燈火 投稿日 2011/10/11(火)
ダークじゃない史郎ちゃん出来ました。史郎×遼子です。
でもちょっと暗いかも。いうなればグレー史郎ちゃん。いつも通り長すぎてすいません…。
「鳴海君、ワインはどうだい」
「ありがとう。いただいちゃおうかな。史郎ちゃんのおうちにあるワイン、どれも美味しいのね~。」
ダイニングテーブルに置かれた蝋燭が遼子の柔らかな笑顔を照らしていた。
蝋燭の微かな灯りでも遼子の顔が酔いで紅潮しているのがわかる。
遠山がアンタッチャブル編集部から離れたのちも遠山と遼子・鷹藤コンビとの交流は続いていた。
報道の仕事を離れた自分のことを心配してのことらしかったが、二人はそんなことをおくびにもださず、
遠山と飲む酒や会話を楽しんでいた。
今回もレストランやバーでの会食になるはずだったが、今日は遼子の記者協会賞受賞を祝うために遼子のたっての
希望で遠山が自宅で料理の腕を振るうことになったのだ。
一本目のワインは既に空になり、ダイニングテーブルに並べられた遠山の手によるイタリア料理――美しく盛り
つけられた前菜は見る影もなく食べつくされ、アクアパッツァもイサキの骨が残るのみだ。
3人前は作ったはずのポルチー二茸のパスタが盛られた大皿には皿の底に茸の残骸と数本のパスタだけが乗っていた。
「酔い潰れるまで飲まないでくれよ。そうなると仕事中の鷹藤君を呼びださなきゃならなくなる」
遼子にワインを注ぎ終えた遠山が瓶の口をナプキンで拭きながら言った。
「べ、別に、鷹藤君とつきあっている訳じゃないし、鷹藤君を呼ばなくたってひとりで帰れるから大丈夫よ」
遼子が照れくさそうに笑う。
遼子のこの答えからすると、二人はまだつきあってはいないようだった。
遠山は、その答えを聞いて安心していた。
本来なら鷹藤もこの場にいての楽しい酒を三人で交わしていたはずだ。
ところが急遽他の仕事が入り、鷹藤は来られなくなった。
男の部屋に遼子をひとりで寄越すということは、自分が手を出したりしないと相当信用されているらしい。
この自分が男として安全な奴だと思われるとは、と思い遠山は心の中で自嘲気味に笑った。
確かに、鷹藤にそう思われても仕方がない。
少し前までは遼子に一ミリたりともそのような気を起したことなどなかったのだから。
国民ジャーナルに遼子が入社してきた時、先輩として遼子を教育した遠山に遼子は懐いた。
懐きすぎた。
こうと決めたら突撃する姿勢は記者として欠かせないものだが、男女間ともなると話は別だ。
遠山の本能が告げていた。彼女は地雷だと。
覚悟を決めずに手を出したらやけどどころではすまないと。
だから、遼子に気が無いことを遠山は露骨に態度に出し鈍感な遼子にもわかるように明確に告げていた。
あのままであれば自分と遼子の運命は交わることなく、男女としてはもちろん記者としても平行線のまま
だったはずだ。
しかし、名無しの権兵衛事件が自分たちの関係も遠山の人生も全て一変させた。
遼子の兄、鳴海洸至の起こした事件の数々。この中でそれぞれが肉親を失っていた。
大事なものを無くしていた。
遼子は兄との絆。鷹藤は家族を全て。遠山は父と記者としての誇りと信念を。
遠山はこの事件の後記者であることを辞め、外資系証券会社に再就職していた。
保身のために信念を曲げたあの行為の記憶が自分の中で棘となり、記者でいることを許せなかったのだ。
あの事件を知ったうえで他の通信社が声をかけてくることもあったが、遠山には再就職する気は起らなかった。
いまは株価や為替の波を読み、世界の政治経済軍事の動きに注視する。それだけで良かった。
他人から見ると難しく見える仕事も、遠山からすれば何の苦労も必要のない仕事だ。
記者の頃のノウハウと情報網そして生来の頭脳の冴え、これがあれば失敗することなどない。
入社数カ月で遠山は充分過ぎるほどの成果をあげ、次の契約交渉では年棒の上乗せがかなり期待できそうだ。
自分の能力をもってすれば記者以外でも充分に成功できる。
だが簡単すぎて手ごたえのない日々に、遠山は少し退屈していた。
人々の思惑や欲望、政治的な意図が絡みあいそれが時に縺れ事件の形をとることがある。
その糸を解きほぐしていく時の充実感。困難な壁にぶち当たった後、それを乗り越える時の爽快感。
いまはそれがない。
それが信念を捨てた自分への罰なのかもしれない。
鳴海洸至の深い闇に触れてからの自分は、常に夜の闇の底を歩いている。そんな気がしていた。
「ねえ…史郎ちゃん」
「なんだい?」
酔っていたはずの遼子が真剣なまなざしで遠山をじっと見つめていた。
「史郎ちゃん、もう記者に戻る気はないの?」
遼子が言葉を切ってワイングラスに眼を落した。
「ないな。あの生活にはもう未練はない」
嘘だった。
「今は今で充実しているんだ。それにね、記者の頃より給料も上がったし急な呼び出しでプライベートを
掻き乱されることもない」
遠山は笑みを浮かべて、グラスの中のものを喉奥に流し込んだ。
芳香も味も何も感じなかった。ただ喉から胃へ流れ落ちるアルコールの熱だけを感じていた。
「そう…でも私、史郎ちゃんの記事が好きだったの」
その言葉に遠山の心の棘が疼いた。
「記者協会賞を貰った君にそう言われて光栄だね」
口から皮肉な言葉が出てしまった。
遼子が記者協会受賞したのは兄についての記事―――週刊アンタッチャブルに連載した名無しの権兵衛事件の
ルポルタージュだった。
記者としての道から外れた遠山から見ても見事な記事だった。記者としての才能と、粘り、そしてこれを書き
あげた遼子の精神力に遠山は感嘆した。
「私はみんなの助けがあったからあの記事がかけたの。鷹藤くんや、もちろん史郎ちゃんの…。だから私の力
じゃないわ」
「謙遜しなくてもいい、君の力さ。僕がペンを手放さなかったとしても、僕はこの事件に関する記事は書けなかった
だろう。父が深く関与しすぎていたし、僕は君のように客観性を維持する自信がない。
それに信念を曲げた僕にもうペンを持つ資格はないんだ」
「そんなことないよ」
遼子の大きな瞳が力強く遠山を捉えた。
「そういう経験をしたからこそ、きっといい記事が書ける記者になれるはずよ」
「失くしたんだ。もう何かを書く気持ちは無くなったんだ」
遼子は何も言わなかった。
「お兄さんが起こした事件を間近で見て、それでも憎悪にも恐怖にも染まらず、記者として信念を貫き通した。だから書けるんだ君は。
君はあの事件で信念だけは失わなかった。だから言えるんだ。
君は肉親を失ったが、自分の一番大事なものは結局失っていないのさ。それが僕と違うんだ」
「もう、取り戻すことは出来ないの…?」
遼子の瞳が揺れている。
遠山から肉親以上に大事なもの、記者としての信念を失わせたのが遼子の兄だったからだ。
自分にも責任の一端があると思っているだろう。
やさしい遼子らしかった。
「君がどうこうという問題じゃない。僕の問題なんだ」
テーブルに置かれた遠山の手に遼子の手が重なる。
「何か助けになれるなら言って。史郎ちゃんの為に何かできることがあれば」
遼子の掌から温もりが伝わる。
懐かしい温もりだった。女たちと遊びで抱きあった時には伝わらない類の温もり。
遠い昔、母に甘えた頃に感じた温もりだ。
もっと温もりが欲しくて、その手を遠山の手が上からまた包んだ。遼子が驚いて顔をあげる。
「史郎ちゃん…?」
遠山は身を乗り出すと、遼子に口づけた。
「んっ…!」
軽く重ねて、遠山は唇を離した。突然のことに遼子は呆然としたまま固まっている。
その遼子の横へ歩み寄ると、遠山は遼子を抱きしめた。
「史郎ちゃん…」
「少しだけ…こうさせてくれ」
遠山は眼を閉じ、遼子の躰をきつく抱きしめた。
冷え切った心、理想も夢も失った心に温もりを与えて欲しかった。
遠山の頬に遼子の柔らかな唇が触れた。
遠山が遼子を見下ろすと遼子の瞳がこちらを見つめていた。
「鳴海君…」
遼子の頬に指を這わせ輪郭を撫で上げ、後れ毛を梳いて顔がはっきりとわかるようにした。
今度はどちらともなく唇を重ねる。重ね合わせた唇から伝わる遼子の温もりと心。
その温かさで凍えていた遠山の心が溶けていく。
遼子の唇が解け、遠山を誘うように開いた。
遠山が遼子の舌を吸うと、切なげな吐息とともに腕の中の遼子の力が抜ける。
遠山の舌を迎えおずおずと動く遼子の舌の頼りなげな感じが経験の少なさを窺わせ、それが逆に遠山の心を
燃え上がらせる。
遊び慣れた女にはない新鮮さに遠山はわれ知らず夢中になっていた。
遼子の背に廻した腕に力を籠め躰を密着させる。
ひとしきり口内を貪ったあと、遠山は唇を離した。
最終更新:2011年10月28日 09:52