罠 by194さん 投稿日2011/02/07(月)
連投失礼します。実は
[ふたりの木陰?]の続き。
今度は「
リハビリ」に出てきた議員が遼子に悪さします。しかもエロなしごめんなさい。
「鳴海さん、今日はいつにも増してきれいですよ」
「は?」
高級ホテルのバーの静かな囁きに満ちたフロアに遼子の間抜けな声が響いた。
思わず出た言葉に赤くなり、身をすくめて遼子は周囲を見回した。皆それなりに地位もあり、こういう場所で
時間を潰すことに慣れているのか、遼子の振る舞いに眉をひそめるような不躾な真似をするものはいなかった。
少し離れたところにいるバーテンダーもすました顔で立っている。
「もう…緋山先生ったら、お上手なんだから~!おほほほ~」
てれ隠しに遼子がぎこちなく笑った後、また気づまりな沈黙が訪れた。
隣にいる青年――緋山秀和の襟元には議員バッチが光る。
先日美鈴と共にインタビューしてから何度目かの食事会だった。いつもは美鈴や、緋山のスタッフとも
一緒に食事を取るのだが、待てども美鈴は来ない。何度もメールしているが返事がなかった。
遼子が緋山の姉に似ていると美鈴に聞いてから、緋山が遼子を見るときの視線の強さがくすぐったくもあり、
どことなく恐ろしくもあった。
食事が終わると緋山のスタッフが帰り、遼子は緋山に誘われるまま食事会が開かれた中華料理店の上階にある
バーに来ていた。
―――このまま部屋に誘われても、私はなびかないわよ。そんな安い女じゃないんだから…。
「いい匂いがしますね。僕の好きな香水に似ている」
美鈴が選んだ香水だった。緋山の姉もつけているという香水。
それにしても美鈴はどこからそんな情報を得るのだろうか?遼子がそう思った時だった。
「知り合いもつけている匂いだ。でもつける人によって匂いも変わるのかもしれない。こう言ったら失礼
かもしれないが―――とても官能的な匂いに感じますよ」
「そ、そうかしら…つけすぎたかな」
自分の手首の匂いを犬のように嗅ぐ遼子の様子を見て、緋山が形のいい象牙色の歯を見せて笑った。
「面白い人だ、あなたは。ユニークでどこか憎めない。それなのに妙になまめかしく見える時がある」
「またまた~。よく言われます~」
動揺して遼子は、受け流しているのか、真に受けているのか微妙な返答をしてしまった。
微妙な空気の中、携帯を出しては相手の気を損ねそうだ。だが、二人で飲んでいるとどうにも落ち着かない。
遼子は美鈴からの連絡を待ちわびていた。
「巻瀬さんなら来ませんよ。彼女に情報を流しているスタッフと今頃は楽しくしているんじゃないかな」
ロックグラスを傾けながら緋山が言った。
遼子の様子から、美鈴を待っているのを見抜いていたようだった。
「…このホテルに部屋をとってあるんですよ」
緋山が真顔で言った。
―――大丈夫、鷹藤くん浮気なんてしないから。
遼子が断わりの言葉を告げようとした時だった。
「折り入って話したいことがあるんですよ。あなたのお兄さんの情報」
緋山が身を乗り出し、遼子の耳元で囁いた。
「兄の情報?」
断ることを忘れ、遼子は急きこむようにして言った。
その様子を見て緋山が笑みを浮かべる。
「そう。死んだことになっている君のお兄さん。だが、警察も馬鹿じゃない、君の兄さんの生存を確信
して追っているようですよ。秘密裏にですがね。もし僕がその捜査情報を入手しているとしたら」
「お兄ちゃんのこと知っているの?」
「ええ。僕はあなたにその情報を提供できます。ここにありますよ」
緋山は人差し指で自分のこめかみを指した。
「僕は嘘をつきません」
「教えてくれるんですか」
「もちろん」
緋山がにっこりと笑った。
「ですが、ここでは言えません。下に部屋をとってあります。そこに来たら教えてあげますよ」
カウンターに乗せられていた遼子の手に、緋山が手を重ねた。
「へへへへ…部屋って」
「余人に聞かせたくない話ですしね。静かなところの方が話しやすい」
緋山が選挙民向けの完璧な笑顔を作った。美しく手入れされた歯が、唇からちらりとのぞく。
「来るか来ないかは鳴海さんの自由です。来なければ情報は得られない。それだけのことです。
どうします。どちらにせよ、今日僕はその部屋に泊ります」
「…本当に知ってるんですか。兄のこと」
「来ればわかりますよ」
緋山の笑顔の奥で、その瞳が凍てつく光を放って見えた。
この青年はもしかしたら見かけどおりの人間ではないのかもしれない。
だが、洸至のことを出されて遼子は後に引けなくなっていた。
立ち上がった緋山の後に続いて、遼子もバーを出ていった。
堅い表情で部屋の入り口に立ちつくす遼子に、緊張をほぐそうと緋山が笑顔で話しかける。
「いい部屋でしょう?」
「は、はい!」
「そんなに硬くならないで。緊張してるみたいだね。何か飲む」
「いえ、いいです。あの、わたし、来ましたよ。だからお願いです。お兄ちゃんのこと教えてください!」
「この部屋に来て、夜景も見ずに帰るのはもったいないですよ」
緋山が遼子の手を取ると、窓際へ誘った。
「なかなかいい眺めでしょう。カーテンを開けていても誰にも見られる心配はありませんよ。この辺で一番の
高層ビルですから」
さりげなく緋山が遼子の肩を抱いた。
「だけど、緋山さん、わたしそんなつもりじゃ」
その手から逃れて、遼子は向き合った。上背のある緋山が遼子を見下ろしていた。
「じゃ、どんなつもりだったの。今日はいやに艶めかしい目をしてこっちを見ていたじゃないか」
緋山と食事をしながら、遼子は時折、さっきの鷹藤との行為を反芻していた。
それがこの男に火をつけたのだろうか。
緋山が手を伸ばす。
遼子の首筋を冷たい掌が撫で上げた。
「や、やめてください!」
緋山の動きが止まった。遼子を見据えながら口元だけは微笑んでいる。
「…欲しくないならいいよ」
氷のような声だった。
「な、何がですか」
緋山が遼子の耳元に唇を寄せた。
「お兄さんの情報」
生温かい息が遼子の耳にかかる。ぞっとした。
「ここで君が部屋を出れば、永遠に君はお兄さんに近づけない」
「お兄ちゃん…」
「お兄さんに会いたいのなら」
緋山が遼子のスカートの上から太ももを撫でる。
「あっ…」
太ももを這う緋山の腕を遼子が手が押し止め、密着する二人の躰に隙間を作ろうと身をよじった。
「動かないで…そうすれば僕は君に情報をあげる。いい交換条件だろう?君は兄さんの情報を、
僕は君を得る」
最終更新:2011年02月10日 19:24