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「夜に渇く」by280さん   投稿日2010/10/01


需要があるかないか、たぶんないだろう、兄×美鈴編です。エロです。
お兄ちゃんは遼子以外とは駄目!という方は読まない方がよいかと思われます。



洸至が風呂から出ると、消えていたはずの遼子の部屋の電気がついていた。
数十分前に洸至がアパートに戻り、護衛として部屋に居た片山を家に帰した時には、
遼子の部屋に居る巻瀬美鈴はもう寝ているようだったのだが。
洸至は時計を見た。
時計は2時を指している。

「洸至さん、おかえりなさい」

遼子の部屋の引き戸が開いた。
暗がりから、パジャマ姿の美鈴が姿を現した。
パジャマといっても色気のかけらもない遼子のものとは違い、体のラインがわかるようなデザインの
パーカーとスウェットの組み合わせのものだ。
パーカーのジッパーが下げられていて、そこから胸の谷間がほんの少し覗いていた。

男の視線を吸いつける術を心得ている、美鈴らしい服だった。
片山が鳴海家でパジャマ姿の美鈴を見た時、最初その眼はさまよっていたが、美鈴の視線がないところでは、
片山がその体の線を眼で辿っていたのを洸至は見たことがある。

「どうかしましたか」
「眠りたいのにどうしても眠れなくて。そうしたら喉が渇いてきちゃって」
美鈴は洸至の前を横切り、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。
横切った時、洸至や遼子と同じシャンプーの匂いと、それとは違う乾いた花のような匂いがした。
甘くはないのに、男の心をくすぐる匂いだった。

「自分の家じゃないから、落ち着きませんよね」
「そんなことないですよ。いつもは遼子さんが傍にいて、話し相手になってくれるから眠れたけど、
今日はひとりだから眠れなくて」
「少し付き合いましょうか」
「居候している上に洸至さんにまで甘えてしまって。甘え過ぎだわ、わたし」
「自分の家だと思ってゆっくりしてください。色々ありましたからね、落ち着かないのは仕方ないですよ」
「…こんな雨の日にも取材なんてついてないですね、遼子さんも。でも遼子さんは鷹藤君と一緒だから
大丈夫だろうけど」
水を手にしながら窓際に行った美鈴が、カーテンを細く開けると窓の外を見ながら言った。
洸至の胸をチリチリと音を立てて何かが苛む。
「そうですね」

今頃遼子は鷹藤とどこかで張り込みをしながら、狭い車内に二人きりでいるのか。

遼子は今晩帰れなさそうだと電話してきた。
名無しの権兵衛や地球党だけじゃなく、部数の為にまだ芸能人のスキャンダルまで追わなきゃ
いけないなんて。
疲労を滲ませた声で遼子が言った向こうから、鷹藤が遼子を呼ぶ声がした。
それから二言三言交わした後、妹との電話は終わった。

カーテンの向こうから、叩きつけるような雨の音が響く。

けぶる様な雨に閉ざされた車内に鷹藤と遼子が二人。
洸至の思惑通り、ある時点までは、遼子の中に鷹藤を疑う心があったはずだ。
だが、今、遼子はどれほど洸至が疑惑をちらつかせても、鷹藤を信じているように見えた。
どれ程不利な証拠が出てこようとも鷹藤を信じようとしていた。
洸至には、二人の間で何かが変わったように思えた。

―――昏く、息苦しいような思いが洸至を捉えていた。

「遼子さんが羨ましいわ」
美鈴の声が、洸至をそこから引き戻した。
「遼子が?」
「そう。鷹藤君とお兄さん、ふたりにしっかり守ってもらっているもの。
 わたしなんて、守られていると思っていたら騙されてたり、結局その人も騙されてて傷ついて…。
 他人をあてにしちゃダメってことかしら」
美鈴が寂しげに笑った。
「俺には、鷹藤君は遼子に巻き込まれているだけのようにも見えるよ」
洸至が冗談めかしてそう言うと、美鈴の表情が緩んだ。

「でも洸至さんは違いますよね」
「俺が?」
「遼子さんを危険な目に遭わせないように、いつもしっかり守ってるじゃないですか。
 わたしも、遼子さんのように誰かに守ってもらえたら、こんな理不尽なことに遭わないでいられたのかも」
洸至にとって、子供の頃から理不尽なことは家庭の中にあった。
理不尽な暴力、差別、そしてもっとも理不尽なことは両親の愛の全てが何も知らない遼子へとだけ
向けられたことだった。
だから、他人の人生が理不尽なことに巻き込まれても、理不尽に誰かが死ぬことになっても、
洸至にとっては何の違和感もない。
だが、この女にとって人生とはそういうものではなかったのだろう。

「いまだけでも、忘れたいの」
「…何を」
「洸至さんは怖くないですか。わたしは怖い。ずっと普通の日常が続くと思ってたら、
 いきなり全てが様変わりするようなことの連続で、明日がどうなるかもわからないような気がする時があるんです。
 信じていた人も信じられなくなって。…特にこんな夜は。怖くて怖くて…」
美鈴の目が洸至に据えられた。

「せめていまだけでも、忘れたいの。洸至さんはないの?どうにかして忘れたいこと」

ないと言えば嘘になる。
今、洸至が抱えているこの想い。

それは子供の頃、うらやみ、疎ましく思っていた相手を仕方なしに守るうちにいつの間にか育っていた。
本当に運命は理不尽だ。
洸至から全てを奪い、洸至に全てを奪われた相手に今度は心まで奪われるように仕向けるとは。
この想いは大詰めを迎えた洸至の計画の邪魔になるような気がしている。
遼子が洸至の犯した罪全てを知った時、その時こそ洸至はこの想い全てをぶちまける資格を得られるような
気がしていた。
それをひどく恐れながら、洸至は心のどこかでそれを待ち望んでいる。
だがその想いに絡め取られたら、計画も、これまで築きあげたものも全てが終わる。

気付くと、美鈴の顔が洸至の目の前にあった。
「洸至さんもあるなら、今だけでも忘れましょうよ」
美鈴の腕が洸至の首に廻された。
「巻瀬さん…?」
洸至の肋骨のあたり感じる、美鈴の柔らかなふくらみを押しつぶすようにして、二人の体が密着する。
「そんな風にして忘れられたとしても、束の間ですよ」

洸至が熱のこもらない目で美鈴を見た。
同じ様な冷めた目で美鈴も洸至を見る。
お互いに欲しいのは眼の前にいる相手ではない。
乾ききった心が求めるのは、束の間の快楽と束の間のぬくもりか。

最終更新:2010年11月08日 22:29