「虹の彼方から」 by261さん 投稿日2010/09/27
メリークリスマス…後の優しいお兄ちゃん編…かな。
エロなしです。すいません。
「また、お会いしちゃいましたね」
その声で、片手にコートをかけた男が振り返った。
「あなたでしたか、鳴海さん」
セーターとチノパン姿の長身の男が狼狽したように笑った。
鋭く見える切れ長の目だが、目じりに笑いじわが冷たい雰囲気を打ち消すように浮かぶ。
足元には大振りの旅行鞄を置き、ちょうどいまこの場所についたようだった。
「わたしもたった今着いたところなんですよ。久しぶりの休暇なんです。いらっしゃるなら、
私の携帯に連絡をくださればよかったのに」
「川添先生を驚かそうと思いまして」
「確かに、驚きましたよ。こんなところまで追いかけて来るなんて。しかも熊が出るような時期の
別荘にまでなんてね」
「看板が出てましたね。川添先生だって冬眠開けの熊がウロウロする時期に、ここに何の用が
おありなんですか」
「あなたのような人に追いかけられるのにうんざりした、じゃいけませんかね」
高原の別荘地にある川添のコテージだった。
コテージというには豪華な部屋で、遼子の部屋よりも広く、置かれている家具ひとつで遼子が
使っている家具全てと同じくらいの価値がありそうだった。
「先生にお知らせがあるんですよ」
「わたしに?何かな」
「看護師の吉田さんが今朝亡くなったんです」
「そうですか。それが私に何の関係が?」
「冷たいんですね。同じ病棟で勤務してたじゃないですか。それと、吉田さん、自然死じゃなさそうなんですよ」
「違うんですか」
「一見、突然死にも見えるんですが、ひどい汗をかいてなくなってたんです。…腰のあたりに小さな注射痕がありました。
まるでインシュリンを打ったあとみたいなんですよ。お医者様なら川添先生もご存知ですよね、低血糖発作って」
遼子が探る様な上目遣いで川添を見る。
「じゃ、吉田さんは糖尿病だったんでしょう」
「違うんです。筋弛緩剤の数が合わないことに気づいて病院に申し立てをした吉田さんが 更迭され、理由をつけて
停職を余儀なくされたのは川添先生が積極的に動いた為だと 病院の方から聞きました。川添先生は何か隠したいことが
あったんですか?」
「さあ…。こんな取材しても意味はないですよ」
「でも、書かせてもらいます。吉田さんが、勤務先の病院で筋弛緩剤が不自然に減ってることについて 停職処分の後、
アンタッチャブル編集部に調べて欲しいって相談に来たんです。
調べてみると、川添先生が以前勤務されていた病院でも似たような騒ぎがありました。
騒ぎが起こると川添先生が辞職されて姿を消したそうですね。
今度の病院では、吉田さんが突然亡くなりしかも遺体には注射跡がありました。これは記事になりますよ~」
「しつこいな君も」
川添は笑顔を浮かべてはいるが、酷薄さが漂う不気味なものだった。
遼子の後ろに立っていた鷹藤が、二人の間ににじり寄る。
「ボディーガードかな、君は」
「…カメラマンです。一枚、いいですか」
「しょうがないな、一枚だけ」
簡単に応じたことに、鷹藤は以外そうな顔をしながらシャッターを切った。
「どんな映り具合かな。見せてもらえる?」
川添が鷹藤に近づいた。
ごく自然にコートをかけている手が素早く動くと、鷹藤の首筋に何かを突き立てた。
「な、何を…」
鷹藤が音を立てて倒れた。
コートを払った川添の手には注射器があった。
「二人で来れば大丈夫だと思ったのかな」
川添が遼子を見る。
切れ長の眼からは笑いじわが消え、そこにあるのは捕食者の眼だった。
「まったく…。どうしてほっておいてくれないのかな、君たちは。そうしたら僕だって、
君たちだって今まで通りの生活が続いたのに、僕の邪魔したばかりに全てが終わってしまうんだよ」
川添が遼子の方へ歩き出した。
「君みたいな子と遊べるから僕は嬉しいけどね」
遼子が逃げようとするが、川添がその髪を掴むとまるで犬と散歩するような様子で歩き始めた。
「なにするのよ!警察呼ぶわよ!」
暴れる遼子を引きずりながら、閉ざされた奥の部屋のドアを開ける。
そこに入った遼子は、一瞬、調理室に入ったような印象を持った。
白いタイルの壁と床、その前には業務用のスチールワゴンが並び、壁一面には大振りのナイフや
銀色に輝く様々な器具がかけてある。
だが、キッチンなら今いたリビングの横にアイランド式のものがあった。
じゃあ、ここは…。
「僕の趣味の部屋だよ。ここに来たのは君で5人目かな」
川添が遼子を横殴りに撲った。
その衝撃で壁に激突した遼子が頭を強かに打ち朦朧としていた時、左肩に針で刺された痛みが走る。
見ると、肩に注射器が突きたてられていた。
悲鳴を上げる間もなく、遼子の体から力が抜けて行く。
だが、意識だけは清明で自分の体が崩れ落ちていく様子をはっきり自覚していた。
冷たいタイル貼りの床の上にゆっくりとうつ伏せに倒れたとき、額を思いっきり打ったが
痛みの声も涙も出すことができなかった。
「大丈夫、そのうち体は動くようになるよ。いまは抵抗されたくないからさ」
川添はそう言うと、人形のようになった遼子の体を抱え、部屋の中へ入り家具が何も置かれて
いない壁の前に遼子を置いた。
その壁からは二本の鎖が伸び、先端には手錠が着いている。
「趣味の為の薬だったんだけどね。ばれないようにしてたんだけど、意外と吉川君がうるさくってさ。
吉川君、低血糖発作ってばれないようにしたはずなのに、なんだ、あっさりばれちゃったのか」
壁に背をつけるようにして遼子を座らせると、手錠をはめ始めた。
最終更新:2010年11月08日 22:10