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 沖縄県・尖閣諸島で、台湾の活動家らの遊漁船による領海侵犯に続き、香港の活動家らが中国国旗や台湾の旗を掲げて上陸するなど、東シナ海の荒波がクローズアップされるなか、台湾海軍艦隊による演習中の沖縄県・与那国島の接近問題が浮上した。艦隊司令への処分をめぐり軍内外で論議を呼び、台湾国防部(国防省に相当)の対応も二転三転。軍内の権力争いが指摘されるなど、台湾の軍当局がかかえる苦悩も浮き彫りになっている。(台北 吉村剛史)


■ “公海上”でも厳罰

 「過去にはよくあったこと」「演習中のミスを過度に問題視するのは、日本にこびている」

 軍内外で論議の的となった懲戒処分の対象者は第168艦隊の司令、張鳳強少将ら。問題は7月26日未明に発生した。

 台湾東部海域での演習に臨んだ同艦隊のキッド級駆逐艦「蘇澳」など3隻は所定の演習海域を離脱して、日本の防空識別圏(ADIZ)内の公海に進入し、与那国に接近。日米双方が「疑問符付き」でレーダー追尾する事態となった。

 公海のため日本側から抗議はなかったが、事態を重くみた海軍当局は27日、張少将の司令職を解くなど懲戒処分を決定した。一連の出来事は、8月に入って台湾メディアが報じたことで公になった。

 こうした処分に対し、軍の一部や退役軍人らが「厳しすぎる」と問題視。また、海軍司令部の董翔龍司令長官(大将)は、「重大なミス」として、指揮・統率に直接関わる犯罪とされる抗命罪適用も「検討中」と応じ、騒ぎは拡大した。

□政治的配慮を否定

 台湾では、東京都の尖閣購入案や日本政府による国有化方針が示される中、7月4日には台湾の活動家らが乗る遊漁船と、同行の海岸巡防署の巡視船などが尖閣諸島で日本の領海を侵犯するなどで、尖閣に対する意識がたかまっていた。

 折しも8月5日には、馬英九総統が、この周辺海域での争いの棚上げや、関係各国・地域による行動規範の策定、資源共同開発のシステム構築など5項目からなる「東シナ海平和イニシアチブ」を提唱した。

 馬総統は尖閣諸島の台湾の主権を主張しつつも、漁業協定締結などを念頭に現実問題をクリアしたいとのサインを発し、台湾の存在感を示そうとしたとみられる。だが、そのタイミングは軍の処分と時期が近かっただけに、「総統の顔に泥を塗ったために厳しい処分となった」との見方も出た。

 こうした中、張少将が海域離脱前に2度にわたって演習監督部門に離脱針路を電文で報告した記録が確認され、監督部門が黙認した疑惑も浮上。さまざまな証言の食い違いの中で、結局は関連部署全てのミスが指摘され、董司令長官も自身を処分対象に加えるよう要請するなど、一転、処分を軍全体で見直すこととになった。

 馬総統も「規定に沿った適切な処分を望む」と発言する中、軍では時系列を示し、総統提唱と処分との関連の否定に追われた。


■ 複雑な“お家事情”


 結局、当初の処分は識者を加えた13日の海軍司令部の審議で、10(識者)対6(軍)で覆され、張少将への懲戒処分は撤回された。

 また国防部軍事法廷内検察当局も20日、張少将に問われた職責違反の罪は「嫌疑不十分」として不起訴処分を発表。海軍では21日、行政処分の適用を検討する旨、発表した。


 こうした国防部、軍のダッチロールの中で、軍周辺では「陸海軍の反目が背景」「政治的配慮が絶対の国防部と、士気の維持に腐心する軍のせめぎあいが絡んでいる」などと「お家事情」を指摘する声も漏れている。「そもそもわが軍の“国軍”としての歴史は浅く、いまなお共産軍を仮想敵とする国民党軍のDNAが濃い」という周辺者も。

 また、2008年の馬政権発足後の対中関係改善を受け、「事実上の“無敵”陸海空軍と化し、人員なども削減される中、士気を保つために、現場では軽度の挑発的行為も黙認されていた」ともいわれる。

 さらには、こんな見方も。「軍内で問題山積の時期に尖閣騒動が起き、現場は士気をたかめるチャンスとみた。だが総統の腹は、一触即発の状態の中で『平和的解決』を提唱し、台湾の発言力を示したかった。9月人事の対象とされる高華柱国防部長(国防相=陸軍出身)はメンツを潰され、結局、一罰百戒で、陸軍閥による海軍への攻撃、あるいは海軍内での独断専行勢力への粛正、中枢の責任逃れが画策された」


■ 多くの矛盾を抱える軍


 事実、軍現場の独断専行は安全保障問題に直結するために、台湾当局としてはゆるがせにできない問題だが、支持率低下の渦中にある馬政権は政治問題化を避けたいため、「最終的には広く薄い処分となる」(軍関係者)と見通されている。

 ただ、こうした軍の抱える動揺や矛盾の象徴として、騒動の中で、海軍の駆逐艦に採用されているコンピューターシステムが中国製だった、という事実も明らかになった。

 与党・中国国民党寄りとされる有力紙、聯合報の系列の聯合晩報の8月20日付記事によると、168艦隊の「蘇澳」同様の、261戦隊のキッド級駆逐艦が、2008年にデル社の代理店を通じて導入した訓練用コンピューターシステムが中国での製造品だったことがわかった。

 これには一般家電同様に、1年間の保証期間が設定されていたが、もし、この期間内に実際に故障が生じれば、機材はデル社を通じ、同システムの製造工場のある中国に運ばれることになっていた、という。

 しかし、実際には軍の規定で備品の中国での修理はできず、また保証期間内は他社では修理を受け付けてもらえない、という規定もあった。

 すでに期間を過ぎたため、他社への修理依頼も可能だが、同紙は「もし保証期間内に故障が起きていれば、修理にも出せないまま、期間が終了し、他社に修理依頼できる日がくるのをひたすら待たねばならなかった」と指摘している。

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台湾海軍艦隊の与那国接近で艦隊司令が演習海域離脱前に針路を演習監督部門に電文で報告していたことを報じる台湾有力紙、聯合報(吉村剛史撮影)
最終更新:2012年12月29日 16:37