とりかえ機」が存在する(てんとう虫コミックス11巻収録)。
こちらはまずのび太が静香と身体を取り替えた後、ドラえもん・スネ夫・ジャイアンが静香の身体を好き勝手に取り替えるというなかなかにインパクトのある話となっている。

片岡はこの話の前フリとして「どくさいスイッチ」のエピソードも語っているのだが、「独裁者ボタン」という間違った名前で紹介していたり、「しずかちゃんに振られたからしずかちゃんも消しちゃう」という大嘘を説明していたり(作中でのび太が個人名を挙げて消滅させたのはジャイアンとスネ夫のみ。静香に振られるシーンもない)と不正確極まりないものであった。
仮にうろ覚えで適当に喋っているのだとすれば、上記の推測通り『ちいたかわしわしごりらんらん』と『ドラえもん』の各エピソードを混同して話した可能性は十分考えられるだろう。

まあ、『ドラえもん』には他にボタン一つで地球を破壊できる道具があるので、ある意味間違ってないが。

ちなみに、「分かいドライバー」に限らず、ドラえもんには「あまりにエピソード数も掲載誌も多い」という事情から単行本未収録作品が多く、かつては掲載誌を国立国会図書館で閲覧する以外に読む手段がなかった(現在では『藤子・F・不二雄大全集』の刊行により、全ての話を読む事が可能)。
もとを正せば『ドラえもんプラス』はてんコミ本シリーズ未収録作品の単行本化、『コロコロコミック』は『ドラえもん』の掲載・再掲載先(特に『大長編』枠の作品は、以降基本的にコロコロに短期集中連載として掲載となった)を用意する事でのエピソード管理のシンプル化も創設理由だったほどなのだから相当である。
その為、未収録作品の話題は尾ひれがつき、都市伝説化しやすい傾向があった。
最終回の項で述べたドラえもん逮捕説はその最たる例である。

  • 「仲直り鉄砲」という幻のひみつ道具がある
鉄砲形のひみつ道具で、撃ち抜いた人を喧嘩相手と仲直りさせる効果があるらしい……が、またまたそんな道具は存在しない。
2014年頃から徐々に広まっていったらしく、2015年に電子書店「eBookJapan」が公開した「場面別!使ってみたいマンガに登場するアイテム」というアンケートでも「仲直り鉄砲」が3位にランクインしていた。
近い道具に「キューピッドの矢」や「なかよし銃*15」があるので、これらと混同されたのだろうか。

また、有志の調査によりエロゲー『ALICEの館2』のおまけコーナーに「仲直り鉄砲」というドラえもんパロディが存在している事が判明した為、こちらが元ネタの可能性もある。
ただしその場合、1992年発売のエロゲーのおまけが何故2010年代になって広まったのかの説明がつかない。
前述のアンケートの対象は当時20~30代の男女であり、世代的にも合致しない。
ラジオで誰かが話した説」「まとめサイトに載っていた説」などが唱えられているが、いずれも推測の域を出ず、真相は謎のままである。

のび太が射撃の名手なのは有名な公式設定だが、それを象徴するものとして、本Wikiののび太のページにも一時記載されていた伝説。
次元大介の0.3秒や冴羽獠の0.2秒、果てはゴルゴ13の0.17秒といった、射撃が得意な他作品のキャラより速いと評価される事も多い。
ところが肝心の「のび太の射撃速度は0.1秒」という設定が載ったエピソードが確認されていないのである。

では0.1秒という数字はどこから来たのかというと、候補が2例ほど存在する。
1つ目はスピンオフザ☆ドラえもんズ スペシャル』の「ロボット養成学校編」にて、早撃ち記録0.1秒のドラ・ザ・キッドと互角の勝負を演じたエピソード。
確かにドラ・ザ・キッドの早撃ち速度は0.1秒であると明記されており(SP1巻)、彼とのび太が互角の勝負をしたのも本当である。
しかし、この勝負は銃を抜いて互いに向け合った状態で行われたもので、クイックドロウ(ホルスターから素早く銃を抜く行為)はしておらず、早撃ちと呼べる対決ではない。
しかもこれは敵を欺く演技だった為、本気でやったかどうかすら怪しいのである。
仮にドラ・ザ・キッドと互いに本気でやっていたとしても、早撃ちという形式での対決ではなかった以上、「早撃ちの速さは0.1秒」の根拠にはなり得ないであろう。

2つ目は大長編『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』において、悪役ギラーミンと決闘したエピソード。
この時ののび太は、クイックドロウの早撃ち対決でギラーミンに勝利している。
しかしのび太・ギラーミン共に射撃速度についての言及はない。
「0.1秒」という数字は作中ののび太のモノローグに出てくる(原作のみ)が、「勝負は最初の一発にかかってる。相手より0.1秒でも早くうつこと……」と「できるだけ早く撃つ」という意味で使っており、「0.1秒で撃つ」とは言っていないのである。

これらのエピソードが誤解された結果、伝説として広まったのかもしれない。

  • ドラえもんの耳がなく、ボディが青い理由
製造時は耳あり黄色ボディであったドラえもんが、現在のような耳なし青ボディとなった理由についての諸説。
おそらく世代によって認識が大きく異なるのだが、その事をあまり知られていないため、自分の知っている説を唯一と思い込んだり、別の説を都市伝説だと勘違いしている人も多いのではないだろうか。

まず、テレビ朝日版第一期、いわゆる大山ドラの頃に最も有名だったのは、「ネズミに耳をかじられ、自分の姿を見て青ざめた」と言うもの。
このうち、前半の「ネズミに耳をかじられ」の部分は、上の方にあるドラえもんの目的説のところでも取り上げた『ドラえもん大事典』が初出である。
この作品は前述の通り、確かに藤子・F自らが手掛けた作とはいえマイナーかつ正確性も怪しく、非常にマイナーな設定であった。

そしてこの設定を一躍有名にしたのは、コロコロコミックで1978年に掲載された方倉陽二のマンガ『ドラえもん百科』である。
当時はほとんど整理されていなかったドラえもんの設定をまとめる形で藤子・Fの信頼も厚い元アシスタントである方倉が手掛け、公式で発表された『百科』は、ファンの間ではほぼ公式設定として受け取られたのだ。
アニメでも『ドラえもん びっくり全百科』として映像化されるなど非常に有名であったため、年長のファンはこの設定を認識している人が多いだろう。
前述の説の後半「自分の姿を見て青ざめた」の部分はこの『百科』が初出となる……と言うかそもそもの所実は、「ドラえもんは最初は黄色だった」と言う設定自体が方倉設定であったりする。
実は原作においていわゆる「黄ドラ」が描かれた事は一度もなく、先の『ドラえもん大事典』や、同じく藤子・Fの手掛けたおまけコーナーである『ドラえもんの大ひみつ』では、青いボディに耳つきのドラえもんが描かれているのだ。

ともあれこうしてファンの間では『百科』設定がメジャーとなったのだが、この設定は公式書籍とはいえ藤子・Fの認知する所ではなく、「ロボットが青ざめて色が変わる」と言う突拍子もない理由は不満だったようだ。
一方で「最初はボディが黄色かった」と言う事自体は受け入れていたようで、インタビューなどでも追認している。
中途半端に詳しいファンの中には「藤子が不満だった」と言う話だけ聞いて方倉設定を全て非公式扱いと勘違いする者もいるが、それはそれで間違いなので注意。

ともあれこの辺りの設定を整理する目的で作られたのが、藤子監修で作られた1995年の映画『2112年 ドラえもん誕生』である。
この作品においては、「ドラえもんの耳は工作用ネズミロボットに齧られた*16、ボディは三日三晩泣き続けた振動でメッキが剥がれたため*17」となっている。
ちなみに泣き続けた結果声も枯れ、声優も横山智佐から大山のぶ代に変わった。

この映画は藤子・Fが「本作が決定版」「もう二度と変えません」と断言しているため、現在ではこちらの説が公式設定……かと言うとそうでもないのが、ややこしい所。
と言うのも、『ドラえもん誕生』は確かに藤子・Fの監修作品だが、監督・脚本は米谷良知*18が手掛けており、必ずしも全てが原作に沿った設定と言う訳ではない。
プロデューサーの意向でドラえもんの元カノ・ノラミャー子の容姿が変わっていたり、派生作品である『ザ☆ドラえもんズ』のキャラクターが登場したりと、本作独自の設定も多く登場する。
そのため、この作品を完全な公式設定として取ると、それはそれで不都合が存在するのである。

実際、時代がわさドラに切り替わった現在は、『百科』とも『誕生』とも違う説が最もメジャーとなっている。
それが、前述の2つの設定の折衷案である「耳がなくなったのはネズミに齧られたせい、青くなったのは三日三晩泣き続けたせい」と言うもの。
キャラクターソングで採用されたり、『徹子の部屋』に登場した際もこの内容で自己紹介したりと、現在はこれが公式設定になっているようである。
前述のように藤子・Fは「ロボットが青ざめると言う設定」に不満を持っていた一方でネズミの方については特にコメントしていなかった事、工作ロボット云々の設定を説明すると長くなり「ネズミに齧られた」の一言で済ませられる方が都合が良い、と言った理由だろうか。


  • ドラえもんの職業は「特定意思薄弱児童監視指導員」
こちらも『ドラえもん百科』での独自設定。

前述の通り『百科』の方倉設定は藤子・Fとは無関係な独自のものであり、こちらのセリフは映像化もされていないので、一部マニア以外への知名度は低い。
また該当シーンを読むと、普段の行いから居候扱いされたドラえもんが、「私にはれっきとした職業がある。特定意思薄弱児童監視指導員だぞ」と反論し、「要するに子守か」とツッコまれるギャグシーンである。
以後言及されない事を考えても、そもそも独自設定ですらないその場しのぎの冗談だった可能性が高い。

『2112年 ドラえもん誕生』では「子守用猫型ロボット」として製造された事になっており、覆すような新設定も存在しないため、こちらが公式設定と見て問題なさそうである。
「要するに子守か」の部分が採用されたと取れない事もない。

ちなみに方倉設定については「ドラミにボーイフレンドがいる」など後に明確に否定されたものや、「ドラミのタイムマシンがチューリップ型」や前述の「ドラえもんが最初は黄色かった」など逆に原作やアニメにも取り入れられたものが混在している。


詳しくは個別項目を参照してほしいが、必ずしも間違いとは言えないものの、やや不正確。
名字の「我成」は日本テレビ版で、名前の「えいいちろう」はテレビ朝日版第1期(大山のぶ代版)で別々に設定されており、同一作品内で「我成栄一郎」と続けて呼ばれたわけではない。
また、「えいいちろう」の漢字表記については不明である。

ただし「我成栄一郎」という名前も、作品外ではあるが映画『STAND BY ME ドラえもん2』のオンライン試写会企画で招待客リストの名前として使用されている為、「公式で使われた事は一度もない」というのもそれはそれで誤り。
そのリストでジャイ子のフルネームが「剛田ジャイ子」になっている事からも分かるように、あくまで「公式が考えたネタ」程度のものではあるが。
某ネットミームで本名の描写が必要になった際に(元ネタ含め)これが使われているが、どちらが先かは不明。

似たような噂で「先生(せんじょう)英一郎」が本名というものもあったが、こちらも大山版で一度だけ登場した名字「先生」に「えいいちろう」をくっつけたもので、やはりフルネームで呼ばれたわけではない。

ちなみに原作では名前を呼ばれたシーンがなく、わさドラ版でも今のところ名前は出ていない。

2000年代からまことしやかに伝わっていた噂。原作・アニメ共にこの名前は出てこない。
「ああ、好き、好き、好き!」(第3巻収録)に登場するキャラ「ぼた子」がジャイ子に似た外見だった事*19から「ぼた子が本名」と誤解され、やがて「モタ子」に変化したのではないかと考えられている。
似たようなので「モネ子」などのバリエーションもあるが、どっちにしろデマ。

同様に「剛田香」が本名という噂が流れていた事もあり、そちらは「原作でスケッチブックに“香”という名前が書かれていた」というのが根拠とされていた。
しかし、実際には該当の話と思われる「泣くなジャイ子よ」(第40巻収録)にてスケッチブックに書かれた「クリスチーネ剛田」の「ネ」の文字が手に隠れて「香」と見間違えられた説が有力である。

なお、公式におけるジャイ子の本名は2026年現在も不明。
これは原作者の藤子・Fが「同じ名前の子がいじめられないように」と配慮した為である(詳細は個別項目を参照)。
一部では「剛田ジャイ子」があたかも本名であるかのように扱われる事もあるが、これが本名かどうかも不明である。
派生で、原作でジャイ子の方が先に登場した事から「ジャイアンのあだ名の由来は「『ジャイ子のあんちゃん』だから」などという噂もある(『野比家の謎』といういわゆる非公式の謎本が由来とされる)が、やはり根拠のない憶測に過ぎない。

  • ドラえもんのサイズ数値「129.3」は当時の小学4年生の平均身長から取られた
ドラえもんにまつわる数値は身長から誕生日に至るまで「129.3」で統一されている。
この数値は当時(1960~1970年代とされる)の小学4年生の平均身長で、体重や誕生日その他はそこから派生して設定された。
それはのび太及び同年代の読者が、ドラえもんと同じ目線に立てるようにする為である……という話。
初出は公式ファンブック『ド・ラ・カルト』で、以降『決定版 ドラえもん大事典』や『ぼく、ドラえもん 02』といった複数の公式書籍で取り上げられた。
学校保険統計調査のデータ を見ると、確かに1968年の9歳(小学4年生)女子の平均身長はちょうど129.3cmである。
『ドラえもん』の連載開始は1970年の1月なので、その時点での最新データを引用したと考えれば辻褄も合う。
藤子・F自身もインタビューで「ドラえもんは、小学3、4年生の子どもたちと同じくらいの大きさ」と発言している*20ので、具体的な数値を意識していた可能性は十分考えられる。

上記の理由からファンの間ではほぼ事実として語られているものの、実は都市伝説に近く、今日に至るまで明確なソースが見つかっていない。
前述の統計調査にしても、同じ年の9歳男子は129.7cmなので一致していないし、「ドラえもんとコンビになるのび太は男子なので女子の方の平均身長に合わせるのは不自然」という反論もできよう。
ただし藤子の意向に合致した説なのは間違いない為、今後も支持されていくと思われる。

ちなみに、先の項目でも取り上げた漫画『まいっちんぐマンガ道』には「誕生日の9月3日は当時藤子のアシスタントを務めていた羽中ルイの誕生日から取った」というエピソードが載っている。つまり「129.3」はそこから逆算された数字という事。
当時のアシスタントの証言なので一定の信憑性はあるが、現状『まいっちんぐマンガ道』以外に裏付けがなく(羽中ルイ自身は言及しておらず、著者のえびはら武司も記憶違いの可能性を認めている)、こちらも明確なソースとは言い難い。


サザエさん

  • 『サザエさん』の最終回
『ドラえもん』と同じく何種類かあるが、こちらも作者が描いたものではない。

有名なのは「サザエさん一家がハワイ旅行に行き、その帰りに飛行機が墜落して一家は全員死亡する(もしくは各自の名前に即した海の生物に変化する)」というもの。
この元となったエピソードと思わしき『ひょうりゅう記』がお蔵入りされた為に、間違った解釈が独り歩きしてこのようなデマが生まれてしまったと思われる。
またアニメ版でも特番でハワイに行った事があるが、その回で一家は無事に帰ってきている。

もう一つは「波平が急死したのを切っ掛けに、カツオワカメは非行に走り、フネは不倫し、タラちゃんが交通事故死してショックでマスオは自殺、一人残されたサザエはアル中になるなどして、磯野一家は崩壊する」というもの。
こちらはしりあがり寿が(勝手に)書いた『サザ江さん』なるパロディ漫画が元ネタとされている。
コレも似たような話だが、関係性はない。

なお、実際の原作は連載開始から1年ほどでサザエが結婚するところで一旦話が終わり*21(強いて言うならこれが「長谷川町子が用意した最終回」)、
その後、既に子供ができた結婚後のサザエが登場する第2部(『サザエさん』の9割以上を占める部位)に突入後は特に切れのいいところになる事もなく、終盤は「作者が体調不良で休載して他の漫画が穴埋め」を繰り返した末に休載中に長谷川町子が死去と明確な「最終回」は存在しない。
最後の掲載話もいつも通りの日常ネタである。
作者である長谷川先生の体調不良が原因であるが、もう少し続けるつもりだったとも言われる。
明確な最終回が存在しなかった事で、この手の都市伝説が発生したのかもしれない。

  • フネは波平の後妻であり、サザエとフネは血が繋がっていない
これもしばしば「事実」としてネット上に記載されており、そう思い込んでいる人もかなり多い。
TOKYO MXの『5時に夢中!』という番組内で、さも事実であるかのように紹介されたこともある(視聴者からの投稿の紹介としてではあったが)。

だがこの話は、ベストセラーになった謎本『磯野家の謎』に出てくる考察ネタに過ぎない。
サザエとカツオ・ワカメの年齢差や、フネがサザエを「さん付け」で呼んでいる事、やたら機嫌の悪いフネが誰かの墓参りに行く話がある(「前妻の墓だから機嫌が悪いんじゃないか?」という推測)事などを根拠にしている。

しかし、原作の連載開始当時ではサザエ達程度の年齢差の兄弟は珍しくなかった。
さん付けに関しては『ドラえもん』などでも確認できる事象で、昭和の日本でありふれていた光景である。
また、原作のフネはアニメよりも苛烈な性格であり、そもそも件のシーンは当時の世相を反映したネタを含んだ、オチに繋げる為の展開である。
墓が前妻のものなどと考える理由は「波平は福岡出身でフネは静岡出身。それなのに何故首都圏にある墓地へ墓参りに行ったのか?」というもので、恐らく設定ミスであろう。

また、アニメ版においてはサザエの幼少期や波平とフネの新婚時代を描いたエピソードが数多くあり、サザエがフネの実子である事は明白である。

(同書の計算によれば)フネが43歳でワカメを高齢出産した事になるのも一見不自然に思えるが、昔は現代と比べて40代での初産はあまりないものの、第2子以降では現代よりずっと多く、大正14年には45歳以上の母から産まれた子供は2万人近く、なんと50代でも3000人以上産まれていた。
同じ長谷川作品『エプロンおばさん』の主人公の敷金なし(エプロンおばさん)ももうすぐ60なのにまだ高校生の子供がいる(=40代で出産)設定である。

逆に「『お母さん(フネ)が自分たち3人を連れて波平と再婚した』とワカメがショックを受ける」という話は原作中(アニメ化もされている)にあるが、これはワカメが「若い頃の毛がふさふさの波平」を写真で見て現在と同一人物と認識できず別人と勘違いというオチである。〈波平=あの髪〉という認識もどうなんだ……

なお、これに関連する形でサザエとカツオの年が離れている理由はサザエとカツオの間に実は早世した長男がいたからという『カツオ次男説』も存在しており、カツオ自身が自らを長男と名乗る事がないという点が根拠とされているが、確証はない。
また、年齢差について「戦争で波平が兵隊に行ってたからフネと子作りできなかった時期がある」という説を上げる人もいるが、連載開始時期(昭和21年)から逆残するとむしろカツオが生まれるまでが平和だった時期である。

  • ワカメとタラちゃんが原作漫画でヒロポン(覚醒剤)を服用した
これも上記同様、「磯野家の謎」由来の都市伝説。
実際は同作者の別作品『似たもの一家』のエピソードが由来で、主役の伊佐坂先生の家にあったヒロポンを、隣に住むトンダ家の子供達が誤飲してトリップしてしまったという話である。
それはそれで衝撃的なのだが、戦後すぐは取締法がなかったという背景があるので、「当時は違法ではなかった」事に留意すべし。

同書にて「トンダの若奥さんはサザエにそっくりで、子供2人はワカメとタラちゃんに瓜ふたつ」「なのでトンダ家は磯野家であると考えることもできる」などというこじつけ気味の考察が書かれており、そこから広まったと思われる。
が、3人は言うほどサザエ・ワカメ・タラオに似ていない。分かりやすく言うと、ジャイアンとブタゴリラを同一人物扱いするくらいの暴論である。
そもそも子供2人は作中で「トンダミヤコ」「トンダカンイチ」と自己紹介しており、ワカメとタラちゃんという事は100%あり得ない。
トンダの奥さんも作中で「未亡人」と説明される、家族構成からして違う(伊佐坂家の隣といえば磯野家ではないかと思う人もいるだろうが、『似たもの一家』の連載終了後、『サザエさん』作中で伊佐坂家は磯野家の隣に越してきている)。

なお、このネタが掲載された「磯野家の謎・おかわり」は、作者が前作のヒットに気を良くしたのか、前作以上に無茶なこじつけが多くなっている*22
擁護しておくと、「磯野家の謎」はそうしたこじつけばかりではなく、真剣な考察や綿密なデータ収集、結論こそむちゃくちゃなもののユーモアとして一読の価値がある論証もあり、「謎本」としては良書の部類に入る作品である事は明記しておきたい。

ちなみに、原作漫画には「サザエの知人である劇団員が薬局で覚醒剤を購入する」というエピソードが実際に存在し、2018年に刊行された『おたからサザエさん』第2巻に初収録された。
ただし、このエピソードは新聞掲載(1952年12月8日)から60年以上もの長きに亘って単行本未収録だった作品なので、ここから噂が膨らんで上記の都市伝説になった可能性は低いと思われる。
なお、覚醒剤取締法の施行は1951年であり、本作の新聞掲載時でも違法だったのだが、作者がうっかり失念していたか認識していなかったかによるミスらしい。もっとも、それならそれで掲載元の朝日新聞の担当者が指摘するべきだったのだが。

  • タラオには「ヒトデ」という名前の妹がいる
長らく一部のファンの間でささやかれていた話。
『漫画読本』の創刊号に掲載された1コマ漫画<サザエさん一家の未来予想図>に10年後の磯野家の人達がかかれていたのだが、そこに「ヒトデ」と書かれた5歳くらいの少女がおり、マスオに「これヒトデあぶないよ」と言われていた。
マスオに呼び捨てにされている事などから「これはタラちゃんの妹では?」と一部の人にささやかれていたが、現時点ではタラちゃんの妹とは明記されておらず、あくまでも推測に過ぎなかった。しかも1966年に朝日新聞で掲載された『サザエさん一家がひとなみに年をとっていたら…』には年を取った一家とカツオとワカメの新しい家族の姿が描かれているが、この中にヒトデは存在しなかった。

そんなこんなで公式からも忘れ去られていたが、2019年に放送された『磯野家の人々~20年後のサザエさん~』でヒトデが登場し、明確にタラちゃんの妹と公言された。

アニメ版波平の初代担当声優である、永井一郎の学歴と混同している。
京大卒のインテリ声優としてクイズ番組に出た事も何度かあるので、その影響で広まってしまったのだろう。
実際は原作漫画に旧制中学校卒らしい事を示す描写がある(「中学時代に習った英語の歌」を披露するシーン)のみで、大学についての言及はない。

これ以外にもネット上にはしばしば「サザエさんキャラの学歴」なるものが掲載されているが、ほぼ全て何の根拠もないガセである。
原作で学歴が判明しているのは、マスオ(私立大学卒)、フネ(女学校卒)、サザエ(女学校卒)だけ。具体的な学校名は全く書かれていない。

ただしマスオは関しては少し複雑で、原作でサケオ(マスオの兄)が早稲田の校歌を歌うシーンがある→それが曲解され「マスオは早稲田大学卒」という説として広まる→アニメがそれを取り入れて早稲田大学卒を公式設定とする……という経緯がある。
つまり、原作マスオは大学名が設定されておらず、アニメマスオは公式で早稲田大学卒という事になる。

それ以外のキャラクターについては、原作・アニメ共に一切設定がなく、全てデマ。
初出は2ちゃんねるのスレッドらしく、上記の公式設定があるマスオや一応デマの根拠はある波平から着想を得た誰かがふざけて作成したものが転載され、拡散されてしまったのだろう。
なお、明確な学歴こそ不明ではあるが、原作最初期の波平がかなり金持ちそうな雰囲気である事、フネが女学校の出である事などは事実なので、当時の基準としては磯野家がかなりハイソな家庭であるらしい事はうかがえる。

長寿漫画故か、『サザエさん』の都市伝説は他にも多数存在する。
「原作のマスオとノリスケはインパール作戦の生き残り」という話も広まっているが、こちらも全くの無根拠である。そもそもマスオとノリスケが従軍経験を語るシーンがない。
波平は戦争時に下っ端兵士だったと写真付きでサザエが説明する話があるが、世代が古い(本編内で明治生まれと明記)ので太平洋戦争ではなく、もっと前の戦争の可能性が強い*23


クレヨンしんちゃん

  • 『クレヨンしんちゃん』は、野原みさえが事故死した息子を主人公に創作した話
例によって、原作者も出版社もこのような事は全く仄めかしておらず、作中にもこれを示唆するような描写は全くない。
臼井儀人先生の関わっていない作品とはいえ、映画『クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』の春日部の状況や大人しんのすけのぶっ飛び具合などを考えても*24、さすがに不自然であろう。
前述の「のび太植物人間説」から派生したものと思われる。

追記者の推測だが、『まつざか先生恋愛編』が一般連載とは思えないほどのバッドエンド*25に終わった事も「臼井先生は以前ああいうのを描いたのだから」として“裏付け”になってしまった可能性がある。
また、作中に登場する漫画家がしんのすけの破天荒ぶりを見て「エンピツしんちゃん」という作品を着想・執筆しヒットするというエピソードが存在する為、「作中の登場人物が創作した話」というデマの形成の一因である可能性がある。

2011年に作品20周年記念で出版された『クレヨンしんちゃん大全』では、担当編集者が(単行本未収録の)初期エピソードについて、「どれもキャラクター像が架空の人物像になっている」と発言している。
恐らく、描写が非現実的過ぎる*26という意味で言ったのだろうが、「フィクションなのにわざわざ“架空の人物像”と発言したのは何故なのか」と疑問に思ったファンが「『クレヨンしんちゃん』は作中作の予定だった」と解釈したのかもしれない。
この本の出版前から「クレしん作中作説」は存在するため、初期エピソードについて同様の発言が過去にされたのかどうか、調査が待たれる。

ちなみにこの都市伝説の派生パターンとして、「ボーちゃんの両親が劇中に登場しないのは、しんのすけを交通事故で轢いた張本人で、みさえにとって憎悪の対象だから」という追加エピソードもある*27
実際にはボーちゃんの親とみさえに交流がある事はそれなりに描写される事がある(例としては映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』にてボーちゃんの両親がクルーズに参加できなかった事を残念がったりなど)。

ネット上ではかなり多くのサイトやページで、まるで公式設定であるかのように書かれており、それを前提とした考察なども見受けられるが、原作・アニメ・劇場版・公式出版物のいずれにおいても確認できない設定である。
そもそも「4年制大学に通っていた」事を示す描写自体が存在しない。

「35歳の時点で双葉商事勤続15年目」という描写はあり、高卒ですぐに入社したとしたら計算が合わないという点から「大学中退」という推測が生まれたのではないかという指摘もある。
しかし上記のように、そもそも大学に入学したという描写自体が無いため、高校卒業後2年ほど地元にいてその後上京した、もしくは東京で一度転職している、短大や専門学校に通っていた等と考える方が自然だろう。

なお、スピンオフ『野原ひろし 昼メシの流儀』には明言こそされないものの、「大学生時代を回想している」かのように見えるシーンがあるが、この作品は原作との整合性を完全に考慮外のものとして執筆しているようなので、当てにならないだろう*28

なお、やはりネット上でよく書かれている「野原ひろしの身長は180センチ」というのも同様に根拠のない都市伝説である(しんのすけ・みさえはそれぞれ原作・アニメで身長が判明している。また、ひろしもアニメで「股下」は79センチと判明している)。

  • 原作者が遺書として描いたという不気味な画像
2009年に趣味の登山中に転落死した作者の臼井先生に関する悪質なデマ。色んな意味でショッキングな内容なので検索はオススメできない。
臼井先生の失踪事件が報じられ始めたころ、ネットで彼の「遺書」とされる画像が出回り、一部で騒動になった。
まるで精神的に限界になって描いたかのような非常に不気味な画像だが、パソコンで簡単に描いたような絵だった事や後に事故死だった事が明かされた事、そもそもこんな画像を描いてネットに上げるような人じゃなかった事から、誰かのイタズラだと考える人も多かった。

そして、とある個人ブログを運営している人間が、イタズラ目的で画像を作ってネットにばら撒いたと告白。大方の予想通り、愉快犯による極めて悪質かつ不謹慎なデマだった。
彼は元々、これと同様にデマを作って流したり、ニュースサイトや掲示板などにウィルスURLを貼り付けるなど悪質なイタズラを繰り返す人間だった。
今回は臼井先生の訃報を知ってネタばらしをしたが、ふざけた態度で全く反省していなかった。もちろん批判が殺到したのは言うまでもない。
その後も彼はブログで変わらず不謹慎な発言を続けている。


ドラゴンボール

  • 『ドラゴンボール』がパチンコ化されないのは、鳥山明が拒否しているため
まず結論から言うと、有名なソース付きのコピペは全くのデマだが、鳥山明が拒否しているのは事実という事になる。

まず前者の「自分の子どもを賭博屋に売る人間がいますか?」という有名な発言は、完全な釣りである。
詳しくは実は言ってない台詞を参照。

一方で後者のソースに関しては、東洋経済オンラインが有名作品のパチンコ化事情を取材した際に、遊戯メーカー幹部から「超人気アニメの『ドラゴンボール』は各社が打診したが、原作者の鳥山明氏が首を縦に振らない」と回答を受けているというもので、その記事はネットでも閲覧できる。
具体的なメーカー名と人物名は明かされてはいない為、どの程度信憑性があるかは微妙だが、「鳥山明が拒否したというソースはない」というのもまたガセネタという事になるだろう。

  • 某大ヒット漫画は悪魔のお告げによって生み出された
とある漫画家が、人気漫画の連載が終わって次回作のアイデアが出ずスランプに陥っていた。
ある時そんな漫画家の許に悪魔が現れ、予言を授けた。
予言を元にして描かれた漫画は「主人公が神を超える」「死人が蘇る」「サタンが世界的なスターになる」という神を冒涜する内容だったが、世界的なヒット作となった。
ある時漫画家が偶然エホバの証人という新興宗教の信者と話をしたところ、漫画家は自らの過ちに気付き、漫画を強引な結末で終わらせ、自らもエホバの証人に入信した……という都市伝説。

お気付きかと思うが漫画とは『ドラゴンボール』、漫画家とは鳥山明の事である。
宗教関連の事なので早めに種明かしをすると、この噂は全くのデタラメ。
悪魔云々の部分はもちろん、鳥山先生とエホバの証人はなんの関連性もない。
そもそもの話初期の『ドラゴンボール』は『西遊記』モデルの冒険活劇であり、初期設定や初期デザインの資料も早い段階で公開済みである。
この噂が独り歩きするのは鳥山先生にとっても看過できなかったらしく、インタビューで本人が直々にエホバの証人とは何の関係もない事を明言している。

天下一武道会ビーデルをフルボッコにしていた姿があまりにも印象深いスポポビッチだが、時折海外のイラスト投稿サイトではリョナを表すタグとして「Spopovich」が使われると語られる事がある。
しかし、世界最大級のイラスト投稿サイト「DeviantArt」などで検索をかけると分かるが、出てくるのはスポポビッチ本人や『ドラゴンボール』関連のイラストばかりで、他作品のリョナ絵は1つも出てこない。
この事からデマである可能性が高いが、どこかのマイナーな投稿サイトで使用されている可能性もある…かも知れない。スポポビッチがそっちの趣味の人に人気が高いのは事実だし。

  • フリーザのモデルは当時の担当編集である近藤裕
悪の親玉でありながら敵にも部下に対しても敬語で話し、それが強烈な威圧感を与えるという斬新な悪役像からかなりの人気を誇るフリーザだが、実在のモデルが存在するという話も広く知られている。
この作者には前科があった事に加え、特に『Vジャンプ』においては彼の副編集長時代における鉄板のいじりネタとなっていた他、インタビューなどでも前担当である鳥嶋和彦や同じく近藤をモデルにしたキャラを作った三条陸氏など複数の人物が肯定している…
のだが、当の鳥山先生と近藤は揃ってこの説を否定している。曰く「無意識に似せてしまった可能性はあるが、本作において明確に担当編集をモデルにした敵は出していない」とのこと。
なお近藤曰く「自分をモデルにして作られたキャラはトランクス」とのことだが、こちらはさすがにジョークの可能性が高いと思われる。
前述の『Vジャンプ』で弄っていた石塚裕子氏の漫画を読んで信じた読者も多かったのではないだろうか(「イヨク*29をフリーザに変身して恫喝・ボコるコンドウ*30」というのは鉄板ネタだった)。もっとも、この回の内容から察するに、ただの偶然だったとはいえ実際似ていることは間違いないようだ。

連載初期に登場し、当初はイヤミな兄弟弟子として登場したものの亀仙流の修行を経て無二の親友となったクリリン。
しかし彼に対して悟空に友情はない、と作者である鳥山明が発言したとされる都市伝説がある。
タンバリンに殺された際に殺意を抱くほど悟空が激怒していたり、フリーザに殺された件が超サイヤ人に覚醒した件を考えれば有り得ない話だが
そもそもクリリンの「ぜったいに死ぬなよ 親友……!」という言葉に「ああ!」と応えガッチリ握手を交わしているシーンまである。

どうやらこれはインタビューの恣意的な切り抜きのようで、そのような発言を鳥山明がした事は事実だが
まずこの発言の前にジャンプおなじみ「友情・努力・勝利」の三原則に関して質問されたところ「そういうのは無視してました」「わざわざ言うなんてダサい」「全然意識してないです」と発言。
その後に「あくまで強いヤツと戦いたいだけの主人公として描きました」「たまたま友情になってしまっている感じ」「たまたまそうなったらいいですねっていう感じですね」と続く。

つまり「悟空は特に友情に厚いキャラとしておらず、戦いの中でクリリン達とも自然と友情が生まれるキャラとして描いた」という意味合いだと思われる。
クリリンの方はともかく、悟空は友情や親友といった概念をわざわざ口にしないタイプというだけなのだ。言葉にせずとも伝わる友情もある、という事である。
鳥山先生自身が脚本にも関わった映画『神と神』でビルスとの決着につきキビト神から悟空にはそういう性質があるという旨の発言がされているのは、この点のフォローなのかもしれない。


名探偵コナン

『名探偵コナン』では最も有名な都市伝説……というよりは予想の範疇だが。
「あの方」でググるとサジェストに「阿笠博士」が出てくるほど。
戸籍不明の江戸川コナン(後に灰原哀も)を難なく小学校に通わせている事、コナンに素性を隠す事を薦めるシーンで(コナンが若干引くほど)異様に必死な様子である事、同時期に何故か(この時点では)会ったことのないジンウォッカの顔を連想している事、ピスコ粛清前後での様子などが根拠とされている。
それ以前に説明のつかない異常な科学力の持主でもある。
また、黒の組織のコードネームは酒にちなんだものだが、ラムとオレンジジュースで作る「アガサ・カクテル」なるものが存在するのもこの説が広まった一因だろう。

この説については青山剛昌先生直々に否定宣言が出されたが、現在でも
◇「長期連載化*31による路線変更で、長年親しんでいた知人を裏切らせることができず予定が変わった*32
◇「黒幕ではないが何か重要な事を知っている」
といった説を支持している人もいる。
ただ、身も蓋もない事を言ってしまうと、ジンの変遷を考えるに路線変更自体が黒の組織の設定を固めるためのものだった可能性は高い。
実際に後の対談で「あの方の正体を決めたのはこの巻(未公表)の時期」と暗にそれ以前はあの方が誰かは決まっていなかった事を打ち明けており、当然路線変更前であの方の設定を考えていたかも怪しい1巻時点での描写は根拠としては弱いと言わざるを得ないのだが。

阿笠博士の科学力が劇中ですら異常な理由? さぁ……?
これもやっぱり「せっかくなら探偵道具として変わったガジェットを出したい」で博士キャラを登場させる程度だったのだろうか?

ちなみに連載している『週刊少年サンデー』の巻末コメントの『今週のクエスチョン!』で他の先生に聞いてみたいけど聞けずにいる事を公開するというテーマの際に、椎名高志が「阿笠博士でしょ?」と青山先生に向けて黒幕説を示唆したと思われるコメントが掲載されている。

  • テレビアニメ『名探偵コナン』のスポンサーにガス会社が含まれている為、アニメにおいて爆発シーンはNG
今やすっかり春の風物詩となった爆発シーンがある劇場版に対し、テレビアニメでは滅多に爆発シーンがない事から生まれた都市伝説。
確かに頻度は少ないが、テレビアニメでも爆発シーンは存在する(「憎しみのフライパン」)。
スポンサーに関しても、1997~2015年までは「日本ガス協会」が務めていたが、その当時から爆発シーンは放送されている(「謎めいた乗客」)ので、ガセと考えていいだろう。
なお、2026年現在ガス会社はスポンサーについていない。

元々原作に爆発シーンが少ない(よって、原作準拠のテレビアニメも必然的に少なくなる)事と、劇場版は視覚的に派手な展開が求められる(故に爆発シーンが多い)という事情が重なっただけだと思われる。


ONE PIECE

  • 『ONE PIECE』の仲間の能力には数字の法則がある
麦わらの一味が食べた悪魔の実の名前は1から10までの数字のごろ合わせになっている」という有名な説で、単行本の読者投稿コーナーで採用された事もある。
現在該当しているのは「5・6」「1・10」「8・7」「4・3」の4人。
この事から次の仲間は残った「2・9」か「9・2」で表せる能力者ではないかと言われている。
現在登場しているキャラで該当するのは「ニキュニキュの実」の能力者であるバーソロミュー・くまと「フクフクの実」の能力者である錦えもんの2名で、これを信じる層からは最有力候補と目されていた。

ただ、くまも錦えもんも一時的に共闘はしたものの、その後別れており、再合流の目処は立っていない。
さらにくまについては「前述の読者投稿コーナーで彼の加入に関する質問が採用されている(もし本当に加入するなら質問自体がネタバレになる)」「既存メンバー(サイボーグのフランキーと元七武海のジンベエ)と一部設定が被っている」という指摘もある。

  • 『ONE PIECE』の赤犬のモデルは俳優の峰岸徹
本編に黄猿が登場してから赤犬のモデルが判明するまでの期間限定で流れた都市伝説。
元々は泡坂妻夫原作・児玉進監督の映画『乱れからくり』において、青雉のモデルである松田優作が青い衣装、黄猿のモデルである田中邦衛が黄色い衣装で出演していた事から、赤犬のモデルは同作で赤い衣装を身に着けていた峰岸徹ではないかという説が急速に広まる事となった。
結論から言ってしまえば、この色の一致は全くの偶然であり、赤犬の実際のモデルである菅原文太は同映画に一切関わっていない。

  • 『ONE PIECE』が休載になったのは版権問題で揉めた為
しばしば休載になる『ONE PIECE』だが、とあるキャラの登場と休載になった時期が重なったために広まった噂。

『ONE PIECE』には実在する人物がモデルとなっている登場人物が何人も登場しているが、特に海軍大将は一目でモデルとなった人物が分かるほどそっくりに描かれている。
その中の一人「藤虎」は勝新太郎演じる「座頭市」がモデルと見られているが、外見だけでなく「盲目である事をいいことに悪人がイカサマしようとする」というシーンも作中のシーンに酷似している事から著作権に引っかかり、その調整の為に時間が必要だったのではないかと噂されている。
しかしながらこの噂に関しては「ティー・エム・プロダクション」が明確に回答しており、「まったくの風評被害で、正直、困っているんです」「弊社が『少年ジャンプ』編集部に抗議をしたということも、勝の妻・中村玉緒が立腹しているという事実も一切ございません」とのこと。
迷惑がかかるところが多いので、この噂を言いふらすのは自重すべきだろう。

なお、似た噂として「赤犬がポートガス・D・エースを殺害した事で一部の熱狂的なエースのファンが菅原文太の事務所に突撃し、それに対してクレームが入れられた事で今後赤犬を登場させる事はできなくなった」という噂があり、かつて当Wikiにも掲載されていたが、知っての通り赤犬は現在も登場しており、ガセである事が確定している。
作者の体調や劇場版『ONE PIECE FILM』シリーズの監修の関係で『ONE PIECE』の休載が増えるようになってからは、この噂も下火になっている。

ゴールド・ロジャーが「ゴール・D・ロジャー」だった衝撃から、他のキャラの「ド」もDではないかという噂が流れ、その煽りを受けて当時フルネームが不明だったドラゴンが「D・ラゴン」ではないかと疑われ、さらにドンキホーテ・ドフラミンゴ 登場後には彼も「D・フラミンゴ」説が流れ、「Luffy」「Ace」「Teach」「Ragon/Roger」「Flamingo」と揃ったことで「並べ替えるとRAFTEL」説まで飛躍した。

数年後、法則に合致しないDの一族が増え、ドラゴンのフルネームが判明し、映画『ONE PIECE STAMPEDE』にてラフテルの綴りも「Laugh Tale」と判明してこの説は消え去った。

第1話で登場した最初の敵であるヒグマに関する都市伝説。
まず生存説に関しては、公式ファンブックなどにおいて作中死亡した人物には享年が記載されるのだが、何故かヒグマは年齢のみが書かれている。
「彼は近海の主に食われたものの、出血や食べ残しなどはなく丸のみにされているので、奇跡的にギリギリ生還できたのでは?」という考察も。
当時10億4000万ベリーの大物で既に覇王色の覇気を使いこなしていた赤髪のシャンクス達から逃げる事に成功したので、実はただ者ではないかもしれないという意見が多い。
その他「海賊を初めて見た」発言など謎が多く、「実はただのやられ役の敵ではなく結構重要なポジションのキャラなのかもしれない」という見方をする読者が多いのがこの都市伝説。
それ故、皆が驚くような再登場を果たすかもしれないという予想もされている。

これだけならただの与太話じゃないかと思うだろうが、単なるネタでは片付けられない根拠が存在する。
まず、質問コーナーであるSBSではまだ明かせない今後の重要な伏線やまだ固まってない重要な設定は一切採用されないが、2026年現在ヒグマに関する質問が何故か今まで一度も採用されていないのである。
さらに、『ONE PIECE』のアレコレをいじる事に定評がある『恋するワンピース』を始めとした外伝作品でも彼に関する話が全くないので、ますます再登場するかもしれない重要人物説に拍車がかかっている。
ある意味、先述の『コナン』の〈あの方=阿笠博士〉説に通ずるところがあるだろう。ネタ的な意味でも。


北斗の拳

主人公、ケンシロウの年齢は本編では明かされていない。
言及があるのは修羅の国編で「二十数年前に赤ん坊」と言われている(≒この時点でどれだけ大きく見積もっても29歳)のみである。
派生紙まで目を向けると、『北斗の拳 SPECIAL』(1986年発売)では「誕生日:1970年代(=199X年時点で11~29歳)」「ケンシロウの年齢は26~30歳くらいの設定で描かれていますから~」との記載があり、いずれにしても具体的な年齢については明かされていない。
では18歳はどこから来たかというと、とある考察サイト(稼働時期は1990年代後半)に『北斗の拳』主要キャラの年齢考察があり、そこから18歳説が広まったとされる。
テレビ朝日の番組『シルシルミシル』(2009年放送)やデアゴスティーニの『北斗の拳 DVDコレクション』(2014年発売)にも同様に18歳と紹介している。
そもそもストーリー内での時間経過が結構曖昧に濁されており、物語の開始からラオウとの決着までどのくらいの期間なのか、ラオウとの決戦~天帝編の間にリンとバットが相当な成長を遂げたが具体的に何年経っているかなどの部分も全く明示されないので、加えて公式設定すら後付けの連続で矛盾まみれの為「年数を推し量る材料に乏しい為、考察のしようもない」というのが実情。
「仮にラオウ編~天帝編の間が10年なら修羅の国編での言及も併せると開始時点で18歳はなくもないよね」程度のものである。

公式にもこの説自体は把握されているようで、実写ドラマ版『北斗の拳』の撮影を描くという設定のスピンオフ『北斗の拳 世紀末ドラマ撮影伝』ではケンシロウの年齢について、ケンシロウの演者(恐らく20代前半~後半を想定した年齢設定)が「18歳がいい」と提案し「サバ読みすぎ!!」とツッコまれる場面が描かれている。
(もっとも、このくだりに限らず、『撮影伝』の世界観においてケンを演じている橘は、全体的に天然ボケから変な『北斗』解釈をしているシーンは多い)*33

  • ハート様の断末魔「ひでぶ」は元々別の台詞だったが、誤植によってこうなった
『北斗の拳』劇中でケンシロウにやられた敵は、「あべし」「うわらば」などのインパクトの強い断末魔を発する事がある。
それらの中でも最も早く登場したのがこの「ひでぶ」だが、これは元々「ひでえ」だったのが、書き文字を読み違えた植字業者によって誤植され、「ひでぶ」になってしまった……という説。

作画の原哲夫は文庫版後書きでこれについて否定しており、実際には最初から意図された台詞である。
「いてぇ」→痛みでくぐもって「ひでぇ」→途中で破裂して「ひでぶ」となった……との事。
これについては、『北斗の拳2000 究極解説書 PART2』に収録された原作者の武論尊・担当編集の堀江信彦を交えた対談でも語られている。

が、武論尊はこの原の発言を信じていないようで、2012年に鳥取で行われたトークショーで「『ひでえ』と書いたのが写植で間違えられて『ひでぶ』になったと思っているが、原先生は狙って書いたと言っている」と語っている(当時の日本海新聞に、このトークショーについての記事が掲載されている)。
そしてこのトークショーが全国区のニュースで取り上げられた際には前半部分だけが取り上げられ、後半部分が省かれてしまった為、(元々一部で信じられていた事もあり)「ひでぶは誤植」説が爆発的に広まってしまった。

『世紀末ドラマ撮影伝』では、「いてえよ」と言わせようとしたが役者がその撮影内容の無茶ぶりを強行した事に対し「ひでえ」と抗議したところ、爆発*34の瞬間に噛んで「ひでぶ」になったという経緯でネタにされている。

奇面組に「北殿軒戻樹(ほくとのけんもどき)」というマンマなパロディキャラが登場した為、一堂零と名前の読みが同じで初登場時は顔が似てないでもないレイはそのアンサーなのではと言われてきた。
しかし、原作者である武論尊が『北斗の拳』の公式ページにて直々に否定した。
というかそもそも、北殿軒戻樹より『北斗の拳』のレイの方が出番が先だった為、少なくともパロディに対するアンサーという線は元々成り立っていなかったのである。
また作画担当の原氏は「レイのモデルは俳優のロバート・ランバート」とインタビューで言及している。
なお、一堂零の側はアニメ版で『北斗の拳』のレイをパロディするシーンがある

ちなみに「北殿軒戻樹」については「当初は原哲夫公認だったが、後に許可を撤回した為に出番が減り、アニメ版にも登場しなかった」という逸話があるが、こちらも「一発キャラのつもりで許可したらあまりにもひどい扱いで引っ張るので原哲夫が怒った」「原哲夫はずっと受け入れていたが、長くやるうちに武論尊が怒った」「両方とも怒った」などその経緯について様々な内容の噂が飛び交っている。

  • 『北斗の拳』のアミバは本物のトキとして出す予定だったが変更された
当初は3人の兄を次々と撃破していく構想だったが、「兄弟全部が悪人というのはどうなのか」という編集の意見からトキを善人として設定変更し、「悪人のトキ」は偽物「アミバ」だったというストーリーになった……という噂。
ジャギは死に際にケンシロウに向かって兄2人の生存を仄めかすのだが、それが兄2人がケンシロウにとっての脅威になると言っているとしか思えない言い方
◇そしてそれを聞いたケンシロウも「何!あの二人が!」と、表情含めて嬉しくない驚き方のように描かれている
◇いざ戦闘になると「おまえはトキではない!」と叫びつつも、その技のキレに驚嘆しやはり本物だと認識するケンシロウ
◇トキが医学の道を捨て、暴力に走った切っ掛けの回想エピソードを展開
◇とどめにトキの証明となる、ケンシロウを庇って負った背中の傷の存在とそのエピソードを描写
……という具合に、読者的にも本人としか思えないようなレベルでトキとしてのアイデンティティを丹念に補強していったのに、

偽物である事の判明はその次の話とあまりに急*35
◇判明の流れも唐突に現れたレイがいきなりアミバについて説明するというもので、ここまでに彼とレイや南斗聖拳を結びつける描写などの伏線は一切ない
◇後に登場する本物のトキは重病人であり、それをケンシロウも知っていた*36事から、健常なアミバをトキと誤認するのに無理が生じている(=トキの人物設定のさらなる後付けが行われたと見られる)
◇『北斗の拳』自体が長期連載を見越した計画的なストーリー展開をせず、後付けの設定や矛盾が多数存在する(というかトキの存在そのものがそれである)事
……などから、説得力は非常に強い内容であるのだが、公式に明確なソースが示された事がない。
「Yahoo!知恵袋でこれについての質問がされた際、「だいぶ前に何かの雑誌で読んだ」としてこの経緯が回答された」という話はネット上で広まっているが、肝心の「何かの雑誌」の正体が不明なのである。
いずれにせよ、偽者設定の影響でアミバがネタキャラとして妙な人気を獲得してしまったのは疑いようもない事実であろうが。あと暗殺拳の使い手なのにケンシロウが騙されやすいというのも。

『世紀末ドラマ撮影伝』においてはこれを意識したのか、アミバは当初「本物のトキ」として撮影が行われたが、撮影現場の事情(役者のスケジュール都合で出演期間を延ばす必要が出た)でアミバに設定変更される展開となっている。
設定変更において脚本担当が「冷静に考えるとケンシロウ以外の候補が全員悪人だと、師匠リュウケンの教育が良くなかった事になってしまう」と述べる流れもあり、上記の噂の経緯に非常に近い。

なお、昭和アニメ版でアミバの正体暴露&撃破回のタイトルが「ふりかえる過去はない! ただ悪を憎みトキを撃つ!!」となっている事から、「土壇場までトキ設定だったのでは?」の根拠に挙げられる事があるが、この放送(1985年7月18日)の時点でとっくに原作ではアミバの正体はバレて撃破済みである(アミバ編は1984年の35号から41号までで、半年以上の間がある)。
むしろ昭和アニメ版では、後のトキの容姿に合わせてアミバも白髪にデザイン変更がされる、レイとは別のかつての同門という設定のオリジナルキャラを配置する事でレイが正体を看破する切っ掛けになるようにするなど、原作の展開を補完している。
「では何故アニメ版のタイトルでは撃破回までトキ名義なのか?」は単純であり、次回予告とタイトルが流れる時点ではアミバの正体がレイによってまだ暴露されておらず、トキ扱いされている為である。
原作の内容を考慮せずにアニメ単体で見れば「遂にトキと対決するケンシロウ!トキが真の悪ならば、兄とはいえ倒すのが北斗の掟!」と予告で盛り上げている中で、次回のタイトルでトキではなくアミバとネタバレするわけにもいかないのは道理だろう。城之内死す」? はて?

  • 『北斗の拳』のマミヤのヨーヨーやジャギのヘルメットは、ドラマ『スケバン刑事』の歴代麻宮サキの武器や二代目サキのヘルメットのオマージュ
同様に前後関係から無理がある例。
マミヤとジャギの登場はそれぞれ1984年16号と29号、『スケバン刑事』の放送開始は1985年4月11日(『北斗の拳』のアニメ化より遅い)ので予知能力でもないとオマージュできない。
マミヤの方はまだ「原作漫画(1976年から1982年)の『スケバン刑事』のオマージュ」とも取れるが、原作漫画では二代目サキが出てこないので、ジャギのヘルメットはどうやっても無理。

では、ジャギのドクロを模した独特の悪趣味なヘルメットの発想はどこから来たのかだが……実は不明である。
ただし、『北斗の拳』においてはザコ敵として毎週のように出てくる無法者達がバイカーの要素を取り込みつつ世紀末特有の変なファッションをしているので、その派生としてあのヘルメットが生み出されたとしてもおかしくはない。

『世紀末ドラマ撮影伝』では、ジャギのヘルメットを「隣で別の作品を撮っているスタジオからベースになる兜をもらってきて、それを『北斗』側の美術スタッフが仕上げた」としつつも、肝心のその隣で撮影されているドラマはどういう話であるかは全面的に伏せている。
この為、近年の北斗ファンの間には、「『撮影伝』の世界観では、半ば四次元ポケット扱いされている*37隣のスタジオはいったい何を撮っているのか」が新たな作中の謎であるとしている者もいるほど。
また、マミヤに関しては「担当俳優が元スケバンであり、その経歴を利用した」という形になっている。


ジョジョの奇妙な冒険シリーズ

  • 『ジョジョの奇妙な冒険』のラスボスのスタンド能力は、ビデオデッキの機能が元ネタになっている。
現在該当するとされているのは「一時停止」「巻き戻し」「スキップ」「再生、早送り」「ダビング」の5つ。
しかし第7部の「D4C=ダビング」はさすがにこじつけ感が拭えない。巻き戻しならいるが、ラスボスではないし……。

だがこの説はむしろ、そのこじつけ感のある第7部以降に登場した説である。
と言うのもそもそも、第3~6部のラスボスは全員が「時間を操るスタンド」とも言えるため、第1部のディオ・第2部の柱の男達が不老不死である事も含めて「時間を独善的に操る敵と、正しく未来に黄金の意志を継いでいく主人公で対比している」という説が主流であった。
作品のテーマである「人間讃歌」とも合致しており、スタンド登場以前の部とも共通点を見いだせるこちらの説がある以上、他の説が定着する余地などなかったのだ。
ところが第7部のD4Cは、ラスボススタンドとしては初めて時間と関係ない能力であった。そこで、法則性を見出したい一部のファンが第3~6部のスタンドとD4Cの共通点として無理やりこじつけたのが、このビデオデッキ説なのである。

だが、結局第8部『ジョジョリオン』ラスボススタンドの能力は何をどうこじつけてもビデオデッキに結びつかない能力だったため、あっさりと風化してしまった。

  • 幼少期の東方仗助を助けたリーゼントの少年は未来の仗助
リーゼントの少年が仗助に非常に似ている上に顔が隠されていた事、「今まさに喧嘩をしてきたばかりのよう」と言われる傷だらけの姿から、「時間を遡るスタンドで仗助が過去に戻り、自分を助けるのでは(傷だらけなのは戦闘中だから)」と言われていた。
なお、劇中では実際に時を遡るバイツァ・ダストが登場しているが、タイムスリップと言うよりループである為そこまで長い時を戻る事はできず、そのまま仗助は過去に戻る事なく完結した。

第3部『スターダストクルセイダース』のOVA版の監督である北久保弘之氏も対談で荒木飛呂彦先生に「ちらっとフリが有ったじゃないですか。仗助が過去の自分に会うとか」と質問している。
だが荒木先生の方は「ああ、あれは関係ないです」「あれはただの仗助の思い出ですよ」と完全に否定している(「ああ、そんなのあったね(笑)」と答えたという都市伝説もあるが、デマである)。
あくまで作品として重要なのは、仗助がその少年に作中でいう「黄金の精神」を見た事、それを受け継ごうとしている事であり、その正体そのものは問題ではないという事なのだろう。

ちなみに不良にとっては勲章であり命である学ランをタイヤの下敷きにしてくれたのは彼の男気だとして、
◇「大雪の中であと1~2キロは民家が無いような辺境の農道にどういう経緯で通りがかったのか」
◇「大雪の日なのに顔にアザや切り傷があり、唇も切れて血が滲んでいたのは何故なのか」
◇「礼を言おうとして必死に捜した仗助や朋子がとうとう見つけられなかったのは何故なのか」
……については謎に包まれており、この点については考察の余地があるのは事実。
また、学ランのデザインが明らかに仗助と異なる点も、「回想シーンは康一の主観なので詳細は違ってもおかしくない」と言う事で説明はつく。
ただ、それらの謎をもって「未来の仗助だ」と言うのも、さすがに根拠のない決めつけと言わざるを得ないだろうが。
また、「利害関係などない通りすがりの少年が、自らの誇りを犠牲にしてでも仗助を助けてくれたというところに意味があるので、それが未来の仗助では台無し」という意見も多い。
「モブキャラが精神的に重要な役割を果たす」という点で、第5部『黄金の風』に登場するレオーネ・アバッキオの同僚との類似性を唱えるファンもいる。

だが、このように実際には作者が否定しているにもかかわらず、「本当は未来の仗助にするつもりだったが没になっただけ」「伏線として用意したが使わなかっただけ」「荒木氏の発言は後付けで言っているだけ」など、この都市伝説を未だに強く主張するファンは少なくない。
と言うかそもそも、前述の対談は第4部連載中に行われたものであり、後付けのはずがないのだが。
明確に否定回答が出ているにもかかわらず未だに物議を醸し、ファンコミュニティなどでは荒れやすい危険な話題でもある。
スピンオフ小説『The Book』を書いた乙一氏もこの話題に一家言持っていたようで、作中ではなかなか無理やりに挿入する形でこの説をぶった切っている。
なお、アニメ版ではこの少年の声をどう扱うのか注目されたが、回想シーンでは少年の台詞はテロップでのみ表示され、声優を起用しないという形で表現された。

余談だが、そもそも髪型を貶されるとキレる理由について最初期に空条承太郎がうっかり髪型に言及してキレさせた際に「何故か自分でもわからねえ」「きっと本能」と明らかに後の回想と繋がらない事を言っているので、少年との思い出自体が後付け設定ではないかと推測する読者も多い。
とはいえ、これが初期設定だろうと後付けだろうと、正体の根拠にはならないが。
なお、アニメ版『ダイヤモンドは砕けない』では整合性を取る為か、台詞がカットされた。

「そうでも考えなければ、ジョセフ・ジョースタースタンドでも親を見つけられなかった理由に説明がつかない」というだけで、公式で明言された事はない。
確かに吉良のスタンドであれば人を痕跡も残さずに消し去る事は可能であり、動機面でもかなり怪しいのも事実である。
しかし、仮に彼女の親が消された可能性が高いとしても、作中で描写された範囲外に人を消せるスタンド使いや怪異が存在した可能性までは否定できず、あくまで仮説の域を出るものではないだろう。
だが否定される要因はないので根強く唱える者は多く、また空白が多く妄想で補完しやすいためか、二次創作設定ではよく使用されたりもする。

都市伝説というか、初出時のアナスイが誰がどう見ても女性でしかなかった為、自然とこう言われるようになった。
初出時のアナスイとデザインが固まった後のアナスイを比較すると、別人レベルどころか明らかに性別が違う。

ただ、元々がどういう設定だったのかも、本当に女性から男性に変更されたとしてその理由が何だったのかも明らかにはなっていない。
一応アナスイの能力的に、自分の性別を変更する事もできなくはないので、世界観的に矛盾なくこの外見の変遷を説明する事自体は可能。
とはいえ、このように考えたとしても「なんでそんな事していたの?」という根本的な疑問は晴れないままだが……
アニメ版では最初から再登場後の外見となり、原作初出の姿はなかった事にされた。

ただ、荒木先生はルッカコミックス&ゲームズ2019において「少年誌において中性的なイメージのキャラを描きたかった」と発言しており、レズビアンかはともかく中性的なキャラクターの予定ではあったらしい。

『ジョジョ』の考察でよく出る都市伝説。ネタバレになるが、サンドマンは白人がつけた名前で本名は「サウンドマン」であると本人は語っている。
ぶっちゃけて言えば同じ部族の者も姉もサンドマンと呼んでいるのでどう考えても後付けなのだが、並行世界から連れてきたと考えれば名前が違う事や、初期の頃とスタンドのデザインが違う事も説明がつく為、しばしば語られている。
仮に並行世界の別人だとすれば、「元のサンドマンはどうなったのか?」は大統領達の性格からして嫌な末路しか思い浮かばないので複雑なのだが……
なお『JOJOVELLER』付属の別冊『STAND BOOK』では、元のサンドマン本人だと明言されている。


遊☆戯☆王

原作ストックが尽きた為(記憶編連載時に高橋氏の体調悪化による長期休載の影響)に放送されたドーマ編は、「心の闇」を題材にカードゲームを通じた世界規模の危機が描かれ、その中で
  • 原作にない主人公の敗北や設定の矛盾
  • 当時のOCGでは考えられないほど強力かつ複雑な効果を持つオリジナルカードによるデュエル
  • それらを含めたネタとしての濃度や、続編における展開の雛形となった要素の数々
……などから賛否が分かれる内容であるが、それについて原作者が高く評したとする都市伝説。
現在のところ、それを示すソースが明示されたことはなく、内容に対して「考えさせられた」という言葉については第185話の予告で真崎杏子が発した言葉であり、ここから尾ひれがついたものか。

作者が実際にドーマ編(並びにアニメオリジナル展開)の内容をどう感じていたのかは明らかではない*38が、上記のネタ的な人気がニコニコ動画を始めとするネット上で大きく広まった事に対して、集英社やOCGの販売元であるコナミ、果ては作者本人がネタを取り入れる姿勢を度々見せているのも、「公式サイドからネタ人気を受け入れられている→その大本の一つであるドーマ編が評価されている」と見られる一因だろうか。
まあ実際のところは放送当時にはほとんどOCG化されず、未OCG化カードのネタが尽きて来たあたりでようやく順番が回って来た感じではあるのだが……。
ただし、強力かつ複雑な効果でOCG化しにくかったというのはある。実際、放送当時にOCG化された数少ないカード達は大幅に弱体化されており、原型を失っているものも多い。

ちなみにドーマ編は本作初期からアニメ版脚本として参加し、その後最終章である記憶編を始め以降のアニメ『遊戯王』で幾度もシリーズ構成を手掛け、シリーズ最多執筆記録を持つ吉田伸が初めてシリーズ構成を担当した長編である。
そういった実績もあってか、高橋氏は吉田氏に対して「自分よりも現在の遊戯王を支えている」と高評価をしているというのは事実である。

  • 「王国編」の展開は、木多のアドバイスによるもの
当時ジャンプで『幕張』を連載し、後にヤングマガジンに移籍して『喧嘩商売』シリーズを開始する木多康昭のトークライブでの発言が元となった説。

木多氏は『遊戯王』の「友情で勝利する」という作風が許せず、担当編集を通して高橋氏に「とりあえずカイジとか読んでくれねえかな」と伝えた(当時の木多氏と高橋氏の担当編集は同じ人物だった)。
ところが高橋は一応読んだ事は読んだが、遊戯王で船の中で星の取り合いを始めたので、「そこじゃないだろ」と思った──という話。
また、カードゲームを推したのも木多だという。

遊戯王カードwikiの「スターチップ」の項目にも書かれている話だが、高橋氏は木多氏について一切コメントしておらず、全く別の事を言っている。
そもそも知っての通り、スターチップを取り合うようになったのは「船の中」ではなく「島に上陸してから」であり、このうろ覚えからしても木多氏の認識はかなり怪しい。
「たまたまその時期に木多氏がそういう事を編集に言った」という可能性はあるが、『遊戯王』の展開に影響を与えた可能性は低いだろう。
そもそも友情をテーマにした作品に対して「友情で勝利する」事を否定するのは、ナンセンス極まりない話でもある。

さらに木多氏はこのトークショーで「自分が『幕張』を終わらせなければ『遊戯王』が打ち切られていた」とも主張しているが、この事についても明らかに疑わしい。
確かに『幕張』が打ち切られた時期の『遊戯王』は、1周年で慣例的に与えられる巻頭カラーがセンターカラー(ただし2連続)に留められ、この後しばらく掲載順もどん底になってはいる。
だが、その翌年にテレビ東京版のアニメが開始されており、その着手時期を考えれば打ち切られる事はなかったと考えるべきだろう。
そもそもテレ東版プロデューサーである片岡義朗氏は、鳥嶋編集長に「遊戯王のアンケが絶好調なのに東映版アニメが打ち切りになってしまうから、なんとかして新しいアニメを放送して欲しい」(要約)と言われた事をインタビューで語っており、打ち切られた可能性はまずないと言っても良い。
東映版アニメの打ち切りは視聴率が原因なので、そちらと混同している可能性はなくはないか。

実際のところ、木多氏は他の漫画家を過剰にネタにするなど本人・作品共に過激な放言が多く、『幕張』でもトラブルを起こして突発休載になるなど、物議を醸す人物である。
このトークショーでも、当時のジャンプに対する批判としか取れない発言なども行っている(なお、木多氏はこれより以前にジャンプとの専属契約を解除して講談社に移籍している)。
その為、この発言もそうした過激な放言の一環に過ぎないと取るべきだろう。

  • 「王国編」は担当編集のアイディアで始まった
同じく王国編に関する都市伝説。
確かに編集が高橋氏に「早くカードバトルやろうよ!!」と言い、それを高橋氏が受け入れたというのは文庫版のあとがきに記載されている事実である。
だが、それは王国編ではなく「DEATH-T編」についてのコメントであり、ここでの「カードバトル」とは、同編ラストにあたる海馬瀬人との2戦目のデュエルの事だと思われる。
実際、同じあとがきでは「DEATH-T編」で行うゲーム(アトラクション)は構想段階からだいぶ削られた事も語られている。

なお、実際の王国編のアイディア元については、高橋氏は以下のようにコメントしている。
それまでは読み切り形式で続けるつもりでいたのですが、とうとうアイデアも枯れ果て、ここは長編のシリーズ物に挑戦しようと考えたわけです。その為にはカードゲームを主体としたストーリーを構築しようと。

“王国編”の元になっているのは、ボクが小学生の頃に体験した町内会のオリエンテーリングです。広い公園や山野などで行うゲーム感覚の野外スポーツで、参加者はチームに分かれ、フィールドに設置されたポイントを、スタートからどれだけ早く通過し、ゴールにたどり着くかを競うものです。


小学館作品

  • ゴルゴ13』の最終回の原稿は既に執筆されており、金庫に保管されている
「この原稿はさいとう・たかをが他界した際に発表され、『ゴルゴ13』が完結する」という噂だが、これに関してはさいとう先生ご本人がはっきり否定している。
『ゴルゴ13』の最終回に関しては、既に作者であるさいとう先生の頭の中にまとまっているという話だったが、後にインタビューで
『ゴルゴ』は私の手を離れました。最早、私が止めるとか、続けたいとか言えるものでは無いんです。読者か雑誌が止めろと言うしか止められなくなりました。
と語っており、仮にさいとう先生が他界したとしても、それが『ゴルゴ13』の完結に繋がるかどうかは分からない状態となっていた。
そして2021年9月24日、さいとう先生は逝去したが、『ゴルゴ13』の連載はその後もさいとう・プロダクションが継続する事が発表された。

ちなみに同じようなパターンの話として、「尾田栄一郎は万が一に備えて『ONE PIECE』の打ち切り最終回用の原稿を用意している」というものがある。
こちらは内容*39にも言及される事が多いものの、やはり原稿の実在は確認されていない。
なお歴代担当には「ONE PIECE」の正体は暴露している*40

これらの噂の元ネタはハリー・ポッターシリーズの作者・J.K.ローリングが早い段階から最終巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』の最終章を書き終えており、金庫に保管していたというエピソードだと思われる。

なお、『コナン』の最終回のネームが既に描かれている事を青山先生自身が対談で認めている。
この意味でも先述した「現在では黒の組織の首領の設定は決まっている(連載開始時点ではあまり考えていなかった)」のが推測できるだろう。

『月刊コロコロコミック』で連載されていた、『星のカービィ』の漫画化作品にまつわる噂。
「作者が編集部に罵倒されて鬱病になった」とも「作者が株に成功してやる気を無くした」とも言われていたが……

2017年6月。作者本人へのインタビューが公開され、事の真相が明らかに。
その内容は当時のファンにとって驚きを隠せない残酷な事実であり、「知るべきではなかった」と言う者まで現れるほど。
詳しくは作品項目にある小見出し「○打ち切りについてペポ」を参照。
その後、ひかわ博一は『コロコロアニキ』にて新作短編を書き下ろし、それが切っ掛けでアニキで連載再開となった。

『コロコロコミック』にて連載されていた『かっとばせ!キヨハラくん』や『ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん』を始めとする、河合じゅんじの野球漫画に関する噂。

代表例として知られるのは『キヨハラくん』作中にて、近鉄とオリックスをパロディした球団が「オリッ鉄バッハローブス」という合併球団になり、西部(埼玉西武ライオンズ)に挑むというネタ。
これは2004年に球界再編問題として、本当に近鉄をオリックスが吸収合併して「オリックス・バファローズ」という合併球団が現実に生まれてしまうという事態が発生した。
この例だけではなく、河合作品では他にも「アキヤマ(秋山幸二)とクドー(工藤公康)がダイエーに移籍する」「ナガシマ(長嶋茂雄)監督がカズシゲ(長嶋一茂)を来年トレードで獲得すると発言」「同じくナガシマがキヨハラとアワノ(阿波野秀幸)を巨人に引き抜こうとする」など、漫画のネタが現実でも限りなく近い出来事として再現されるという現象が見当たる。
この事から一部では「河合作品には予言書としての力があるのでは」と面白半分でネタにされる。

常識的に考えて河合先生に予言者としての力はないし、予言しようと意図して書いたネタもあまりないだろう。
ただし、一つ言えるのは現実のプロ野球は漫画のネタすら飛び越えるという可能性を持つ事だろうか。「事実は小説より奇なり」というやつである。

なお、『キヨハラくん』作中にて読者から「ひょうきんガッツポーズ」を基にしたネタを公募していた事があった。
こうして採用されたネタの中に、キヨハラが看護師姿で巨大注射器を構え「うつぞーっ!」と気合を入れるというものがある。
これがキヨハラのモデルである現実の清原和博が2016年に起こした事件と絡んでしまい、ファンの間ではブラックジョークとなっている。

  • あぶさん』の作者の水島新司は現実と漫画の認識が曖昧になっている
水島新司に関するエピソードの一つとして拡散されている都市伝説。
数々の名作野球漫画を執筆した水島先生だが、氏の代表作の一つとして有名なのは現実のプロ野球を舞台にした作品である『あぶさん』。
この作品の主人公を務めるあぶさんこと景浦安武は、現実に存在するプロ野球球団の南海ホークス~福岡ソフトバンクホークスに62歳まで現役でプレーしたという設定を持つ。
そしてホークスの監督を務めた王貞治と水島先生の対談にて、王があぶさんの現状を把握していない発言をしたところ、水島が「あんた、あぶさんに何度助けられたと思ってるの」と本気でキレたという噂。
そこから「水島の中では自分のキャラは本当に現実に存在すると認識している」という推測が発生して広まった。

テレビ番組でも紹介された事があるこの噂だが、現状では明確な情報元がない為に断定はできない。

とりあえず、水島先生は大の野球好きと同時に自分の作品やキャラへの思い入れが非常に強い作家なのは確かと言える。
とはいえ、他人による自作品やキャラの扱いについてはある程度寛容な面もあり、爆笑問題の太田光が自身の冠番組『爆笑問題のバク天!』で「『ドカベン』の漫画のコマを切り貼りして四コマを作る」というコーナーを放送していた時は抗議するどころか嬉々として鑑賞、放送の度に爆笑していたという逸話も残っている。
他にもウッチャンナンチャンがMCを務めた裁判バラエティ番組『ウンナンの桜吹雪は知っている』にて「ドカベン訴訟*41」で水島先生本人が出演し、彼が描いた漫画の描写の数々を「これはおかしいだろ」とネタにされるというやり取りが放送されている*42
また少なくとも「ドカベン」香川信之と、その『ドカベン』の本家である山田太郎については割と明確に描き分けているのが当時のホークス公式イラスト執筆から確認できる*43為、やはり漫画家として職業倫理的に求められる程度の区別はついていたと判断していいだろう。

また、景浦安武も現実のホークス球団で彼の背番号が連載中は準永久欠番扱いされていたり、さらには本当にソフトバンク球団が引退セレモニーを開くなどの架空のキャラとしては異例の扱いを受けた。
また田淵幸一がホークスの監督を務めていた際、ジョークである事が分かり切った発言として「選手一覧の帳簿をめくり『景浦がいないようだが、どこだ?』とマスコミ陣にこぼす」をやった事があり、少なくともダイエーホークスの頃には実質的な公認・半公式作品の状態だったであろう事がうかがえる。
景浦安武という野球選手が漫画を飛び越え、現実にすら影響を及ぼしたのは紛れもない事実である。

  • 金色のガッシュ!!』のクリア編は引き延ばされて無理やり書かされたもので、本当はファウード編で完結予定だった
一時期……というか完全版が刊行されるまで、前述のデデププの噂と並び、よくネット上で言われていた噂。
前章のファウード編が非常に熱くまとまった展開だったのに対し、クリア編が人を選ぶ上にインフレの極致みたいな内容で、しかも賛否両論であったこと。
そしてこの前後に作者と小学館の間にトラブルが発生し、小学館を離れて移籍してしまった事から生まれた噂である。
結論から言えばこの件は完全なデマであり、雷句誠先生が完全版刊行の際に明確に否定した。
しかし、現在でも一部にこのデマを信じている人がいるぐらいには広まってしまっている。

MtG時代の同作品を語る上でよく話題になる話であり、このせいで三国戦に召喚酔いの説明が入った……という風にしばしば解説されるが、問題なのは説明不足の方であって、カードの効果や細かい描写を考慮するとルールは破綻していない。

三国戦より前で、召喚酔いを無視しているかのように見える場面は以下の通り。

◇NAC戦でスパイククリーチャーが召喚された次のコマで攻撃→そもそもこの周辺は切札勝舞のターンが全部省略されており、次のページでも1コマごとにスパイクに攻撃される描写が行われている。なお、読切版もこうした省略は行われていた。
黒城凶死郎戦で勝舞が《飛びかかるジャガー》を出してそのまま黒城に飛びかかっている→その直後に黒城は《花の壁》を召喚しているので、ジャガー召喚後に黒城のターンが入っている事が読み取れる。
◇勝舞が次のターンの攻撃で勝てるという状況の中、黒城が《ギトゥの投擲戦士》を出してそのまま殴り、勝舞のライフを0にしている→この《投擲戦士》は場に出た時にダメージを飛ばす能力を持っており、描写されているのはMtGのルールでいうところの「攻撃」ではない。
◇透戦(3戦目)でゲーム開始直後に《ジャガー》を出し、その後すぐ攻撃している→勝舞はこの《ジャガー》に《怨恨》をエンチャントしており、初手《ジャガー》召喚と同じターンにできる行動ではない*44。つまり描写が省略されているだけで*45、ターンは進行している。
  • 金太郎戦で《ジャガー》を出したその次のページの次のコマで攻撃→この直後、金太郎は3ターン目にならないと出せない*46《金属細工師》を召喚している。よって勝舞が後攻1ターン目に《ジャガー》が召喚した後、透戦同様に描写が省略された上で《ジャガー》を2ターン目にけしかけた事が読み取れる。
  • 金太郎戦で《ヴィーアシーノの殺し屋》を召喚したターンに攻撃→そもそもこのクリーチャーは召喚酔いに影響されない。

このように、クリーチャーが召喚酔いを無視しているように見えるシーンは全て辻褄が合う。むしろクリーチャーを出してもそのターンのうちに殴っていないシーンが多数存在する。
そもそも今作はプロプレイヤー監修の下、試合展開を構成しているので、そんな初歩的なルールミスはまず起きるはずがないし、起きたとしたらゲーム展開がどこかで破綻するはずである。

ただし、演出重視でターン描写を大幅に省略している上、各カードのマナコストや《ギトゥの投擲戦士》《ヴィーアシーノの殺し屋》の効果説明が作中一切ない*47など、描写不足に関しては擁護できないのはたしかで、特に《ヴィーアシーノ》については説明が一切ないまま殴りに行っているので、このガセの切っ掛けになった可能性は非常に高い。
召喚酔いの解説が入った三国戦はその《ヴィーアシーノ》登場直後であり、このあたりの誤解を防ぐ狙いがあったと見られる(ご丁寧に、三国戦では《投擲戦士》と似た効果のカードが登場して「召喚酔いはするが効果でダメージを与えられる」と説明されていた)。


集英社作品

通称「鳥山ロード」。
東京の集英社と原稿をやり取りする為に、鳥山先生が毎週のように空港*48と自宅(愛知県清須市)を往復していたのは本人が単行本で語っているので事実。
その往復に時間がかかり過ぎて原稿を落としかけた事すらあったらしく、鳥山先生が東京への引っ越しを検討するようになったため、巨額納税者である鳥山先生に引っ越されないよう氏の自宅から空港までの直通道路を作った……という都市伝説。
ただ、実際にその道路がどこかというと、都市伝説内でも語られない事が多い。

現実問題として、いくら巨額納税者とは言っても個人の納税額より道路の整備費の方が高くつくだろう事は容易に想像できるので、実際にあった話かというと限りなく怪しいだろう。
鳥山先生が「もし原稿を落としたら東京に住んでもらう」と鳥嶋編集長に約束させられて地元を離れたくないので頑張ったと語った媒体もある為、愛知県が何をしようとも鳥山先生がうっかり原稿を落としたら台無しになった事になる。
そんな都市伝説ができるほどに鳥山先生の売れ行きがすごかったという事だが。

2008年に、ゲーム『桃太郎電鉄』の作者であり、編集者時代に鳥山先生と親交があったさくまあきらが、自身の書いた嘘記事である事を自分のホームページで明かしている。
だが、以後もテレビで取り上げられるなど、都市伝説としての扱いは続いている。

都市伝説というか、『ジャンプ』連載時の最終回がそうとしか受け取れない内容だったせいで、確定事項とされていた話。
アニメ化もされた1980年代を代表する人気ギャグ漫画が最終回にして、第一話冒頭に戻る展開(社会人→中学二年生)と、主人公の奇面組を含めた多くの登場人物たちが、ヒロイン・唯の空想(妄想)の産物としか思えない内容には、当時から多くの批判が集まった。

しかし、後に作者の新沢基栄は雑誌インタビューにて「正直、夢オチと言われるのは心外」と明かし、まさかのループもの(意訳)であった事が明かされた。
この発言が本当に意図していたものの通りなのか、批判を受けて結末を転換したのかは想像するしかないが、後の愛蔵版と文庫版にて、主人公である一堂零のシルエットが描かれ、奇面組は空想上の存在ではなく、きちんと実在している(そしてこれから同じようなドタバタを繰り広げるであろう)事が確定した。
タイムマシンで過去に戻って未公開エピソードを拾ってきた作者が疲れ果てて連載終了に安堵する様子も考えると、ブラック寄りのギャグとも言える。
よって、夢オチであるとする結論は誤りとなる。
まぁ、描写的に「予知夢」「正夢」という意味で夢オチの亜種と取れない事もないのだが、少なくとも安易な夢オチだと批判されるようなものではなかった事は確か。
柳田理科雄も2021年に零のシルエットを見た上で「予知夢」「正夢」として「平均1秒で6日分の内容を夢に見ている」と計算している。

テニスの王子様』時代に全日本テニス振興会より「テニスへの誤解を招く」として「テニス」という名称の使用差し止めを求められたという。
しかし全日本テニス振興会という団体は実在せず、ニュースを装った個人サイトのジョークが広まったもの。
後日、同サイトには風説の流布で作成者が逮捕というジョーク記事が掲載された。
なお、本作で行われているスポーツを「テニヌ」と呼称する事があるのもこれが元ネタ。

ちなみに「日本テニス協会」という組織なら実在し、アニメ版には「日本テニス協会推薦」のクレジットまでなされている。推薦していいものなのか?

  • 『テニスの王子様』の世界のプロテニスプレイヤーは、互いに相手の技を無効化しながら試合するので結果的に普通のテニスをしているように見える
当初は少年漫画的なデフォルメや誇張を含むとはいえ、まだ現実の延長と言えるテニスを展開していた同作だが、ストーリーが進むにつれて影分身だの透視だの光速移動だの五感消失だのといった異能力バトルじみたテニスを中学生が繰り広げるうちに上記の通り「テニスではなくテニヌ」などと呼ばれるようになっていった事を踏まえ、「中学生でこれならプロは一体どのようなプレーをしているのか?」という疑問に対する作者からの回答とされる。

実のところはネット掲示板由来の風聞であり、公式設定や許斐剛先生からの解説として上記の説が語られた事実はない。
そして続編『新テニスの王子様』では実際にプロプレイヤーが登場したが、派手に能力を使用している。

  • 大場つぐみの正体はガモウひろし
最初にぶっちゃけると、この話に関しては都市伝説というよりもはや公然の秘密だが、一応記載。
DEATH NOTE』でデビューしたという設定の原作者・大場つぐみは過去の経歴が一切不明かつ、顔写真等個人が特定できる要素が非公開な上(これ自体は別に珍しくはないが)、新人にしては話作りが上手すぎたり、読み切り段階で当時既にベテラン作家だった小畑健を作画に付けられるなど編集部からの扱いも妙に良かった為、ヒットを飛ばした作家の別名義なのではないかと疑われていた。
そして『DEATH NOTE』作中にある描写や作風の共通点から正体は『とっても!ラッキーマン』の作者ガモウひろしではないかと『DEATH NOTE』連載当時からまことしやかに囁かれてはいたが、『バクマン。』で一気に知名度を上げた都市伝説である。

◇『バクマン。』に登場する主人公の叔父(故人)の漫画家、川口たろう(本名・真城信弘)の経歴がガモウひろしによく似ている
◇その川口の代表作『超ヒーロー伝説』に『とっても!ラッキーマン』に登場したキャラクターが名前もエピソード内容もほぼそのままで登場している
◇英題の「BAKUMAN」の下部分を隠すと「RAKIIMAN」と読める
◇文庫版『ラッキーマン』での「絵本『でたぁーっ わんつーぱんつくん』と文庫版『ラッキーマン』だけでどうやって生計つないでいるのか」という質問について「それ以外の活動は一番聞いてはいけないこと」と意味深な回答をしている
◇『でたぁーっ わんつーぱんつくん』にスターシステムで『ラッキーマン』などのキャラも出ているが『DEATH NOTE』由来のネタも紛れている
◇『でたぁーっ わんつーぱんつくん』の帯に大場つぐみが推薦コメントを寄せているが、妙に馴れ馴れしく自演くさい
それどころか『バクマン。』の単行本に記載されている大場つぐみのネームの画風がガモウひろしそのもの
2003年デビューの漫画家という触れ込みなのに、『ジョジョ』連載25周年記念企画にて「ジャンプ掲載前の『ジョジョ』第4部『ダイヤモンドは砕けない』の生原稿を見せてもらった事がある」とコメントを出した*49
……など、状況証拠が非常に多いので、ほぼ確定的に扱われている。

大場つぐみという名義も「大×組(オオバツグミ)」=打ち切り経験者という考察もある。
正体を隠した理由としては「ガモウひろしとしての作風と『DEATH NOTE』の作風がかけ離れ過ぎている為、原作者名で変な先入観を与えないように」とされる事が多い。
なお、集英社もガモウひろし本人も否定も肯定もしていないが、こういった作家のイメージに関わる噂や都市伝説が発生するとすぐに声明を出したりする集英社が、特に何のアクションも起こしていない辺り、隠す気もなさそうである。
他にも『BLUE DRAGON ラルΩグラド』の謎多き原作者・鷹野常雄の正体は大場つぐみの別名義=ガモウひろしとする説もあるが、こちらは2ちゃんねるでガモウの息子を名乗る人物が肯定したぐらいで確たる証拠はない*50

なお、類似品として「少年ジャンプ+」で連載されていた『2.5次元の誘惑』の作者である橋本悠の正体が、かつて「少年ジャンプ』で『クロガネ』を連載していた池沢春人ではないかというものがある。

続編である『真説』の連載終了後に連載されたスピンオフ漫画『ふわり!どんぱっち』の続編『ほんのり!どんぱっち』最終回での描写から広まった都市伝説。
首領パッチが本編世界からやってきたボボボーボ・ボーボボと遭遇し、久方ぶりに語らうのだが、この時首領パッチ自身も本編世界から転移してきた本人と確定。
「バカなりに悩んだ結果ハジケられなくなった」事がボーボボにより語られており、あの意味不明と理不尽の権化だった首領パッチをしてそうさせるだけの何かが起きた事が示唆されている。
加えて彼はこの世界に居続ける理由として「ここにはビュティとヘッポコ丸がいる」という事をしんみりと語っていた。
ボーボボによればあの後も毛狩り隊との戦いは続き、劣勢を強いられ続けているとの話もあり、以上の事から「『真説』終了後に2人は死亡した(もしくは何らかの事情で首領パッチ達と旅に出られなくなった)のではないか」とファンからは推測されていた。

しかし長い時を経て2021年秋、渋谷マルイで開催された「ボボボーボ・ボーボボ展」に作者である澤井啓夫のコメントが掲載。
「原作漫画のあとボーボボたちはどうしているのか」という多く寄せられた質問に対し、「いつものメンバーで楽しくハジけた冒険を続けています」と回答した。
しっかりビュティとヘッポコ丸の名前もあり、これによって上記の説は公式に否定されたと言える。
とはいえ、結局首領パッチがなぜハジけられなくなっていたのかは謎だが。バカなりに悩んだのはその通りだとしても「ここにはビュティとヘッポコ丸がいる」発言の真意も謎。
一説には「実際の首領パッチには特別な異変は起きておらず、澤井の当時に至るまでの心境を首領パッチに投影して代弁させたもの」というものがある(つまり「当時のようなハジケた作品は描けなくなったものの、『ボーボボ』のキャラには愛着があり、それが連載のモチベーションになっていた」……と解釈できる)。

ジャンプ編集者の対談記事で「読者に最も近い新人は重要」という話題の流れで、鳥嶋和彦が「作家にしても連載を続けて3回失敗したら、もう無理。その作家に関しては可能性がない。『ジャンプ』においてはね」と発言するなど、ジャンプ読者の間では半ば常識に近い扱いを受けている有名な話。「バイバイジャンプ」「3アウト制」とも呼ばれる。
前者の元ネタは『七つの大罪』で有名な鈴木央の『ジャンプ』での最後の連載作品『ウルトラレッド』内でTシャツの柄として登場したもの。
実際3回打ち切られて以降、音沙汰のない作者や4回目から他誌に移った作者は極めて多いが、これ自体は公式で言及されたものでもなく、明確な証拠も存在しない。
さらに言えば「打ち切り」の定義自体もかなり曖昧で、短期打ち切りのみを指すにしても「どこまでなら該当するのか」も不明。極端な例で言えば『鬼滅の刃』すらも打ち切りであると主張する声が根強い点を見てもその定義の困難さは分かるだろう。
一作連載しただけで消えていった漫画家も多数いるので、逆に「3回までなら大丈夫」という事もないだろう。

有名な説とはいえ信憑性には大いに疑問が残り、結局のところ都市伝説の域を出ない俗説である。
ただ、常識的に考えれば複数本の連載を終わらせてしまった作者には、編集部の評価の目も厳しくなるだろう事は容易に想像できる。
そもそもの話として、どの漫画雑誌においても、ヒット作がないまま3回も短期打ち切りになっていれば必然とその作家の雑誌でのチャンスが減るというのは都市伝説以前に想像が容易い普通の理屈でもあるので、「3回」という明確な基準があるかは別として、打ち切られた作者が連載再開を目指すにはよほど魅力的な作品を作らなければ難しいという事実はあるのかもしれない(これに関しては『ジャンプ』に限った話ではないだろうが)。

なお『タイムパラドクスゴーストライター』*51の最終巻単行本描き下ろし「いつかのいつかまで」にてこの都市伝説について触れられ、編集に「ベテランと新人が同じレベルの作品を描いてきたら新人を優先する傾向があるから、(ベテラン作家は)ハードルが上がっていくとは思うけど」と否定されているシーンが存在する。
もちろん漫画内での発言の為、正式なソースとはなり得ないが。

また、別に『ジャンプ』以外の雑誌でも、3回も打ち切りになった作家を同じ雑誌で見かける機会が減ることは多い。
要は上述したように打ち切りを3回も経験すれば漫画雑誌も作家に与えるチャンスが減るし、作家側も違う雑誌などにチャンスを求めるというある意味当たり前と言えば当たり前の話なのだが、『ジャンプ』が日本でもトップクラスに売れている雑誌である事や、アンケート至上主義故に作家の入れ替わりが激しい事から、良くも悪くも偶然目立ってこのような説が生まれただけとも考えられる。


実はこの噂に関しては『ジャンプ』の元編集者が座談会を行って語っている。


以下、電ファミニコゲーマー 2019年12月27日掲載 『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】」より抜粋

鳥嶋氏:
 そうやって問い直すと、さっき矢作が言ったように、『ジャンプ』には新人の新連載しかないわけ。なぜ新人の新連載をやるかというと、読者にいちばん近い感覚でモノを作っているから。空気感をつかんでいるから。
 ただ新人だから、絵がヘタじゃん。構成力もないじゃん。だからそれをちゃんとした形にするには、編集と打ち合わせをしなきゃいけない。それで形にするわけ。

 もう1つ、新人の新連載は何が良いかと言うと、さっき矢作が言った通り、作家と編集者が一緒に育っていくから、何かを掴んだ時の覚醒力、爆発力が違う。ホントに一気に伸びるから。
 まるで3歳馬がダービーに出たら一気にクラシックで勝てるようになった、あんな感じだよね。

矢作氏:
 編集も2回までは使えると思っていて。1本、新人と一緒に当てるじゃないですか。そうすると、次の作品までは使えるんですよ。
 その次のもう1本は、編集者が道理を知りすぎちゃって、自分の方向性に持って行こうとし過ぎちゃって、作家の良さが活かしきれない。だから編集もどんどん追い出したほうがいい。

鳥嶋氏:
 それはその通りで、作家にしても連載を続けて3回失敗したら、もう無理。その作家に関しては可能性がない。『ジャンプ』においてはね。
 僕が編集部に戻った時は、そういう作家が多かったの。「新連載」って言ってるけど、失敗した作家がまた違うものをやってるわけ。でも読者は見てるから。「これじゃあパチンコ屋の新装開店と一緒じゃないか」って(笑)。

鳥嶋氏が語っているように、作品を新しく始める新人の爆発力に期待していると同時に、ジャンプというブランドに固執していつまでもしがみついて沈むくらいなら、どこか別の雑誌で一からやり直した方がいいという方針が編集部にあったのは間違いないようである。
ジャンプで3回打ち切られたら追い出されるという仕組みが存在したワケではないが、3回もチャンスを与えられて人気を獲得できないのなら、そもそも作者の作風や読者のニーズが合っていないのだ。
つまり、この噂の正体は冷酷無比な追放ではなく、芽が出ないまま作家生命を終わらせない為の配慮という面が大きい(仮に前者の理由だとしても商業としてやっている事なので、儲からない部分を部署(作品)を切るのはなんら咎められるものではない。なんならその過酷なレースを承知で挑んでいるのは作家の方である)。

都市伝説というよりジンクスといった方が正しく、概ね事実であるが、その理由については「読者層の傾向の問題」「アンケートシステムとの相性の悪さ」「編集部が前向きでない」「単なる偶然」など、あまりハッキリとした説明付けができていない。
少なくとも『コナン』を抱えるサンデー、『金田一少年の事件簿』を抱えるマガジンと比較すると明確にミステリー漫画の層が薄いのは間違いない。
上記二つには劣るが、チャンピオンの『名探偵マーニー』も全11巻とそれなりのボリュームがある。

魔人探偵脳噛ネウロ』は「推理ものの皮を被った単純娯楽漫画」と松井優征先生本人が明言しており、『DEATH NOTE』はミステリーというよりクライムサスペンスである。
比較的正統派なミステリーである『人形草紙あやつり左近』が比較的早期に打ち切りを食らっているのも、この都市伝説を後押ししている感はある。

このジンクスが広まった理由は恐らく『金田一』『コナン』のヒット直後に『ジャンプ』が立て続けに探偵漫画を送り出して4本全部コケたという背景にある。
1本目の『心理捜査官 草薙葵』、2本目の『あやつり左近』は比較的まともな内容(特に後者はOVA化されるほどファンが付いた)だったのだが、3本目の『少年探偵Q』は和月伸宏先生に「最低の原作」と言わしめるほど粗末な出来として知られており、4本目の『ぼくは少年探偵ダン♪♪』もまた『ラッキーマン』以降のガモウひろし氏のひどさを語る例として時折話題に出される(収録した文庫本が打ち切りにされる異例の対応が取られたほど)*52
この露骨な滑りっぷりを目にすれば嫌でも読者の印象に残るわけで、転じてジンクスに繋がったのだろう。

  • 週刊少年ジャンプでスポーツ漫画は長続きしない
これも都市伝説というよりジンクスに近いケース。
ハイキュー!!』『火ノ丸相撲』から10年近くスポーツ漫画のヒット作が出ておらず、この分野だけは『週刊少年マガジン』や『週刊ヤングジャンプ』等の青年誌に後塵を拝しているのは事実である。
特にサッカーものは特大の死亡フラグといえ、2010年前後に立て続けにサッカー漫画がコケた頃から「ジャンプでサッカー漫画は鬼門」と恐れられている。
高橋陽一氏が描いた作品がコケたのを皮切りに、2000年代以降のサッカー漫画はほぼ全て短期打ち切りを喰らっている。
理由としては「序盤の仲間集めやルール説明がアンケートシステムとの相性が悪い」「連載開始時には既にブームが下火になっている」「過去の名作とどうしても比べてしまう」などが挙げられる。
つまり、スポーツ漫画どころか流行に乗って新連載となったもののスタートダッシュに失敗したジャンプ漫画全般が長続きしないという事になる。
さすがにこの事は編集部も問題視しているのか、大谷翔平を審査員に招聘したスポーツ漫画の賞を開催するなどの施策を行っている。

  • 赤坂アカは「君は完璧で究極のゲッター」の作者をブロックしている
【推しの子】』の原作者・赤坂アカは『【推しの子】』のアニメ版の主題歌「アイドル」が『真ゲッターロボ対ネオゲッターロボ』の主題歌「STORM」に変わるMADムービー「君は完璧で究極のゲッター」の作者をブロックしているという噂。
しかしこの件は赤坂アカ本人が否定している。
曰く「自身はファンアート作品に寛容な方の原作者だと自称しており、金儲け目的のパクツイアカウントはよくブロックしている」とのこと。

ちなみに真相は「この動画の視聴者の1人が『動画投稿者のX(旧Twitter)を見に行ったら自分がその投稿者にブロックされていた』と投稿したところ、情報が広がるうちに上記の誤った形に変化していた」というもの。
この投稿は別に誰かを攻撃したりミスリードしたりする意図など全くないものだったのだが、結果的に混乱を招く事になったとして当該の投稿をした人物(=この視聴者)が謝罪している。

  • 『週刊プレイボーイ REMIUM 2020下半期グラビア傑作選』で描かれる女性モデルのイラストは、『アクタージュ act-age』のキャラクターの本編後の姿を描いている
原作者の不祥事で連載が終了になった漫画作品として有名な『アクタージュ act-age』に関する説。
『アクタージュ act-age』の連載終了後に作画担当だった宇佐崎しろが雑誌『週刊プレイボーイ』の企画でイラストを何枚か手掛けたのだが、そのイラストに登場する美女がどことなく『アクタージュ』のキャラクターのを連想させることから噂が出た。
主人公である夜凪景が『週刊プレイボーイ』とコラボして裏表紙を飾った過去があった事や、上述の企画のイラストの美女は名前設定などがなく、想像の余地が生まれやすかったのも一因か。
また、それらのイラストがやや露出が目立つ格好になっていた事から、本編後にこういう仕事をするようになったと言われる事もある。

実際にそんな事は明言されていないのはもちろんのこと、イラストもよく見れば『アクタージュ』のキャラと細かい部分が違うので特に意識はされていないだろう。
身も蓋もない事を言えば絵を描いている人間が同じである以上、よほど意識して描き分けない限りはある程度似るのは当たり前の話である。
そもそもこの説自体、芸能界を題材とした本作が、原作者の不祥事という不本意な形で連載を終了し、キャラクターのその後が描かれなかった事から連想された「未来を失ったキャラは本編後にこのような露出の仕事をするようになってしまった」という不謹慎ネタ寸前のブラックジョークの色が強い。
未完故に想像の余地自体はある為か、上述の不謹慎ネタ的な茶化しではなく、真剣にそういう独自解釈でイラストを見ているファンも一部にはいるようだ。

二次創作や掲示板などで度々この説が語られる事があり、ニコニコ大百科やピクシブ百科事典にもそう書かれていた時期があったが、明確なソースは存在しない。
ファンブックにも移民との記述は一切なく、映画『劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 ザ・ロストタワーでもはたけカカシの下忍時代には既に一楽が存在している。

ぶっちゃけ都市伝説というより完全なネタだが、一応記載。
民明書房は男塾シリーズの世界にのみ存在する架空の出版社である。
登場人物の解説などでよく登場するが、全て現実世界のものとは全く異なる架空のギャグ解説である。
しかしいかにも実在しそうな説得力溢れる内容、出版社名、本のタイトルなどによって信じてしまった読者が多かった。
知名度・人気共に高いのでよくパロディが作られたが、これまた元ネタを知らない人が騙されるというパターンもあったとか。

タイトル通り多数の奇人だらけの彼女達が登場するが、2026年時点では30数人とまだ序盤といったところ。
では残りの60名以上は既に設定が決まっているかというと、2023年12月にコミックナタリーに掲載された赤坂アカとの対談における原作者・中村力斗の発言によると、確かに100人分考えているものの「箇条書き程度」としており、加えて「でも現時点でもう初期の構想からは脱線していますね。」としている。
さらに赤坂に「そろそろ(彼女を)公募したほうがいいですよ」と冗談交じりに提案された際にも特に否定しておらず*53、何らかの要因で当初の設定を変更する事自体は許容している様子。
多数のヒロインを登場させる以上、キャラ同士の関係なども擦り合わせなければならないなどの事情もある為、方向性はある程度決まっていても設定変更は余儀なくされるのは当然であり、残り数十人もの設定全てが決定しきっているとまで言い切れないだろう。
事実、同インタビューでは花園羽々里関係の設定が急遽変更になった事が明かされている。

緑髪で片目隠れの美少女キャラクターという特徴的な容姿がサーナイトに酷似している事に加え、武器であるトンファブレイドもエルレイドを彷彿させるものであることから生じた疑惑。
この説では「キルコ」という名前も両者の共通の進化前である「キルリア」から取っているとされる事も多い。また、作者もポケモンのヘビーユーザー且つサーナイト好きであることをXにて公言しており、この点も強力な裏付けとなった。
しかしながら作者自身はそのXにて同時に モデル説を否定している
キルコという名前についても普通に考えれば英単語の「kill」が由来で、彼女の前職である傭兵に関連付けられたものに過ぎず、キルリア説はもはやこじつけの域である。

  • ヒカルの碁』で高永夏にヒカルが負けたのは、韓国からクレームがあったから
作中最後の大会である北斗杯の日韓戦の大将戦で、ヒカルの半目負けに終わる。
この結果に大会前の話に韓国院生の洪秀英がヒカルに負けた事に対して「韓国人はこんなに弱くない」とクレームを受けたので、「韓国で問題になることを避けるため、編集部が配慮してヒカルを負けさせた」と語られる事がある。

この説が広まった理由としては、
  • 少年漫画としては珍しく、主人公が最終戦で敗北したまま物語が終わった事から、「何か特別な事情があったのではないか」と考える読者が少なくなかった事
  • 2000年代初頭のインターネットでは嫌韓感情を背景に、「日本の作品は韓国に配慮させられている」という言説が広く流布した事
……などが考えられる。
しかし、これを裏付ける公式資料や作者のほったゆみ、作画の小畑健、監修の梅沢由香里、編集部関係者の誰一人として、「韓国からの抗議で結末を変更した」と発言した記録はない。

また、作中の流れを見るとヒカルの敗北はそれほど不自然な展開ではない。
高永夏は世界最高峰のライバルとして描かれており、一方のヒカルはまだ15歳で成長途中の棋士である。
「神の一手」を求める旅がまだ終わっていない事を示す結末としても自然である。
また、2000年前後の現実の囲碁界では李昌鎬らを擁する韓国棋界が世界を席巻しており*54日本の若手が韓国のトップ棋士に敗れるという展開自体、当時の勢力図を反映したものとも解釈できる。
分かりやすく言えば、当時の韓国囲碁界を日本の若手が打ち破って優勝するというのは、サッカーで日本がブラジルを倒して世界一になる、あるいはバスケットボールでアメリカを破って優勝するようなもの、日本側が強者であるもので挙げれば「WBCを主題とした漫画で、主人公チームの韓国*55がアメリカ→日本とトーナメントラウンドで撃破して優勝するエンド」が近いもので、いくら漫画とはいえ現実的ではない描写となり、囲碁業界を多く取材をし、リアリティに定評のあるほった氏が回避した事は想像がつく。
現状では完全に根拠のない噂と言わざるを得ないだろう。


秋田書店作品

  • 『バキ』の範海王は範馬勇次郎の息子として設定されていたが、読者に予想されたので設定が変更された
『グラップラー刃牙』シリーズの第2部『バキ』の「中国大擂台賽編」に登場したキャラである範海王に関する都市伝説……というか噂及び考察。
範馬勇次郎は世界中に自身の子供が存在する事を示唆しており、同シリーズの伏線要素として扱われている(シリーズが長期化した現在は半分放置された死に設定と化しているが)。
そんな中でかなりの実力者として登場し、露骨に「範」の名字を持つこのキャラは中国における勇次郎の息子の一人であると当時の大半の読者に予想された。
しかし、実際にはマホメド・アライJr.にかなり情けなく瞬殺ノックアウトされ、その後特に掘り下げられる事もなく終わり、多くの読者は唖然となった。
そして、一部の読者から「範海王は元々勇次郎の息子としてシナリオを考えていたが、急遽設定を変えたのではないか?」という考察が出回り始めた。
これは漫画の作者である板垣恵介が読者の予想を裏切る事に熱意を注いでおり、時には編集者と打ち合わせた話すら土壇場で変更するという作風からも、噂の信憑性が強くなった。

しかし、「シナリオ変更ではなく、最初から名前で範馬一族との関連性を読者に予想させてからそれを裏切るためのブラフとして用意されたキャラ」という意見の方を有力視する声も多い。
ここまで露骨な名字で出しておいて「読者に予想されたので設定変更」というのも妙な話だし……
なお、瞬殺した側であるマホメド・アライJrも最終的な扱いは良くない。烈ボクシング編といい、作者が飽き性であるのは事実のようだ。

  • 鉄鍋のジャン!』を監修していたおやまけいこは、作者と仲違いしたため監修を離れた
連載終了から20年以上の時を経てアニメ化を果たすなどカルト的な人気を誇る同作には、様々な奇抜で独創的な中華料理が登場するが、そんな数々の料理の監修として本作を支えたのが、料理研究家のおやまけいこ氏である。
しかし、『2nd』からは別の人間が監修になった事が切っ掛けで、『R』終了後に仲違いで訣別したという噂が流れていた。
「おやま氏は作者に対する苦言が多く、元から仲が悪かったのでは?」という意見も多いが、単行本のおまけにおける描写や、文庫版の後書き「ジャンへの道」でのコラムでは作者に対して当たりが強そうな様子ではあったものの、文章の内容からして正直プロレスの範疇である事は否定できない。
監修が変更になった理由も明かされておらず、おやま氏本人のコメントも確認できない為、憶測の範囲を出ないだろう。
また、おやま氏は料理研究家として様々な方面で活躍している事は彼女自身のHPや関係者の証言で確認できるのだが、「日本の中華料理の神様・陳建民に師事していた」などのすさまじい経歴や「2018年頃に死亡した」などの噂がネットで語られたりしており、ネット上ではおやま氏に関する信頼に値する情報はかなり限られていた事もあって数々の噂がどこまでが真実かは不明瞭な状態となっていた。
そしてアニメ化の際に監督のあおきえい氏へのインタビューにて、時期は不明だがおやま氏が亡くなっていた事が判明。前述の「2018年頃」という時期が正しいなら、監修降板の理由はこちらが濃厚となる。


講談社作品

『空想法律読本』や『石ノ森章太郎論』など考察本にもこのように書かれている事があるが、10月計画の個別項目にもある通り、「日本政府による洗脳システムが完成したところをショッカーが襲撃して乗っ取った」のが真相で、日本政府も悪事を企んでいるものの、ショッカーとは敵対しているというのが正しい。
一応、その根拠はビッグマシンの言葉だけなので「黒幕が日本政府である事を伏せる為に部下が嘘をついた」と考えられなくもないが、ビッグマシンはそのセリフの中で日本政府に責任を擦り付けてショッカーを正当化しているので、ここは言葉通り受け取るのが正解だろう。

  • はじめの一歩』の作者である森川ジョージは何度か交代している。
ストーリーの作風が大きく変わるポイントが何度かあり、その度に作者が交代しており、現在の作者は4代目(5代目とも)と言われている。
無論そんな事実はないが、実際話の作りが大きく変わったと感じられる事もあり、このような珍説が生まれたのだろう。

それぞれの作風
◇初代…連載を開始した本人。ストーリーは幕ノ内一歩の成長物語としてのウェイトが大きい。
◇2代目…全員が主人公という流れに舵を切り、脇役にもスポットを当てたり掘り下げを行う。
名試合と呼ばれるものは2代目時代がほとんど。しかし同時に話を膨らませすぎて自分で収拾をつけられなくなってしまう。
◇3代目…2代目に師事、2代目が広げ過ぎた風呂敷を畳む役割を担う。板垣をメインに据え、「板垣の成長物語」と舵を切る。一方で引き延ばしが顕著になり、試合などは先週号がまた載ってるのじゃないかと言われるほどになる。
◇4代目…3代目に師事する。それまでの作者がそれぞれのカラーを持っていたのに対し、独自のカラーが感じられない。また、これまでの設定が無視される事も多く「4代目は一歩を読んだ事がないのでは?』との疑惑も持ち上がる。

『金田一少年の事件簿』について昔から流れてる噂で、「これが原因で作中で金田一耕助の名前を出す事ができなくなった」と言われる事もある。
実際には「横溝正史の遺族に対しては事前に話を通していたが、後から他の権利者の存在が発覚したため、改めて話を詰める事になった」というのが正確なところで、権利関係でトラブルがあったのは確かだが、事実とは異なる。
金田一耕助の名前が出なくなった件についても、元々初期のエピソードでも一の背景説明と決め台詞の「金田一耕助(ジッチャン)の名にかけて!!」ぐらいでしか具体的な名前には触れられておらず、決め台詞が「ジッチャンの名にかけて!!」になったのが連載3年目の『蝋人形城殺人事件』とかなり後になってからだった事や、頻度が減っただけで第二期以降もたまに金田一耕助の名前が出てくる回がある*56事を考えると、「出せなくなった」と断言できるかは少々怪しい。


企画発表当初からシリーズファンの間で流れていた説。
根拠とされている「『37歳』連載開始は堂本版『金田一』の20年後」「『37歳』開始時点の堂本の年齢も同年代」という点も、あくまで偶然の域を出るものではなく*57、「堂本版を意識している」と断言するには少々弱いと言わざるを得ない。
また、『37歳』の内容の方も「堂本版で大幅に内容が変更されている事件に触れるエピソードがある」「堂本版では未登場の高遠遥一が少年時代に引き続きキーキャラになる」など、特段堂本版を意識しているようには見えない描写も多い。

……など本編の描写だけを見ると矛盾する点も多いこの説だが、実は他でもない原作者の天樹征丸自身がXで「正直にいいましょう。当ててます(^_−)☆」と『37歳』の一は堂本剛を当て書きしたものだと認める発言をしている*58
従って、『37歳』の制作に当たって堂本剛の存在を意識していた可能性は高い。
ただ、件の発言は「#金田一37歳の事件簿 の原作者様、ぜひ一言《堂本剛さんにあてにきました》と発してくださいm(_ _)m」という堂本のファンのポストに対する反応として投稿されたものである点には留意。

  • 『スーパーくいしん坊』の「え!!おなじ値段でステーキを!?」のページは乱丁で左右が入れ替わっている
「作品名は知らないが、なぜかよく見るあの画像」で地味に知名度がある「え!!同じ値段でステーキを!?」の画像。
簡潔に話の流れを説明すると、近所に安くて美味いと評判のステーキ屋ができたので、偵察がてら食べに行った食堂を営む主人公と父親だったが、その店のコックから「こんなに安くて美味いステーキを出すことはできないだろう」と挑発される。
そこから繋がるのが例の有名な画像なのだが……

コック「まあうちのマネをしようなんてバカな考えはよすんだな」
主人公「できらあ!!」
コック「いまなんていった?」
主人公「おなじ値段でもっとうまいステーキを食わせられるっていったんだよ!」
コック「こりゃあ面白い小僧だ!」「大勢のお客さんの前でケチをつけられたんだ」「こりゃあどうしてもうちとおなじ値段でうまいステーキをつくってもらおう」
主人公「え!!おなじ値段でステーキを!?」

……というもので、どう見ても主人公が自分の直前の挑発的発言を忘れている情緒不安定な奴にしか見えないというもの。
このページの前後を入れ替えると割と自然な流れになる為、「乱丁で前後がひっくり返っているだけで、本来は自然なセリフなのでは?」と見る人も多い。
が、実際の単行本で見ると、この直前のページ及び直後のページと繋げるにはこのセリフの流れでないとおかしいので、乱丁の可能性は極めて低いと思われる。
前後を入れ替えると主人公が立った状態で「え!!おなじ値段でステーキを!?」発言→(ここで何故か座る)→座った状態から激高して立ち上がり「できらあ!!」「おなじ値段でもっとうまいステーキを食わせられるっていったんだよ!」と発言する妙な流れになってしまうのだ。
「通常装丁の外側に来るはずの断ち切りが、ページの内側に来ているのはおかしい」と見る向きもあるが、「作者のビッグ錠先生が雑な性分なだけでは?」という反論意見もある(実際他のページでも断ち切りが内側に来ているものがある)。

……乱丁じゃないならこの極めて不自然な台詞はなんなんだと思われるだろうが、主人公の鍋島香介は直情的かつ頭に血が上りやすく、見え見えの挑発にも簡単に乗ってしまうタイプ───いわゆる「考える前に行動してしまうキャラクター」として設定されている。
「敵料理人に挑発される→考えなしに挑戦を受ける→実際にやることの大変さに頭を悩ませる→奇抜な発想で解決」という流れが作品全体のお約束となっており、そういう前提で見れば少なくとも『鍋島香介というキャラの行動』としては特段おかしいわけでもない事が分かるだろう。
そもそもビッグ錠作品キャラは大なり小なり全員こういうタイプである。


  • RAVE』や『FAIRY TAIL』で時折見られた一挙2話掲載は、作者である真島ヒロがゲームの時間を確保する為に早めに仕上げてストックしておいた原稿が担当者に発見されてしまい、前倒しで掲載されたもの
業界でも指折りの速筆として知られる真島ヒロだが、同時にかなりのゲーム好きとしても有名であり、「ゲームする時間をどうやって確保しているのだろう」という疑惑から生まれた都市伝説。
もし本当ならとんでもなくあんまりな話ではあるが、後に作者自ら「全くの事実無根」「2話掲載の企画は作者が編集かどちらかから持ち掛ける合意の上の企画」「2話掲載までの期間には余裕があるので毎週5ページ余分に描けば1ヶ月で1話分のストックになる」と否定している。いや、十分おかしいですよ真島先生……
この都市伝説については作者自身も把握しており、最初は笑い話で流していたものの、これが事実と信じている人にとってはマガジン編集部がとんでもない悪者に映っているはずと判断した為、否定に踏み切ったらしい。
なお、『RAVE』のある回では古代シンフォニア文字で「いっきょにわけいさいつかれた」と書いてあるお遊びがあり、この事からも作者は元から2話掲載を前提に執筆していた事は明らかである。

ちなみにゲームをやりたいがために原稿を早めに仕上げておく事があるというのは本当らしく、編集側も承知しているとのこと。
編集としても作者に体を壊されたりモチベーションを落とされたりしたら困るわけで、よほどの末期的なブラック体質でもない限り当然であるといえよう。

  • 『時限探偵ダッチマン』はアニメ化の企画があったが、設定変更により『時空探偵ゲンシクン』に変更された
コミックボンボン』で連載されていた、タイムボカンシリーズ風の漫画*60『時限探偵ダッチマン』は、一度扉絵に「ええっ?テレビアニメ化!?」という煽り文が載ったものの、その後何の続報もなく最終回を迎えたという謎がある。
作者のあおきけい&みかまるは2012年にXで「ボンボンと葦プロダクションの共同アニメ企画だが、企画自体が途中で流れて幻の作品となりました」「いまだに何で突然、企画が流れたのか詳しいことは知らないのですが、おそらくスポンサーがらみの事ではないかと」と投稿しており、
1年ほど後に同誌には同じくタイムボカン風のアニメ『時空探偵ゲンシクン』のコミカライズが連載された事から「ダッチマンのアニメ化企画がゲンシクンに変わった」とボンボン読者の間でまことしやかに語られている。

2020年にXで『ダッチマン』の話題にこの両作品の作者同士も『ゲンシクン』の山中あきら「私も似たようなのやったなぁ。」あおきは「タイトルからして似てましたね。あの当時タイムトラベル物は企画が通りやすかったのかも。」と会話している。

最初のライバル・OZプライズの「星屑の三騎士(スターダストナイツ)」の一員クラーツ・シェルヴィは、長髪で細身ではあるが特に女性的な趣味は見られないにもかかわらず、乗機のレオールは(細いウェストや脛は「軽量化の為」、長い髪は「操縦者に合わせて」と説明できなくもないが)踵がハイヒール胴体のカラーリングがビスチェ状など、必要以上に女性的である為にしばしばこのように語られる。
ガンダムエース』誌上でのインタビューではメカデザイン担当でもある作者は「トラゴスの意匠を取り入れたレオンに対して、レオールはエアリーズの意匠を取り入れた」と語っている。確かに少々尖っているもののよく似ているので頷ける話である。
一方で「実は企画やメカデザイン時点ではどこの世界観の外伝になるか決まっていなかった」という話も出ており、アフターコロニー作品なのにガンダムグリープ*61がバスターメガ粒子砲なる宇宙世紀作品のような武装を持っている事といい、設定面については相当遅い段階まで定まりきっていなかった可能性が高い。
その為、連載直前まで女性ライバルが登場する予定だった可能性も否定できない。

  • 『闘神デビルマン』と『Zマジンガー』は同じ企画から枝分かれした漫画
『コミックボンボン』で連載された漫画『闘神デビルマン』について、2018年に作者の岩本佳浩がXで「前連載後にマジンガーZの漫画を描く企画を頂きましたが、気がつくとデビルマンを描いていた」と証言。
前連載こと『ロックマンX(漫画版)』最終回が1997年7月号、『闘神デビルマン』の連載開始が1998年11月号で、その間の1998年9月号から『マガジンSPECIAL』で永井豪により『マジンガーZ』のリメイク漫画『Zマジンガー』が連載されている為、一部では「この2作に何らかの繋がりがあるのではないか」という噂もあるとか。

  • 週刊モーニング『疾風の勇人』は岸信介の扱いについて安倍晋三陣営からNGが出たため打ち切られた
まず、作者である大和田秀樹の個人Xアカウントで「突然ですが次週でおしまい。第三章「死闘!55年体制編」、第四章「宏池会爆誕編」の再開は未定」と投稿されたため( 当該の投稿 )、少なくとも大和田にとっては不本意な形で打ち切りとなったこと自体は事実である可能性が高い。
ただし「安倍(陣営)が祖父である信介のことを明らかに妖怪爺として描写されている扱いに怒った」という噂に関しては何度か反証が見つかっており、
「モーニング編集部への直撃取材で「信介が作品内に登場する以前の時点で打ち切りがほぼ決定していた」旨が回答される」
「岸田文雄が「個人的に本作のファンだったため安倍本人に紹介。信介の扱いを見て周囲にまずかったかな…と漏らしたところ、安倍は気にしていないことを周囲が確認してくれた」というエピソードを発言」
「そもそも安倍本人が「過激なネタを1回やって実質出番終了」という扱いをされた『ムダヅモ無き改革*62*63は抗議を受けた形跡がなく、今更大和田の作風にNGを出すのは不自然」
「秋田書店・ヤングチャンピオンに移ってほぼ同趣旨のテーマを掲載している『角栄に花束を』でも一部の田中角栄と反目する立場である実在政治家にこういった描写が継続されているが、問題視された様子がない」
「これがアウトなら『テコンダー朴』の阿倍野首相とかはいいのか」*64
…などが指摘できる。
元々安倍晋三…というか自民党の比較的右寄りの派閥は、左派はもちろん穏健保守層からも賛否の否の意見を呈されることが多い、有り体に言ってしまえば支持していない人はとことん嫌っているタイプであったため*65、そういった不支持層から「今の自民党ならそういった言論弾圧に近い『お手紙』もやりかねないんじゃないか」と誤解されたのだろう。
当たり前だが、実在する政党や政治家に関する内容である以上、他の紹介したものに比べても慎重に確認を要するべき都市伝説だったと言える。


その他

  • 「energy」を「エネルギー」と読むのは『鉄腕アトム』の影響
「力、活力」等を意味する「energy」という英単語は本来「エナジー」と発音するが、日本ではドイツ語読みに近い「エネルギー」(ドイツ語の綴りは“energie”)と読むのが一般的になっている。
これは手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』の影響であるとする説。
日本では医療用語にドイツ語が多用されているが、かつて医学生だった手塚先生はその影響を受け日本で初めて「energy」を「エネルギー」と読み、さらに人気作となったアトムの影響で広まったと主張される。

『鉄腕アトム』作中ではロボットの動力源を「エネルギー」と呼称しており、物語の鍵となる事も多いので、印象に残りやすいのは確か。
しかし、実際には手塚先生が生まれるより前の時代の文献にも「エネルギー」という表記が確認できる*66為、「手塚先生が初めてenergyをエネルギーと呼んだ」というのは明確に誤り。
また、自然科学と無関係な文献にも「エネルギー」の語が多数確認できる*67事から、初出でなくとも人口に膾炙させたのが手塚先生及び『アトム』という可能性もないだろう。

2000年頃、当時のワイドショー『ルックルックこんにちは』においても報道されたが、発売元の白泉社に問い合わせたところ否定されたという。
このとき実際に制作された、堂本剛演じる主人公が大型犬を飼い、獣医学科を舞台としたドラマは『愛犬ロシナンテの災難』だった。
しかし一部ではワイドショーの報道を単なる誤報とは見ず、「ドラマ化の許可が下りず、キャストや基本設定は今更変えられなかったため『動物のお医者さん』と対照的な「動物の死」を主題とした作風にして、原作無しのオリジナルドラマへ変更した」などという伝説が囁かれている。
また、同作者の作品については『おたんこナース』も、実写化を断った結果オリジナル作品の『ナースのお仕事』が作られた……と言われている。

なお、こうした事例に関してはソースあり・なしと問わず多く存在し、主に過激な原作ファンやテレビ局アンチが「パクリ」と批判する事も多いが、これらのドラマ作品はあくまでアイディア元が漫画というだけで漫画とは全く違うストーリーとなっている為、無理のある批判である。
そもそも「他作品をインスパイア元としてオリジナル作品を作る」というのは、漫画や小説などでも普通に行われる手法だろう。

『シティーハンター』のパラレルワールド的な作品である『エンジェル・ハート』に関してよく話題になる噂。
実は当初は普通に続編のつもりで『エンジェル・ハート』の連載を開始したが、衝撃的な設定にファンの抗議が多過ぎた事から作者の北条司が後出しでパラレルワールドにしたという見方がある。
これは連載当時に『エンジェル・ハート』がさも『シティーハンター』の完全続編作品が登場するという雰囲気になっていた事や、そもそも「『シティーハンター』と微妙に設定が違う世界観で『シティーハンター』の後のような話として描かれるパラレル作品」という複雑な設定の作品であることが噂の原因としては大きいだろう。

実際のところは、北条先生は定期的に『エンジェル・ハート』に関するコメントを出しているが、このような噂を匂わせる発言は出していない。
氏は『エンジェル・ハート』について「『シティーハンター』のセルフリメイク」と表現しており、連載初期の時点で明らかに『シティーハンター』と噛み合わない描写が既に出てきている。
ちなみに連載雑誌である『コミックバンチ』でも連載第1話の時点で続編作品と明確にアピールするような単語や表現はなかったりする。ただし、これは出版社の違いが文章表現に影響しただけの可能性も否定できない。
しかし、抗議がかなり多かった事自体は事実である可能性が公式から示唆されており、単行本の帯に「『C・H』の続編と勘違いして読まれて、不快感等をもよおした場合の責任は持ちかねます」という妙な注意書きがあったり、北条先生も後の『ダ・ヴィンチWeb』のインタビューで当時について
連載スタート時に出版社が『続編』と謳ってしまったものだから、話がややこしくなってしまったんですけど、『シティーハンター』とは設定が違う別の世界の話なんです。それを説明しようと思ってパラレルワールドという言葉を使ったら、ますます誤解を招いてしまって(笑)
と述べている(ただし、上述したように出版社は「続編」という表現を明確にするのは絶妙に避けていたような痕跡がある)。

  • ひなこのーと』の作者は自作品のR-18絵を投稿しまくり、出演声優からXのフォローを外された
エロいごちうさこと『ひなこのーと』の作者の三月は、同作が2021年に連載を終了してから完全にタガが外れて登場キャラクターのR-18絵を度々投稿しており、それが原因でアニメ版の出演声優からXのフォローを外された……という都市伝説。

しかし、フォローを外した声優について具体的に誰なのか言及されることがなく、ガセネタ・ジョークの可能性が高い。
実際、メインキャラクターを演じた声優のXアカウントを見てみると以下のような状況になっている。
M・A・O・吉田有里…そもそもXアカウントが存在しない。
富田美憂・東城日沙子・高野麻里佳…フォロー解除はしていない。
小倉唯…自分の公式アカウント以外をフォローしていないので『ひなこのーと』に限った話ではない。
少なくともそんな噂が発生する程度には、過激かつ生々しいイラストが原作者本人の手によって生み出されている(本人の言によると掲載誌だったコミックキューン編集部の許可も得ているとのこと)のは事実なのだが。

その後、暴走を続けた三月先生は2025年11月に顔出しのYouTubeチャンネルを開設。
11月3日投稿の「〖 謎 〗真相をお伝えします〖 噂 〗」という動画の中でこの件に触れ、実際にはブロックされていない事が本人の口から伝えられた。
ただし、三月先生本人はこの噂を気に入っているらしく「ぜひこの風説を流布していただけたら」と述べており、都市伝説としては嘘なのに実質公認化されるという奇怪な様相を呈している。
ちなみに、同動画では『ひなこのーと』連載終了の理由が「三月先生の性欲が限界突破したから」(要約)であった事も明かされた。

2013年に15回目の休載を終え、8年ぶりに連載が再開された『FSS』であったが、これと同時に今までお馴染みだったMHの存在そのものが『FSS』の設定から抹消され、大まかなデザインラインのみ踏襲した全く別のメカであるGTMに総入れ替えという、創作史上稀に見るレベルの設定改変が行われた。
GTMのあまりにも先鋭的過ぎるデザインも手伝って大きな賛否両論を呼んだが、同時に一部のファンの間で「MHの商標を別企業に取られたので、代わりのメカとしてGTMが生み出されたのではないか」という噂が囁かれるようになった。

ゲームライターとして知られ、2019年にこの世を去った大塚ギチが生前最期のインタビューで「版権を管理していた企業との縁が切れたのでMHの名前を使えなくなった」と語っていたことも噂を後押ししていたのだが、同年5月にXの永野護作品公式アカウントにて
「どっかのアホが死に際のインタビューでデタラメなことしゃべりやがったおかげで訂正せざるを得ないので、訂正ツイートをします。『ファイブスター物語』の権利、商標は連載開始以後、作者・永野の手元を離れたことは一度もなく、2004年まではトイズプレス、以後エディットが管理してます」
二次商品化の許諾等も一貫して永野本人が行っており、『商標を取られたからメカがGTMになった』などということはあり得ない話です。旧トイズプレス、関係各位に対しても誤解を招くようなことを作者自ら否定しておきます
物語のロボットが変わったり、『花の詩女』のソフトが出ないのは一貫して今まで言ってきた理由だけです。『古くさいメカなんて飽きた』『映画は映画館で見ろ』それだけです
ということで、糞ギチ! お前あの世にいってもまだオレ様の手を煩わすか? いずれそのうちオレ様もそっちいくから、その時ヤキ入れてやるから覚悟しとけボケ!! あと、オレ様が貸した金返せ! ボケェ!

以上、文・永野護
とのコメントが投稿され、この噂がデマであることが作者本人の口から明言された。

ちなみに大塚の該当インタビューは、インタビュアーであるフリーライターの野口智弘のnoteに投稿されているが、現在は永野からのコメントを受けて「『FSS』に関する大塚氏の言及は事実と異なる内容である」という旨の注釈が追加されている。

  • ケロロ軍曹』の日向家の父親は原作だと既に亡くなっている
日向家の人間は連載が長期化した現在でも母親の、息子の冬樹、娘の夏美の存在しか描写されていない。

冬樹はかつて秋の母方であるおばあちゃんの家で姉や母と離れ離れになって暮らしていた事があり、ようやく合流する事になった時には夏美が「もう離れ離れになりたくない」と涙ぐむ様子を見せるなど、なかなか複雑な家庭環境をうかがわせる描写もあった。また、冬樹がおばあちゃんの家にいた頃には既に父親はいなくなっている(というより父親がいなくなったのを機に冬樹が預けられた可能性がある)ようだ。
他にも現在の日向家は秋が女手ひとつで購入したと語られており、既に父親の資産を頼れる状況にない事も判明している。

そして極めつけは、原作においてケロロが留守番を任せられた回において日向家の3人が揃って法事らしきものに出かけていたという描写。この時の日向家は父親の何回忌に出席していたのではないか……という根拠によるものである。夏美が現在の家に住み始めたのが小5の頃である事と、冬樹はそれまで2年ほどおばあちゃんの家にいた事から逆算して父親がいなくなった時期を照らし合わせると、仮に本当に故人だった場合は七回忌の法要だったと考えられる。
平成アニメ版ではこの説は否定され、「日向家 春、帰還 であります」のラストで父親らしき人物が帰宅した描写がある。しかし、当然ながらアニメ側にも長期放送によるアニオリ設定は多く、そもそもがファミリー向けに作られたアニメである事から、結局現在でも原作の父親がどうなっているのかは不明。

余談だが、元がサザエさん時空のギャグ漫画故か連載が長期化したのにも関わらず重要な伏線が放置されている設定はそれなりに多く、他にも「2016年に開始されたが3話目以降が音沙汰無しの中編『ケロロンボール編』*68」「上記の描写に深く関わるバトラコスや、そのバトラコスの一体と推測され意味深な描写の多いカプ~関連*69」等がある。

  • 『男子高校生の日常』や『女子高校生の日常』の作者の正体はボンバーグレープ氏
ガンガンオンラインで連載されていたギャグ漫画『男子高校生の日常』や連載中の『女子高校生の日常』の作者である山内泰延氏に関する噂。
特にこの2作は、作風や絵柄、登場人物の台詞回し、話の流れ、ネタの傾向などが、かつてpixivなどで東方Project等の二次創作漫画を描いていたボンバーグレープ氏に非常に似通っている事から同一人物ではないかと噂されている。
特に『女子高校生の日常』はメインキャラが女子なのもあり、ノリがボンバーグレープ氏の東方漫画そのまんまである。
あくまで噂なので本当に同一人物なのかは不明だが…。


追記・修正は、『サザエさん』の最終回を発掘できた方がお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/


最終更新:2026年09月01日 07:46

*1 映画の監督を務めた山崎貴は、後に本家の『STAND BY ME ドラえもん』シリーズを手がけている。

*2 田嶋・T・安恵。『マーメイドレイン』などの著作がある漫画家の田嶋安恵の別名義。

*3 元々藤子Fが「考えてなかった」「初期に出したまま失念した」設定を三谷がまとめ直して単行本化したものが各種『(三谷版)百科』(三谷本人やむぎわらしんたろう(『ドラベース』や近年を中心に『大長編』の一部、当時アシスタントチーフ)の回顧漫画で言及がある。ただ全部ではなく、例えばメインキャラの誕生日は「藤子Fが失念したものを三谷が再度指摘した事で設定として定着」とのこと)。その為『原作本編』『三谷百科の設定』『のぶドラのアニオリ設定』で割と齟齬がある事はむしろ珍しくなく、ついでに現在放映されているアニメ版である『わさドラの基礎設定』ともまた相互に異なっている可能性が高い。

*4 『大全集』収録時にサブタイトルがつけられ「ドラえもん未来に帰る」(1971年)と「ドラえもんがいなくなっちゃう?!」(1972年)。

*5 ちなみに前述の「読者へのお別れ」のうち、1971年版を読んだ人は連載拡大時点で小学校を卒業してしまうので本当にお別れになったが、1972年版の読者は『小学六年生』の連載に間に合う為、直前の小学五年生1973年3月号で「ドラえもんが『六年生になるんだろ。きみにとってだいじなときだ』とのび太の元に帰ってくる」という胸熱な連載予告を掲載していた。

*6 これに掲載されたのが「帰ってきたドラえもん」である。

*7 「OWARI」を描いたのはいつもの最終回とは違うと感じたので、読者にその事を伝える意図があったとのこと。

*8 どちらのケースも「どこでもドア」や「取り寄せバッグ」を使えばのび太を容易に助けられたはずである。「無人島へ家出」に関しては最終的に救出している為、見捨てるつもりはなかったのだろうが。

*9 ちなみにノラミャー子はここが初出。

*10 現在は『藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん』20巻で雑誌掲載当時のものを読む事が出来る。

*11 ちなみに、いわゆる「謎本」ブームの際に出版されていた考察本の中には、「他で釣り合いが取られた」結果ジャイ子がのび太と不倫関係になり婚外子を産むという無茶苦茶な事態をもたらす可能性に言及したものすらあった。

*12 よく挙がるのは敵勢力が極めて大きく、またひみつ道具やいつものメンバーの機転無しでは間違いなく地球が滅んでいた『ドラえもん のび太と鉄人兵団』など。

*13 1億年前の地球に帰されたはずのピー助が、6600万年前の地球に何故か存在している。

*14 後に独立番組化しているが、当時は番組内の1コーナーであった。

*15 光線を浴びせた相手と仲良くなれる銃。本編ではなく『ドラえもんのびっくり日本の歴史 戦乱・大事件編2』に登場。

*16 セワシが宿題でドラえもんの粘土人形を作った際、耳が上手く出来ず工作ロボットに仕上げを任せたのだが、誤作動により逆にドラえもんの方を「耳のない粘土人形」の形にしてしまった、と言うもの。

*17 ガールフレンドに耳のない姿を笑われたショックから立ち直るため「元気の素」と言う薬を飲もうとしたが、「悲劇の素」を飲んでしまい、それによって泣き続ける事となった。なお、厳密にはこの時点ではまだ黄色い部分が残っており、さらに誤って「デンコーセッカ」を飲んで長距離を爆走したことで完全に剥げて青くなったのだが、説明が煩雑になるためか後続の作品では無視されている。

*18 後に『勇者王ガオガイガー』などを手掛けた、米たにヨシトモの旧名である。

*19 それと関係あるかは不明だが、日本テレビ版アニメではボタ子が準レギュラーでジャイ子は未登場である。

*20 『ド・ラ・カルト』より。この藤子の意向により、ぬいぐるみショーにおけるドラえもんのぬいぐるみは小さ目に作られることとなった。 ちなみに藤子の他作品『バウバウ大臣』だと『小学三年生』連載版でヒロインのウララの身長が「128.4」(単位は未言及だが、恐らくcm)と言われる場面があるが、ドラえもんが彼女ぐらいだと思って漫画を読むとかなり巨大な事がよく分かる。

*21 カツオ達が外で遊んでいると、磯野家に当時は珍しい自動車が止まったので向かうと花嫁姿のサザエが出てくる。そして去っていく自動車……の後に普段着のサザエ・カツオ・ワカメが読者に今まで読んでくれたお礼とお別れの言葉を言って終了。

*22 設定の矛盾を根拠に「タラちゃんが神隠しにあった」と結論づけたり、とある場面に対して「マスオがニヤリとしている」(実際はそんな表情をしていない)と明記した上で「マスオは磯野家の崩壊を企んでいる」と書いたり、マスオの身体が柔らかいことに対して「酢を盗み飲みしている」「一升は飲んでないとおかしい」とデタラメを書いたり(酢にそんな効用はなく、あくまでも迷信である)、詐欺を「嘘をつく事」と間違った定義(金銭が動かないと詐欺には当たらない)にして磯野家が犯罪ばかりしている(窃盗行為については事実なのだが)かのような誇張をする……など。

*23 仮に「連載開始年(1946年)-設定年齢(54歳)」で生年を求めていいなら、1892年頃の生まれで1938年に徴兵の上限満40歳に達する。

*24 ちなみに映画のラストで「有り得たかもしれないパラレルワールド」「いつもの世界観から繋がるとは限らない」と暗示されている為、正史とはまた別であろう。

*25 古生物学者の青年とまつざか先生がお互いかなりいい雰囲気になるのだが、最終的には「青年が海外調査に行った先でテロに巻き込まれて死亡」という悲恋エンドで終わった。よしなが先生が旦那あり娘ありの幸せな生活を送っている事との落差も大きい。

*26 「しんのすけがよしなが先生のスカートの中に侵入して先生が肯定的な反応をしてしまう」など。

*27 原作漫画では「ボーちゃんの両親をかすかべ防衛隊メンバーが調査するも、あの手この手でまかれてしまい、諦めて帰る一行と入れ替わりにボーちゃんの前に両親が現れる」という回がある。ただし両親の顔は影で隠れており、どんな外見かは不明。少なくともボーちゃんの反応からして親子仲は良好である事は明らか。

*28 実際、原作と読み比べると家族や経歴の描写の矛盾が見られる。ただし、ネット上で言われる「ひろしはいつもみさえの愛妻弁当しか食べていない」という点については全くソースがなく、原作の時点で小遣いで外食するようなシーンも描かれている。

*29 当時の石塚氏の担当がモデル。

*30 言うまでもなく当時副編集長だった近藤氏がモデル。

*31 実際に最初期の青山先生は「短期集中連載でサクッと何回かミステリ描いてみよう」だった模様。

*32 実際、ジンは長期連載化によって、警察にビビるなどの間抜けな部分がなくなっている。

*33 「種籾をミスミの墓にばら撒いてしまう」「シン戦で唐突に血を舐める」「下で触れているあべしで死んだボクサーへの最初の一言が「おい こいつから殺していいのか?」」などが『撮影伝』では橘のアドリブ演技と設定されている。もっとも、原作でもよく見ると奇行であるシーンが多々見られることとの整合性もあったのか、ケンのキャラ解釈としてはあまりズレてはいないとフォローは入っている

*34 前職が力士の俳優に、血糊で破裂させることで炸裂する仕掛けを仕込んだ肉襦袢を着せて「非常に大柄な肥満体のハートが破裂死する」を表現した為。元々『撮影伝』では北斗神拳の「相手が破裂死する秘孔が普通にいっぱいある」という設定そのものが死にシーン用のマネキンの誤動作から生まれている背景はある。

*35 それまでケンシロウを五分以上の実力を見せつけながら、上記の背中の傷の下りを回想付きで解説し「ジャギだけでなくもう一人の兄も殺さねばならぬのか」で締めくくっておいて、次の話の開幕でいきなりアミバの顔面に傷がつけられて「バカな! 拳が見えない!」と実力が大差をつけて逆転するほどに唐突である。

*36 少なくともトキが病の原因となる重度の被曝をした現場にケンシロウは居合わせており、病を理由に伝承者を辞退した事も知っている。

*37 これ以外にも一部の撮影用プロップ≒『北斗』原作中で登場した数々のアイテムにする為の小道具が「隣のスタジオから借りた」「隣は何を撮ってんの?」のやりとりだけで登場している為。具体的に隣ではどんな作品を撮っているのかは一切明かされず、しかもその内容も古代ローマ風の兜やペガサスの人形など方向性がバラバラなので本当に何を撮っているのか不明。

*38 アニメスタッフのインタビューで、同じくアニメオリジナルエピソードの一つである乃亜編が高橋氏に好評だったということは判明している。

*39 「どのタイミングで使っても矛盾が出ないように名ありキャラは直接登場せず、モブの一般人の間で麦わらの一味の噂が流れる光景で終わる」というパターンが多い。

*40 一応「『尾田先生』の立場で許される程度に留めてヒントを出す」までは読者に対しても行っており、何度か「ルフィがみんなと旅をしてきた経験が『ONE PIECE』という展開にはしないつもりでプロットを作っている」「普通にモノである『宝物』が『ONE PIECE』である事を麦わらの一味のみんなが把握して終わります。これは約束できます」までは明かしている。尾田先生本人によれば「『オズの魔法使い』で宝物が精神的な成長(実体がなく、それどころか旅を始めた時点では存在しないもの)とされていたのが個人的にずっとストーリーとしての違和感を感じていた」「だから連載を始めるにあたって、早いうちから『普通に一般的な海賊ものジャンルの意味での宝物』にするのは決めてしまっていた」とのこと。

*41 詳しくはWikipedia「ドカベン プロ野球編」を参照。

*42 ただ、2010年代以降はそうした二次利用にも消極的になっていた。

*43 水島先生によるイラストの場合、頬が丸々としている・髪の毛が長めなのが香川、頬が直線的・プロ入り後も短髪なのが山田。

*44 《ジャガー》召喚に1マナ必要で、《怨恨》を使うにはもう1マナかかる。基本的に、MtGは最初のターンに1マナしか払う事ができない為、《怨恨》を使うにはもう1ターン待つ必要がある。

*45 よく見ると透の手札も6枚に減っている(MtGの初期手札は7枚)。またこの直後に透が平地を出した後、白凰が2ターン経過した事を告げている。つまり《怨恨》付き《ジャガー》で殴ったのも2ターン目。なお作中の描写より、透が1ターン目に平地を出している事も推定可能。

*46 当時の環境ならマナアーティファクトか《暗黒の儀式》で早く出す事が可能だが、それを使っている描写はない。

*47 あろうことか、エピソード間にカードの解説がある単行本ですらこの効果に一切言及されていない。

*48 当時だと愛知県の空港といえば小牧市に所在する名古屋空港を指し、またセントレアは2005年から運用開始の為、存在していなかった。「新幹線が最速じゃないの?」とも思うかもしれないが、当時は現在より速度が低く、当時のダイヤも分単位で次の列車が入線する現在からみればスカスカもいいところだった為、最速ではなかった。

*49 『ダイヤモンドは砕けない』の連載期間は1992年~1995年なので、2003年デビューという話と矛盾する。一方、ガモウは1985年デビューなので、ガモウと大場が同一人物なら辻褄が合う。

*50 とはいえこの人物、2007年時点で「今度『パンツくん』ってタイトルの絵本出す」「漫画家目指す男の子と声優目指す女の子の話を描こうとしてたみたい」「『DEATH NOTE』の読み切り描いてるみたい」と語り2008年にガモウ、大場名義で発表される作品や、当時顔出ししていなかった小畑の容姿についても的中させた他、本名として出した名前の人物は埼玉県に実在していた為、なかなか信憑性は高いが。

*51 全2巻。作画担当は『少年ジャンプ』で本作を含む連載3作品が短期で終了しているので、噂の対象になった事がある。

*52 ただし、先述の大場つぐみの都市伝説と併せ、『DEATH NOTE』に通ずる描写を再評価する見方もある。

*53 ただし、後に作画の野澤ゆき子自身がXにて彼女のアイデアを個人に送ることはやめるようファンに向けて呼びかけている。なぜなら、将来的に似通った彼女が登場した場合、偶然であっても「パクられた!」という言いがかりが来かねないからである。実際、皆の記憶にあるような最悪な事件が起きているので、作者が拒否している以上、アイデアを送るのは控えよう。

*54 1990年代末から2000年代初頭にかけて、韓国棋界は国際棋戦を席巻し、国際個人戦17連覇や国際大会23連続優勝(団体戦を含む)という圧倒的な記録を残しており、『ヒカルの碁』が連載されていた1998~2003年は「韓国囲碁最強時代のど真ん中」であった

*55 単純に国内リーグが盛んな事に加え、「KBOからメジャー挑戦した」だけではなく「元々狭義の国籍ではアメリカとなる韓国系のMLB選手」もルール上は招集して構わない為、野球文化の広報そのものが主目的と言えるような国(例としてチェコやブラジル)に比べれはかなりの強豪国家。

*56 例えばシリーズ最新作である『金田一パパの事件簿』でも、一の息子の九十九が自分の曽祖父が金田一耕助だと実名付きで説明するシーンが存在する。

*57 そもそも『金田一少年の事件簿』第一期の連載期間8年のうち3年は堂本版の期間と被っており、適当に指定しても37.5%とそれなりの確率で堂本版の放送期間と被る計算である。また堂本の年齢についても、実際のところ2代目金田一である松本潤も当時35歳とほぼ同年代といえ、特別堂本と関連付ける理由になるとは言い難い。

*58 参照:https://realsound.jp/2018/08/post-236039.html 及び https://x.com/agitadashi/status/1020672493206425601

*59 食べて美味い事自体は認めるのだが、「ステーキなんて良い肉を使えば誰にでも美味いのができる」とコックの技術は認めんという意味の事を聞こえるように言い放つ。この時点ではコックはまだ怒らず、「高級な肉を使ったらこの値段じゃ出せないって分かるよね」と説明し、そこで主人公が一瞬詰まってから、前述のコックの「まあうちのマネをしようなんてバカな考えはよすんだな」につながっている。

*60 2020年、Xでのあおきけい曰く「どう見てもタ●ムボ●ンシリーズにしか見えないけど、タ●ムボ●ンシリーズではないという不思議な企画」。

*61 このガンダムグリープもバンダイ側が「ガンダムを1機増やして欲しい」とストーリー中盤で要望した為にボツ設定のものを修正して急遽追加したものと『ガリアレスト』単行本で述べている。

*62 史実通り政権を守れなかったため、シンゾー(安倍に当たるキャラクター)は責任を取るとして割腹自殺を図る。死亡する前にレギュラー陣が見つけたため救急搬送されたが、いくらなんでも支持者にそのまま言えないと考えたジュンイチロー(モデルは小泉純一郎)やアソー(同じく麻生太郎。本人事後公認済)は現実と同じく「難病性の胃腸炎悪化により実質的には政治家活動を停止」と公表する…というもの。

*63 また「主人公と敵対する政治家のトップ」を明らかにカリカチュア然とした描写にするのも『ムダヅモ』で既に鳩山由紀夫や福島みずほなど何度か見られていたし、自民党内でも石破茂は出番が非常に少ないためか比較的こちら寄りのデザインであった

*64 一応白先生を擁護すると、同時期の極左系イラストでは明らかにバケモノ然としたカリカチュア系の作画が好まれる(これは高市早苗などにも見られる)中、『テコ朴』は安倍・高市ともに容姿だけでも極力いい意味で写実的なデザインを心掛けている可能性が高いなど、一定の配慮が見られるのも事実ではある

*65 特に『勇人』掲載当時は参政党や日本保守党と言った「自民党よりさらにガッツリ右派をやる」政党の旗揚げ前で、「極右」として最初にイメージされるのは基本的に自民党(のそういう派閥)であった

*66 古い物では1911(明治44)年に刊行された『最近物理学教科書』という本に、「凡そ仕事を為し得べき能力をエネルギーと名づく」という記述がある。

*67 例えば、文学者の武者小路実篤が『生命に役立つ為に』(1926年刊行)というエッセイで「創作的エネルギー」という言葉を用いている。

*68 正式名称は「冬樹の世界7不思議」。全て集めると侵略成功となるケロロンボールが冬樹の自由研究対象となるミステリースポットに散らばったのを機にケロロ小隊と冬樹が共に各所を巡るストーリーだが、サザエさん時空の作品でありながらこのタイミングで冬樹が中学2年に進級した描写があるのにも関わらず、以降のストーリーでは無かった事になっている部分も見られる。

*69 バトラコスはケロロの人格を導入した量産型アンドロイドであり、その中の一個体が小学生時代の夏美に遭遇し、ケロロ小隊が日向家と出会う遠因となった。また、帽子が黒い個体が現在マコトという地球人と暮らしているが、こちらは深い掘り下げはされていない。