花火の貌 by373さん 投稿日 2011/09/05(月)
素晴らしい浴衣エロの後で心苦しいのですが、とりあえず投下。
これでちょうど埋まるかな…?いつもながら長くてすいません。
スイッチを入れしばらく経ち、ようやく鷹藤の部屋の年代物のエアコンが冷気を帯びた心地よい風を
吐き出し始めた。
部屋の持ち主の悪癖のせいか、その風はほのかに煙草臭い。
「部屋が冷えるまで時間かかりそうだから、これでも飲んで待っててくれよ」
鷹藤は冷蔵庫から出したばかりのビールを相方に差し出した。
「ありがとう」
紺地に白で百合柄を染め抜いた古風な柄の浴衣に臙脂色の帯を締め、鷹藤のPCの前に膝を崩して座った遼子が
ビールを受け取ると鷹藤を見上げほほえんだ。
リビングのガラステーブルの上に置かれたノート型パソコンの画面に映る花火の画像を遼子は見ていた。
雑然とした独身男のむさ苦しい部屋で、遼子だけが色彩を持ったかのような艶やかな姿だ。
遼子は浴衣に合わせて華やかなまとめ髪にしている。後れ毛が何本かかかった白いうなじが眩しかった。
鷹藤は汗で光るそのうなじを、指で辿ったこの間の夜のことを思い出していた。
赤い唇から漏れ出た微かな喘ぎ声が耳の奥で蘇る。
「きれいに撮れてるじゃない」
遼子のその声で、淫らな夢想から鷹藤は引き戻された。
「お、おう。そりゃプロだからな」
鷹藤はぎこちなく応えると、自分の缶ビールを手に遼子の傍らの床に胡座をかいた。
それから、テーブルの横に置いてあった遼子の下駄を手に取る。
黒塗りの下駄だが、紫色の鼻緒が外れていた。
「直せそう?」
鷹藤の手元をのぞき込みながら遼子が言った。遼子の汗の匂いがした。
不快ではない、心地よい匂いだった。粉っぽいような、さわやかな女の匂い。
その匂いに包まれながら、切れた鼻緒を直すべく部屋にあったビニールテープを手にして鷹藤は鼻緒の紐を継ぎ始めた。
東京の夏の風物詩ともいえる大きな花火大会の取材の帰り道、鷹藤が遼子を歩いて駅まで送っている途中で下駄の鼻緒が切れた。
それを修理するべく、花火大会の会場からほど近い鷹藤の家に寄ったのだ。
取材と言っても、鷹藤が週刊アンタッチャブルの巻末グラビア用の写真を撮るだけで遼子の仕事はなかった。
軽い取材を兼ねた夏祭りデートだ。
鷹藤にすれば、15年ぶりの花火だった。
友達に花火を見に行こうと誘われても、鷹藤は何か理由をつけては断っていた。
嫌いだった訳ではない。花火は好きだった。家族がいた頃は毎年家族全員で見に行っていた。
高学年になっても、花火大会で興奮しはしゃぎ迷子になりそうな鷹藤の手を父と母の手が包んでいた。
その後ろから冷めたような笑みを浮かべ、離れたところを兄公平が歩く。
人波の中、兄の姿を探し振り返る鷹藤の瞳を捉えた兄の目は温かかった。
河川沿いの道を花火大会の会場までそうやって往き帰りした。それが鷹藤家の夏の恒例行事だった。
しかし、今鷹藤の家族はもういない。
その孤独を残酷なまでに味わうことになるせいで、事件から何年経っても鷹藤は花火大会に足を運べないでいた。
だが遼子となら行ける気がした。遼子と一緒なら、切ない夏の記憶を呼び起こすことなく前へ進める気がした。
だから軽い調子で暇だったら花火の取材手伝えよ、と誘ったのだ。
鷹藤に誘われたとき、遼子は取材にかこつけて誘うなんて…と言った後に、
どうしても一緒に来てほしいならいってあげないこともないわよ、と遼子は小さな声で付け加えた。
待ち合わせ場所で遼子の姿を見た鷹藤はくわえていた煙草を落とした。
口では気乗りしない風だったのに、遼子は浴衣姿で来た。
紺地の百合柄の浴衣に帯の臙脂が鮮やかに映えている。
そして不器用な遼子から想像もつかない程美しく結い上げられた髪。
もしかしたら、このために美容院でセットしたのかもしれない。
華やかな色使いの浴衣が流行っているなかで、落ち着いた柄の浴衣は逆に人目を引いた。
浴衣や髪型だけのせいではない、遼子自身が放つ輝きのせいかもしれない。
普段取材するときには見せたことのない喜びに満ちた笑顔。
そのせいか、女連れであろうとなかろうと、道行く男たちの不躾なまでの視線が遼子に送られていた。
周囲の男たちの視線から少しでも早く遠ざけたくて、鷹藤は遼子の手を取ると撮影ポイントへ急いだ。
鷹藤の手を遼子がそっと握り返したとき、そのほんの小さな仕草で自分のの心臓がひときわ高く鳴ったのがわかった。
鷹藤の家のノートパソコンの画面には、今夜の花火が色とりどりの花弁を開き夜空を彩っているさまが映っていた。
「今日あんたハナビじゃなくて何見てたんだよ」
鷹藤が鼻緒を継ぎながら、パソコンに見入っている遼子の横顔に問いかけた。
「別に・・・花火観てたわよ・・」
遼子はとぼけて次の写真を映すべく、マウスをクリックしたがその音は少し忙しなかった。
「俺が気づかないとでも思ったのかよ。周りの客はみんな空を見上げてるのに、あんただけ周りをキョロキョロ
見回してさ。あの時俺、写真撮っていたから何も言わないでいたけど、何か気になることでもあったのか」
「ちょっとね」
「ちょっと何だよ」
「聞いても笑わない?」
「ああ」
少し間を空けて遼子がいった。
「花火を見上げる人の中に、もう会えなくなった人もそこにいることがあるって、昔聞いたの。
花火って、死んだ人も生きている人と一緒に楽しむためのものだって。だから…」
そんな迷信を信じている自分を恥じいるように遼子は微かな声で言った。
遼子の両親も鷹藤の家族同様、遼子の兄である鳴海洸至に爆弾で吹き飛ばされこの世にいない。
しかし、そんな迷信にまですがりついてまで、遼子が会いたい人間は15年前に死んだ家族だけなのだろうか。
東京湾に消えた遼子の兄―――遼子から全てを奪いながら15年間遼子を慈しみ守り続けた
男のことを鷹藤は思い浮かべていた。
「でもね、前にお兄ちゃんと花火を観たときもきょろきょろして怒られちゃった。後ろばかり
振り返っていたら、大事なものを見逃すぞって」
兄のことを語るときに遼子の中で懐かしさと苦さの入り交じった感情が去来するのか、遼子の横顔が微かに歪んだ。
それを見た鷹藤は手にしていた下駄を床に置くと、右手で遼子をそっと抱き寄せた。
「どうしたの、いきなり…」
腕の中の遼子が、当惑した顔で鷹藤を見た。
「なんとなくじゃ駄目か?」
「駄目」
見つめ返す遼子が笑って言う。
「浴衣姿のあんたに欲情した」
鷹藤が遼子の耳にこう囁くとくすぐったいのか身をよじって遼子が明るい笑い声をたてる。
時々、怖くなる時がある。
今のように遼子と他愛のないことで笑い、共に過ごしている時がそうだった。
自分の親兄弟を奪った男に、もうこの世にいないはずの男にこの幸せな時間を奪われそうな,そんな気がするのだ。
鳴海洸至は死んだ。死者に遼子は奪えない。
自分がここまで鳴海洸至のことを恐れるのは、いま本当の幸せを掴みかけているせいなのだろうか。
「帰り道、鼻緒が切れたから部屋にあがっただけよ。鷹藤君だってそういうことしないって…」
「言ったかな」
反駁の言葉を紡ごうとした遼子の唇を、鷹藤は唇で塞いだ。
すぐに互いの舌が絡み合う。
遼子の手が鷹藤の首を抱くと、二人の口づけはさらに深さを増した。
鷹藤が両手で遼子の顔を包む。口づけを交わしながら、鷹藤は手を首筋からその下に滑らせた。
浴衣の襟元から左手を這わせ柔らかな肉の感触を楽しむ。
「んっ…」
快楽に溶けていこうとする自分をとどめるように眉根を寄せ耐える姿は浴衣姿も相まってなんとも可憐だ。
しかし、それが逆に男の嗜虐心をそそる。
興奮からか身をよじる遼子の浴衣の裾が割れ、そこから艶めかしく汗で光る太股が見えていた。
そこに鷹藤が右手を這わせると遼子の息はひときわ荒さを増した。
「触って欲しいんだ」
羞恥を煽る質問して遼子の反応を楽しみながら、内ももの柔らかい肉を撫で回す。
遼子からの返事は勿論ない。
鷹藤と躰を重ねて幾月か経ち、快楽を貪欲に求める躰になったとはいえ、ほんの数ヶ月前に処女を散らしたばかりで
初心な遼子が言葉にできようはずもない。
しかし遼子の荒い吐息は理性が快楽を前に融けていく徴だ。
それはどんな言葉よりも如実に遼子の心を示していた。
「どこ触って欲しいか言えって」
「駄目…」
浴衣の襟元が乱れるのも構わず、躰をくねらせながら遼子がむなしい抵抗する。
「何が…いつもしてるだろ」
遼子の首筋に口づけの雨を降らせながら鷹藤が言った。
「お風呂入ってないもの…。暑い中、ずっと人混みの中に居たんだもの。わたし、汗の匂いがするわ。
だからお風呂に入ってからにしよ、ね、鷹藤くん」
遼子が鷹藤の腕の中から上目遣いで鷹藤を見上げる。
「このままじゃ嫌か」
「だって恥ずかしいし」
返答をじらし、沈黙をしばし楽しんだあと鷹藤は口を開いた。
「でもさ、浴衣姿のあんたを抱く機会、俺がみすみす見逃すと思うか」
意地悪な笑みを浮かべると、鷹藤は浴衣の裾に入れた手を蠢かし遼子の下着の上から花芯を指でさすった。
「やぁ!だめ、だめなの!」
下着の股の部分は、もうすっかり濡れていた。
「こんだけ濡れてて?」
「やんっ」
鷹藤の腕の中で遼子の躰が跳ねる。
最終更新:2011年09月07日 12:57