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鈴木 大拙(すずき だいせつ、本名:貞太郎〈ていたろう〉、英語: D. T. Suzuki 〈Daisetz Teitaro Suzuki〉、1870年11月11日〈明治3年10月18日〉 - 1966年〈昭和41年〉7月12日)は、日本の仏教学者、文学博士である。禅についての著作を英語で著し、日本の禅文化を海外に紹介した。著書約100冊の内23冊が、英文で書かれている。1949年に文化勲章、日本学士院会員。



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2024/01/07 #哲学 #鈴木大拙 #DAISETSUsuzuki
鈴木大拙 講演「最も東洋的なるもの」(1963年 / 昭和38年 1月14日)
赤坂公堂にて講演
(※ 以降の概要欄記載は下の動画概要欄転載と同じ。)

2024/01/05 #鈴木大拙 #DAISETSUsuzuki
鈴木大拙 講演「禅と科学」(1960年 / 昭和35年 7月)
鎌倉円覚寺にて講演

◆鈴木大拙(1870 - 1966 / 96歳没)◆
1870(明治 3)年10月18日(新暦11月11日)、石川県金沢市下本多(現本多町3丁目)に生まれる。本名 鈴木貞太郎。
日本の仏教学者、文学博士。
禅についての著作を英語で著し、日本の禅文化を海外に紹介した。著書約100冊の内23冊が、英文で書かれている。
同郷の西田幾多郎、藤岡作太郎とは石川県立専門学校以来の友人であり、鈴木、西田、藤岡の三人は「加賀の三太郎」と称された。

円覚寺の今北洪川について参禅。 24歳で居士号「大拙」を受ける。(出家したわけではない)

1897(明治 30)年、27歳で渡米。洪川老師の後継者、釈宗演の縁で、イリノイ州ラサールのオープン・コート出版社編集員として約11年間滞在。翻訳・通訳を続け、仏教関係の著作を英訳刊行。
39歳で帰国。学習院、東京帝国大学講師、翌年、学習院教授となる。
1911(明治 44)年 、41歳、ビアトリス・アールスキン・レーンと結婚。
51歳、真宗大谷大学(現 大谷大学)教授となり、1960(昭和35)年89歳まで務める。
英文誌『イースタン・ブディスト』を創刊。20年間にわたり仏教思想を海外へ紹介する。
英国・ケンブリッジ大学、米国・ハーバード大学、ハワイ大学、コロンビア大学など、世界各地で仏教哲学を講じる。 1963年、ノーベル平和賞候補となる。
主著『禅と日本文化』(英文)は戦前より、世界中の人々に読み継がれてきている。

■ 名著】禅と日本文化|鈴木大拙 うまくいく人は、頑張らない。 ~日本最大の仏教哲学者に学ぶ、禅と東洋思想の精髄~

■ 鈴木大拙 Playlist
Arcs Web
2015/07/13
鈴木大拙 講演  禅の考え方-頌寿記念講演(一部)
昭和35年10月  大谷大学
(公財)松ケ岡文庫 所蔵資料


■ F-鈴木大拙
Martan3世 Playlist作成者

『禅とは何か』『禅と日本文化』『最も東洋的なるもの』『禅と科学』『仏教とは何か』『鈴木大拙博士の思想と行動をめぐって』『鈴木大拙の日本的霊性をめぐって』など30本の動画プレイリスト









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最終更新:2025年01月13日 15:52