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● 全体主義〔Wikipedia〕
全体主義(ぜんたいしゅぎ、イタリア語: totalitarismo, 英: totalitarianism)とは、個人の全ては全体に従属すべきとする思想または政治体制の1つである。この体制を採用する国家は、通常1つの個人や党派または階級によって支配され、その権威には制限が無く、公私を問わず国民生活の全ての側面に対して可能な限り規制を加えるように努める。
政治学では権威主義体制の極端な形とされる。通常は単なる独裁や専制とは異なり、「全体の利益を個人の利益より優先する」だけではなく、個人の私生活なども積極的または強制的に全体に従属させる。全体主義の対義語は個人主義、権威主義の対義語は民主主義である。
● ハンナ・アーレント〔Wikipedia〕
  ▲ 全体主義の起源〔Wikipedia〕
  ▲ 全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義 単行本(ソフトカバー)
■ 今井道夫の「全体主義」論
  ハンナ・アーレント『全体主義の起原』は「奇跡の作品」です。人間の政治的世界の「根源」を描いたものです。誰も理解していないので、それを「解説」しました。(今井道夫) 



丸山穂高】 / 【日本の行方
■ 丸山はアホだが、これはもっとも。 「二階堂ドットコム(2019/06/05 11:20)」より
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これはごもっともだわ。
戦争発言より、全体主義みたいないまの日本の方が怖いわ。
逸脱は許さず、違法でもないものを全員で処刑まがいの扱いをするのはおかしいぞ。
案外、なにかあったら、この国は丸山を批判してるようなやつが、一気に方向転換して全体主義的な無謀でも無法でも通してしまいそうだ。

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 丸山穂高衆院議員が、衆院議院運営委員会に提出した弁明書の全文は以下の通り。

高市早苗 議院運営委員長

(※mono....以下略、詳細はサイト記事で)



 まさに“華麗なる逆襲”だ。──今月8日にジャニーズ事務所を退所したSMAPの稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人が、本日、公式ファンサイト「新しい地図」を公開したのだ。
 ファンを歓喜させているのは、そのメッセージだ。まず、サイトでは、東西南北「N・E・W・S」の方位を示すアルファベットの手書きロゴを大きく配置。新しい「地図」=MAPとかけ合わせれば「NEWSMAP」となる。このことから、ファンのみならず多くの人びとから「新しいSMAPのはじまり」として祝福の声があがっている。
 さらに今回、公式ファンサイトの運営元として「株式会社CULEN」という会社の存在も公表。トップページには〈これから、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん、香取慎吾さんとクリエイティブな活動をご一緒させていただきます〉と書かれており、3人が今後も活動をともにすることが明かされた。
 しかし、今回もっとも驚かされたと同時に、感動を覚えたのは、サイトのオープンとともに公開された動画で、このような力強いメッセージを発信したことだろう。
〈逃げよう。自分を縛りつけるものから。ボーダーを超えよう。塗り替えていこう。自由と平和を愛し、武器は、アイデアと愛嬌。バカにされたっていい。心をこめて、心を打つ。さあ、風通しよくいこう。私たちは、新しい地図。〉
「逃げよう。自分を縛りつけるものから。」という言葉には、誰もが芸能界の絶対帝国・ジャニーズ事務所のことを思い浮かべるだろう。昨年1月、分裂危機が表面化した際、テレビの生放送で独立組とされた4人が謝罪に追い込まれるという“公開処刑”がおこなわれたことは記憶に新しい。反旗を翻した者は容赦なく打ちのめす──。そのグロテスクさを、ジャニーズ事務所はまったく隠そうとしなかった。
 だが、今回3人は、そうした縛り付ける組織からは「逃げよう」と、高らかに謳った。そもそも、ジャニーズ事務所をはじめ大手芸能プロから独立したタレントが、ここまで鮮明に芸能界のブラック体質へのアンチテーゼを掲げるなど、かつてないこと。公開処刑を見て心を痛めた人びとにとっては、これほど胸がすくメッセージはないだろう。

“個を抑圧するすべてのものから逃げよう”と訴えるSMAP奴隷解放宣言
+続き
 しかも、だ。じつは本日9月22日は、アメリカでリンカーン大統領が奴隷解放予備宣言を公布した日(1862年)でもある。たんなる偶然にしては、あまりに出来すぎではないか。
 さらに、このメッセージは、対ジャニーズや芸能界にだけ当てはまるものではない。これは「逃げる」ことは悪いことだという日本社会の考え方から脱却し、「逃げる」ことはポジティブな行為であると肯定するメッセージだからだ。ジャニーズのみならず、社会に蔓延るブラック企業や全体主義的風潮をはじめ、個を軽視し束縛するすべての価値観を覆す、それこそが「風通しよく」することだと、3人は訴えているのだ。
 いや、それだけではない。新たな出発に際して3人は、今後のタレント活動の応援を呼びかけるといったありきたりなテンプレートの挨拶文ではなく、「ボーダーを超えよう」「平和と自由を愛そう」と普遍的なメッセージを投げかけた。これこそが、まさに多くの人びとが愛したSMAPという存在の特異性を示している。
 メッセージが発せられた動画では、さまざまな国の、さまざまな人種の、思い思いのファッションに身を包んだ人びとが登場し、「新しい地図」のロゴを掲げている。その動画のクリエイティビティの高さは日本のエンタテインメントを更新させてきたSMAPらしさが光るが、その「SMAPらしさ」とは、見かけ倒しの空疎なものではない、彼らにしか発信できないメッセージがある、という点にある。事実、彼らはそうやって社会に「自由と平和」の尊さを訴えてきたからだ。
 たとえば、SMAPの代表曲である「世界に一つだけの花」がシングルカットされたのは2003年3月。それはイラク戦争とほぼ同時期のことだ。そして、この曲のテレビCMでは、「もし、世界中のすべての人が、ありのままの自分を好きになれたら、戦争なんてなくなると思う」というメンバーのメッセージが流れた。

SMAPの3人がいま、自由と平和を愛すると訴えることの意味

 さらに、この年の12月、SMAPの5人は揃って『NEWS23』(TBS)に生出演。そこで中居正広は「戦争だとか、いまそういう話がいろいろ出ていますけど、やっぱり人を殺しちゃいけないと、普通に考えてもつらいことだ、残念なことだって思います」と発言。また、同年の紅白歌合戦ではSMAPは初の大トリを務めたが、歌の前にはこんな言葉が発せられた。
木村「みなさん。目を閉じて2003年を思い出してください」
中居「今年、世界中でたくさんの尊い命が失われました」
稲垣「また、目を覆いたくなるようなことも、たくさんありました」
草なぎ「ぼくたちにいま、何ができるでしょうか」
香取「みんながみんな、すべての人にやさしくなれたら、きっと幸せな未来がやってくると、信じています」
 その後、SMAPは2005年にもより反戦色を強めた「Triangle」を発表。2015年の戦後70年の節目には『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で同曲を「終戦から70年…平和を願って…」というメッセージとともに熱唱している。
 アイドルという枠に縛られず、バラエティだ報道だという枠をも越え、反戦を訴え平和を希求する。そうしたことができるからこそ、SMAPは国民的アイドルグループでありつづけたはずだ。
 そして、いま。奇しくもアメリカと日本のリーダーは軍事行動をも辞さない態度を示し、敵対感情を煽っている。そんななかで、SMAPの3人が「ボーダーを超えよう」「平和と自由を愛そう」とメッセージを発したことは、これもまた、たんなる偶然だとは思えないのだ。
 こんな時代の雰囲気のなかで、「自由と平和」の尊さをあらためて訴えるアイドル。あらためてSMAPの偉大さを感じるとともに、「奴隷」契約から解放され、個を縛り付けるものから「逃げ出した」勇気ある彼ら3人の前途が、古いしがらみにとらわれた芸能界に風穴を開ける、明るいものになることを願わずにはいられない。
(編集部)

★■ 京都大学名誉教授・竹内洋が読む『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』江崎道朗著 戦前、右翼左翼に取り込まれなかった真の保守本流の姿 「産経ニュース(2017.9.17)」より
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 題名から例のコミンテルン(共産主義インターナショナル)陰謀史観と類書を想定したら、大間違い。そんなありきたりではない。

 たしかにコミンテルンと気脈を通じ、情報を手渡した尾崎秀実(ジャーナリスト)のような確信犯はいた。しかし、コミンテルンの謀略が日本で功を奏したのは、騙(だま)されたというより、謀略をなぞるシナリオをみずから作成してしまったことにある。

 陰謀史観というより日本のエリートが知らず知らずのうちにコミンテルンの謀略の招き猫になってしまったという「自滅史観」。これが本書を類書から際立たせる論点。

 つまりこうである。昭和戦前期には「エリートの日本」と「庶民の日本」があった。庶民は伝統を重んじたが、エリートは、過去を断ち切り欧米化することを目標にした。その結果、エリートは社会主義を最新の欧米思想とする。

 それがコミンテルン・シンパの左翼全体主義になり、また左翼ではないエリートも「資本主義ではだめだ。社会主義的統制経済しかない」という思想を育んでいく。コミンテルンの対日浸透工作を許してしまう土壌ができてしまっていたのである。

 これに対して右翼はどうだったか。貧困や格差に同情する者を社会主義者として言論弾圧に精出したことで、エリートを左翼全体主義に押しやることに力を貸してしまった。「敵」(左翼)と同じ(右翼)全体主義になってしまったのである。

 では、昭和戦前期に希望はないのか。「左翼全体主義」と「右翼全体主義」に反発したエリートはいた。伝統にさおさし、戦争を短期決戦で終わらせようとした小田村寅二郎(吉田松陰の姻戚)などの思想と運動である。著者はこの水脈を「保守自由主義」と命名し、これこそが保守本流とする。

 「保守自由主義」は、すでに教育社会学者、井上義和によって「日本型保守主義」と命名されているが、それを左翼全体主義・右翼全体主義の中で位置づけたところが著者の功績。錯綜(さくそう)する昭和史の森を明快に描ききった力作である。(PHP新書・980円+税)


■ 【公演評】勅使川原三郎が踊った『月に吠える』~詩人・萩原朔太郎と共有した「過去の死」と再生 「スパイス(2017.9.12)」より
(※mono....前後大幅に略)
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 大正6年(1917年)、萩原朔太郎が31才で発表した第一詩集『月に吠える』。明治の日露戦争前後の言論統制と、昭和の第二次世界大戦に参戦して行く〈全体主義〉を形成する契機の一つ治安維持法(大正14年)成立の狭間(はざま)にあった、大正ロマンの時代(それでも本詩集中の、鮮烈なエロティシズムを発光する「愛憐」と、ジェンダーに触れる「恋を恋する人」2篇は、当時は国務省の検閲で削除された)。国際的には、第一次世界大戦前後からの前衛芸術運動の勃興期。パリの「バレエ・リュス」も艶(あで)やかさを極め、ドイツ表現主義舞踊も、既に芽吹いていた。

 国内では、新しい理想の社会を目指す白樺派などもあったが、〈全体〉の反対は〈個人〉であり、病弱で、精神的な苦悩もあった朔太郎が向かったのは、「個人の闇(やみ)」だった。詩集の序にある「月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。私は私自身の陰惨な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまいたい」、これにインスピレーションを得た勅使川原の『月に吠える』の冒頭は、まさにそれを現代の装置と美意識の中に釘づけにしたようなシーンだった。


■ 日本ほど全体主義と無縁な国はない 「今井道夫の「全体主義」論」より
(※mono....目次のみ転載。詳細はブログ記事で)
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(藤井聡の全体主義認識批判Ⅱ)

1. 「全体主義の諸要素」の認識がゼロだから「カラッポ」なのだ
2. 全体主義認識をめぐる惨憺たる思想状況・・・2ページ目の威力を、思い知れ!
3. 「人間の全能」が「根源的な悪」である全体主義だ
4. 「国民国家崩壊の物語」を阻止することが、反全体主義だ!
5. 日本人の「全体」を「全体主義だ!」と言って、攻撃するとは、何事か!
6. 日本人の継承されてきた「全体」の素晴らしさ
7. シナ共産党の「封じ込め」体制の確立を急げ!
8. 山田方谷の『理財』論について・・・ここに「答え」がある!
9. 「絶対悪・根源悪」=「知性的・科学的・理性的・理論」の「悪」
10. 歴史の法則と自然の法則
11. 大谷實は全体主義に協力する個人主義者だ!
12. 「《より大なる全体》」の「諸要素」の列挙(その1)
13. 「《より大なる全体》」の「諸要素」の列挙(その2)
15. 「《より大なる全体》」の「諸要素」の列挙(その4)
16. 横田喜三郎は全体主義者である
18. 「《より大なる全体》」の「諸要素」の列挙(その5)


















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