本誌美人記者兄妹による体験手記 by259さん  投稿日2011/04/13(水)

頼まれてもいないのに出来た「グラン・バスト」お兄ちゃん篇その2です。
これでおしまいにしますので…すいません。しかも長い。すいません。



「お兄ちゃん達に送ってもらって助かっちゃった」
片山の車の後部座席の真ん中に、遼子がちょこんと座っていた。
「珍しく俺たちも今日は早く上がれたんでな。礼なら片山に言えよ」
「礼なんていいですよ、遼子さんならいつでも乗せてあげますから」
片山がハンドルを握りながら軽い調子で言った。
その片山を洸至が横目で睨む。
「…なんて言ったらお兄さんに怒られちゃいますね」
片山が笑っていったが、微妙にひきつっているように見えた。
「お兄ちゃんも乗せてもらってるのに、もう」
遼子が洸至をたしなめた。遼子にそう言われて、助手席の洸至が黙り込んだ。
普段は見られない光景を目にして片山が吹き出した。
「おい」
その片山を洸至がまた睨む。
「片山さん、せっかくだから家でお茶でも飲んで行きませんか。ただで乗せてもらったら悪い気がするし」
運転席と助手席の間に流れる微妙な空気など、気にしてない様子で遼子が言った。
「いいんですか?」
「俺達を降ろしたらさっさと帰っていいぞ」
洸至が窓枠に肘をつき、窓の外を見ながら低い声で言う。
「兄妹で乗せてもらってそれはないでしょ。片山さん、遠慮しないで寄ってください」

鳴海家のリビングにコーヒーの香りが漂う。
キッチンでエプロン姿の遼子がコーヒーを淹れていた。
「すいません、お邪魔しちゃって」
「送ってもらったんだから、これくらいお礼しないと」
遼子が片山と洸至をみて微笑んだ。
「コーヒー飲んだら早く帰れよ」
片山の隣で洸至がネクタイを緩めながら憮然として言う。
「お兄ちゃん、そういうこと言わないの」
「そう言えばお前、今日鷹藤君と実験だとか言ってなかったか」
片山の前で何度もたしなめられるのが厭なのか、洸至がそれとなく話題を変えた。
「そうなの。それが鷹藤君が今日風邪ひいて帰っちゃって。しょうがないから、家ですることにしたの」
マグカップをお盆の上に載せながら遼子が言った。
「実験ってなんだよ」
「そこに上がってるでしょ。サプリメントを飲んで、その効果を報告するんだけど…」
リビングのテーブルの上に、輸入品らしいサプリメントの瓶が置いてあった。
白いプラスチック製の瓶には極彩色のオウムらしい鳥と、熱帯雨林の絵。
「それにどうして鷹藤君が?」
洸至が訝しげに言った。
「編集長の話だと、このサプリメントを飲んだ女性が相次いで襲われたらしいの。大事には至らなかった
 らしいけど、歩いているだけで男に襲われたんだって。それでね、私がこれを飲んでレポートすることに
 なったのよ。鷹藤くんは万が一に備えての護衛代わりだったんだけど、お兄ちゃんがいれば護衛なんていらないね」
「これ、商品名グランバストって言うんですか」
洸至から瓶を手渡された片山がそれをしげしげと眺めていた。
「バスト?おい遼子、これどんな効果のあるサプリメントなんだ」
商品名を知った洸至の目が細くなる。
「ちょっと胸が…大きくなる…かも」
キッチンの遼子が声を潜めた。

「だから体験記事書くことにしたのか」
洸至が声を荒げた。その声に驚いた遼子がカップをひとつ落とした。
「そんなに大きな声出さないでよ。もう、びっくりしちゃった」
マグカップは割れなかったが、まき散らされたコーヒーがキッチンの床に大きな地図を描く。
それを遼子がキッチンペーパーで拭いた。片山が遼子の元へ行き、片づけを手伝い始めた。
「だって、ちょっとくらい大きい方がいいじゃない」
「危ないだろ。もし何かあったらどうするんだよ。そんな実験駄目だぞ。俺が生活安全の知り合いにあたって
 調べてみるから。それからにしろって」
「でも…もう飲んじゃったし」
「はあ?飲んだ?」
「別に何も起こってないじゃない」
「そうですよ。心配しすぎですって、鳴海さん」
片山が、コーヒーを拭く遼子を手伝いながら言った。
「そうよ、お兄ちゃん。あ、片山さんいいですよ」
「気にしないでください。…いい匂いがしますね」
片山が眼を細めて、うっとりとした顔をして言った。
「このコーヒー?そんなに高いものじゃないけど…」
「コーヒーじゃなく…」
「違う匂い?どこかでカレーでも作ってるのかな」
遼子が顔を上げ、周囲の匂いを嗅いだ。
「食べ物じゃないですよ。こういう匂いのする人…初めてだ。最高ですよ、遼子さん」
「え?」
コーヒーを拭く遼子の手の上に、片山が手を重ねた。
驚いた遼子が身を引くが、片山はそれに構わず遼子の背に手を廻すと抱き寄せた。
「えっ?ええええっ?」
遼子はまだ状況が呑み込めないでいた。
いつも兄の隣で穏やかに立っている片山とは、まるで別人だ。
間近にある片山の顔は微かに紅潮し、目が不穏な光を湛えているように見えた。
「片山さん、あの、えっと」
「すごくいい匂いですよ…。それが遼子さんを今まで以上に素敵に見せるんだ」
片山の顔が近づく。男の息が遼子の肌にかかる。

その時だった。
「片山!遼子から離れろ!」
凄まじい剣幕で、洸至が片山の肩を掴んだ。
普段ならこんな状況の時、片山は洸至への怯えを目に滲ませるのだが今は不敵に笑った。
「邪魔しないでくださいよぉ。遼子さんはぼくがもらいますから」
反撃されないと思った洸至の不意を突いて、片山が洸至の腹に拳をめり込ませた。
洸至の動きが止まる。
「か、片山…」
片山が動きを止めた洸至の上半身を押さえると、腹に2度、3度と膝蹴りを入れた。
そのたびに洸至の躰が跳ね上がる。
「片山さん!お兄ちゃん、一体どうなってるの」
遼子は眼の前の光景が信じられなかった。キッチンで男二人がもみ合っていた。
それも普段は兄に対して敬意を払っているように見える片山が、洸至に暴力を振るっているだけに遼子は尚更
信じられないでいた。

「鳴海さんが片付いたら、すぐそっちに行きますから」
遼子を見て片山が微笑む。だが瞳の奥はがらんどうのようだ。
それを見た遼子の足がすくんだ。
ここにいるのは片山じゃない。一体…。
リビングのテーブルの上にある『グラン・バスト』の瓶が目に入った。
「まさか…これで?」

最終更新:2011年04月15日 23:07