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裏権力は「多様性」なる言葉を広めているが、彼らが嫌うのは「国家の多様性」。多数の国家が併存する状況を終わらせ、「世界単一政府」によって一元支配する事を狙う。逆説的だが、「多様性」を消滅させる為に「多様性」なる言葉を広めていると見る事が出来る。世界統一支配とは多様性の消滅である。
裏権力は世界統一の妨げになる「国家の多様性」と「言論の多様性」を特に忌み嫌う。彼らは目下これらの破壊に注力している。国の主権を自称国際機関に移譲(破壊)させる事と言論空間を締め付けて自由な言論を封殺する事に血眼になっている。SDGs・P条約・IHR改定・改憲等は全てそこに収斂する企み。
裏権力が「国家の多様性を破壊する」と言っても、現にある日本政府などの各国政府機構を文字通り解体しようとしているのではないだろう。それよりは各国政府機構が完全に裏権力の意のままになるように改変しようとしていると見るのが現実的である。既に各国政府の中枢には裏権力走狗が入り込んでいる
ので、実質的には主要各国の政府は裏権力の支配下にあると言えるが、制度的に完全な裏権力支配が阻まれている場合がある。日本だと現行憲法がある限り全国民への惑沈強制接種や本格的な戦闘を伴う海外出兵は難しい。前述の「改変」とはこうした裏権力支配にとっての制度的障害を取り除く事を意味する。
近代憲法の本質的機能は「政府権力を縛る事」である。緊急事態条項は「政府権力への縛り」を一時的に解除する条項である。それが発動すると、「惑沈の強制接種(同調圧力による実質的強制ではなく権力による強制)」「接種拒否者の逮捕・投獄」など今の憲法秩序下では考えにくい事が起こり得るだろう。
憲法問題は思想やイデオロギーとして論じられる事が多い。改憲派=右・護憲派=左や、もう少し高度になると、「人権概念は天賦人権という基督教の産物」「国民主権・国家主権なる概念は西欧近代の産物」などという指摘もあり得るであろう。それは分かるが、個人的には主に制度論として論じたいと思う。
というのは、どんな思想やイデオロギーを持っていても、現に我々日本国民は近代憲法が規定する制度の中で生きている事実状態に変わりはないからである。その現実の中で如何に裏権力の横暴から身を守るかを現実問題として考えたいのである。「人権思想とは何か」などという思想問題はそれはそれで重要だ
が、今は「日本国民への惑沈強制接種や日本人が裏権力によって戦争の手駒にされるのを如何に防ぐか」という喫緊の現実問題として考えたい。例えば、近代民法の源流はナポレオン法典だが、民事紛争に巻き込まれた場合には「ナポレオン主義者」でなくても現行の民法を活用せざるを得ないのと同じである。
「各国政府機構が完全に裏権力の意のままになるように改変しようと(する)」企みが目下実行に移されている。改憲・日本版CDC創設など政府機構の改変以外にもCDCやNATOの日本事務所開設等が相関連する企みである。要は政府を名ばかりの「日本政府」とし、実質的に「世界政府日本支部」化するのが狙い。
「多様性」は魔語。魔語=マジックワード。マジックワードとは説得や宣伝に効果を持つ言葉。「多様性」と言うと、何かよさげで、抗しがたい語感を生じる。それが狙いと見る。額面通りに受け取らず、流布者が言葉の背後に込めた意図を推察すべき。世に流布される耳障りの良い言葉ほど注意が必要である。
「各国政府機構が完全に裏権力の意のままになるように改変しようとしている」と書いたが、最近裏権力走狗がよく使う「〇X(〇トランスフォーメーション)」(DX・GXなど)という表現はまさにそれを暗示する。X=トランスフォーメーション=改変。これもまた「魔語=マジックワード」の類と言えよう。
「「多様性」は魔語」と書いたが、これは当然「裏権力及びその走狗が宣伝の意図を以て使用する場合は」という意味である。この語自体はニュートラルなもの。魔語か否かは使う者の意図や文脈などで決まる。これもまた言語の主客連関態である。言葉の意味やニュアンスは様々な条件によって異なってくる。












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最終更新:2024年02月05日 14:16