「声を堪えるのは苦しいだろう。出していいんだぞ」
息を切らせながら、甘い声で洸至が囁いた。
「あ、ああんっ。いや、あっ、鷹藤くん、見ないで!」
「鷹藤には見えてないさ。安心しろ」
だが、聞こえていないとは言わなかった。
「あ、あ、あ、あんっ、あっ、いや」
水音、水音、水音。
洸至が遼子の唇を己が唇でふさいだのか、声がくぐもる。
「んっ、んん」
隙間から漏れ出る吐息から、口内を犯すような口づけを思わず想像し、
鷹藤は胸がえぐられるような悲しみに襲われた。
それなのに、鷹藤の身体の芯で凶暴なまでの熱がたぎっている。
遼子の苦痛と恥辱を代償にして、鷹藤は激しく興奮している己を感じていた。
そんな自分を消しされれば。
でなければ、ここから消え去されたら。
だが、鷹藤にはそんな自由すら与えられていなかった。
ただ床に額を擦り付け、うめくことしかできなかった。
ベッドが軋むリズムが上がっていく。
「あんっ、あ、あ、あふっ」
肉と肉とを合わせる音が高くなり、溶けあう。
「いやっ、あっ、ああああああっ!」
快楽にまみれ、本能の奥底からの叫びを遼子が発したあと、二人の動きが止まった。
そして、洸至が深い息を吐いたのが聞こえた。
身支度を終えた遼子が、鷹藤の頭を膝に乗せその血を拭いている。
頬にある涙の跡。冷たい指先は細かく震えている。
遼子の肩越しに、ベッドに腰掛けてシャツを着ている洸至が見える。
「お兄ちゃん、鷹藤君のガムテープはずして…いい?」
洸至は威圧するような視線を鷹藤に向けた。
「構わないさ。叫んだら、殺すが」
遼子の眼と、うっすらとしか開かない鷹藤の眼が合った。
チャンスがあるとしたら今しかない。
鷹藤が眼にした切り札を遼子へと託すしかなかった。
鷹藤が腫れ上がった眼の隙間から、必死に瞳を動かし遼子の視線をライティングデスクの上へと導いた。
それを見て、遼子の目が大きく開かれる。
「なんでこんなこと…」
洸至の注意をこちらにひきつける意味で言った言葉は鷹藤の心からの疑問だった。
鷹藤は我ながら間抜けだと思いながら、そう言わずにはいられなかった。
他人の命を、人生をもてあそび続けた男だったが、妹へ向けた愛情だけは曇りないものだったはずなのに。
それなのに何故。
「楽しかっただろ」
鏡の前に立ち、ネクタイを締めながら洸至が言った。
遼子の視線はライティングデスクの上に釘付けになったままだ。
その瞳は暗く沈んでいる。
「そんなわけないだろ!妹にこんなことして、憎まれるに決まってるだろうが。それが楽しい?」
「ああ、楽しいね。君と遼子が会うとき、歩くとき、話すとき、常に君たちの間に俺がいることになるんだ。
この部屋で起きたことは永遠に君ら二人の記憶から消えることはないだろう?こんなに楽しいことはないね」
「妹を傷つけてもか」
「俺は遼子を悦ばせたつもりだが。そうだろ、遼子。お前だって最後は嫌がってなかったじゃないか」
鷹藤の視界の端で、遼子が唇をかみしめ俯いた。
どうしてここまで妹をいたぶる。
答えを求めて、鷹藤は洸至を見た。
そこには、満足とはほど遠い表情を浮かべ、抑えきれぬ思いをたたえた昏い瞳で、妹を見つめる男がいた。
自分が手にすることができないものを、遼子と鷹藤の間に見たからなのか、この部屋を支配している
はずの洸至は、この部屋で一番不幸な人間に見えた。
「無理矢理やって何言ってるんだよ!」
「そう興奮するなよ。君だって、楽しんだだろう。床に額をこすりつけるようにしてうめいていたのは、
あの時興奮した自分を恥じ入る気持ちが混じってたんじゃないかな」
洸至の言葉が鷹藤を刺す。
みぞおちに拳を叩き込まれたように、鷹藤は息を呑んだ。
いま、ここで沈黙することは、首肯するより深い同意を意味する。
何かを言わなければならないと思いながら、鷹藤の舌はもつれ言葉を失った。
そんな鷹藤を見つめる遼子の眼が哀しげに揺れた。
だが、ライティングデスクには向かわず、何かを決意したように顔を上げると、兄へと視線を向ける。
「ねえ、お兄ちゃん」
遼子が沈黙を破った。
「お兄ちゃんは私に何をさせたいの?」
その声に怒りも嫌悪もなかった。
洸至は意外そうな顔をして妹の顔を見ている。
「私にこんなことをして、鷹藤君を傷つけて…。楽しいなんて言ってるけど、嘘。
どうしてお兄ちゃんの顔はそんなに苦しそうなの。
…あのベルボーイの制服の下にナイフが置いてあるよね。お兄ちゃんがうっかりそんなところに
置いたままにする訳ないもの。私にそれを使って欲しいんでしょ?だからここまでひどい事を…。
…私に今までのこと裁かせる気なのね。」
遼子の透き通るような声が部屋に響く。
そこに含まれているのは憐れみだった。
「でも、私は何もしないよ。裁くのは私の役目じゃない。お兄ちゃんの望む形で終わりは来ないよ」
「こんなことをした俺を殺したくないのか」
洸至の声はかすれていた。
「それよりおにいちゃんが可哀想なだけ」
「…俺を生かしておけば、鷹藤を殺す。関係のない奴らの血も流れる。だから今俺を…」
「もし、お兄ちゃんがこれ以上他の誰かを巻き添えにしたら、…私、自殺するから」
遼子の視線の強さに、洸至が押し黙る。
「私の手で死にたいんでしょ。私が死んだら望みは果たせないよ」
「自分の命を盾に俺を脅すのか」
遼子が兄を見つめ哀しげに微笑んだ。
「ひどい妹だな」
「…お兄ちゃんには生きて償って欲しいの」
「生きろってのは、俺にとって一番の罰だ。だが、お前が望むなら」
洸至が遼子の元へ歩いていく。
遼子へと洸至が手を伸ばすと、何かが弾けるような音と共に、遼子がよろめいた。
倒れそうになる遼子を抱きとめると、洸至はその体をそっと横たえた。
洸至の手にはスタンガンがあった。
「大丈夫。気絶しただけだ。ここを出るとき、追いかけられても困るんでね」
鷹藤のところへ洸至が来た。
縛り付けられたままの鷹藤をのしかかる様に覗き込む。
「遼子のせいで、ゲームはまだ続くことになりそうだ。君にもまたしばらくつきあってもらうことになるな。
恐ろしかったら遼子のところから逃げればいい。そうしたら君は俺達から解放される」
腫れ上がった顔でそう見えるかわからなかったが、鷹藤は口元をつりあげ、笑みの形を作った。
「つきあうよ」
「何だと?」
「あんたら兄妹に巻き込まれっぱなしの人生だ。最後までつきあうさ」
形だけの笑みだったのが、そのうち、心からの笑いに変わる。
「何がおかしい」
「守ってるつもりだったあいつに、俺達二人、それぞれ守られてるんだ」
洸至から目を外し、鷹藤は床に横たわる遼子を見つめた。
「たいした奴だよ、あんたの妹は」
「同感だな」
洸至がスタンガンを持つ手を鷹藤へと伸ばした。
えらく長く暗くてすいません。
しかも鷹藤悲惨すぎてすいません。
178
GJ!!
鷹藤目線の、見えないけど聞こえるのが…
さらにイイ!です。
図らずも、アンタ最終回のホテルの部屋のロケ地となった
お台場の某ホテルに泊まって来たばかりなので、
勝手に今回の話も、最終回のホテルで脳内再生しましたw
最終更新:2010年11月10日 19:57