だが、なんとしても鷹藤を元に戻さなければ。
このまま続けばもちろん遼子もつらいが、鷹藤も正気に戻った時きっと、もっと気まずい思いをするはずだ。
もう、こうなったら残る手はひとつしかない。
遼子は頭を後ろへ大きく振りかぶると、鷹藤めがけて繰り出した。
石と石とがぶつかるような鈍い音が部屋に響いた。
「いってええええええ!」
甘さひとつない、いつもの鷹藤の声だ。
「あんた何するんだよ!」
鷹藤が額を押え、涙目でこちらを見ている。
「元に戻った…」
遼子は力が抜けてその場にへたり込んだ。
遼子は水で濡らしたタオルを鷹藤の額に当てた。
「つまりなにか。これは豊胸剤じゃないのか」
額にこぶを作られて、鷹藤は不機嫌そうだった。
「たぶん、これ、強力な媚薬、というか、モテ薬だと思う」
「いいじゃん」
「よくないわよ。さっきどうなったか忘れたの。」
遼子も額に濡らしたタオルを当てている。冷やしてもなお痛んだ。
「この薬を飲むと、その人間の身体から相手の性衝動を突き動かす匂いが出るんじゃないのかしら。
フェロモンみたいなものを出すのよ」
「モテ薬っていって売り出せば売れそうだな。でもなんでこれが豊胸剤ってことになったんだよ」
「それはよくわからないけど、輸入したとき、翻訳を間違ったとか」
「ありがちだな。あと、もしかしたら、襲われて胸揉まれて大きくなるってことじゃねえの」
「馬鹿言わないでよ」
でも鷹藤の言ったこともあながち間違っていないかもしれない。
あのまま遼子が渾身の頭突きをかまさなかったら、今頃どうなっていたか。
鷹藤は頭突きをされて不服そうだが、そうすることで二人を守ったのだから、感謝されても、怨まれるいわれはない。
「とにかく、このまま放っておくのは危険よ」
「ちょっと待て」
鷹藤が遮った。
「その記事どこまで書くんだよ」
「私が薬を飲んで、それから鷹藤君に襲われて頭突きするまで。貞操は自分で守ったと書いておくから」
「待てよ。それじゃ、俺があんたを襲ったこと、編集部のみんなだけじゃなく、読者全員にばれちゃうだろうが。
俺の立場はどうなんの」
「わからないように、カメラマンTとか、カメラマン某にしておくわよ」
「駄目だって」
「この薬の危険性を証明してくれたじゃない。ちゃんと感謝の言葉もいれてあげる」
抗議をしても無駄と思ったのか鷹藤は押し黙った。
しばしの沈黙の後、鷹藤の目が細くなった。
「じゃあさ、公平さを保つ意味でも、これ書いてくれよな。薬のせいとはいえ、抱きしめられて私も嬉しかったって」
「そ、そんなことないわよ」
遼子の反応を見た鷹藤の口元が緩んだように見えた。
「ああなっていた時の記憶がないってわけじゃないんだ。気持ちいい夢の中で勝手に身体が動いてる感じなんだよ。
あの時、あんたに何をしたかもおぼえているし、あんたがどんな顔したかもおぼえてる」
「嘘!」
「抱きついた時、あんた、腕の中で一瞬目を閉じたんだぜ。おぼえてないのかよ。俺はしっかり見てた」
「次、どうするか考えてたのよ」
遼子の心臓の鼓動がドラムを乱打するようなリズムと爆音に変わっている。
鷹藤にこの音が聞こえなければいいが。
音はごまかせても、紅潮する頬の色はごまかせそうになかった。
「じゃ何であの時、気持ちよさそうな顔したんだよ。あんた、考え事する時、あんな変にうっとりした顔してたっけ。
いつも話しかけづらい難しい顔してた気がするけど」
「そんな一瞬のことおぼえてないわよ。…何言ったか、おぼえてるんだ」
鷹藤の目が泳いだ。
「ねえ、さっき、好きだからって言わなかった?」
「言ってねえよ」
「私聞いたわよ。好きだから嬉しいって」
ベッドの端に座っていた鷹藤は表情を見られないようにするためか、くるりと反転して
遼子に背を向けた。鷹藤のそばににじり寄り、耳もとで囁いた。
「それとも、あの匂いのせいでおかしくなったせいなの?」
振り向いた鷹藤と目が合った。
「そうだよ」
「…そうだよね」
あれだけ心臓から鳴り響いていた音が、次第に静かになっていく。潮が引く音が聞こえるようだたった。体温が一気に下がっていく。
こんなに自分が落胆するとは思わなかった。
「って言えたらいいんだけどな」
鷹藤は恥ずかしそうに肩をすくめた。
「ところであんた、何でそんなにがっかりしてるんだよ」
「べ、別に。がっかりなんかしてないわよ」
「わかりやすいんだよ、あんた。顔に出過ぎなんだって。好きだって言われて喜んで、そのこと追求するくせに、
違うとわかったらあからさまにがっかりしてさ、それってつまり」
鷹藤が遼子との距離を詰める。
「あんただって」
息がかかる程近い。
「そうなんだろ」
鷹藤の体温を感じた次の瞬間、唇がまた触れた。
今度は押しつけるような感じではなく、ゆっくりと時間をかけて遼子の唇をたしかめるような優しいキスだった。
「これも記事にする?」
鷹藤が遼子の目を覗きこんでいる。薬の効果はもうないはずなのに、声は甘かった。
鷹藤のことも書かずに、薬の危険性を知らしめる記事を書くのは至難の業だ。
それに、ここから先のことは記事にできそうもない。
「無理そう…」
記者としての遼子の意識は鷹藤の感触と温もりに追いやられ、記事のことは意識の向こう側へ消えていった。
そのころ、たぶんお兄ちゃんは部屋で悶々としながら待っているはず。
他の職人さんが来るまでの暇つぶしにどうぞ…。長くて甘くてすいません。
ピュアピュアGJ!!
ほっこり癒されました、ありがとうございます。
もしも部屋でお兄ちゃんに見守られながら薬を飲んでいたら・・・(妄想)
新作GJです!!
お兄ちゃんは残り香に速攻で気づいて(ry
これはなんだか新鮮でいいなぁ。
乙!
最終更新:2011年05月07日 20:16