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遼子の前に洸至が転がり、システムキッチンにぶつかってきた。
「お兄ちゃん…!」
遼子が声をかけ、揺さぶっても洸至は動かない。
「遼子さん、こっち来て下さいよぉ…」
片山が遼子の手を取り、立ち上がらせようとする。
だが遼子は首を振った。
「やめてよ…お兄ちゃんが怪我しちゃったのに…」
片山は遼子の手を引き、洸至の部屋のベッドに連れて行こうと引き摺り始めた。
「いや、お兄ちゃん…!」
洸至に取りすがろうと暴れる遼子に舌打ちすると、片山が遼子の胴に手を廻し脇に抱えるようにして歩きだした。
「遼子さんがそんな匂いさせて俺を誘うから…」
楽しげに片山が遼子を見た。
「だから欲しくなっちゃうじゃないですか」
「いや…やめて…」
片山が嫌がる遼子を抱き寄せ、顔を近づけた時だった。


「いい加減にしろ」

地の底から響く様な声がした。
驚いた片山が振り返ると、その顎に洸至の掌底が打ちこまれた。
リビングに鈍い音が響く。それから片山がスローモーションのようにゆっくりと遼子の上に倒れた。
「か、片山さん?」
膝の上で昏倒する片山に遼子が恐る恐る声をかけた。

「大丈夫だぞ、遼子。片山は気絶している」
遼子が顔を上げると、洸至がほっとしたような顔をして見ていた。
口の中を切ったのか、洸至の唇の端から血が流れている。
「手加減するのを見越して思いっきりやりやがって…」
片山に散々殴られた腹をさすりながら洸至が顔をしかめた。
「遼子、一体…どういうことだ?」
「わたしもわからないの…。それよりお兄ちゃん大丈夫?」
遼子が泣きそうな顔をしながら、洸至の口元から流れた血を親指でそっと拭った。
「大丈夫だって、これくらい。お前こそ大丈夫か?」
洸至がその遼子の手を取った。
それは微かに震えていた。

「ちょっと、怖かった…かな」
遼子が首を傾げ笑顔を作ったが、無理しているのが洸至の目にも明らかだった。
「俺がいるから、もう大丈夫だぞ」
洸至が遼子の肩を抱いた。
「うん…お兄ちゃんが居て良かった…」
兄の胸から伝わる温もり、肩を抱く力の強さに遼子はこの上ない安心感を覚えていた。
「片山が起きたら、どういうことか聞いてみよう。どうも片山らしくないからな」
「もしかして、サプリメントと関係あるのかな」
「かもな。…遼子、お前そういえば香水でもつけているのか?」
「へ?史郎ちゃんと会えそうなときはつけるけど、今日は鷹藤君との仕事だからつけてないよ」
「そうか…すごく…甘くていい匂いがするんだよ。親父やおふくろがいなくなって、お前と二人っきりになった
 時に感じた匂いに似てるな。好きなんだ、この匂い」
遼子が自分の匂いを確かめるべく、服の匂いを嗅いでいた時だった。
「匂い…?」

―――そう言えば、さっき片山さんも匂いって…。

遼子がゆっくりと首を巡らせ、隣の兄を見た。
兄も遼子を見つめていた。
片山と同じ眼で。

遼子が反射的に身を硬くして、兄の傍から身を引こうとした。しかし洸至が肩を抱く手に力を籠め、離そうと
しない。
「お兄ちゃん…」
「どうした?遼子。離れる必要なんてないだろ」
「で、でも」
上背のある洸至が遼子の腰に手を廻し、きつく抱いた。抱き寄せられた遼子の躰が軽く持ちあがり、つま先だけ
がかろうじて床についていた。


「本当にいい匂いだ。俺の好きな、遼子の匂い」

腕も封じられ、逃れられない遼子の眼の前に陶然とした洸至の顔がある。
いつもの厳しさも、その奥に隠された優しさも消え、瞳にあるのは遼子が兄の中に見たことのない男の欲望だけだ。
そこにいるのは遼子の知らない兄だった。
「お、お兄ちゃん、ね、離して。逃げたりしないから」
「俺は今幸せなんだ。もう少しこうさせてくれよ」
酒を飲んでもこんなに蕩けた顔を見せたことのない洸至が、酔ったように微笑んだ。
「兄妹でこんなに躰くっつけてたら、変でしょ。だから」
「兄妹だっていいだろ。俺は遼子が好きなんだ」
洸至が唇を寄せた。遼子が顔を逸らし、そこから必死に逃れる。
「駄目駄目駄目~!!!」
遼子は足をばたつかせ、洸至の足を蹴りあげた。
その拍子に二人の躰が離れ、お互いに床に転がる。遼子は兄から少しでも離れるべく、自分の部屋に向かって
駈けだした。
「遼子、待てって」
緊迫感のない声で、洸至が遼子を呼んだ。それもいつもの洸至らしくなくて、遼子は泣きそうになる。
どうしたらいいかわからない。でも、このまま兄に身を任せることだけは避けなければならない。
遼子が部屋に入った時、洸至が遼子の肩を掴んだ。
足をもつれさせた遼子がベッドの上に倒れこむ。その上に洸至が乗った。

「逃げるなって」
「だって」
「俺はお前が好きなんだよ」
「この好きは違う。兄妹として好きってことでしょ。お兄ちゃんはおかしくなってるの。お願い、眼を醒まして」
遼子に覆いかぶさる洸至の理性へと、遼子は訴えた。

「わからないのか?俺は兄妹として好きなんじゃない。こんなことをするのはお前を女として好きだからに決まってるだろ」
遼子に馬乗りになりながら、洸至がネクタイを外した。
「何言ってるの?兄妹なんだよ」
理性を失っているはずの洸至の言葉だが、その言葉に嘘が無いように聞えて、遼子は慄然とした。
「兄妹だから我慢してたんだ。だけど…お前がこんな匂いさせるから…だから止まれなくなったんだ」
洸至が遼子の掌に手を重ね、逃れられないようにベッドに縫いつける。
ゆっくりと洸至が遼子の唇を求めた。
「いやっ」
遼子が顔を背けると、洸至は無防備にさらけ出された首筋に唇を落とす。

「駄目!」
「どうして」
洸至が遼子の唇に舌を這わせる。まだ男を知らぬ妹の肌を兄の舌が穢す。
心は恐怖で慄えているに、兄の舌が遼子の躰を一瞬熱くした。
「お兄ちゃんだもの…兄妹だもの」
「俺はそんなこと、もう構わない」
遼子が顔を動かせないように、洸至が顎を掴んだ。
洸至の唇が遼子のものに重なる。
「んんっ」
音を立てながら、洸至が遼子の唇を吸う。
食いしばる歯の上を洸至の舌が撫でる。優しくそそのかし、固く閉ざされた歯の隙間に入る隙を窺っていた。
遼子の意識が唇に集中していた時、洸至が遼子の腰からゆっくり胸へと手を滑らせる。
驚いた拍子に、遼子が息を飲み唇を開けてしまった。
その隙を見逃さず、洸至の舌が歯の間に潜り込み遼子の舌に絡みつく。
「んんんんんっ」
兄の舌は微かに血の味がした。遼子を守るために負った傷からの血だ。
そこまでして守ってくれた兄が今度は…。
それが悔しくて遼子の目じりに涙が浮かぶ。遼子は、兄のその想いを踏みにじらせた何かに猛烈に怒っていた。
遼子の溢れて止まらぬ涙を見て、洸至が動きを止めた。
「…そんなに嫌か」

最終更新:2011年04月15日 23:08