男装 by353さん 投稿日2011/07/20(水)
もしも、遼子が男装してイケメンパラダイスに行こうとしたら…。
エロなし長くてごめんなさいです。
それは勤務時間が不規則な仕事に就いた鳴海兄妹からすると珍しい夜だった。
洸至も遼子も珍しく仕事が早く終わり夕食前に二人揃って自宅にいた。
遼子は夕食を作る前に取材の準備があるからといって部屋の扉を閉め切り、中でなにやらごそごそしている。
洸至も着替えもせずに模型が置かれた机の前に陣取ると、夕食の前に趣味の模型作りをしばし楽しんでいた。
洸至が小さな部品に接着剤を着け、模型のビルの窓枠部分にそれを置こうとしたときだった。
「お兄ちゃん~!ちょっと手伝ってくれない?」
遼子の大声に驚いて、洸至は部品を全く見当違いの場所につけてしまった。
急いでそれをはずし、模型に残った接着剤の跡を手元にあった布で拭き取った。
「後は残らなさそうだな・・・」
ほっと一息ついて、洸至は手にした布を見て愕然とした。
「あ~!」
洗濯された自分のトランクスで拭いてしまった。
遼子が畳んで置いてくれていた洗濯物の山から、慌てて手にとってしまったらしい。
苦笑いしながら洸至は立ち上がると、遼子の部屋に向かった。
「なんだよ、手伝いって。遼子が大声出すから、驚いて…うわっ?」
遼子の部屋に入った洸至が今度は大声を出す番だった。
「遼…子?」
妹の部屋にスーツ姿の小柄な男がいた。
襟足や前髪が少し長めの髪形で、細身の黒っぽいスーツを着ている。
色の白い肌に、栗毛色の髪を持った中性的な顔立ちの男。
黒目のはっきりした双眸が洸至を捉えると爽やかな笑い声を立てた。
「えへへ、どうかな」
男が妹の透明感のある声で言った。
遼子だった。
メイクを落とし、遼子の特徴である漆黒の美しい髪をウィッグの中に隠したせいで兄の洸至でも一瞬誰かわからなかった。
「どうかなって…なんだよその格好」
当惑する洸至の顔を見て、妹はいたずらがうまくいった時の子供のような満足げな表情を浮かべている。
「今度ね、ここに潜入取材することにしたの」
男装の遼子から渡されたのは、とあるセミナーの募集チラシだった。
『合宿セミナー 次世代のリーダーを生み出す自己啓発の2泊3日』というコピーの下にはカメラに笑顔を向け
る整った顔立ちの青年達―――洸至の眼から見ても美青年ばかりが写っている。
「よくある自己啓発セミナーみたいだな」
「それも男子限定なの。それでね、このセミナーを受けると、面接で通りやすくなるって言う口コミが
拡がって就職活動中の学生たちが結構受けているのよ」
「で?お前が動くって事は何かあったんだろ」
チラシを持つ洸至の手を覗きこみながら遼子が続ける。
「結構な数の学生がセミナーを受けて、満足いく結果を得た。だけど、一部の学生は帰ってくる
ことなく、そのまま団体の寮に入ってそのままそこで生活してるわ。優秀でしかも容姿端麗な学生ばかり…。
その団体の寮のことを付近の住民はイケメンパラダイスと呼んでいるけどね。そしてみんな一流企業や
官公庁に就職が決まっているの。優秀な人材を独占して、狙った場所に送り込む意図を感じない?
何か匂うのよ、ここ」
洸至の傍でそう解説する遼子は、いつもの黒髪がないのでまるで別人のようだ。
しかし、躰から漂う甘い匂いは妹のものだ。
洸至は妹に気付かれないようにその匂いを愉しんでいた。
「洗脳か」
「かも…って話よ」
警視庁公安部の方で何か情報を持っていないか、探りを入れるように妹が洸至を見ていた。
いくらかわいい妹でも捜査員として捜査情報を流していい訳がない。
だが、この眼で見られるといつも洸至はその禁を破りそうになる。
しかし今回は洸至の所属する公安部でもこの団体の情報は掴んでいなかった。
「初めてみる団体名だな…。まだ活動を始めたばかりで眼をつけられていないんだろう」
「そっか…」
「この団体に潜入ってお前…男子限定なんだろ?」
「だからこの格好なのよ。お兄ちゃんだって部屋に入って来た時驚いていたじゃない。男の人だと思ったでしょ?」
遼子がスーツのポケットに手を入れ得意げに胸を張った。
「ちょ、ちょっと待て、遼子。そりゃ部屋に入った時には驚いたが、まさかお前の部屋に男がいるって
思わなかったからであって」
「男に見えたなら成功ね」
「一瞬だけだ。それに編集部には適任者がいるじゃないか。大学生役なら鷹藤君に行かせればいいだろ」
年だってお前の方が上じゃないかという言葉は飲み込んだ。
「鷹藤君はどう見ても学生に見えないじゃない。髭生えてるし。女性の方が肌理も細かいから若く見える…はず」
自分に言い聞かせるように遼子が言った。
「髭なら剃ればいいだろ」
「鷹藤君、絶対剃らないって意地になってるのよ。それに鷹藤君じゃ記事を書けないもの」
「ちょっとしたレポートぐらいならかけるだろ。そんな男だらけのセミナーに男装して潜入なんて危ないじゃないか」
「お兄ちゃんも騙せたんだからきっと上手くいくって」
洸至は遼子の必死さに妙なひっかかりを憶えた。
―――付近の住民はイケメンパラダイスって呼んでいるわ。
さっきの遼子の言葉が脳裏を過ぎる。
「お前…行きたいのか」
眼をすがめて自分を見る兄の視線に気づいた遼子が明らかにうろたえ始めた。
「えっ、違うわよジャーナリストとして、家族を引き裂くような洗脳を施す団体は放っておけないだけで、
別にイケメンだらけの寮に行ってみたいなとかそういうことじゃないんだからね」
「やっぱり目的はそっちか…」
洸至の喉奥からは部屋の温度を下げるような低い声が出ていた。
最終更新:2011年07月22日 00:04