警察は何も知らなかった…硬直した捜査、IPアド偏重で誤認逮捕のPC遠隔操作事件 2012.12.31
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/121231/waf12123118000010-n1.htm

 他人のパソコンをウイルスに感染させて乗っ取り、所有者の知らない間に犯行予告を掲示板に書き込む。最初から冤罪(えんざい)を生み出すことを狙った犯罪は、文字通り前代未聞だった。東京、大阪、神奈川、三重の4警察が「真犯人」に弄ばれ、それぞれが無実の男性を誤認逮捕したパソコンの遠隔操作ウイルス事件。12月14日に4警察が公表した捜査の検証結果ではサイバー犯罪に捜査力が追いついていない点が強調される一方で、取り調べのあり方も改めてクローズアップされた。問題の質と根深さは各警察で差はあるが、共通の背景として「証拠があれば問題ない」という裁判員裁判制度の導入などで強まった証拠主義への過剰な“依存”がみえてくる。

■ 重視された物証

 「『やっていない』という男性の言葉をもっと掘り下げるべきだった。積み上がった物証に重きを置いてしまった」
 大阪府警の幹部は検証結果を踏まえ、こう総括した。検証結果をみると、大阪府警の捜査は、警視庁や神奈川県警とは異なり、一応は第三者の関与について想定出来うることは想定して進められていた。
 IPアドレスからアニメ演出家の男性(43)を特定。その後、任意捜査に1カ月を費やしてパソコンとルーターなどを解析し、(1)無線LANの無断使用(2)掲示板のURLをクリックすると自動的に書き込みを行う「CSRF攻撃」(3)遠隔操作ウイルスへの感染(4)時限設定ウイルスによる自動書き込み-の可能性を検証した。
 しかし、当時の解析能力では遠隔操作ウイルスの痕跡は見つけられず、いずれの可能性も低いと判断。さらに、ポリグラフ(嘘発見器)検査も行ったが、結果も判定がつかない「グレー」。男性は「やっていない」と否認を貫いていたにもかかわらず、結局、逮捕の決め手として重視したのはIPアドレスを中心とした「物証」だった。
 不自然な点はまだあった。書き込みは実名で行われていたのだが、著名なアニメ演出家の男性がわざわざ実名でそんなことをするのか…。だが、絶対と思い込んだ証拠を否定することはなく、同種事件でありがちな「自己能力の誇示」や「警察に対する挑戦」と見なし、深く踏み込むことはなかった。
 さまざまな可能性を想定しながらも、誤認逮捕を防ぐことができなかった大阪府警。捜査幹部は「今後は、サイバー犯罪への対応力の強化はもちろん、供述の吟味を含め、緻密に捜査を進めていきたい」と苦渋の表情で締めくくった。

■ 嘘の自白の強要

 4警察で唯一、神奈川県警のケースは、遠隔操作ウイルスではなく、サイバー捜査ではもはや当たり前の知識に近いCSRF攻撃だったが、神奈川県警はこの攻撃すら見抜けなかった。
 逮捕した19歳の少年のパソコンはCSRF攻撃で操られ、脅迫の書き込みはわずか2秒で行われていた。ほんの少しの知識があれば簡単に判明したはずの冤罪だった。少年は「2秒間で書き込みができるのはおかしい。調べてほしいと言ったが、音沙汰はなかった」と訴えており、遠隔操作ウイルスの問題以前に、少年を犯人視するあまり、もはや基本の捜査さえおざなりになっていた。
 さらに、検証結果で明るみに出た不適切な取り調べもほかの3都府県警と比べて突出していた。
 少年に対し、「口の周りにチョコレートが付いているのに、チョコレートケーキを食べていないと言っているようなもの」。こんなたとえ話まで持ち出し、少年に供述を迫った。
 それだけではない。「否認をしていたら『院』に入ることになるぞ。証拠がある」、「実名報道される」など不安をあおり、少年に自白を強要した。少年は「家族に迷惑をかける。実名報道されると就職のチャンスがなくなる」などと考え、身に覚えのない犯行を認めたという。
 警視庁もIPアドレスという“証拠”に乗っかかり、同居女性をかばい嘘の自白をした男性(28)を見抜くことができなかった。男性の自白には犯人しか知り得ない「秘密の暴露」はなく、脅迫メールを送信した経緯や動機についてもあいまいな点があったが、取調官が踏み込むことはなかった。さらに、逮捕状を熟読させるなど、供述の誘導と取られても仕方のない取り調べを行っていた。

■ 多角的捜査の必要性

 「同居女性を守るための虚偽自白を信用した警視庁も、否認の真偽を見極められなかった大阪府警も、証拠だけを信じて取り調べを軽くみていた点は同じだ」
 ある警察関係者はこう指摘する。
 その根底には、筋書きに沿った取り調べの強要が指弾された大阪地検特捜部の郵便不正事件や裁判員裁判の導入で強まった証拠主義への謝った認識がある。証拠を分析する「ブツ読み」は取り調べで供述の真偽や動機を探る「ヒトの捜査」で相互に裏付けられてこそ生きる。捜査で真実を追究するには、ブツとヒトという車の両輪を機能させなければならないのだ。
 元東京地検公安部長の若狭勝弁護士(56)は「冤罪かどうかは容疑者が一番知っている。表情や口調、供述の変遷などから、取調官は正しく容疑者の心証を取らなければならなかった」と断じる。その上で「自白偏重でもなく、客観証拠への固執でもないバランスの取れた多角的な捜査が行われていれば、今回の冤罪は防げた可能性がある」と指摘する。
 容疑者が犯行に至る背景、動機、表情、口ぶり…。証拠を重くみて、こうした容疑者の心証そのものの捜査に鈍感になったと言わざるを得ないという。若狭弁護士は「客観証拠と整合性が合わない部分について、最初は『おかしいな』と思っていても、だんだん、そういうこともあるかなと思い込むようになることがある」とし、「直感でおかしいと思ったことにフタをしないことが大切だ」と訴える。
 遠隔操作ウイルスを最初に発見したのは三重県警だった。三重県警も任意捜査段階で否認している男性の逮捕に踏み切った。ただ、逮捕後の取り調べでは男性が「私がやったことにしてくれていいです」と供述したが、不自然さを感じた取調官は「本当のことを話しなさい」と諭したという。
 三重県警の事件では、真犯人が「わざとウイルスを残した」としているが、三重県警が神奈川県警のようにIPアドレスだけを信じて起訴できると判断し、大阪府警に相談していなかったらウイルスの発見すらできず、第5の冤罪を生んでいた可能性もある。
 一方で、警察当局は、無実の4人を陥れた遠隔操作事件の「真犯人」をまだ割り出せていない。






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最終更新:2012年12月31日 19:21