田中宇の国際ニュース解説 会員版(田中宇プラス)2012年1月8日
http://tanakanews.com/

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★正念場にきたユーロつぶし
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 EUは昨年12月9日のサミットで、英国の拒否権発動を受けながらも、次
善の財政統合案を可決し、財政統合によってユーロ危機を乗り越えていく道筋
をつけた。だが新年に入り、あらためてスペインやイタリアの国債に売り攻撃
がかかり、ユーロ圏の銀行界で預金者の逃避や不良債権の増加が起こっている。
ユーロの対ドル為替は1年半ぶりの安値まで下落した。

http://tanakanews.com/111211euro.php
◆EU財政統合で英国の孤立

http://www.reuters.com/article/2012/01/06/markets-bonds-idUSL6E8C61IM20120106
Italian, Spanish, Austrian ylds rise before supply

 米国の外交戦略を論じる「奥の院」である外交問題評議会(CFR)が発行
する雑誌「フォーリン・アフェアーズ」の新年号には、ユーロの崩壊を不可避
と見る論文「ユーロの失敗(The Failure of the Euro)」が掲載された。ユ
ーロ圏のような多様な諸国の経済や通貨を統合することに、もともと無理があ
ったと指摘している。


 CFRという、覇権国の世界戦略の奥の院が、ユーロ崩壊を公式に言い出し
たのだから、ユーロは本当にもうダメなのだ、これは大変なことだ、と騒ぐウ
ェブログの記事も出た。

http://sherriequestioningall.blogspot.com/2012/01/counsel-of-foreign-affairs-has.html
Counsel of Foreign Affairs has officially announced "The Euro has Failed"

 同時期の1月5日には、日本でも、山岡賢次・消費者担当相が省内の年頭訓
辞で「ユーロは崩壊すると思う」「中国のバブルも崩壊する可能性がある」と
述べた。ユーロを崩壊させ、次に中国経済をバブルさせるのは、ドルの基軸性
を守るためにユーロ危機を起こした米英投機筋の、昨年来の戦略である。

http://tanakanews.com/111229hegemon.php
世界のお荷物になる米英覇権

 ユーロが潰されたら、次は中国が狙われる。だから中国の新華社通信は「ユ
ーロは崩壊しない」という解説記事を出している。

http://news.xinhuanet.com/english/indepth/2012-01/07/c_131347444.htm
Commentary: Euro not to collapse despite daunting challenges - Xinhua

 1月6日に発表された米国の12月分の失業率は、前月の8・7%から
8・5%に下がり、米経済が不況に再突入する可能性が減ったと報じられてい
る。半面、ユーロ圏の失業率は10・3%と史上最悪で「米経済は回復しつつ
あるが、EUはもうダメだ」という論調に拍車をかけている。


▼「ユーロ崩壊不可避」は政治的な言説

 とはいえ「米国は回復、ユーロは崩壊」というイメージを全体として構成す
る、これらのニュースを子細に読んでいくと、違った光景も見えてくる。米国
の失業率については、長期間失業していた人々が求職活動をあきらめ、統計上
の失業者から外れたことが影響している。求職をあきらめた失業者を含めると、
米国の失業率は22・4%になる。雇用者数は20万人増えたが、そのうち
8万人は、クリスマス商戦がらみの配達員の増分だ。米国の人口増加率を勘案
すると、雇用率を保つには、毎月13万人の雇用増が必要であり、12月分は
約1万人足りない。


http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204826704577074702335587464.html
Below 9% - A drop in the jobless rate, but more people flee the labor force

 フォーリン・アフェアーズ(FA)の記事は、ユーロが崩壊すると前から言
っていたタカ派の論客であるマーチン・フェルドスタインが書いたもので、今
回の論文は、彼の以前からの論調の再掲載である。今年に入ってユーロ崩壊が
不可避になる新たな経済的な事態が起きたという内容でない。今のタイミング
でFAにユーロ崩壊を不可避とする記事が載ったことの意味は、経済的でなく、
政治的な重要さだろう。


 新年に入り、ユーロ危機が再燃しているように見えるが、ユーロ圏のサミッ
トは1月30日まで開かれない予定で、独仏伊の首脳会議も1月23日まで行
われない。独仏首脳は週明けに会うことになっているが、議題は昨年末に決ま
ったEU財政統合案の一部で、独仏が合意し切れていない金融取引課税(トー
ビン税)についてだ。トービン税が導入できれば、投機筋を撃退する力となる。
独仏政府は、昨年末に決めたことを予定どおり議論している感じだ。


 マスコミや、米英主導の国際金融界は、今にもユーロが崩壊しそうなイメー
ジを誇張して世界の人々の頭に定着させ、ユーロからの資金逃避を長期化させ
て、ユーロ崩壊とドル防衛を目指しているようだ。危機のユーロ圏から逃避し
た資金が米英の国債市場に流入し、米英は未曾有の財政赤字なのに、国債が堅
調に売れている。

http://www.ft.com/cms/s/0/94544ab2-36f1-11e1-96bf-00144feabdc0.html
Gilts draw record numbers of global investors

 金融はイメージ(信用)が大事なので、誇張策がうまくいけば、ユーロ圏の
金融界を経営難に陥らせたり、周縁諸国のユーロ離脱を引き起こしたりして、
ユーロ崩壊を誘発できる(ユーロ圏の金融界が崩壊すると、そこに巨額の投資
をしている米英の金融界も連鎖して崩壊する可能性が大きいが)。ドルが自滅
を免れ、米英覇権が延命するかどうかという、金融世界大戦が続いている。


 今年3月をすぎてユーロが延命できると、ユーロ危機の対策としてのEU財
政統合が効果を持ち始め、ユーロが優勢に、米英が劣勢に転じるかもしれない。
この金融世界大戦は、今年の1-3月が一つの山場になりそうだ。新年に入
って「いよいよユーロ崩壊だ」とはやし立てる国際マスコミの記事が目につく
ことからも、それが感じられる。先月のEUサミットで英国が、自国を孤立さ
せてまで財政統合策に拒否権を発動したのは、ユーロつぶしの激化を事前に予
測し、それに国運を賭けることにしたからかもしれない。







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最終更新:2012年01月11日 08:59