■
【追及スクープ】日本人500万人のマイナンバーと年収情報は、池袋の一室から中国の工場に「丸投げ」されていた 「現代ビジネス(2023.07.28)岩瀬 達哉:ジャーナリスト」より
/
《事件の概要》 2017年の大幅な税制改正を受け日本年金機構は、厚生年金から所得税などを源泉徴収する「税額計算プログラム」を作成し直す必要があった。約770万人の厚生年金受給者に「扶養親族等申告書」を送付。記載内容に漏れや間違いがないかをチェックしてもらうとともに、あらたにマイナンバーや所得情報を記入し、送り返すよう要請。送り返されてきた「申告書」をデータ入力することでプログラム化をはかることとした。機構はその入力業務を、東京・池袋のデータ処理会社、SAY企画に委託したものの、同社が中国大連市のデータ処理会社に再委託したため、そこから日本の厚生年金受給者の個人情報が、中国のネット上に流出した。
詳しくはこちら:中国にマイナンバーと年金情報が「大量流出」していた…厚労省が隠蔽し続ける「不祥事」の全容
マイナンバーと年収情報が中国に大量流出した—日本年金機構に関わる委員を歴任し、この問題で検証委員も務めた筆者が、決死の覚悟で「虚構のストーリー」と「欺瞞の論理」を明らかにする。
流出はないと言っていたものの
「どこに迷惑かけてるの? その後、何も出てきてないでしょう。これまで新しい情報の流出はないわけだから—」
6月18日に日本年金機構の水島藤一郎理事長を自宅に訪ねると、玄関先でこう嘯いた。
「新しい情報の流出」とは、2年前の衆議院予算委員会で、厚生年金受給者のマイナンバーや所得情報などが流出していた事実を認めて以降、「新しい情報の流出」は指摘されていないという意味である。
当時、水島理事長や厚労大臣官房の高橋俊之年金管理審議官は、情報流出は一切ないと国会で断言していた。
ところが立憲民主党の長妻昭議員が、機構の「法令等違反通報窓口」に届いていた「通報メール」を示しながら、「(このメールには)二人分のマイナンバーが書いてある。流出してるじゃないか」と追及したことで、ようやく流出の事実を認めたのである。
水島理事長は蚊の鳴くような声で、こう答弁していた。
「このマイナンバーは、いずれも届出書の扶養親族等申告書に記載されたものと同一であるということを確認しております。記載された御本人のものであることを確認いたしております」(衆議院予算委員会第五分科会・2021年2月26日)
流出後に急増した数字
本誌前号で詳述したように、厚生年金受給者のマイナンバーや年収情報などが中国のネット上に流出した事実は'17年12月31日の「通報メール」によって、機構は把握していた。
しかし国会で認めるまで、3年ものあいだ知らん顔を決め込んでいたのである。
本来なら、直ちに770万人分のマイナンバーを付番し直し、流出の事実を広く告知し、国民への注意喚起をはかるのが行政機関としての役目であり、義務である。
ところが水島理事長は、「(メールは、SAY企画の関係者が)業務執行の問題点を機構に通報する意図で……機構に提供してきた蓋然性が高い」との勝手な考えを述べ、なすべきことを何ひとつおこなってこなかった。
流出したマイナンバーや個人情報は、中国のネット上から犯罪集団の手にわたり、電話で相手を信用させ、現金をだまし取る「特殊詐欺」に使われている蓋然性のほうが、むしろ極めて高い。
不規則、広範囲に全国で発生している「特殊詐欺」の被害状況を分析した警察庁資料によれば、被害者全体に占める65歳以上の高齢者率(年金受給世代)は、中国のネット上に年金受給者の個人情報が流出した'17年10月以降、急激に増えている。
'17年の高齢者率が72.5%だったのに対し、翌年以降、平均2ポイント以上増え続け、昨年は86.6%と、5年前と比較して14ポイントも増えているからだ。
突如「一括発注」された
この現実を、日本年金機構も厚労省年金局も多少なりとも意識しているからだろう。水島理事長は参議院行政監視委員会で、こうとぼけて見せた。
「情報漏洩から生じたと考えられている問題も提起されておりません」('21年6月21日)
おそらくは、内心ビクビクしながらも、捜査機関や司法当局が「新しい情報の流出」を指摘しない限り、白を切り続けるつもりである。
本稿では、これまで水島理事長と厚労省年金局が、業務委託契約に関して国会や社会保障審議会で繰り返してきた三つの「虚偽答弁」を明らかにしていくことにする。
'17年8月9日、日本年金機構と、東京・池袋に本社をかまえていたSAY企画のあいだで契約が結ばれた「扶養親族等申告書」の入力業務は、例年にない膨大な作業量をともなうものだった。
業務量増大の理由は、大幅な税制改正によって、年金から所得税を源泉徴収するための「扶養親族等申告書」の記載内容が多岐にわたって変更されたからだ。
「申告書」の用紙も、前年までのハガキ様式から「A4両面」様式に替わり、データ入力数も「約2億1300万字から約4億2300万字」へと倍増している。
そして、前年まで二社に「分割発注」していたふたつの業務を、一社で請け負わせる「一括発注」としたことも大きな理由だった。
これによって契約金額は、「分割発注」の合計額であった約5450万円から、約1億8255万円へと3倍以上に跳ね上がっていた。
「一括発注」されたふたつの業務とは、「申告書」のデータ入力業務と、入力後の「申告書」の「検索ツール」の作成であった。
地方自治法(298条)では、市町村が、年金受給者の市町村税の負担能力を調査するにあたり、個人情報や所得情報が記載された「扶養親族等申告書」の写しを機構に請求できる。その際、約770万件の「申告書」の中から、請求のあった一枚を探し出すには「検索ツール」は欠かせないものとなるからだ(この約770万件のうち中国に再委託したとされるのが約501万件である)。
ちなみにSAY企画はこの契約を結ぶ以前から、機構との間で31件の業務委託契約を結んでいる。しかしその平均契約金額は、わずか約500万円だった。そのような実績しかない会社と、いきなり約2億円もの契約を結ぶというのも異様である。
座布団一枚のスペースに
日本年金機構は、官僚機構であるだけに、管理規程は、事細かく定められている。
これら規程をまともに運用する限り、不正が入り込む余地はない。しかし、そのルールを端から無視することで、SAY企画と機構との契約は成立していたのである。
この問題を調査する「検証作業班」が「社会保障審議会年金事業管理部会」に設置された際、わたしも4人の検証委員のひとりとして約1年半にわたり調査にあたってきた。
その過程でしばしば啞然とさせられたのは、機構の契約責任者のデタラメぶりだった。
SAY企画が業務手順を記した「運用仕様書」の審査は、給付業務調整室の福井隆昭室長のもとでおこなわれていた。この審査は「機構が求める体制及びサービス水準を満たして」いるかどうかを判断するためのものだが(「仕様書」の12)、同審査グループは、なにひとつ、まともな審査をしていなかったのだ。
彼らは、30項目にわたって審査すべきポイントが記された「委託業者選定審査チェックリスト」を使い、SAY企画の履行能力を審査したことにしていた。
そのひとつ、「現地目視確認」した作業場所は、JR池袋駅から徒歩6分ほどの、築38年の賃貸ビル内のワンフロアーで、面積は「120㎡」だった。ここにオペレーター800人を収容し、「申告書」の入力業務をおこなうと書かれているのだが、単純計算するとひとりに割り当てられるスペースは、座布団一枚程度にもならない。それを「適正」とチェックリストに記入していたのである。
落札後、SAY企画はJR埼京線の戸田駅から徒歩7分ほどの貸事務所と、さいたま市郊外の貸倉庫の2ヵ所を新たな作業場所として届け出ている。しかしそのふたつのスペースをあわせても、ひとり当たり0.64㎡。座布団一枚よりは広いものの、公衆電話ボックスの床面積ほどでしかない。
「守秘義務契約書」の未提出
入力業務だけで前年の2倍に増大しているうえ、「検索ツール」まで作成しなければならないにもかかわらず、この程度のスペースしか準備しなかったということは、何を意味するのか。
要するに、SAY企画は最初から契約どおりの業務をおこなうつもりはなく、機構の福井室長もそれを了解していたということになる。
事前審査とは名ばかり、単に書類の体裁を整えておくためだけの審査だったわけだ。
SAY企画の事前審査において、「作業場所」以上に問題なのが、個人情報を取り扱う業務でありながら「守秘義務契約書」の未提出を、福井室長が黙認していたことだ。
「守秘義務契約書」とは、入力業務に従事するオペレーターが、「機密保持」や「個人情報非開示」を誓約したのち、SAY企画の社長に提出する書類である。
機構では、入力業務を開始する10日前までに、作業にあたる800人分の「守秘義務契約書」の写しを、給付業務調整室に提出することを義務づけていた。ところが、その日までに提出されたのは、わずか11通だった。
本来なら、この時点で、「予告なしに直ちに本契約の全部又は一部を解除」(契約書第32条)しなければならない。にもかかわらず、契約責任者であった福井室長は、入力開始のゴーサインを出していたのである。
「守秘義務契約書」の写しは、最終的に128枚提出されたものの、うち41通は本件契約以前の日付で、なかには9年前のものも交じっていた。有効なものは87通で、必要枚数の約11%でしかなかった。
■
【追及スクープ】「500万人のマイナンバーと年収情報」を中国に丸投げした池袋の企業に支払われた「7100万円の報酬」 「現代ビジネス(2023.07.28)岩瀬 達哉:ジャーナリスト」より
/
《事件の概要》 2017年の大幅な税制改正を受け日本年金機構は、厚生年金から所得税などを源泉徴収する「税額計算プログラム」を作成し直す必要があった。約770万人の厚生年金受給者に「扶養親族等申告書」を送付。記載内容に漏れや間違いがないかをチェックしてもらうとともに、あらたにマイナンバーや所得情報を記入し、送り返すよう要請。送り返されてきた「申告書」をデータ入力することでプログラム化をはかることとした。機構はその入力業務を、東京・池袋のデータ処理会社、SAY企画に委託したものの、同社が中国大連市のデータ処理会社に再委託したため、そこから日本の厚生年金受給者の個人情報が、中国のネット上に流出した。
前編記事はこちら『【追及スクープ】日本人500万人のマイナンバーと年収情報は、池袋の一室から中国の工場に「丸投げ」されていた』
なぜ大急ぎで支払ったか
このように、機構の給付業務調整室の福井室長は、履行能力のないことを百も承知でSAY企画に落札させ、数々の契約違反にも目をつぶり、約1億8255万円の契約を結んでいたのである。
この契約の不合理性について、立憲民主党の石橋通宏議員は参議院厚生労働委員会で質している。
「SAY企画、C級でしょう。……C級だけれども大丈夫と判断したその理由、出してください。出せるんですか」('18年4月5日)
C級というのは、霞が関の入札参加基準を定めた「全省庁統一資格」でCランクという意味である。Cランクは、基本的に「300万円以上、1500万円未満」の入札にしか参加できない規定だ。
水島理事長は、ここでもまた質問をはぐらかし、とぼけた虚偽答弁を返していた。
「事前審査の状況におきまして履行能力がないというふうに判断することは極めて難しいと思います」
しかし先に見たように、「委託業者選定審査チェックリスト」を使った事前審査を、まともにおこなわず入札参加資格を与えていただけだった。その事実を隠す、一つ目の虚偽答弁をおこなっていたのである。
詐欺で告発するどころか
事前審査で履行能力がないのがわかっていながら、業務委託契約を結んでいたことを認めれば、国会審議が紛糾するのは明らかだった。
そんないい加減な会社と、なぜ契約したのか。中国に再委託したのは「氏名とフリガナ」の入力だけではなく、「申告書」の入力まるごとだったのではないか。また、そのことを機構も了承していたのではないかと、追及に歯止めがかからなくなるのは、目に見えていた。
当時の国会では「SAY企画を詐欺できちんと告発すべきだ」「損害賠償請求をすべきだ」といった指摘もあいついだ。
水島理事長は、「御指摘のとおりだと思います。……厳格に行う方針でございます」(衆議院厚生労働委員会・'18年3月28日)と答えている。
だが実際には、「詐欺で告発」するどころか、SAY企画の契約違反を確認後、約7100万円を支払っていたのである。
この支払いは、特別監査でSAY企画の中国への再委託を確認した9日後の、1月15日におこなわれている。しかも機構の支払いルールを無視しての大急ぎでの支払いだった。
契約書では、「損害賠償、違約金その他金銭債権の保全又はその額の算定等の適正を図るため必要がある場合、その額が確定するまでの間……支払いを留保する」(第25条の3)とある。
理事長に質問すると
しかしなぜ、契約違反による損害の発生がわかっていながら、その額が確定する前に約7100万円を支払う必要があったのか。
わたしは、委員を務めていた「年金事業管理部会」で質問したところ、水島理事長は支払いの正当性についてこう述べた。
「私どもの支払いのルールでございますが、月末締めの15日払い、15日締めの月末払いというサイクルでございます。したがいまして、本件に関しましては、12月28日に決裁が行われておりますので、1月15日に払うというのはルールに沿った支払いだということでございます」(第48回議事録・'20年2月20日)
これが二つ目のウソである。
機構の支払いルールは「会計事務取扱細則」で、「原則として検収の翌月の末日払い」(第31条の1)と定められているからだ。
「検収」というのは決裁日のことである。12月28日に決裁がおこなわれていれば、翌月の1月末日に支払われるのがルールである。
実際、それ以前の2回の支払いは、ルールどおり決裁された翌月の、末日に支払われている。
- 10月分は10月31日が決裁日で、支払いは翌月の11月30日
- 11月分は11月30日が決裁日で、支払いは翌月の12月29日
- 12月分だけが、12月28日が決裁日で、支払日は1月15日であったのだ。
すべてはアリバイ作りだった
さらに不可解な点がある。機構は、SAY企画との契約を打ち切ることなく、4月30日まで契約を維持し続けていたことだ。
立憲民主党の初鹿明博議員は、衆議院厚生労働委員会でこの点を質している。
「1月10日に違反が確認されたのちも、SAY企画に業務を委託し続けた理由はなにか」('18年3月28日)
水島理事長は、2ヵ月ごとに給付する年金業務を滞らせないため、契約を継続したと、もっともらしい弁明をしていた。
「(2月の給付のあとの)4月の支払いに向けて、申告書の入力作業を継続する必要がございました。……SAY企画にかわる新たな業者を探しておりましたが、なかなか見つからなかったということもございますが、……やむを得ず委託を継続したものでございます」「私どもとしては、万全の措置をとって継続したということでございまして、御理解をいただきたいというふうに思います」
年金受給者に影響が出るので、「やむを得ず契約を継続した」と言われれば、政治家はそれ以上の追及をしにくくなる。
しかし、4月15日の定期支払日に必要な「申告書の入力業務」は、1月10日時点でほぼ終了していたのである。
SAY企画の裏で
この日までにSAY企画は、必要な入力業務の95%、実数にして約24万件を納品していた。残りの約18万件にしても、2月19日までに納品を終えている。
SAY企画に替わる新たな事業者との契約も2月23日に結ばれており、4月末まで契約を維持する必要はなかった。
これが三つ目のウソである。
ところで、SAY企画が納品した「申告書」のデータは、中国人オペレーターによる入力誤りが「全体で約31.8万人」分発生していたため、機構では尻拭いのため職員をのべ1938人動員し、3月3日まで補正に当たらせていた。当然のことだが、SAY企画はそれらの作業には関わっていない。
ちなみに、中国での「氏名とフリガナ」の入力ミスが多かったのは、日本人の氏名を中国読みしていたことによる。
たとえば「年金花子」と入力する場合、姓を「年金」、名を「花子」としなければならないが、中国人オペレーターは、姓を「年」、名を「金花子」と入力していたと、年金局の事業企画課はわたしに説明した。
このようなデタラメをしていた会社と、4月末まで契約を維持し続けたのは、その期間中、実際にはおこなっていなかった入力作業をさせていた、とするためだった。
この間、機構からSAY企画への支払いはない。しかし作業をさせていたとの名目を作れば、その架空の作業代金約4100万円を、機構が被った損賠額の一部として相殺したと説明できる。そのアリバイ作りのため、契約関係を維持していたのである。
丸投げと「口止め料」
実際のところ、機構が被った損害額は、総計約2億2000万円にものぼっていた。その内訳は、職員による氏名などの補正作業のほか、厚生年金受給者に発送した「お詫び状」の作成費用や、問い合わせに対応する「専用ダイヤルの設置経費」などだ。
本来なら、約4100万円に加え、違反発覚後に会計規則を無視して大急ぎで支払った7100万円も、損害額の相殺に充てるべきだった。
だが、この約7100万円はどうしてもSAY企画に支払う必要があった。
SAY企画が中国に再委託していたのは、「扶養親族等申告書」の「氏名とフリガナ」だけだった、との機構と年金局の説明は前号で指摘したように不可能である。そうである以上、「申告書」をまるまる中国に再委託したという合理的結論に行き着くほかない。その恐ろしい事実をSAY企画に語られては困るので、口止め料として払う必要があったわけだ。
元年金業務監視委員会委員長で弁護士の郷原信郎氏は言う。
「SAY企画の契約違反を、給付業務調整室長が黙認していたことは明らかであり、中国への再委託もその延長上にあった。
また、『申告書』から『氏名とフリガナ』を切り出せたとしても、中国で入力した『氏名とフリガナ』のデータをプログラムに流し込めないのが明らかとなれば、『申告書』を中国に丸投げしていたことになる。それを語られては困るので、口止め料として払った可能性もある。そうだとすると、背任罪の要件の『自己の利益を図る目的』があったかどうかは別として、機構に損害を与える背任行為だった可能性もある」
水島理事長が国会で述べた「万全の措置をとって、SAY企画との契約を継続した」という釈明は、「万全の措置」で口止めしたということを、水島流に表現したものだった。
SAY企画の社長だった切田精一氏を直撃したところ、水島理事長と年金局の新たなウソとともに、機構とSAY企画とのあいだで結ばれていた密約も明らかになった。
(続く)
.